ヌマンタの書斎

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人権の日

2013-12-18 12:01:00 | 社会・政治・一般

今月、10日は人権デー(Human Rights Day)だったそうである。

いささか非常識な暴論であることを承知の上で、敢えて言ってしまうと人権って怪しいと思う。

そりゃ、誰だって生まれた以上、幸せに生きたいと思う。産れ出でた事自体が、権利であり、生き続けたい、幸せに生きたいと願うのは本能でさえある。このことを否定する気はない。

誰にでもあるのが人権、だからこそあまり価値がないのではないか。実際、有史以前から近代に至るまで、人権なぞという概念は事実上存在しないも同じであった。

では、いったい何時からこの人権なる新たな概念が生まれたのか。思い出してみると、やはり犯人はロックとルソーであった。ただし、両者の唱える人権は、その土壌がかなり違う。それはイギリスの憲法と、フランスの憲法の差異に大きく現れる。

が、別に憲法論をしたい訳ではないので、ここでは割愛する。共通するのは、社会とは如何にあるべきかであり、その社会を総べる政府とは如何にあるべきかを考えた末に出てきた代物の一つが人権であることだ。

では、何故に人権思想は生れたのか。

これは、やはり旧来の伝統社会への対抗概念として生れたと云わざるを得ない。当時、イギリスもフランスも一千年ほど続いた中世の暗黒時代を脱し、産業革命がもたらした変革に揺れる激動の時代であった。

旧来の伝統社会は、神とキリスト教、王と貴族、農耕と牧畜、漁業と商業によって形作られたものであり、それが当然だと思われていた。しかし、ルネッサンスにより目覚め、旧来の宗教に反発する形で新たな信仰を求めて争い、火力と蒸気機関により生産力を増大させた工業の隆盛が必然的に社会に混乱をもたらした。

この混乱した時代に相応しい社会とは、新たな概念に基づくことが必要であった。そこで生まれた理屈がロックのとルソーの社会契約論である。旧来の神による社会の創造と神に認められし王の権威により支配される社会を打破する理論的支柱としての社会契約論。そこから生まれた概念が人権である。

私見であるが、人権とは、神の権利すなわち神の愛に代わる概念としてでっち上げらえたのが実情ではないかと思っている。旧来の権威でる神と王権に代わる存在として、科学と民主主義が新たな権威として立ち上がった。

科学は神を殺し、民主主義は国民主権として王を打唐オた。つまるところ、人権とは旧来の権威と社会を打倒のための正義の錦である。もちろん架空の概念ではない。人が人として人らしく幸福に生きる権利、それが人権なのだから当たり前にして当然の権利である。

だが、当たり前の権利であるがゆえに、意図も容易にないがしろにされてきたのが人権でもある。人権なんて多くの場合、踏み躙られ、磨り潰され、放り棄てられてきたのが歴史的事実。

何故か。

人は分け合う幸せも知っているが、奪う楽しみも知っている。欲しいものを力づくで奪う悦びも知っているし、踏みつけて優越感に浸る歓びも知っている。無償で与える尊さも知ってはいるし、敢えて欲しない崇高さも知っている生き物、それが人間だ。どちらも人間なのだ。

だからこそ、人が当たり前の幸せを追及する権利としての人権は、それを守る力があってこそ価値を持つ。旧来の封建社会では、それはあり得ぬことであった。神の愛はあっても人権はなかった。王の赦しはあっても、人権が政府を縛ることはなかった。

だがヨーロッパで生まれた民主主義に基づく近代社会は、その虚ろな権利である人権を保証することで旧来の社会から脱したとのストーリーを書き上げた。

ゆえに近代国家は、人権を守らねばならぬ。

だが、西欧の多くの国が近代化を果たした今、その人権の中身が変わりつつある。また西欧とは異なる歴史風土を持つ世界の国々では、近代化も人権も机上の理屈に過ぎない。

だからこそ、人権は世界共通の価値観ではないのが現実だ。

私は人権を否定する気はないが、人権を至上の価値観だとも考えていない。行き過ぎる権利の主張は、多くの場合暴走し、むしろ反対の結果をもたらす。それゆえに、私は人権を錦の旗よろしく振りまわす人には警戒感を持つ。

陶酔した正義感ほど厄介なものはないというのが、私の実感です。

コメント
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