溺れる者は、藁をもつかむ。
警句として使われる言葉だが、正直あまり好きな言葉ではない。当然だと思うからだ。
私は溺れた経験こそ、ほとんどないが、それでも雪崩に巻かれたり、逃げ場の無い北アルプスの稜線上で雷雲に囲まれたりと、結構危ない経験はしている。
だから実感として分る。命の危険がひしひしと迫る状況下ならば、藁だって何だってつかみたくなるのが人間の本能だと思う。危機的な状況下で、的確な判断を下し、そ
れを実践することは相当な訓練を積まなければ無離だと思う。
だから相手を騙そうとする時は、危機的な状況を演出して、相手がパニックに陥るように導くことが大切だ。相手が混乱すればするほどこちらには有利になる。
表題の作品において、犯人が作り上げた騙しの構図はミステリー界屈指の悪辣さだ。鴨にネギを背負わせて、タレまで濃厚にぶっかけて、じっくりやんわりといたぶる。
しかも勧善懲悪ではなく、しっかりと逃げおおせる。無実の哀れな鴨を刑務所に残して、だ。あまりに悪辣で、容赦なく、絶望的な犯罪の構図。
楽しめる作品ではないと思う。だが一度読んだら忘れられないことも確かだ。溺れる者は、藁をもつかむ。分っちゃいるが、それでもつかんでしまうのが人間。
その人間の弱さをとことん追求した傑作だと思うが、好きな作品だとは言えませんね。あまりに残酷に過ぎるよ。
なお、この作品は映画化されていますが、小説と映画では最後が異なります。もし映画しか見てないようなら、あまりの違いに驚かれると思いますよ。