のろや

善男善女の皆様方、美術館へ行こうではありませんか。

『ぼくの伯父さん』

2008-09-14 | 映画
駅ビルシネマ・フランス映画祭でジャック・タチの『ぼくの伯父さん』と『ぼくの伯父さんの休暇』を観てまいりました。

『ぼくの伯父さん』の方は10年ほど前にTVで観ておりましたので今回はパスしようかとも思いましたが、やはり行ってよかった。


ああ、ユロ伯父さん。
飄々としたトラブルメーカー。
呑気で無邪気でとんでもなく間が悪い、稀代の「KY」。
ほとんど何も喋らないけれど、楽しいことが大好きなユロ氏はまるで子供のようでございます。
自分では普通に振る舞っているつもりなのに、驚異的な間の悪さと「常識」から3歩ほど隔たった発想によって周りの世界を機能不全に陥られせてしまう。
その飄逸なキャラクターは、タチが尊敬するバスター・キートンのキャラにどこか通じるものがございます。
ポーカーフェイスで善良なところも似ておりますね。
もちろんキートンのような超絶アクションは全然ございませんけれども、代わりに風刺のスパイスがぴりりときいております。




ユロ氏の乗り物がまた、いかしてるんでございます。
『ぼくの伯父さん』ではエンジン付き自転車(あえてこう呼ばせていただきます)、『休暇』では今にも分解しそうなポンコツ車。
そのポンコツぶりたるや、コロンボ刑事の愛車さえこれと並べば新品に見えようというぐらいなシロモノございます。
これらが周りのゴージャスな車と対象的で、お金持ちではないけれども幸せな、我が道を行くユロ氏を象徴しております。

ユロ氏はいたって幸せそうなんでございますが、会社社長でリッチな生活を送る義弟はユロ氏を全く理解できません。
定職にも就かず、結婚もせず、下町の古いアパートでのほほんと暮らしているユロ氏は、モダンな家で暮らし、ピカピカの車を乗り回す社長にとっては与太者にしか見えない。
海辺のリゾートにやって来た、良識ぶった人々の目にもまた、ポンコツ車をガタピシバンバン言わせて走るユロ氏の姿は、はた迷惑な変人として映ります。
でも当のユロ氏は、義弟の渋面にもプチブルジョワたちの白い目にも全然気付かない態で、飄々と日々の生活を楽しみます。
犬とたわむれ、カナリヤをさえずらせ、ご近所さんたちと一杯やり、甥っ子と手をつないで遊びに行くんでございます。

そんなユロ氏のマイペースっぷりにあきれ顔の人々、即ち常識的な小市民たちもまたユロ氏に負けず劣らず、いや実はそれ以上に、滑稽なんでございます。
モダンでカッコイイ義弟の家はその一方で、殺風景で見栄っ張りな感じがいたしますし、どこか間が抜けております。
それと同様に、ホームパーティで社交辞令合戦に終始する義弟とその友人たちや、リゾートに来てまで株価の上下ばかり気にしている紳士、深刻ぶった顔でラジオニュースに耳を傾け、せっかくの仮装パーティには参加しようともしない人々は、いかにもいっぱしの大人という顔をしておりますが、何だか間が抜けており、滑稽でございます。
まあ、変な海賊の仮装をしてパーティに繰り出すユロ氏も、間が抜けていて滑稽で、その上子供っぽいんでございますが、こちらはとっても素敵でございます。
何故ならユロ氏はカッコつけたり、見栄を張ったり、良識ぶったりすることなく、素直かつシンプルに人生を楽しんでいるからでございます。

そんなユロ氏を見ていると不思議と「人生、何があっても大丈夫」という気がしてまいります。
不器用でも、お金が無くても、なんとかなる。
生きるのって楽しいことなんだから。
ひたすら無口なユロ伯父さんは、無言の内にそう語ってくれているのじゃないかしらん。
10年前ののろは、気付かなかったけれども。







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