のろや

善男善女の皆様方、美術館へ行こうではありませんか。

8月6日

2008-08-06 | KLAUS NOMI
本日は
原爆の日でございます。
ボリビアの独立記念日でもございますし
ベラスケスの命日でもございますし
アンディ・ウォーホルの誕生日でもございましょう。

しかしのろにとっては
本日は
クラウス・ノミの命日でございます。



ファンの皆様はご承知のことと存じますが、ノミにはお墓というものがございません。
ヤツの遺体は本人の遺言によって火葬に付され、遺灰は風に乗せてニューヨークの街に播かれたのでございました。
空高くそびえるビルの数々があの小さな宇宙人の墓標ってわけでございます。
そのうちの2つは、今はもうございませんけれども。

クラウス・ノミがみまかった1983年は、アメリカでエHIV感染者への差別が最も激しかった年でございました。
『エイズのセクソロジー』(木下栄造著  自由国民社  1994)によると、感染者世帯のゴミの回収拒否や職場での同室拒否、感染を理由に陪審員からはずされるといった事例のほか、病院でさえも看護士による看護拒否、配膳拒否、そして吐いたものを掃除してもらえないということまであったのでございます。

また、葬儀業者が感染者の遺体取り扱いを拒否するということもございました。
アメリカでは土葬するのが普通でございますが、衛生上の必要もございまして、埋葬に先立って防腐処理をいたします。その処理を葬儀屋さんがするんでございますね。
感染者の身体に触れただけでもうつるかもしれないと思われていた時代でございます。
葬儀屋さんを非人道的といって責めることはできません。
しかし、人としての最後の道行きを拒まれた遺体はどうなるのでございましょうか?
故人の家族や友人たちは、いったいどうしたらいいのでございましょうか?

ノミが火葬と散骨を望んだのは、遺された人々に面倒をかけまいとするヤツの心遣いだったのではないでしょうか。

もちろんヤツの心の内は、今となっては分かりません。
いつまでも、大好きなニューヨークの街とともにありたいと思ったからかもしれません。
あるいは、死んでもなお、どこにも属さないエイリアンを演じ続けたかったのかもしれません。
空へ向って問うてみたところで答えはなく、ノミがいない世界は今日でちょうど25年目を迎えたのでございました。