読書な日々

読書をはじめとする日々の雑感

「イレギュラー」

2007年06月18日 | 作家マ行
三羽省吾『イレギュラー』(角川書店、2006年)

高校野球と洪水災害の被災者問題を結びつけたお話で、あっという間に読んでしまった。読みやすい文体であることもさることながら、その作りのうまさにひきづられて、夢中になって読んだ。あまりに夢中になったので、通勤のときに天下茶屋駅で降りなければならないところを、危うく乗り過ごすところだった。あぶないあぶない。

才能のある人間(べつに才能のない人間でもいいのだが)をやる気にさせるコツというのは、部下をいかにやる気にさせるか式の、よく書評などで見かけるような一般受けする主題とはまた違うのだろう。その当人がこの小説のように洪水災害にあって他所の自治体の仮設住宅に長期にすまなければならず、多くの人々の義捐金にたよって生活しているとか、ほかの高校のグラウンドを借りなければ練習ができないというような状況に置かれて鬱屈した精神状態にある場合には、なおさらだろう。

この物語が題材にしている高校野球の中身については、そんなことはありえないだろうチッチキチーみたいな話なのか、野球のことをよく知っている人の書いた話なのかというところは私にはよく分からない。本当にカットボールだとか、千工のリカルド投手の消える魔球的なボールもありうるのかどうか私にはよく分からないが、面白く読めたからいいかという感想である。

この小説の場合、登場人物の人間的なすばらしさとかはあまり感じない。なにか自分の生き方を見つめなおすようなフィードバックもない。でも、降りる駅を忘れるほど夢中にさせてくれたということは、なにかしら光るところがあったっからだろうと思うけど、自分にはそれがなにかよく分かっていない。

私は高校時代ボートをやっていて、もちろん隠れた才能がある的なものではなかったが、勉強のほうはさっぱりでクラスでも落ちこぼれで暗かったので、ボート部にいて、もちろんすごく勉強のできる奴もいたけれども、ほとんどそういうことを問題にしなかったクラブの仲間の存在が、それとバランスをとるのにすごく意味のあるものだったのだろう。でも、そういうことは現役の頃には気づかなかった。

私の学年は部員が非常に多くて、一つ上の学年はやっと一クルーが組めるくらいの人数しかいなかったのに、私たちはAクルーとBクルーが作れたうえに、シングルスカルをやるものもいた。私はあまり勝負にこだわるたちではないので、べつBクルーでも楽しかったが、なかには熱くなるタイプのものもいて、それはそれで面白かった。けっして腹を割ったような会話をしたわけではないけどれも、艇庫で酒を飲んだり、夏休みに京都旅行をしたり、バンカラごっこをしたりと、けっこう練習以外でも一緒に遊んだりしていた。私はつねに人間関係で振幅がある人間なので、そういう振幅に関係なくまわりに私とかかわってくれる人間がいたということは、じつは得がたいものだったのかもしれない。ボート部に入っていなければ、そういう人間関係を作ることはできず、ずっと暗い高校生活を送ったにちがいない。

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