読書な日々

読書をはじめとする日々の雑感

『ばんとう』

2020年04月02日 | 作家マ行
松本薫『ばんとう』(今井出版、2017年)

鳥取県の米子で作家活動をしている松本薫さんの最新作である。

「ばんとう」というのは、鳥取県で最初に私立中学(旧制)を作った豊田太蔵の雅号である。

1856年に鳥取県の中央にある由良に生まれた豊田太蔵が、由良の村長をしながら、早くから人材育成のために、鳥取県の中央に、農学校でも商業学校でもなく、普通科の中学校を作るために奔走した。

しかし明治政府の学校行政そのものがコロコロと変化する上に、最初は住民の教育への無理解、その後は資金難や学校の競合などで、思うように進まず、それでも鳥取県出身の文部大臣・奥田義人やその後任の一木喜徳郎らの認可によって、1914年に私立由良育英中学校が設立されることになる。

大正5年に設立された由良育英中学はちょうど教育への人々の関心の高まりや、公立中学校の試験を落ちた生徒たちをも受け入れることで、順風満帆の船出をする。

昭和12年、1937年に豊田太蔵は死去するが、戦後の1946年には県立由良育英高校となる。

松本薫さんの筆の力で読ませるし、主人公の豊田太蔵の学校設立への執念深いほどの熱意は素晴らしいと思う。だが、やはり彼も時代の子というべきか、女性教育への無理解は、たぶん松本薫さん自身も触れておきたいと思ったのだろう。自分の娘が女子師範学校へ入りたいというのを断念させたくだりなどが書かれているのも、好感がもてる。

人間、これだけの信念を持ち続けて、さまざまな困難を乗り越えて、初志を貫徹するというのは、生易しいことではない。鳥取県にこうした人物がいたことに驚く。

だが、その学校が戦後に県立になったことは残念だと私は思う。ずっと私立の学校として開校の精神を堅持してもらいたかった。豊田太蔵自身が一番残念に思っているのではないだろうか。

『ばんとう―山陰初の私立中学校をつくった男』へはこちらをクリック

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