中山康樹『エヴァンスを聴け!』(ロコモーションパブリッシング、2005年)
一昨日亡くなった中山康樹氏への追悼の意味も込めて、これを書いている。たまたま新聞の訃報欄で中山康樹という名前に気づいたとき、あれ、この人、ジャズの本を書いている人じゃないかなと思って、よく読んでみると、そうだった。私自身、最初に借りたジャズ関係の本が、この人の『マイルス・デイヴィス』で、少しジャズの幅を広げようと思って読んだのが、またまたこの人の『JAZZ聴き方入門!』だったりしたので、ずいぶんとこの人にはお世話になった。
まったく面識もないし、とくにこの人の文章などが気に入ったというわけでもないけれども、ジャズの歴史や、マイルス・デイヴィスを通してジャズを聞いていけば、ひと通りのジャズの名作や歴史が分かるということなんかを知ったのも、この人の本によってである。ご冥福をお祈りします。
さて、最近はビル・エヴァンスが気に入って、よく聞いている。ビル・エヴァンスといえば、どこでも書いてあることだが、Portrait in Jazz、Waltz for Debby、Sunday at the village Vanguardなど、ベースのラファロとドラムスのモチアンとのトリオによるアルバムが超有名だ。もちろん私もこれらのアルバムは好きだし、よく聴いている。
ただ数少ない私のレパートリーの中でとくにビル・エヴァンスで気に入っているのは、I Will Say Goodbyというアルバムだ。1977年くらいのもので、タイトルになっている曲を始め、『シェルブールの雨傘』などの映画音楽の作曲家として有名なフランス人のミシェル・ルグランのものが多いということだが、曲の出だしから、すっと入っていける珍しいアルバムだ。
ビル・エヴァンスといえばリリシズムと言われることが多いが、このアルバムなんかまさにリリシズムそのものと言ってもいいくらいの叙情性が満ちている。リリシズムの元になっているのはリリック、つまり古代ギリシャのリラである。たった五絃しかないリラをポロン・ポロンと鳴らす伴奏に支えられながら、繊細さな声で歌うということが、リリックの語源になっている。だから、バド・パウエルなどとは対極にあるのが、ビル・エヴァンスのリリシズムだといえる。
この本は、録音年代順にアルバムを並べて、1つずつ解説してある。もちろんビル・エヴァンスがリーダーとなったアルバムだけではなくて、一曲でも参加したものも挙げてある。私のようなたんなるファンではなくて、ビル・エヴァンスに入れ込んでいるようなファンには貴重な本だと思う。
全部を最初から最後まで通して読むやり方もあるだろうが、気に入っているアルバムだけ、あるいは気になっているアルバムだけを読むという方法もある。
面白かったのは、キャノンボール・アダレイとのアルバムKnow What I Meanの解説である。キャノンボール・アダレイは愛すべき人物で、ビル・エヴァンスとも仲が良かったらしい。彼はほとんど曲が書けなかったが、もちろん曲を発想することはできたので、中山康樹さんは、二人の間にこんな会話があっただろうと想像する。
「キャノンボール・アダレイが愛すべき人物だったことは想像にかたくないが、「ほとんど曲が書けなかった」こともその”愛すべき人物像”に絶妙の効果を付加している。「まったく」ではなく「ほとんど」というところがまた奥ゆかしくも愛らしい。しかもたまに書いた曲が《アルト・セックス》とか《ニッポン・ソウル》とか《テンゴ・タンゴ》と聴けば思わず抱きしめたくなる。したがってこのアルバムを録音する前にキャノンボールとエヴァンスが次のような会話を交わしたことは大いにありうる。キャノンボールがエヴァンスに描き下ろしを頼む。「基本的には任せるけど、だいたいこういう感じで、それにまぁなんというか、こういう感じもいいな。ところでおれの言っていること、わかる?」エヴァンスは新曲を描きおろし、同時に持ち前のユーモアを発揮する。すなわち曲のタイトルが「オレの言っていること、わかる?」(You Know What I Mean?)。それを知ったキャノンボールは大受け、よってそのままアルバム・タイトルに採用される。これ、じつによくできた推察と自負しているが、はてさて真相はどうだったのだろう。」(p. 112-113)
この前に読んだ本にはペッティンガーの『ビル・エヴァンス―ジャズ・ピアニストの肖像』という本もあるのだが、こちらはめちゃくちゃ詳しい内容で、途中でしんどくなって投げ出してしまったが、幼少から大学を卒業するあたり、つまりニューヨークに出るまでのことは他の本ではあまり触れていないので、参考になるかもしれない。ビル・エヴァンスがクラシック音楽を専門に勉強したことが詳しく書かれている。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/05/91/6ede6e4a8b8311adb34bcc31fb5c9ece.jpg)
まったく面識もないし、とくにこの人の文章などが気に入ったというわけでもないけれども、ジャズの歴史や、マイルス・デイヴィスを通してジャズを聞いていけば、ひと通りのジャズの名作や歴史が分かるということなんかを知ったのも、この人の本によってである。ご冥福をお祈りします。
さて、最近はビル・エヴァンスが気に入って、よく聞いている。ビル・エヴァンスといえば、どこでも書いてあることだが、Portrait in Jazz、Waltz for Debby、Sunday at the village Vanguardなど、ベースのラファロとドラムスのモチアンとのトリオによるアルバムが超有名だ。もちろん私もこれらのアルバムは好きだし、よく聴いている。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/7e/db/e715ba03fdfa67d56bf3651c4d4a99ae.jpg)
ビル・エヴァンスといえばリリシズムと言われることが多いが、このアルバムなんかまさにリリシズムそのものと言ってもいいくらいの叙情性が満ちている。リリシズムの元になっているのはリリック、つまり古代ギリシャのリラである。たった五絃しかないリラをポロン・ポロンと鳴らす伴奏に支えられながら、繊細さな声で歌うということが、リリックの語源になっている。だから、バド・パウエルなどとは対極にあるのが、ビル・エヴァンスのリリシズムだといえる。
この本は、録音年代順にアルバムを並べて、1つずつ解説してある。もちろんビル・エヴァンスがリーダーとなったアルバムだけではなくて、一曲でも参加したものも挙げてある。私のようなたんなるファンではなくて、ビル・エヴァンスに入れ込んでいるようなファンには貴重な本だと思う。
全部を最初から最後まで通して読むやり方もあるだろうが、気に入っているアルバムだけ、あるいは気になっているアルバムだけを読むという方法もある。
面白かったのは、キャノンボール・アダレイとのアルバムKnow What I Meanの解説である。キャノンボール・アダレイは愛すべき人物で、ビル・エヴァンスとも仲が良かったらしい。彼はほとんど曲が書けなかったが、もちろん曲を発想することはできたので、中山康樹さんは、二人の間にこんな会話があっただろうと想像する。
「キャノンボール・アダレイが愛すべき人物だったことは想像にかたくないが、「ほとんど曲が書けなかった」こともその”愛すべき人物像”に絶妙の効果を付加している。「まったく」ではなく「ほとんど」というところがまた奥ゆかしくも愛らしい。しかもたまに書いた曲が《アルト・セックス》とか《ニッポン・ソウル》とか《テンゴ・タンゴ》と聴けば思わず抱きしめたくなる。したがってこのアルバムを録音する前にキャノンボールとエヴァンスが次のような会話を交わしたことは大いにありうる。キャノンボールがエヴァンスに描き下ろしを頼む。「基本的には任せるけど、だいたいこういう感じで、それにまぁなんというか、こういう感じもいいな。ところでおれの言っていること、わかる?」エヴァンスは新曲を描きおろし、同時に持ち前のユーモアを発揮する。すなわち曲のタイトルが「オレの言っていること、わかる?」(You Know What I Mean?)。それを知ったキャノンボールは大受け、よってそのままアルバム・タイトルに採用される。これ、じつによくできた推察と自負しているが、はてさて真相はどうだったのだろう。」(p. 112-113)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/08/ff/781e83c69b471f1f19bfb8ab199cd03e.jpg)