飛幡祐規『ふだん着のパリ案内』(晶文社、1997年)
ふだん着のパリ案内というには、パリの中間層の下あたりの人たちのパリでの生活の実際の姿にフォーカスしすぎて、観光的な意味での案内にはなっていない。でもそれでいいのだと思う。観光的な案内ならはいて捨てるほどあるから、本当のパリジャンたちはどんな生活をしてどんなことを考えているのだろうということを知るには、もってこいの案内になっているかもしれない。
それにしても、パリとかフランス人というものにたいして私たちがもっているイメージとなんとかけ離れていることだろう。たくさんの観光客が来るのだから、観光客に親切で、手際がよく、たっぷりとフランス的なものを味わえるのかと思うと、実際のパリはそうではない。これは本当にパリに観光に行ってみればよく分かる。たしかに2000年以降は変わってきたのかもしれないが、この著者がパリに居ついた1975年よりも少しあとに一度観光で行ったときにはたしかにそうだった。
パリでの住宅難、これはたしかによく聞く話だが、旅行者には分からない。私は学生寮と知り合いの家に間借りしかしたことがないので、よく分からない。それと滞在許可書をもらうのがまた一苦労という話もよく聞いた。とにかくサーヴィス業で働く人たちの対応がまったくもってなっていない。日本の窓口をイメージしていたら、天と地ほどに違う。これは旅行者でもよく体験する。銀行の窓口、暑いのに冷房なんかないから、蒸し風呂みたいになっているところへ、すごい列が出来ているのに(というか、すごい列が出来ているからこそ)、隣通しでぺちゃくちゃ喋って仕事をしようとしない窓口担当者たち。この本によれば、安月給で働かされ、けっしてその労働水準を出る展望なんかない底辺の労働者のサボタージュの一種というが、銀行の窓口とかでもそうだから、かならずしもそうとまでいえないのではないだろうか。
移民の国、これはもう四の五の言っても認めざるを得ない。外国人労働力をフランスが必要としていた時代があり、間口を広げたり狭めたりするフランス社会の政策が一貫していないことが様々な軋轢を生み出していることははっきりしている。スカーフ問題もこの著者の見方からすれば単純だ。「教育の無宗教性は当然だけど、スカーフを着用するかどうかぐらいはどうでもいいことでは?」この女の子たちの親が頑固なムスリムだったというだけの話で、彼らとの宗教問題での対話は別に筋を通してやればいいだけの話ではないだろうか。でも移民の2世・3世がフランス社会で差別されそれが彼らの暴力的レジスタンスを引き起こしていることは直視しなければ、フランス社会の未来はないように思う。
その中でアジア系とくに中国人が特異なコミュニティーを作っているのは彼らには不気味なのかもしれない。中国人はフランス社会に溶け込もうとしないが、けっして騒ぎ立てることもないし、自分たちのコミュニティーの中ですべてを処理するから、失業とか暴力的暴走などはほとんど起きないらしい。旅行するときも、中華のテイクアウトとかけっこういけますよ。
モードの町パリといっても、本当にパリの街そのものはそんなにきれいでもないし、みんながみんなセンスのいい服装をしているわけではないが、ときにはすごいと見とれてしまう人がいる。若者はみんな普通だと思う。まぁ日本のファッション雑誌なんかにパリジャンを紹介する記事があったりするが、あんなのはセンスのいい人を集めているのだから、センスいいなって感心するのは当たり前だろう。
フランス人がブリコラージュが好きだというのは初めて知った。ブリコラージュと限定するよりももっと広く、自分たちの住居を自分のセンスでより安いもので整えることが好きだということなのだと思う。ワンルームのステュディオに住んでいても、自分のセンスにあったちょっとした小物を買ってきたりして、部屋を自分なりの空間に変えていくことが好きだというのは、分かる。私はリビングに本棚を置いて、そこを仕事場、食堂、娯楽室、そして友人を呼んだときのリビングに使い、個室は寝室として決して他人を入れない空間とみなす部屋の使い方が、すごくいいと思うのだが。
この本は、データも適切に使い、著者の友人たちの実際をふんだんに使って、生身のパリジャンたちの姿を多角的に描き出そうとしている点で、いい本だと思うが、きっとパリをモードと芸術の花の都としてしか見ていなかった人にはショックかも。
ふだん着のパリ案内というには、パリの中間層の下あたりの人たちのパリでの生活の実際の姿にフォーカスしすぎて、観光的な意味での案内にはなっていない。でもそれでいいのだと思う。観光的な案内ならはいて捨てるほどあるから、本当のパリジャンたちはどんな生活をしてどんなことを考えているのだろうということを知るには、もってこいの案内になっているかもしれない。
それにしても、パリとかフランス人というものにたいして私たちがもっているイメージとなんとかけ離れていることだろう。たくさんの観光客が来るのだから、観光客に親切で、手際がよく、たっぷりとフランス的なものを味わえるのかと思うと、実際のパリはそうではない。これは本当にパリに観光に行ってみればよく分かる。たしかに2000年以降は変わってきたのかもしれないが、この著者がパリに居ついた1975年よりも少しあとに一度観光で行ったときにはたしかにそうだった。
パリでの住宅難、これはたしかによく聞く話だが、旅行者には分からない。私は学生寮と知り合いの家に間借りしかしたことがないので、よく分からない。それと滞在許可書をもらうのがまた一苦労という話もよく聞いた。とにかくサーヴィス業で働く人たちの対応がまったくもってなっていない。日本の窓口をイメージしていたら、天と地ほどに違う。これは旅行者でもよく体験する。銀行の窓口、暑いのに冷房なんかないから、蒸し風呂みたいになっているところへ、すごい列が出来ているのに(というか、すごい列が出来ているからこそ)、隣通しでぺちゃくちゃ喋って仕事をしようとしない窓口担当者たち。この本によれば、安月給で働かされ、けっしてその労働水準を出る展望なんかない底辺の労働者のサボタージュの一種というが、銀行の窓口とかでもそうだから、かならずしもそうとまでいえないのではないだろうか。
移民の国、これはもう四の五の言っても認めざるを得ない。外国人労働力をフランスが必要としていた時代があり、間口を広げたり狭めたりするフランス社会の政策が一貫していないことが様々な軋轢を生み出していることははっきりしている。スカーフ問題もこの著者の見方からすれば単純だ。「教育の無宗教性は当然だけど、スカーフを着用するかどうかぐらいはどうでもいいことでは?」この女の子たちの親が頑固なムスリムだったというだけの話で、彼らとの宗教問題での対話は別に筋を通してやればいいだけの話ではないだろうか。でも移民の2世・3世がフランス社会で差別されそれが彼らの暴力的レジスタンスを引き起こしていることは直視しなければ、フランス社会の未来はないように思う。
その中でアジア系とくに中国人が特異なコミュニティーを作っているのは彼らには不気味なのかもしれない。中国人はフランス社会に溶け込もうとしないが、けっして騒ぎ立てることもないし、自分たちのコミュニティーの中ですべてを処理するから、失業とか暴力的暴走などはほとんど起きないらしい。旅行するときも、中華のテイクアウトとかけっこういけますよ。
モードの町パリといっても、本当にパリの街そのものはそんなにきれいでもないし、みんながみんなセンスのいい服装をしているわけではないが、ときにはすごいと見とれてしまう人がいる。若者はみんな普通だと思う。まぁ日本のファッション雑誌なんかにパリジャンを紹介する記事があったりするが、あんなのはセンスのいい人を集めているのだから、センスいいなって感心するのは当たり前だろう。
フランス人がブリコラージュが好きだというのは初めて知った。ブリコラージュと限定するよりももっと広く、自分たちの住居を自分のセンスでより安いもので整えることが好きだということなのだと思う。ワンルームのステュディオに住んでいても、自分のセンスにあったちょっとした小物を買ってきたりして、部屋を自分なりの空間に変えていくことが好きだというのは、分かる。私はリビングに本棚を置いて、そこを仕事場、食堂、娯楽室、そして友人を呼んだときのリビングに使い、個室は寝室として決して他人を入れない空間とみなす部屋の使い方が、すごくいいと思うのだが。
この本は、データも適切に使い、著者の友人たちの実際をふんだんに使って、生身のパリジャンたちの姿を多角的に描き出そうとしている点で、いい本だと思うが、きっとパリをモードと芸術の花の都としてしか見ていなかった人にはショックかも。