仏教を楽しむ

仏教ライフを考える西原祐治のブログです

未来のための江戸学②

2022年12月22日 | 現代の病理

『未来のための江戸学』(2009/10/1・田中優子著)の続きです。

 

江戸時代の人々は「自己」をどう考えているのだろうか? これは私か江戸文化に関心を持ち始めた理由である。江戸時代の、特に都市部に暮らす商人や武士は、同時にいくつもの名前を持つ傾向があった。仕事上で名乗る名、狂歌を詠むときの狂名、俳諧のときの俳名、絵画を描くときの雅号、文章の執筆に使う名前などであるが、文章はジャンルによって随筆の場合、黄表紙の場合、読本の場合など、活動によって使い分け、あるいは所属する連によって使い分けていた。

 

 これは都市の現象ではあるが、おそらく自己意識という斜向では、時代に共通した特性があると思われる。その特性とは、アイデンティティの不在だ。アイデンティティは「自己同一性」と訳される。つまりは一貫性であり、他者との違いの認識である。このアイデンティティの不在が自己分裂をもたらすかといえば、そういうことでもない。多名とは無名のことだ、と作家の石川淳は喝破した。ひらたくいえば、己の名なんかどうでもいいのである。自己がないということは他者がいないということである。この、西欧文化の中ではもっとも非難されそうな価値観は、インドでは当たり前の感覚であり、これはアジア一般に共通していた可能性がある。クマールはこれを「平和のもとでの普遍的な状態として」と書いているが、さらにいえば、歴史的に醸成された固有の価値観でもあるだろう。それは「生命の相互作用」の結果かも知れない。…それをクマールが平和と関係させて説くのは、アイデンティティが争いの原因だからであろう。アイデンティティに重きを置けば、他者との違いを明確にしようとする。それが他者への理解に発展すればいいが、たいていはそうならない。他者との違いを発見した後に浮びよってくるのは他費への不信と軽蔑である。それが危険水域を超えると、暴力という行為に出る。クマールは次のようにも書く。

 

 非暴力の文化そのものを創造することなしに平和と武装解除はあり得ない。暴力の文化に基づいた社会では、目的が手段を正当化するとされている。それが国家的暴力にせよ、制度的暴力にせよ、経済的暴力にせよ、テロリストの暴力にせよ、望ましい秩序を実現するために暴力は常に正当化される、と考えられている。暴力、あるいは非他力は精神状態であり、生き方である。

 

江戸時代は戦争がなかったが、しかし非暴力の時代だったというわけにはいかない。

むしろ懐に懐剣を忍ばせながら、それを使わないでいる時代だった。たかが懐剣であるから、私たちの時代の核とは大違いだが、意味においては近い。その証拠に、近代に突人したとたん、ナショナリズムというアイデンティティを発揮して日清日露の戦争を突き進み、琉球、朝鮮、満州等々を支配して喜んでいた。暴力の文化そのものである。せっかく、非暴力の文化を内包した仏教を、日本は東アジアの中でもっとも深く広く身につけたにもかかわらず、それはアイデンティティ意識とナショナリズムによって簡単に崩れ、徳川幕府による仏教の政治的利用によって弱められ、廃仏毀釈によって俗流神道 (国家神道)に支配され、今は見る影もない。しかしたどってゆくと、非暴力の文化は歴史の中にひそんでいる。

 江戸時代は決して非暴力の時代ではなかったが、辛うじて平和を維持した時代ではあった。そこには、今まで書いてきたような、アイデンティティに価値を置かず、自己と他者を同時に考えられる文化、生命の関連と相互作用を感じ取る文化、土と社会と己を育て与える文化、「貧欲と浪費」より「配慮と節度」を重んじる価値観が、ひそんでいたのではないか、と考えられる。

 「未来のための江戸学」とは、それを取り戻すための江戸学である。上から際限なく搾取するのではなく、上に与えることで持続可能な未来を考える江戸学である。その意味で、ここでいう江戸学は、未来学であると回時に、平和学でもある。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ポジティブ心理学③

2022年12月22日 | 苦しみは成長のとびら

『ポジティブ心理学 科学的メンタル・ウェルネス入門』(講談社選書メチエ・2021/1/12・小林正弥著)からの転載です。

 

「第2波ポジティブ心理学」

 ポジティブ心理学はいまやポジティブな感情や体験だけを扱っているわけではない。一部には何でもポジティブな状態が良いことであり、常に明るく前向きでさえあればうまくいくという単純化した言説が見られ、ポジティブ心理学がそれを正当化する学問であるかのよう戯画化する誤解や批判さえ見かける。

 だが、近年のポジティブ心理学の主要な関心の一つは、ネガティブな経験を善福(エウダイモニア的幸福)に至る道筋の中に正しく位置付け直すことにある。その潮流の到達点とも言えるのが、イタイ・イヴザァンらの『第2波ポジティブ心理学―人生の暗黒面を包み込む』(2016年)である。回復力(レジリェンス)やトラウマ後成長がそうであったように、人生の暗黒面を直視することが人問の成長・癒やし・洞察・変容にポジティブな役割を果たすこともある。イヴザァンらはその点に注目し、失望や挫折、不快が試練となりながらも、それがポジティブな結果につながる可能性を宿していることを強調したのである。

 彼らは、ヘーゲルの弁証法の諭理を用いて、ポジティブ心理学を概念的に再構成することを主張する。(以上)

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする