仏教を楽しむ

仏教ライフを考える西原祐治のブログです

言葉を失うと未来を失う

2022年12月14日 | 日記

『言葉の誕生を科学する』(小川洋子・岡ノ谷一夫)、以前紹介したことのある本ですが、亦借りてきたら興味深い記述がありました。

 

「言葉を失うと未来を失う」という事は、以前書いたことがありますが、その関連です。

 

岡ノ谷 パットマイムって、言葉を使わない劇で、あれが唯一できないことが時問らしくて、

それでパントマイムに詳しい人から聞いたんですけど、パントマイムって「きのう」とか「あした」ことか表現できないそうです。そこでそのときだ「きのう」っていう言葉を出しちゃうらしいんですよ、カードに書いて。

小川 そうなんですか。じゃあものすごく特殊な言葉ですね、「きのう」「あした」つて。

岡ノ谷 そうそう。だから「さて三日後……」とかいうのはパントマイムでは表現できないんだって言うんです。

小川 時間を発見し、それに言葉をつけた人間はやっぱり偉いですね。

岡ノ谷 偉いというよりも、そうしないと時間の果てに消えゆく寂しさに打ち勝てなかったのかもしれない。そう考えると、言菜を持つことで生まれたことには「時間」というのがあるかもしれないですね。

小川 それはゼロの発見にも等しいですよね。過去と未来があってこその今なんてすね。ずっとここまで、人問が言葉を獲得した、と人間が主語になってきましたが、むしろ言葉が人間を作った、と言っても許されるのではないか、という気さえしてきました。物語も、心も、時間も、人間にとってなくてはならないものすべて、言葉が土台となって生まれたのですから。(以上)

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