仏教を楽しむ

仏教ライフを考える西原祐治のブログです

嫁入り道具に仏壇

2020年12月12日 | いい話

法話メモ帳より

 

恐らく40年前に話だと思われます。

 

 私の知友の門徒に医師がいて、嫁さんを迎えることとなった。実家も相当の家なので、タンス五釣はどもって行くようになっていた。ところがその娘さんが真宗のお育てにあづかった人で、お母さんに願われrには、「お母さん、向うはキリスト教の家。縁あって嫁ぐ先がキリスト教なら、私が行っても、お仏壇なしでは拝むところがないので、何か淋しいから、ダンス一釣へらして、その代わりに、お仏壇買うてくれませんか」と。お母さんは、「それは良いことだが、向うさんの気に入ってくれりゃよいが」

 もし向こうさんが聞いてくださらねば、その娘さんは嫁かぬという。仲人にそのむねを申したら、首を傾けたそうですが、まあ言うてみましょうと、その話を通されたら、婿さんも理解のある人で「信教は自由です。嫁は嫁の信念、私は私の信念けっこう。お仏壇もってこようと思うのなら、持ってきてください」と。

 そうして縁ずいて、こっちの室では南無阿弥陀仏、あちらの座敷ではアーメンです。    仲の良い夫婦なので宗教の話もする。ところが宗教のリクツになると、嫁さんは、医師のご主人の理論にはかなわない。それで「お前に言うていることは、リクツに合わんぜ」と。

 負けても奥さん、クヤシイ様子もなく、かえってうれしそうな顔をしているという。それがつづいて、おかしいなと、ご主人は「お前、わしと宗教の話をして勝ったことがないのに、平気な顔をしている心もちを一ぺん知らせておくれ」と言いなさったら

 奥「負けたのは私が負けたので、負けぬ仏さまが後ろについて見ていて下さるから、私、なんともあらしません」

 主「そうか、それで喜んでいたのは」

 奥「そんなら、ここでちょっと私は申しますが、あなたは、自分の思いで勝ったつもりでいなさるが、あなたの論理で勝つような宗教を信じておられるあなたを気の毒に思うておりますのよ」

それで婿さんがハハーン、そうかなと、がっくりなさって、それからお寺まえりを始めた。

コメント
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