NHKの大河ドラマが始まったのは、わたしの子供時代でした。「花の生涯」は難しかったけれど、緒方拳の「太閤記」も、昔の菊五郎の「義経」も、放映の翌日いつも学校で友達と話題にしたほど楽しみに見ていました。
その後はしばらく遠ざかっていましたが、渡辺謙の「独眼流正宗」、そのほかタイトルは忘れましたが、北条時宗や足利尊氏など、気になる人物を描いていて、脚本も映像もよさそうなときだけほぼ欠かさず見てきました。昨年の「平清盛」は、「平家物語」の解釈とはかなり違う清盛像になっていたので、久しぶりに、最後まで興味ぶかく見続けました(コチラ→)。
そして、今年の「八重の桜」。日本を動かしてきた人ともいえないような人物のことは、時間を割いてまで見ることもないな、とおもって期待していなかったのですが、去年の清盛が思いのほかよかったので、今年ももしかしたら案外おもしろいかも、とおもって見はじめました。
8ヶ月経ったいま、見続けてよかった、とおもっています。地味なドラマですが、会津藩がなぜ戊辰戦争に巻き込まれ、白虎隊の壮烈な死などというおろかな悲劇を生んだか、よくわかりました。高校の歴史で、「奥羽列藩同盟」とか「会津藩主松平容保、京都守護職となる」などといった語句をただただ暗記していたのですが、それらがいったいどういう意味を持っていたのか、そのことがどのように歴史をうごかしたのか、今回はじめて分かりました。
それぞれの語句は、たとえば岩波新書だとかなにかコンパクトにまとめて書いてある本を読めばわかることなのでしょうが、そうまでする気は起きないまま、この年になってしまったのです。知ってよかった。
でも、あの維新の頃の歴史は簡単にわかることではなさそうです。そのことも、よくわかりました。たとえば、会津とかなりかかわりを持つ西郷隆盛が、明治政府成立後征韓論を唱えますが、教科書で習ったような、「朝鮮に戦争を仕掛けることで、不平士族の不満の捌け口を見出そうとした」といった言い方では納得の行く説明とはいえません。ドラマでも、筋に関係ないこともあってか、そのことは深く描いてはいませんでした。
いろいろ不満はありますが、おおむね、おもしろく見ています。ひと月ほど前の回では、八重が夫の庄之助と東京の長屋で再会するシーンが描かれたのですが、つい泣いてしまいました。その次の回では、新島襄との出会いがあり、庄之助との決別が八重に新たな出会いを用意したことがよくわかる運びになっていました。話を飛ばさず、丁寧にえがいているところに好感が持てます。
先週は新島襄が設立した大学のいまの映像が、番組のあとに写されました。この大学はわたしの出身校でもあるのですが、創立者のことはこれまでほとんど知ることもなく、知ろうとも思わないできました。ましてや、彼の妻の山本八重のことなど、名前すら知りませんでした。このところ、新島襄がしだいにドラマの副主人公になり始めるに従い、自分の出身校をいささか誇りに思う気持ちが芽生えてきました。こんな気持ちを持ったのははじめてです。
ところで、維新直後の京都をおおきく発展させたのは、八重の兄・山本覚馬という人物だったことも、このドラマで知りました。京都に明治時代からある琵琶湖疏水は、彼の発案で着工されたそうです。彼を信任した当時の京都府?知事の名前は聞いたことがあるような気がしますが、覚馬のことは初耳。京都を世界の観光地として有名にした最初の人物も彼だったそうです。
勤皇の志士、のちの薩長藩閥政府に敵対した会津の人物だから、わたし達の知る歴史に登場してこなかったのではなかろうか、と疑われます。そういうことも、言わず語らずのうちに思わせられる内容になっています。
昨年の清盛の視聴率は相当低かったようですが、今年の「八重の桜」はもっと低いらしい。たぶん、清盛よりさらに話が込み入っていて、ある程度の日本史の知識がないとおもしろくは感じられないのだろう、と推測できます。それに、清盛は豪華なところがたくさんあったけれど、こちらは質実剛健を旨とする会津の人たちが主人公だから、衣装も住居も地味。わたしには、それもみんな興味深いのですが。八重たちが落城後、身を寄せていた米沢の町では、覚馬の妻が紅花や紫根の染色仕事を家計の助けにしている様子が、描かれていました。
ともあれ、震災以降、大変な苦労を強いられている福島の人たちへの励ましを込めて企画されたとも思われるこの大河ドラマ、最後までしっかり見届けようと思います。今夜も放映。楽しみです。
その後はしばらく遠ざかっていましたが、渡辺謙の「独眼流正宗」、そのほかタイトルは忘れましたが、北条時宗や足利尊氏など、気になる人物を描いていて、脚本も映像もよさそうなときだけほぼ欠かさず見てきました。昨年の「平清盛」は、「平家物語」の解釈とはかなり違う清盛像になっていたので、久しぶりに、最後まで興味ぶかく見続けました(コチラ→)。
そして、今年の「八重の桜」。日本を動かしてきた人ともいえないような人物のことは、時間を割いてまで見ることもないな、とおもって期待していなかったのですが、去年の清盛が思いのほかよかったので、今年ももしかしたら案外おもしろいかも、とおもって見はじめました。
8ヶ月経ったいま、見続けてよかった、とおもっています。地味なドラマですが、会津藩がなぜ戊辰戦争に巻き込まれ、白虎隊の壮烈な死などというおろかな悲劇を生んだか、よくわかりました。高校の歴史で、「奥羽列藩同盟」とか「会津藩主松平容保、京都守護職となる」などといった語句をただただ暗記していたのですが、それらがいったいどういう意味を持っていたのか、そのことがどのように歴史をうごかしたのか、今回はじめて分かりました。
それぞれの語句は、たとえば岩波新書だとかなにかコンパクトにまとめて書いてある本を読めばわかることなのでしょうが、そうまでする気は起きないまま、この年になってしまったのです。知ってよかった。
でも、あの維新の頃の歴史は簡単にわかることではなさそうです。そのことも、よくわかりました。たとえば、会津とかなりかかわりを持つ西郷隆盛が、明治政府成立後征韓論を唱えますが、教科書で習ったような、「朝鮮に戦争を仕掛けることで、不平士族の不満の捌け口を見出そうとした」といった言い方では納得の行く説明とはいえません。ドラマでも、筋に関係ないこともあってか、そのことは深く描いてはいませんでした。
いろいろ不満はありますが、おおむね、おもしろく見ています。ひと月ほど前の回では、八重が夫の庄之助と東京の長屋で再会するシーンが描かれたのですが、つい泣いてしまいました。その次の回では、新島襄との出会いがあり、庄之助との決別が八重に新たな出会いを用意したことがよくわかる運びになっていました。話を飛ばさず、丁寧にえがいているところに好感が持てます。
先週は新島襄が設立した大学のいまの映像が、番組のあとに写されました。この大学はわたしの出身校でもあるのですが、創立者のことはこれまでほとんど知ることもなく、知ろうとも思わないできました。ましてや、彼の妻の山本八重のことなど、名前すら知りませんでした。このところ、新島襄がしだいにドラマの副主人公になり始めるに従い、自分の出身校をいささか誇りに思う気持ちが芽生えてきました。こんな気持ちを持ったのははじめてです。
ところで、維新直後の京都をおおきく発展させたのは、八重の兄・山本覚馬という人物だったことも、このドラマで知りました。京都に明治時代からある琵琶湖疏水は、彼の発案で着工されたそうです。彼を信任した当時の京都府?知事の名前は聞いたことがあるような気がしますが、覚馬のことは初耳。京都を世界の観光地として有名にした最初の人物も彼だったそうです。
勤皇の志士、のちの薩長藩閥政府に敵対した会津の人物だから、わたし達の知る歴史に登場してこなかったのではなかろうか、と疑われます。そういうことも、言わず語らずのうちに思わせられる内容になっています。
昨年の清盛の視聴率は相当低かったようですが、今年の「八重の桜」はもっと低いらしい。たぶん、清盛よりさらに話が込み入っていて、ある程度の日本史の知識がないとおもしろくは感じられないのだろう、と推測できます。それに、清盛は豪華なところがたくさんあったけれど、こちらは質実剛健を旨とする会津の人たちが主人公だから、衣装も住居も地味。わたしには、それもみんな興味深いのですが。八重たちが落城後、身を寄せていた米沢の町では、覚馬の妻が紅花や紫根の染色仕事を家計の助けにしている様子が、描かれていました。
ともあれ、震災以降、大変な苦労を強いられている福島の人たちへの励ましを込めて企画されたとも思われるこの大河ドラマ、最後までしっかり見届けようと思います。今夜も放映。楽しみです。
歴史好きといいますか、通には好まれる作りだと思います。
毎回勉強させられる大河ドラマは初めてかもしれません。