アンティマキのいいかげん田舎暮らし

アンティマキは、愛知県北東部の山里にある、草木染めと焼き菓子の工房です。スローライフの忙しい日々を綴ります。

ムラサキ草のこと

2011-05-11 10:57:32 | 草木染め
 日本には、染め材料として古くから有名なものが二つあります。アカネとムラサキ。どちらも草の名前がそのまま色の名前になっています。日本の山地や野原にもともと自生しているもので、いまでも探せば見つかります。

  万葉集の中の額田王の和歌「茜さす紫野行き標野行き野守は見ずや君が袖振る」からは、ムラサキ草が自生している野原を、「標野」、つまり縄か何かでバリアーを張った場所にして保護していることが伺えます。紫色は、古代に決められた皇族・貴族の服の色のうち、最高の位を意味する色で、天皇と殿上人だけに着ることを許された「禁色」のひとつでした。だから、勝手にムラサキ草を採取することはできなかったのです。

  10年ほど前、青森に住む叔父が近くの山地でムラサキ草を見つけ、種を採取して自宅で栽培を始めました。手入れがよかったのか毎年白い小さな花をつけ、たくさんの種が取れるようになりました。

  その種を私にも送ってくれたので、畑の隅に蒔いたところ、ひょろひょろしたか弱そうな草が伸びてきました。でも、たくましいほかの雑草に負けて、いつのまにか消えてしまいました。

  今年の年賀状で叔父にこの旨を伝えると、すぐにムラサキの根と椿の灰を送ってきました。自分で数年前染めてみたけれどうまく染まらなかったので、試してみてほしい、というのです。根っこのほか、絹の端切れと椿の灰も入っていました。媒染材として使うためです。
 
  その後すぐに、「ムラサキ草の周りの雪をどけて拾い集めた種」も送ってくれました。ムラサキは「取り蒔き」といって、採取したらすぐに蒔かないと生えないそうです。それで、プランターにとりあえず蒔いてみました。叔父は「すぐに芽が出るとは限らない。気長に待て」といったのですが、ひと月ほどで、たくさんの芽を出しました。

  いい出来です。もともと雑草なので、ほんとうは強いものなのでしょう。さらに20日後の写真です。こんなに生長しました。

  ムラサキは、現在、日本産の草で染めることはほとんど不可能に近いといわれています。すっかり消えたわけではなく、群生地を保護してこなかったため、採取が難しいからなのでしょう。

  紫根は、漢方薬としても用いられていて、解熱薬、解毒剤だそうです。そういえば昔、紫根エキスというような名前の化粧水をもらったこともあります。染めにも薬にも使える草は多いのですが、ムラサキはその代表格かもしれません。

  ところで、紫色を高貴の色としているのは日本だけではありません。古代ローマなどでも、貝紫といって、ある貝の一部の腺からとった分泌液を集めて染めた色は、帝王にしか着ることの許されない色だったそうで、とても高価なものだったそうです。雑草の細い根を揉みほぐし、煮て液を取る作業も大変だけれど、小さな貝にたぶん1本しかない細い腺を取り出して布地を染める作業は、もっとたいへんそう。なにより貝の量が半端じゃないと思います。ぜいたくができる人=帝王ということなのかもしれません。もっとも、アメリカの作家オー・ヘンリーは、「紫色のドレス」のなかで、こう書いています。

  「「紫に生まれる」とは、王家に生まれたことをしめすいいまわしだ。それも、当然、王家に生まれたものは、きまってかんの虫のせいで顔を紫に染めているものだ」(理論社刊・千葉茂樹訳)

  こんな皮肉を言われるほど、古今東西の王家の人々が固執した紫色。まずは叔父の送ってくれた根っこで染め出してみたいと思います。

   

  
コメント (5)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする