いのしし くん。

政治、経済から音楽全般の評論
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労働時間データの無理。 unreasonableness of labor time data

2018-02-21 20:12:22 | 日記
 (1)裁量労働制というのは労働契約形態としては本質論的なもの(essential theory)だ。実際に働いた時間ではなく、あらかじめ定めた時間を働いたとみなして賃金を支給する制度だ。

 労働基準法では1日8時間労働を基本として構成されている。しかしこの8時間を労働者がどう使い、業務成果をあげているのか様々だ。人によっては終業時間間際になって急に真面目に働きだし、その後の時間外労働でせっせと働き続けるというパターンもみかける。

 (2)企業などが労働者を雇用するのは、企業などの業務目的、目標、利益を達成するために必要な人材として採用する。労働者には企業などの目的、目標、利益達成のための役割業務が与えられ、成果として貢献してそれへの対価として約束された報酬、給料が支給される。

 企業などの業務目的、目標、利益は労働時間に対して支払われるものではなく、与えられた業務成果への評価方法としての報酬、給料というのが労働契約、雇用形態としては本質論だ。

 (3)わかりやすくいえば、1日8時間労働の中でそれをどう使おうと与えられた業務成果をあげれば労働契約は成立し、1日8時間の労働時間で成果をあげることができなければ成果をあげるまで自助努力(成果に対する報酬、給料支給内)で働き続けることが求められる。

 労働者の能力、個人差はあり、一律で決めることはできない業務目的、目標、利益達成度ではある。もちろん企業などとしては個々人労働だけでなく、グループ、集合体として成果を効果的、効率的にあげる仕組みなど工夫、方法論(methodology)は考えなければならない。

 (4)成果主義というと働き過ぎにつながると見られがちであるが、成果というのは1日限りのものではなく、1日、1日の積み重ねによる総体的成果であり、その過程の中ではメリハリをつけた労働制を考えて結果として与えられた成果につなげればいい。

 政府が働き方改革でこうした考え方の基本を成果ではなく労働時間の制限、制約で仕組みを解説しようとして、裁量労働制の労働時間データを有利に導こうとした不適切な比較データを説明していた。

 (5)厚労省が労働調査で一般労働者と裁量労働者の調査対象内容が別のものを同一基準データとして活用し、安倍首相もこの基準不適切データに基づいて政府が導入を計画している裁量労働制の方が労働時間が少ないと説明していて、間違いが指摘されて答弁撤回に追い込まれた。

 野党はこの不適切データが意図的にねつ造されたものではないのかとの疑念を示しているが、政府の法案提出にかかわるデータとしてはうっかりとか知らなかったではすまされない、考えられない不始末ものだ。

 (6)このデータを作成した厚労省関係者は調査対象基準が同じものでないことは十分にわかっているもので、意図的に都合よくすりあわされたものと考えるしかない不始末データだ。

 安倍首相は労働データ再調査はしないと言明しているが、裁量労働制を成果でなく労働時間で推し量ろうとしたところに無理(unreasonableness of labor time data)がある。

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