旅限無(りょげむ)

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ダライ・ラマ法王が訪米 其の壱拾

2010-02-21 10:46:55 | チベットもの
■共同記者会見も無く会談内容の詳細も発表されず、公表されたのは今時珍しい静止画像の写真1枚だけ。会見は粛々と地味な形に収まるように注意深く行なわれたような印象で、会見自体は「自由と人権」を擁護する国の大統領として意地を見せて強行しなければならず、かと言って過剰な演出で北京政府を極度に刺激するようなことは避けるという難しい綱渡りをしたと海外メディアは解説しているようです。

12日、香港紙・明報は、18日に予定されているオバマ米大統領とダライ・ラマ14世の会見場所が中国政府への配慮から、通常は個人的なミーティングに使用されるマップルームになったと報じた。……
2月14日 Record China

■散歩の途中でちょっと立ち寄った風情の部屋選び、後悔された写真には白いティーカップとクッキーが2枚載った小皿が小さなテーブルの上に見えます。その位置からダライ・ラマ法王のために用意された物のようで、オバマ大統領の飲み物は写っていません。撮影直前に片付けたのか、最初から来客用の茶菓しか用意されなかったのかは不明です。


18日、英国の複数のメディアは、オバマ米大統領がチベット仏教最高指導者ダライ・ラマ14世と会談したことで、中国側がどのような報復措置を取るのかについて論じた。……ガーディアン紙は、中国側は会談が行われれば報復措置に出ることを強く示唆していたが、実は中国側も両国関係のひずみが制御不能になる危険性を認識していると指摘。米空母「ニミッツ」の香港への寄港を許可したのも、そうした事態を避けたい中国側の思惑が働いたためだとした。同紙は、中国が本当に米国に報復したければ、一切の軍事交流を中止し、4月に予定されていた胡錦濤国家主席の訪米を延期にするはずだとの見方を示した。……

■腐っても鯛と申しましょうか、国際情勢の分析に関しては今も定評がある英国の高級紙も今回の会見には大いに注目していたようです。何故か日本のメディアはバンクーバー五輪を盛り上げるのに急がしい振りをしてダライ・ラマ法王の米国での動きを詳しく伝えようとはしなかったような印象がありましたなあ。政権政党の中に乱暴な「正三角形」理論が出て来た時期でもありますから、米中間が緊張する話には触れたくないのかも知れませんが……。


……タイムズ紙は、米国がダライ・ラマを支持することは、「02年チベット政策法」で明確に定められているとし、オバマ大統領がダライ・ラマと会談することは、中国がそれに強く反発することと同じように避けられないことだと指摘。その上で、胡主席は今、米国に対し、どの程度の強さの報復措置をとるかについて決断を迫られていると報じた。
2月19日 Record China

■台湾問題でもしっかり法律を持っている米国が必要な武器を供与するのは当然ですし、2002年に成立した『チベット政策法』が有効である限り米国はチベット問題に積極的に関与するのも当然の話です。チベット問題に関しては2009年6月に米国下院が『在チベット領事館設立法案』と仮称される改訂法案を可決しております。その内容は以下の通りだそうです。
(1)米国政府に対し、中国政府と接触する全ての執行機関が米国のチベット政策にリンク(協調)していることを、国家安全保障会議(NSC)を通じて確認するよう指示。
(2)チベットに米国領事館が設置されるまで、北京の米国大使館内にチベット担当部署を設立することを認可。さらに政府に、米国領事館をラサに設置するよう努力するよう指示。
(3)(2)のラサの米国領事館は「チベットを旅行する米国市民へサービスを提供し、青海、四川、甘粛、雲南省のチベット人居住区を含むチベットの政治的、経済的、文化的発展を監視する」もの。
(4)チベット人に対する奨学金や研究補助金の制度を認可し、予算をチベット文化と歴史の保護や、チベットの経済発展、環境保護、教育、医療サービスに充てる。
(5)中国に対し、チベット仏教における転生のシステムなどのチベット人の宗教的問題への「あらゆる干渉」をやめるよう求める。

■(1)が規定する国家安全保障会議(NSC)によるチベット政策の一括関与というのは対チャイナ戦略が国務省の担当範囲を越える複雑なネットワークが存在していることを前提としていると思われます。一説にはチベット地域に眠る21世紀型の産業に不可欠なレアメタルを優先的に確保するための深謀遠慮があるとも言われていまして、台湾と同様に建て前としては「独立は認めない」と北京政府に同調しておいて、それでも万が一の事態が起った時には米国の国益を最優先にした動きに出るための体制作りという解釈があるようです。

■(2)と(3)では北京政府が切り刻んで今の自治区に押し込んだ政治的なチベットを無視して、歴史的事実として存在しているチベット文化圏を包括的に「監視」する機関としてラサに領事館を置くというチベット人にとっては嬉しくも当たり前の計画が打ち出され、(4)は当面の人道的援助の強化策、(5)はチベット問題の核心とも呼べるダライ・ラマ転生に関する立場の表明になっています。チャイナの懐深くラサの地に外交特権で守られた領事館を設置できるかどうか、両国政府がどの程度まで交渉を進めているか不明ですが、米国の長期戦略は既に定まっていると申せましょうなあ。今のところ、ピンハネ目的で(4)の援助くらいしか北京政府は受け入れそうもありませんが……。

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