旅限無(りょげむ)

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新シルクロード『天空の道』に物申す 其の七

2005-09-21 14:02:14 | チベットもの
其の六の続き

■牧民のテントでの場面が続きます。


「ツァンパという食べ物を御馳走になりました。麦の粉に、ヤクのミルクを入れたお茶を注ぎ、バターを溶かします。チベット族遊牧民の主食です」

非常に大雑把な表現ですなあ。大きな間違いではないのですが、ちょっと不正確です。何よりも矢部裕一ディレクターが通訳から不正確な指示を受けて奇妙な食べ方をするのが問題です。この矢部さんという人は、本当にツァンパを見るのも食べるのも初めてだったのでしょうか?NHKでは、何度もチベット物を放送していて、本格的なバター茶を作ってもらって飲んだり、確か、ツァンパもちゃんとした作法で食べている場面を放送した事も有ったと記憶しているのですが?

■この矢部さんが突然人差し指を茶碗に突っ込んで、どろりとしたツァンパを指先で舐めるのを視聴者が覚えたら大変です!現場を見ていた訳ではないので、憶測で書きますが、恐らく、あの撮影現場では会話が混乱したのだと思われます。同行していた通訳が、チベット人かチベットの習慣に通じている人だったのか、そこが問題ですが、通訳さんは気楽に雑な指示しかしてくれません。矢部さんはツァンパの食べ方を知っていると誤解していたか、漢族の通訳で「こんな変な食い物はどうでも良い」と思ったのか、そのどちらかでしょう。牧民のお母さんは、ちょっと珍しい順番で茶碗にツァンパとお茶をを入れてくれたので、あの場合はツァンパが盛られていない方の縁(ふち)に口を付けてバター茶を啜(すす)らねばなりません。そして、半分くらい飲んだところで、出来れば中指でお茶とツァンパを捏ね合わせます。チベット人は慣れているので、目分量でお茶とツァンパの配分を調整できますから、上手に混ざるとパン生地よりも少し固いくらいの団子になります。これを指先で千切りながら食べます。決して御握りを頬張るような食べ方をしないことが大切です。

■でも、普通は煮出した御茶を二杯も三杯も勧めらます。それがミルク入りとは限りませんが、必ずバターを添えて欲しいだけ入れるように言われます。この御茶を楽しんでから、ツァンパを食べるように勧められまして、熱い御茶を注ぎ足して貰って大きめのバターの塊(かたまり)が浮かべられます。御茶を半分くらいになるまで啜っていると、浮かんだバターが丁度良い具合に融けて柔らかくなりまして、そこにツァンパの粉が入ります。そして中指で掻き回し始め、やがて捏ねるようになり、最後は碗の壁に押し付けるようにして団子にします。中途半端に粉やバターの破片を残しては行けません。その団子を左手に取って、右手の指先で千切りながら食べるのです。

■忙しい牧民が、御茶を煮出しているヤカンの中にミルクと溶け切るだけのツァンパを入れて置く事もあります。香ばしい飲み物です。団子にするにしても、お茶に戸貸し込むにしても、決して粉っぽいままのツァンパを食べるような事はしないはずです。ですから、矢部さんはお茶も飲まずに、突然無作法な「人差し指」を入れて掻き回したので往生する事になりましたなあ。子供でもあんな無様な食べ方はしません!おお、恥ずかしい。


「食べてみると意外においしく、味はきな粉に似ていました。」

どうもツダイラさんの言い方には棘が有って行けません。「意外に」とはどういう意味なのでしょう?それに「きな粉」を比喩に使うのは変です。日本にもツァンパそっくりの「麦焦がし」「香煎(こうせん)」という食べ物が有るではありませんか?香煎は正確には特殊な米粉に香料を混ぜた物だそうですが、世間一般には麦焦がしの粉に砂糖を混ぜた一種の菓子として楽しんだものです。今でも容易に購入出来るでしょう?ツァンパの味は、まったくきな粉とは違います。日本の餅にツァンパをまぶしてもアベカワ餅にはなりませんぞ!

■しかし、場面はそれ以上に下品になって行きます。視聴者の皆さんは絶対に真似をしないで下さい!ツダイラさんはこんな事を言い出します。


「青年が、若者独特の男らしい食べ方が有ると教えてくれました。」

帽子を脱いだ青年は、一切指を使わずに舌を出してお茶とバターとツァンパを掬い取って口に入れてもぐもぐはり始めました!思わず見入ってしまいますなあ。これは「青年独特」でもないし「男らしい」食べ方でもありません。余り手を洗わない牧民ですが、余程、指先が汚れているような場合、あんな食べ方をするかも知れません。そして、普通の作法通りに食べ終わった後で、器に少しでも溶け残ったツァンパがこびり付いていたりしたら、御茶を注いで指で洗い落とすようにして溶かして飲み干します。でも、御茶が無くなっている場合は、舌でぺろぺろと舐め取って器を綺麗にします。遊牧の土地は水場が近くに有るわけではなにので、水は貴重品です。水道の蛇口からふんだんに水やお湯を出して中性洗剤でじゃぶじゃぶ洗うような贅沢(無駄)はしないし出来ないのです。肉料理を盛った皿も、食べ終わると同時にぺろぺろやります。日本では無作法ですが、チベットの牧民にとっては最も良いマナーです。

■ですから、この青年が粉のままのツァンパをぺろぺろやったのは、特殊な場合の食べ方を示すと同時に、チベット人が大好きな「冗談」の一種として演じてくれたものと思われます。こんな物を真面目に取材してはいけませんぞ!


「標高3000メートルを越える草原には、チベット族遊牧民の昔から変わらない暮らしが有りました。」
ツダイラさんは一段落置いてくれますが、「昔から変わらない暮らし」というのは、土の竈(かまど)やバター茶やツァンパの事であって、あの変なぺろぺろ作法ではありません。珍しい映像を求めるのも結構ですが、変な物を拾って喜んでいると、何も知らない日本の視聴者に多大な迷惑を掛けることになります。嗚呼、今回もほんの数分しか進めませんでしたなあ。実に困った番組です。

其の八に続く

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