■儒教の思想家として有名な孟子には、本人よりも有名な母親が居たそうです。今でも子供の教育には環境が何よりも大切だ!という典型的な例として愛用されている国が有ります。日本でも、数十年前まで漢籍の教養として愛読されたので、結構、有名な話として語り継がれていました。その名を「孟母三遷(もうぼ・さんせん)」と言います。『列女伝』という本に記録されたお話は実に単純で、孟子も孔子様と同様に母子家庭で育ったのだそうですが、母子が最初に住んでいたのは墓地の近くで、ちっちゃい孟子は墓堀人夫の真似ばかりして遊んでいました。それを見た母親は我が子の将来を心配します。直ぐに引越しを決意して、次に住んだのが市場の近くで、息子は直ぐに商人の真似を始めます。またまた驚いた母親は、二度目の引越しを決意。
■三度目に住んだ場所は、儒者が開いていた塾のそばだったので、孟子は 祭祀 ( さいし ) の道具を並べて、「礼」の真似をするようになりました。これを観た母親は、我が子の養育には最適の場所を得たと大いに喜んだのだそうです。考えてみれば、墓地の管理や市場の仕事をしている人達に対して、実に失礼な偏見に満ちた職業蔑視ですなあ。社会は無数の職業によって構成されているのですから、犯罪者以外は共に社会生活を営むのに欠かせない大切な人達です。アホな思い込みで権力者や一般人が、職業をランク分けして馬鹿馬鹿しいカースト制度のような差別思想を生み出してしまうものですが、近代国家では「職業に貴賎なし」との結論が出ています。
■孟子が活躍したのは戦国時代と呼ばれる時代で、紀元前372~289年頃と推定されていますから、仏教はまだ伝わっておりません。孟子の母親が安心したという「礼」というのは、自分の家系の御先祖様を祭る儀礼の事で、まったく内輪の自分の一族の繁栄だけを願う行為だというのが重要です。国家のことは王や役人が世話をするし、公共道徳に関する興味はほとんど無いサバイバル状態での話です。日本にもこの「家の思想」が伝わって様々な影響を今でも及ぼしております。孟子の母としては、自分の死後の墓守と定期的な儀式をしてくれる息子を得た事が何よりも嬉しかったというわけです。儒教では、男子にしか祖先を祭る資格を認めていませんので、この点も重要です。
■現在の北京政府は、日本政府が羨むような人口抑制を目的とした「一人っ子政策」を取り続けていますから、男女の産み分けやら戸籍の改変やら大変な苦労をして、長男を獲得しようと涙ぐましい努力が続けられているそうです。こうした事情の中で長男に恵まれると「小皇帝」とも言われる過保護と過大な期待が親や祖父母の間に生まれて、社会問題にもなる困った子供達が増えているとも聞きます。
滋賀県長浜市で同市新庄寺町の会社員、武友利光さん(29)の二女、若奈ちゃん(5つ)と同町の会社員、佐野正和さん(33)の長男、迅(じん)ちゃん(5つ)が刺殺された事件で、殺人容疑などで逮捕された中国籍の鄭永善容疑者(34)が18日、長浜署捜査本部の調べに対し、「自分の子供が他の子供となじめないのは周りの子供が悪い」と動機について供述を始めた。「このままでは自分の子供がだめになってしまうので殺した」と話しており、捜査本部は、子供をめぐって不安にさいなまれて事件を引き起こしたとみて、さらに詳しく調べている。
■衝撃的な幼児殺人事件の更に衝撃的な続報が出て来ました。遣り切れなくなる話ですが、容疑者の女性は「孟母三遷」の話を知っていた可能性は有ります。一戸建て住宅を購入するというのは大事業ですから、自分が好む環境を自由に選んで転居を繰り返すような事は出来ないでしょう。同じ年頃の子供を共同で育てようとする試みは、地域の崩壊が叫ばれる時代にはとても良い事のはずなのですが、ちょっとした原因から惨劇に発展する事も有るのでしょうか。非常に残念で、同じような試みを実践している若い親たちが受けたショックは想像するに余り有るものです。
これまで犯行の状況を淡々と供述しながらも、動機については口を閉ざしてきた鄭容疑者は、この日の取り調べで「周りの子供が悪い」と、初めて動機について踏み込んだ供述をした。ただ、殺害された二人については「憎しみはない」とも供述、複雑な心境を吐露している。調べなどでは、鄭容疑者は幼稚園に通う長女のことを心配し、頻繁に園側に通園時の様子を聞いていた。また、幼稚園のグループ登園について「娘がなじめず、嫌だった」といった趣旨の供述もしていた。家族の話などから、鄭容疑者が最近、眠れない状態だったことも判明。捜査本部は鄭容疑者が慣れない日本での生活に加え、長女のことで悩み、疎外感を深めていったとみている。
■育児に悩んでノイローゼ状態に陥るのは、国籍や人種に関係が無い問題でしょう。まして異文化の壁と新しい生活環境という二重三重の疎外感の種を背負い込んだ若い母親の心の中には、他人には分からない苦しみが有ったのでしょうが、別の解消法が無かったのか?と手遅れとは知りつつも考えてしまいます。
鄭容疑者は「無言で殺害場所を探し、無言のまま二人を刺した」「二人を車に乗せた後、どこで刺そうかと思い、幼稚園を通り過ぎて約10分間、人けのないところを探した。子供たちとはほとんど会話を交わさなかった」と犯行当日の様子も詳しく供述している。鄭容疑者は、平成16年の春、長浜市内に転入し、当初は殺害された2園児の一家とも家族ぐるみで付き合っていた。しかし同年4月に長女が幼稚園に入園して以降、周囲に悩み事を漏らす言動が目立ってきたという。産経新聞 - 2月19日
■思い違いや思い込みによって、被害妄想や過剰な自己防衛に走ってしまう事も良く有る事ですが、それを仲裁する役目を果たせる人が居なかったようです。無事に生まれて育つ幼子に関して、どこの親も過剰に心配したり大喜びしたりするものです。それを愛すべき「親馬鹿」だと自他共に笑って過ごせる環境こそが必要なのでしょうが、ムキになって自分の子供を溺愛することから、様々な大きな事件が起きているのも事実です。自分の子供だけを偏愛するのは哺乳類の本能ですから、それを互いに認め合い、自分でもそれを認識する余裕が無ければ子育ては苦しくなるばかりでしょうなあ。自分の子供が世界で一番愛らしく、美しく、頭も良く、運動能力も抜群だ!と勘違いしない親など居ないでしょう。それが過剰な期待であり、虚しい夢なのだと気が付く時が来て、子離れ親離れの時期を迎えるのが望ましいのですが、周囲がまったく目に入らなくなって極端に独善的になって固まってしまった親の心はなかなか解けない結び目のようなものなのでしょうなあ。
■残された子供、夫、その親族、そして、容疑者の祖国に暮らす親族、被害者の遺族や友人達、衝撃的な悲しみの輪がどんどん広がって行くのでしょうが、事件が起こった幼稚園では集団登園を中止したとの報道も有りました。それはちょっと違うのではないか?と思いますなあ。まだまだ、全貌が見えない暗いニュースですから、静かに続報を待ちたいと思います。
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■三度目に住んだ場所は、儒者が開いていた塾のそばだったので、孟子は 祭祀 ( さいし ) の道具を並べて、「礼」の真似をするようになりました。これを観た母親は、我が子の養育には最適の場所を得たと大いに喜んだのだそうです。考えてみれば、墓地の管理や市場の仕事をしている人達に対して、実に失礼な偏見に満ちた職業蔑視ですなあ。社会は無数の職業によって構成されているのですから、犯罪者以外は共に社会生活を営むのに欠かせない大切な人達です。アホな思い込みで権力者や一般人が、職業をランク分けして馬鹿馬鹿しいカースト制度のような差別思想を生み出してしまうものですが、近代国家では「職業に貴賎なし」との結論が出ています。
■孟子が活躍したのは戦国時代と呼ばれる時代で、紀元前372~289年頃と推定されていますから、仏教はまだ伝わっておりません。孟子の母親が安心したという「礼」というのは、自分の家系の御先祖様を祭る儀礼の事で、まったく内輪の自分の一族の繁栄だけを願う行為だというのが重要です。国家のことは王や役人が世話をするし、公共道徳に関する興味はほとんど無いサバイバル状態での話です。日本にもこの「家の思想」が伝わって様々な影響を今でも及ぼしております。孟子の母としては、自分の死後の墓守と定期的な儀式をしてくれる息子を得た事が何よりも嬉しかったというわけです。儒教では、男子にしか祖先を祭る資格を認めていませんので、この点も重要です。
■現在の北京政府は、日本政府が羨むような人口抑制を目的とした「一人っ子政策」を取り続けていますから、男女の産み分けやら戸籍の改変やら大変な苦労をして、長男を獲得しようと涙ぐましい努力が続けられているそうです。こうした事情の中で長男に恵まれると「小皇帝」とも言われる過保護と過大な期待が親や祖父母の間に生まれて、社会問題にもなる困った子供達が増えているとも聞きます。
滋賀県長浜市で同市新庄寺町の会社員、武友利光さん(29)の二女、若奈ちゃん(5つ)と同町の会社員、佐野正和さん(33)の長男、迅(じん)ちゃん(5つ)が刺殺された事件で、殺人容疑などで逮捕された中国籍の鄭永善容疑者(34)が18日、長浜署捜査本部の調べに対し、「自分の子供が他の子供となじめないのは周りの子供が悪い」と動機について供述を始めた。「このままでは自分の子供がだめになってしまうので殺した」と話しており、捜査本部は、子供をめぐって不安にさいなまれて事件を引き起こしたとみて、さらに詳しく調べている。
■衝撃的な幼児殺人事件の更に衝撃的な続報が出て来ました。遣り切れなくなる話ですが、容疑者の女性は「孟母三遷」の話を知っていた可能性は有ります。一戸建て住宅を購入するというのは大事業ですから、自分が好む環境を自由に選んで転居を繰り返すような事は出来ないでしょう。同じ年頃の子供を共同で育てようとする試みは、地域の崩壊が叫ばれる時代にはとても良い事のはずなのですが、ちょっとした原因から惨劇に発展する事も有るのでしょうか。非常に残念で、同じような試みを実践している若い親たちが受けたショックは想像するに余り有るものです。
これまで犯行の状況を淡々と供述しながらも、動機については口を閉ざしてきた鄭容疑者は、この日の取り調べで「周りの子供が悪い」と、初めて動機について踏み込んだ供述をした。ただ、殺害された二人については「憎しみはない」とも供述、複雑な心境を吐露している。調べなどでは、鄭容疑者は幼稚園に通う長女のことを心配し、頻繁に園側に通園時の様子を聞いていた。また、幼稚園のグループ登園について「娘がなじめず、嫌だった」といった趣旨の供述もしていた。家族の話などから、鄭容疑者が最近、眠れない状態だったことも判明。捜査本部は鄭容疑者が慣れない日本での生活に加え、長女のことで悩み、疎外感を深めていったとみている。
■育児に悩んでノイローゼ状態に陥るのは、国籍や人種に関係が無い問題でしょう。まして異文化の壁と新しい生活環境という二重三重の疎外感の種を背負い込んだ若い母親の心の中には、他人には分からない苦しみが有ったのでしょうが、別の解消法が無かったのか?と手遅れとは知りつつも考えてしまいます。
鄭容疑者は「無言で殺害場所を探し、無言のまま二人を刺した」「二人を車に乗せた後、どこで刺そうかと思い、幼稚園を通り過ぎて約10分間、人けのないところを探した。子供たちとはほとんど会話を交わさなかった」と犯行当日の様子も詳しく供述している。鄭容疑者は、平成16年の春、長浜市内に転入し、当初は殺害された2園児の一家とも家族ぐるみで付き合っていた。しかし同年4月に長女が幼稚園に入園して以降、周囲に悩み事を漏らす言動が目立ってきたという。産経新聞 - 2月19日
■思い違いや思い込みによって、被害妄想や過剰な自己防衛に走ってしまう事も良く有る事ですが、それを仲裁する役目を果たせる人が居なかったようです。無事に生まれて育つ幼子に関して、どこの親も過剰に心配したり大喜びしたりするものです。それを愛すべき「親馬鹿」だと自他共に笑って過ごせる環境こそが必要なのでしょうが、ムキになって自分の子供を溺愛することから、様々な大きな事件が起きているのも事実です。自分の子供だけを偏愛するのは哺乳類の本能ですから、それを互いに認め合い、自分でもそれを認識する余裕が無ければ子育ては苦しくなるばかりでしょうなあ。自分の子供が世界で一番愛らしく、美しく、頭も良く、運動能力も抜群だ!と勘違いしない親など居ないでしょう。それが過剰な期待であり、虚しい夢なのだと気が付く時が来て、子離れ親離れの時期を迎えるのが望ましいのですが、周囲がまったく目に入らなくなって極端に独善的になって固まってしまった親の心はなかなか解けない結び目のようなものなのでしょうなあ。
■残された子供、夫、その親族、そして、容疑者の祖国に暮らす親族、被害者の遺族や友人達、衝撃的な悲しみの輪がどんどん広がって行くのでしょうが、事件が起こった幼稚園では集団登園を中止したとの報道も有りました。それはちょっと違うのではないか?と思いますなあ。まだまだ、全貌が見えない暗いニュースですから、静かに続報を待ちたいと思います。
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