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「悪も善きに変えて救い給う神」 創世記50章15-21節

2013-11-24 23:52:55 | 礼拝説教

  はじめに、今日の聖書の箇所に至るまでの、ヨセフの生涯の荒筋を、お話しいたします。

   ヨセフの生涯は、創世記37章から始まりますが、その出生は、創世記30章22節に記されています。ヨセフは異国の地、ハランで、父ヤコブの11番目の男の子として、母ラケルから生まれました。 

  ヤコブは12人の子供たちの中で、ヨセフを特に可愛がりました。それはヨセフが、愛する妻ラケルの産んで子であり、ヤコブの「年寄り子」で、母に死なれた子だったからです。ヨセフだけが特別な裾の長い晴れ着を着せられたいました。この偏愛は腹違いの兄たちのヨセフに対する妬みと憎しみ生みました。

   ヨセフが17歳の時、兄たちによって宍に投げ込まれ、その後に、通りかかったミディアン人の商人に穴から引き上げられ、エジプトに下るイシュマエル人の隊商に売られてしまいました。

   エジプトへ連れてこられたヨセフは、ファラオ(エジプト王の尊称)の宮廷の役人で、侍従長のエジプト人ポティファルに、奴隷として買い取られました。ヨセフは、自分の置かれた場で誠実に働いたので、主人に気に入られ、信任を得て、主人の全財産の管理まで任されるようになりました。主人の留守中、妻から言い寄られたヨセフは、それを拒絶しため、妻の恨みをうけ、妻が夫へ偽りの報告をしたため、ヨセフは監獄に入れられてしまいました。

   しかし、神はヨセフと共におられ、恵を施し、看守長の目にかなうようされたので、ヨセフは獄中の囚人を扱う仕事を任されるようになりました。ヨセフこの監獄で、エジプト王に過ちを犯して、投獄された給仕役の長と、料理役の長の、二人の見たふしぎな夢を解きました。このことが機縁となり、エジプト王の見た不思議な夢を、ヨセフが解くことになりました。エジプト王の見た夢は、これから七年大豊作が続き、その後七年飢饉が続くというものでした。

    ヨセフはファラオに、豊作の七年の間に、飢饉に備えて産物を備蓄するようにと進言しました。このヨセフの進言に感心したファラオは、聡明で知恵のあるヨセフを、エジプト全土を支配する司政者に任じました。このときヨセフは30歳でした。

  ヨセフが解いた夢のように、七年の大豊作のあと、七年の飢饉が始まりました。カナンの地も飢饉になり、エジプトに穀物があると知ったヤコブは、末の子ベニヤミンを残して10人のヨセフの兄たちを、穀物を買いにエジプトに遣わしました。

   エジプトに下って、ヨセフの前に現れた兄たちは、エジプトの司政者がヨセフだとは気付きませんでした。ヨセフは兄たちだと分かったのですが、自分の身を明かさず、兄たちをエジプトを探りにきた回し者だと決めつけ、その疑いを晴らすために、弟(ベニヤミン)を連れて来るように命じ、シメオンを人質にとり、穀物を与えて、兄たちをカナンに帰しました。

   飢饉が続き、ヤコブは仕方なく、ベニヤミンを連れて、兄たちが、穀物の買い出しに行くことを認めました。エジプトに再び戻った兄たちを、ヨセフは自分の屋敷に迎え、シメオンも連れてきて、食事でもてなしました。その間に、ヨセフは、執事に、兄弟たちの袋に運べるかぎりの食料で満たし、銀の代金もめいめいの袋に返し、一番年下の者の袋にはヨセフの銀の盃を入れておくように命じました。

   次の朝、兄たち一行を見送ったヨセフは、一行が町を出たころ、追手を送り、ヨセフの銀の盃を盗んだ者を連れ帰るように命じました。ベニヤミンの袋から、ヨセフの銀の盃が見つかった、ベニヤミンだけでなく、兄たちもエジプトの司政者のもとに戻りました。ユダは、司政者にベニヤミンの代わりに、自分を奴隷として残してくださいと嘆願しました。

   ユダの誠意と切実な嘆願に心を打たれたヨセフは、平静を装うことはできなくなり、自分が兄弟のヨセフであると身を明かしました。驚く兄弟たちに、ヨセフは、「今は、わたしをここへ売ったことを悔やんだり、責め合ったりする必要はありません」と語り、「神がわたしをあなたたちより先にお遣わしになったのは、この国にあななたちの残りの者を与え(残し)、あななたちを生き永らえさせて、大いなる救いに至らせるためです」と語りました。そして父と家族をエジプトへ連れてくるように話しました。 

   ヤコブの一行、総数七十名は、エジプトのゴシェンの地に移住し、ヤコブはヨセフと対面を果たしました。ヤコブはこのあと、十七年間幸せな日を過ごしました。

   ヤコブは死ぬ前にヨセフの子ら、エフライムとマナセを養子にし、ヨセフをヤコブの後継者として祝福しました。ヤコブが亡くなったので、ヨセフと兄弟たちは父ヤコブの遺言通りに、そのなきがらをカナンの祖先たちの墓に埋葬し、エジプトに戻りました。

   ここまでが、今日の聖書の箇所までのあらすじです。

   ヨセフの兄弟たちは、父が死んだあと、ヨセフが恨みを晴らすために、自分たちの犯した悪に仕返しするのではないかと恐れて、人を介して、ヨセフに、「「お父さんは亡くなる前に、こう言っていました。『お前たちはヨセフにこう言いなさい。確かに、兄たちはお前に悪いことをしたが、どうか兄たちの咎と罪を赦してやってほしい。』お願いです。どうか、あなたの父の神に仕える僕たちの咎を赦してください」と詫びを入れました。ヨセフがエジプトに連れて行かれてから、40年近く経っているのに、兄たちの罪の意識は、まだ消えていませんでした。

   兄たちの詫びの言葉を聞いて、ヨセフは涙を流しました。この涙は、「なぜ、そんなことをずっと長いこと思っていたのですか」という思いと、兄たちがあまりにもこのことで苦しんできたことを思っての涙と思われます。

   兄たち自身もやってきて、ヨセフの前にひれ伏しました。ヨセフは兄たちに言いました。

   「恐れることはありません。わたしが神に代わることができましょうか。あなたがたはわたしに悪をたくらみましたが、神はそれを善に変え、多くの民の命を救うために、今日のようにしてくださったのです。どうか恐れないでください。このわたしたが、あなたたちとあなたたちの子供を養いましょう」と、兄たちを慰め、優しく語りかけたのです。

   神様こそがただ一人本当に裁きをなさる方である、ということを告げ、神は人間の悪、罪をも用いて恵みのみ業を成し遂げて下さる方であると、ヨセフは語ったのです。もはや父から言われたからではなく、ただ神が赦されたので、ヨセフも兄たちを赦したのです。

   ヨセフは父の家族と共にエジプトに住み、110歳まで生きました。ヨセフは曽孫(ひまご)まで見て、膝に抱きました。ヨセフは兄弟たちに、神が必ず顧みてくださり、アブラハム、イサク、ヨセフに誓われたカナンの地に導き上ってくださることを予言し、「そのときには、わたしの骨をここから携えて上ってください」と言って、誓わせました。ヨセフはこうして110歳で死にました。人々は彼のなきがらに薬を塗り、防腐処置して、ひつぎに納めました。

  イスラエルの民がエジプトに寄留した年数は、430年と記されています(出エジプト記13:19)。ヨセフの死から、数えると、凡そ350年後に、出エジプトの出来事が起こるのです。「そのときモーセはヨセフの遺骸を携えていた(出エジプト13:19)」とあります。(ヤコブ一族のエジプト移住1660頃、ヨセフの死1590年頃、出エジプト1230年、として計算)

   モーセとイスラエルの民は、40年間、荒れ野を彷徨(さまよ)ったすえ、ヨシュアが後継者となって、約束の地カナン入りました。ヨセフの遺骸はヨシュアによって、ヤコブが買い取ったシケムの野の一画に埋葬されました(ヨシュア記24:32)。ヨセフの遺言は、400年も経って実現したのです。シケムはヨセフの子孫の嗣業(しぎょう)の地となりました。

   ヨセフが兄たちに「あなたがたはわたしに悪をたくらみましたが、神がそれを善に変え、多くの民の命を救うために、今日のようにしてくださったのです」と語り、兄たちを赦しました。人の悪い企み、人間の悪の計画、悪しき行為も、神は善きことに変えてくださり、多くの人を救おうとされる、神の摂理に対する信仰がここに言い表されています。すべてのことを良きに変え、益となさる神が告白されています(ローマ8:28)。

   創世記全体を通して言えることは、何度も神に背き、罪を犯す人間が赤裸々に記されていることです。それは一人の人生の中でも言えることです。然し、それらを越えて、人を愛し、救おうとする神様の計画、御業がなされたことが、一貫して創世記を通して語られています。この世界は運命や宿命によって支配されているのではなく、愛なる神の摂理の支配の中にあることを信じるときに、わたしたちは平安を与えられます。「悪を善に変えて、わたしたちを救い給う神はほむべきかな!」

 

 

 

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