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蝶になりたい

いくつになっても、モラトリアム人生。
迷っているうちに、枯れる時期を過ぎてもまだ夢を見る・・・。

ごらぁぁ、だれが、おばはんやねん

2013-09-17 | 日々のこと

非常に今朝は、うれしい。
なにが、うれしいかというと、手足が動くようになった。
正確には、両手の指が動くようになった。
キーボード入力には、足は使いませんので。

ピアノを弾くかのごとく、両手指をちゃかぢゃかと動かすと、とても気持ちいい。
しかも、自分で思ったことを同時に文字にできる。
ちょっと怪しい、自信のないコトバは、ググって、カンニング。
何十年も思い込み間違いをしていたコトバは、山とある。

とまあ、暫定的であるが、相棒が蘇ったのである。
世の中には、器用な人もいて、臨死状態のモノを生き返らせる魔術師もいるのだ。
「ただし、期間限定です」と、あくまでも緊急処置らしい。


・・・

で、・・・
関係ないハナシだが、

わたしは、自分に自信がない、いじけ虫(書いていて気づいた、あ、これ、死語)だが、
でも、ぜったいに、ババアとか、言わせない。

わたしの義母のことを話していると、
「で、そのババアは、どう言ってるの?」なんて、冗談口調で言う人がいる。
ひとのババアを(あ、間違えた)ひとの義母をババアだなんて、趣味の悪い冗談だと感じ、笑うに笑えない。
わたしは、義母のことを一度もババアだなんて思ったことはない。
「ばあさん」と陰口をたたいたことはあるが、愚痴相手は、ばあさんに頭が上がらない夫とだ。

ふたり、情けない。敵の敵は味方。
時には、義母とわたしで、夫の陰口をたたく。これまた、敵の敵は味方。
わたしと夫、わたしと義母。共通の敵を持つ。
ちなみに、わたしのことを、夫と義母で陰口言ってることはない・・・はず・・・だけど・・・?

また、脱線。ハナシを戻す。

義母は、威厳がある。
見かけとかではなく、存在そのものに、わたしは、尊敬の念を抱いている。
細かい生活面のあれこれは、お互い、好みや感覚の違いがあるので、どっちもどっち。
まあ、どちらかというと、わたしのほうが、分が悪い。

わたしは、人に一言で、彼女を説明するときは、「賢婦人」だと表現する。
見習うべきところは、かなりある。

と、それは、義母の話。
実母も、ババアなどとは呼ばせない。
これは、わたしと血がつながっているせいもあるが。
二人とも、信念のカタマリのような女性である。
戦中派には、アタマが下がる。実践、行動力。

と、これまた、母親たちのことでありまして、
わたしが言いたいのは、自分自身のこと。

とある場で、
「『おばさん』だなんて、呼ばせないわ。まして『ばあさん』だなんて、とんでもない」と、
アタマから火を噴いて憤慨していたご婦人がおられたが、どこをどう見ても、
「おばあさん」。
若干、モダンなかんじは、しているが。

憤慨している姿こそ、なんだかとても、哀れというか、気持ちはわかるが、見掛けは別。

なので、
こころの中では、毅然として自分を保っていたとしても、
他人に、見かけの印象を押し付けるのはいかがなるものかと。
いくら頑張っても、どんなに気丈で、お上品でも、年齢や肉体は、ばあさんは、ばあさんなので。


と、そういうことを前提として、言わせていただく。
(ああ、この前置きの長さよ)

わたしは、どんなに近い関係の人にでも、ぜったいに「おばはん」とは呼ばせない。
(気持ちだけの問題だけど)
どんなに夫に馬鹿にされようが、「おばはん」なんて夫の口から発しようものなら、
10000倍返しの復讐が、待っている。

「それ、誰に言ってるの?」
その後の、くどくど、ぐちぐち、さらに、激高、しつこく執拗に、ねちねち、顔面は鬼のごとく・・・
夫は、うんざりした経験から、決して禁句は発しない。
学習能力が備わったといえる。

間抜けだの、アホだの、言われても、そりゃあ仕方ない。
事実だったりするので、反論のしようがない。
(若い頃から、根っからのボケ・・・
好きでやっているのではないところが、哀しかったりする・・・)
「おばはん」だって、事実なのだが、なぜか、触れてはいけないスイッチがオンになり、爆発してしまう。

音声機能で、「おばはん」と発声すると、ぼむっとアタマから火が出る仕組み。
こんなオモチャ、いりませんか?

自分のなかで、どこが、許せて、どこが許せないか、だ。
わたしは、アホでもいい。
事実、アホだし。
でも、「おばはん」は、許しがたい。
実態は、完璧なまでの、豹柄なにわの「おばはん」であろうが、だ。


根拠はないのだが、自分の死守するラインがある。
これは、自分で守らなければ、だれも守ってくれない。

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休止サイン

2013-09-16 | 日々のこと

iPadで入力できなっかったが、どうにかできるようになった。

が、昨日はノートパソコンと、ケータイ電話で入力した。

チマチマと。

夕方、目に異変が起きた。

まるいカタチの稲妻みたいな花火みたいなものが、チカチカ走った。

しばらく、目をつぶっても、チカチカ。開けても、チカチカ。

こりゃあ、あかん。

過ぎたるは、なお及ばざるがごとし(。-_-。)

眼の病気だ。明らかに。

 

恐ろしくなって、しばらく安静にした。

何ごとも、控えめに。

でも、それが出来ないのが、人間。

 

いつも激突するまで、止まらない。

豪雨のことを書きたいが、時間切れ。気力切れ。

倒れた相棒(デスクトップ型パソコン)なら、スイスイなのに。

ああ、iPadでの入力は嫌になる。

 

アウトプット不完全燃焼で、ストレスが溜まる。

あと1週間。残された時間。

カウントダウン。スタート。

 

 

 

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間借り人は、肩身が狭い

2013-09-15 | 日々のこと

さてさて、・・・

相棒が倒れたので、しかたなく、助っ人iPadの力を借りたが、この助っ人は、わたしとの相性は、抜群に悪く、
今日は、うちのFUJITSUのノートパソコンで入力している。
このノートパソコンは、うちに来てから2年弱とまだ若く、まあまあ、若いなりに動いてくれることは動いてくれるのだが、
わたしではない人物が、専用に使っているものなので、
そっと拝借という、ひやひやモードの利用となる。

お気に入りや、履歴は、しっかり消しておく。
ログアウトもきっちり忘れずに。
なのに、なぜか、「お気に入り」に、すでに蝶ブログが入っていて、すっかり肝を冷やした。
(これは、もう一人の、世界中で2番目に読んでほしくない人物が、マーキングしたものと思われる)

ノートパソコン ヘビーユーザーの、わたしではない重要危険人物が、毎日、熱心に読んでいないことを祈るばかりだ。
この世の中で、一番、読んでほしくない人物なので。

・・・・・

こっちのノートパソコンは、iPadよりは、少しはマシである。
やれやれ。
windowsとの互換性がスムーズだからだろうか?
(よくわかりもしないで、非常にテキトーに言っている・・・)

文字入力が、こころの声と同じスピードでできることは、すばらしい。
わたしにとっては、目の前の人に向かって喉から声を出して喋るよりは、
キーボードで入力するほうが、ずっとずっとスムーズである。
(ちなみに、対面恐怖症ではありません)

・・・・・

ちょっと嬉しいことがあった。

といっても、ネット社会のことなのだが。

別SNS(趣味の集まり)で日記を書き始めて1か月半、最初は、3~4日間隔でアップしていたが、
このごろは、停滞していた。
新しい初顔であるわたしの日記に、最初はもの珍しげに人が集まっていたが、段々、書く内容が似通って来たり、
集まっている構成メンバーひとりひとり、どういう人がいるのか、わかってきたりすると、
最初のようなスピードや期待感は、みるみるうちに失速している。

みなさん、ご自分の考えや行動が正しいと言い張る方が多く、年を重ねた方々に見る特徴といえども、
けっこう、げんなりした。
自信と信念は、結構なのだが、それでは、お互い、仲間同士固まって、群れていたりして、
実社会の群れ軍団と同じなのではないかと、少なからず感じた。
なんのためにSNSかと。
まあ、利用の仕方は、個人の好みだが。
仲間を見つけるのが目的なら、それはそれで、目的は果たしておられることだろう。


ネットでも群れないわたしは、ちょっと距離を置いた感があったが、
そういう中、昨日、別SNSの、ある方からメッセージをいただいた。
人も自分も斬る、人にも自分にも厳しい目を持つ、わたしの一刀両断日記が好きだそうだ。

へえ~~~。
すごく驚いた。
こんな方もおられるんだ~。
そのメッセージを発見したのは、帰りの電車の中。
別SNSのマイページにアクセスしたら、「メッセージが届いています」という赤い文字が飛び込んだ。
メッセージを読み、電車の中で、きゃっ、にたっと不気味に、ほほ笑んだ。(こころの中で、です・・・)

我も我もの集まりでは、人の意見など、聞く耳を持たない。
聞いているフリをして、ぜんぜん取り入れる気などない・・・わたしは、その別SNSでは、そう感じていた。
そういう性質の人が多い趣味の集まりなのかとも、勝手に分析していた。
けっこう、嫌気がさしていた時だけに、少しでも理解してくださる方がいるのかと思い、ほんわかとした。

ずっとずっと前に、恥ずかしながら、紙媒体に、とある連載ものを書いていたことがあるのだが、
その時もまったく手ごたえがなく、しょんぼりしていた。
職場の総務の人に、(その人は、わたしが書いていることをご存じない)、
「○○っ(タイトル)って、おもしろいよね」と、ぼそっと言われ、光が射したような気になった。

いずれにしても、一般ウケしない、マニアックな、マイナー路線である。
わたしは、変り者なので、自分ながら、自分に手を焼いてしまう。

変り者は、いるところにはいて、同じ変り者同士、同類で話をするときは、
わたしたちの会話を周りの人に聞かれると、すごく恥ずかしい。
宇宙人同士の会話か、精神科病棟での会話に近いものがある。

・・・・・

と、そんなどうでもいい、うだうだ話を、うだうだ、だらだら入力できるのは、ありがたい。
できれば、はやく、間借りではなく、わたしの相棒が復帰するか、
あるいは、やむをえない場合は、新しい相棒を調達してこなければならない。

ただし、ここのところは、もう時間がないので、10月明けてからとなる。
間借りで、しばらくは行くしかない。

 

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相棒よ

2013-09-14 | ブログ

「相棒」というのは、自宅にあるデスクトップ型のパソコンのことである。

永年、連れ沿ったという意味で、「相棒」と表現したまでで、生き物ではない。

まして、人ではない。



しかしまあ、いつものパソコンではないと、手間取ること。

ここまで入力するのに、10倍近くかかっている。
本来なら、もう終了していてもおかしくない。
なんと、文字盤が出てこない。

ありえない。

ひょんな時にちょこっと出てくるのだが、また消えてしまう。
どうやって入力しろと?
とりあえずは、無線持ち運びミニキーボードで。(ブルーツース)
英文字が出ないが、我慢する。 

また、携帯電話からアップしてもいいのだが、あれは非常事態の時のみ。

今からしばらくiPad。
そう思うと気力が萎える。

 

文字を打つのが、これほど手間取るなんて。
今まで感じなかったことである。

 

前かがみの姿勢にも、体が疲れ、ストレスのもと。

一文字打つだけで、候補として変な文字もいっぱい出てきて、なかなか入力しづらい。

すっかり嫌になった。

 

 

戻ってきておくれ。相棒よ。こころから、そう思う。

(安ものでも)あなたの良さ、ありがたみは、充分わかったから。

 


相棒に先立たれ途方に暮れ

2013-09-13 | ブログ
今日は、懐かしのiPadで入力している。
パソコンが臨死状態なので、仕方なく。

読むのも入力するのも、疲れる。
お気に入りも、一からブックマークし直し、手間。

このiPadでは、本当に気に入ったブログしか読めない。

一応、ご近所ブログをひと回りした。
やれやれ。
しかし、時間がなくなってきている。
どうすりゃいいの。

ブログを打ち捨てて、今日は逃げます。


ケイタイをアイフォンに変えたほうが、いいかも。


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あっぱれ!

2013-09-12 | ブログ

すごい閲覧数の、
ブログ村全体での上位にランキングされている記事を読んだ。

地域の草野球から、大リーグを見たようなかんじ。
ぜんぜん、スケールが違った。
「人の不幸」とかでもなんでもなく、明るく清く美しく正しく、そして謙虚で面白い、
そして味のある、ユニークなブログだった。
そりゃあ、多くの読者が束になって集まりますわ。
しかも、きっちり、仕事をばりばりにこなし、なおかつ、、毎日更新。
リアルな給与明細書や家計の数字公開や、写真、日ごろの仕事や家庭のことまで、明るくユーモアたっぷりに。
知らない業界のことも、客観的に、詳しく垣間見ることができる。
(先入観や偏見に満ちた、とか、抽象的や、こころの目で見て、とかではなく、
きちんと正確に表現してある)

アタマが下がった。

ただし、これを毎日、読みに行くかどうかは、わからない。
自分には自分の等身大の近場の楽しみというものがある。
本場アメリカのディズニーランドに出向かなくても、近所の公園、あるいは、家の滑り台(無いか・・・)でいい。
といいつつ、でも、おなじクリックひとつなら、手間はいっしょなので、
飛んでいってしまうかも。

いやはや、人間、スケールが違う人はいるものだ。
頭脳、体力、気力、集中力、持続力、行動力といった、
ありとあらゆる能力が、がーーーんと上の人は、いるものだ。
しかも、ふつうだと思っておられる、
もしくは、自分は同じ職場の人々(ハイクラスの人が多い)に比べると庶民的だと思っておられる
とても、謙虚なブロガーさんだ。

そりゃあ、多くの人が訪れるのは、納得だ。

わたしの理想中の理想。
どんぴしゃり、絵に描いたような、そんな人だった。
(年齢はわたしの娘の世代)
わたしとの接点は、カケラもないのが、辛いところ。。。だが。
(でも、ちょっと、内向的な性格で、
ひとりで自分の中だけで、お祭り騒ぎや、お葬式をしているところは似ている・・・)

が ん ば っ て く だ さ い

 

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「人の不幸」の見物客

2013-09-11 | ブログ

 ちょっと目線を変えて、まったく訪れたことのないブログに、2~3、行ってみた。
やあ・・・スゴイです。
なにがスゴイって、閲覧数。

わたしのブログが、太平洋のなかで泳ぐ、ミジンコのように思える。
わ、ミジンコ、かわいい!

と、まあ、それはいいのだが、
内容がスゴイ。壮絶。
ご自身の人生を赤裸々に、リアルタイムに(現在進行形で)綴っておられる。
もう大変な事態が終わって、こころの整理がついて、
傷も癒えて、リハビリも兼ね、当時を振り返り、書いておられるわけでもなく。

いくら、どこのだれだか知らないネットの向こうのお話とはいえ、
わたしは、びっくり仰天した。

他人の家庭悲劇のドタバタ、興味本位以外に、なにかある?
としか思いようがない。

ああ、自分はよかった。
この人の生活に比べると、多少、つまらなくて刺激がなくても、この人よりは、マシ。
そう思いたくて、訪れているのではなかろうか。

わたしは、ただ単に、びっくりしただけであって、定期閲覧しようとは思わなかった。

かといって、幸せ、のほほん、まったりの生活を読みたいかというと、ぜんぜん食指が動かない。
自分が、のほほんとしていすぎるので、これ以上のほほんすると、湯アタリしてしまう。

そして、思うこと。
わたしのブログを訪れてくださる方は、
かなりピンポイントで、ユニークな部分をお持ちの方だと思う。

・・・・・

わたしは、他人の「幸せ日記」、って、ぜんぜん面白くない。
これは、あくまでも好みだが。
かといって、過酷な地獄のような毎日、という日記も、単発、スポット的には訪れるかも知れないが、
ずっとは読まない。
というか、そういう日記は、ご本人が激動経験を吐いてしまえば終わることが多く、
その後、長く読み続けることができない。
普通の生活に戻ったあとの日記が面白くないので、激動時代が過ぎると、訪問も途絶え、さよならしてしまう。

それに、不倫系や離婚系は、どうも、感傷に浸っている感があり、べとっとしていて、あの独特の湿度が苦手。
自分に酔っているという姿・・・。
強く感じる。
そして、借金生活苦系は、避ける傾向にある。


まあ、人それぞれ、何が良くて、何が悪いという基準はまるでなく、好みの問題だ。
ただ、閲覧数に世間の動向が、はっきり表れていて、それはそれで、興味深い。
ブログに見る、日本人の深層心理、意識調査。

・・・・・

ところで・・・
最後に。
前にも書いたが、ブログ村の人気記事ランキングだが、基準が非常にあいまいだ。
おそらく、一日のうちの特定時刻(秒単位)における各登録ブログの閲覧数を
コンピューターで自動カウントしたものだろうと想像する。
なので、毎日アップしているブログが、圧倒的に多くランキングされる。
同じ顔ぶれの記事が幾つも重複し、面白みにかける。
(わたしもそのうちの、マイナス要因のひとつ)

かといって、いつもの場所からお出かけして、他のジャンルのブログから派生したブログに飛んでいっても、
結局、戻ってきてしまう。

いつも同じ店で、同じものを食べる客。
それと同じだ。

 

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だらだらだらだら、気づくと終点

2013-09-10 | 日々のこと

「やることがない」に、ついて。

「着る服がない」とよく言うが、
部屋いっぱい、あふれんばかりに服があっても、着たい服がないのだ。

「なんにも、やることがない」なんて、けっこうなことだ。
やらなければならない用事だらけで、ストレスを抱えているよりは。
だが、世の中には、「やることがない」というストレスもあるようだ。

わたしは、「やることがない」場合、究極は、寝る。
これが、夜なら、朝まで寝る。
いたって、フツーで、合理的で、道理にかなっていて、書いてもなんの面白みもない。

朝は、早起きしなければならないが、用事が済むと、また寝不足分を補いたい場合は、寝る。
つまり、「眠いときは寝る」、ってことだ。
ただし、タイムスケジュールはある。

一日中、家にいると、そして、そんな日が続くと、
今日は、何曜日なんだか、先週は、何をしたんだか、先月は何をしたんだか、
ぱっと思い出せない。
暑かったなあ・・・で終わったりする。

一日中、家にいる日は、休日だけだと、そんなことはない。
だが、一週間が早すぎるのが、デメリット。

だらだらであっても、なにかの時間待ちである場合もある。
結果待ちであるとか、熟成期間中であるとか、答えを探しているとか。
ただし、一生、そういって、だらだらしっぱなしの場合もある。
時間が迫ってはじめて、残された時間が少ないことに気がつく。
だらだらの、しっぺ返し。
けっこう、きつい。

・・・・・

家にいても、課題をこなすと、記憶に残る。
課題なく、だらだら過ごすと、(労働の再生産の場合の、だらだらなら、意味があるが)、
労働をたいしてしていないのに、さらに、だらだらすると、「労働」と、「だらだら」の区別、メリハリがつきにくい。

達成感というものは、努力して手に入れるものである。
たいして、なにもせずに、やりがいを手にすることはありえない。
目標を持たなければ、ただの時間つぶしになる。
それが気持ちいいというライフスタイルの人は、それでいい。
ひとそれぞれだから。

小学校の担任の先生が、「人生は死ぬまでの暇つぶし」と、よく口にしていた。
あまり、まともに受けとる必要はない、と、今は思っている。
先生は、どういう意味で言っているのかは、知らないが、
わたしは、逆説的にとらえている。
死ぬまでの暇つぶしではない、暇つぶしになってはいけない、という意味なのではないかと。

どんな意味であろうが、自分が感じて、考えた、とらえ方をして、
自分の生き方に取り入れたらいいのだ。

 

 

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ブログのむこうに、なにが見える?

2013-09-09 | ブログ

ネタもないのに、ネタ探し。
よそ様のブログを拝見すると、アタマの中身が濃く、ぎしっと詰まっておられる方は、
書いても書いても、薄くもならず、あふれ出んばかりの知識と知性、
それはそれは、濃度の濃い頭脳だと、感心させられる。

一方で、ネタを探すでもなんでもない、たんに日常あったルーチンワークを書いているだけなのに、
目が、まんまるになる膨大な閲覧数をカウントするブログもある。
(じつは、わたしは、隠れファンで、カウントを押し上げているうちの、ひとり)

ここで、わたしの分析。

頭脳派ブログが好きなのは、リタイアされているインテリ男性(&女性)が多いのでは。
政治経済、歴史、文化、などなど社会的話題、知的な話題をできるだけ取り入れ、
まだまだ磨きをかけることを怠らず、ボケないよう、社会とつながりを持つよう、努力しておられる。
これは、わたしは、大賛成、大賛同、大推薦。
ただし、自分は・・・眠くなる傾向あり。

さて、つぎに、
リタイア組みとは違って、現在、現役の皆さま。
おそらく、毎日、アカの他人の無名人ブログなど、読む暇はないと思われる。
なので、彼らは、実益のあるものを(お金を払ってまでも)購読する。
せいぜい、ブログはリアル友人のブログか、facebookをちょいのぞき程度。

さらに、つぎ。
ここからが、重大。
ヒマをうんとうんとうんとうんと、もてあましている方々。
この方々は、黄金のヒマのカタマリを、ほしいままに享受しておられる。
なので、どんなブログでも時間を割いて読むことに抵抗はない。

そこで、自分と似たような属性タイプのものを探す。
つまり、ヒマ人のブログだ。
どーでもいいことをうだうだ、・・・は、読むのが面倒くさい。
興味のあるところだけ拾い読みして、あとはパス。

さらに、その次が大事。
自分と同じ立場、状況に置かれている人のブログ。
これは、けっこう面白いのではなかろうか。
あくまでも推測であるが。
知的なものは、パス、うっとうしい。
週刊誌が、大好きな人。
このタイプ。
一昔前は、テレビの前で、ごろん、せんべい、ばりばり、のタイプ。

しかし、そういう人は、他人のブログを読まなくても、
ヒマにまかせて、くまなくネットで、ピンポイントに、あれこれ探せる。
ところが、オタクではない場合、探したり、研究したりする傾向のものは、好きではなく、
もっと身近な、自分に近い、等身大の話題が好きなのだろう。
(わたしのブログは、あまり読まれない理由が、ここで、はっきりする)

おっと・・・自分のブログの分析をしているのではなく、・・・


せんべい、ぼりぼり、の、おせんべいの質だとか、味だとか、固さだとか、
話題の内容は、どんなに美辞麗句を駆使しようが、
テレビの前で寝っころがって、かじる、「せんべい」であることには、違いない。

同じせんべいでも、世界万国博に展示し、各国の皆さまに味わっていただく「せんべい」と、
家でだらしない格好のまんま、かじるせんべいと、「せんべい」という物質は、同じせんべいではあるが。
・・・と、ハナシが、がたんと脱線。


その、等身大ブログに、大勢の方々がどどっと詰め寄って集まっている。
交流をしたい、とか、そういうのではなく、ちょっと好奇の目で眺めている。
なので、そのボリュームゾーンが、大きい。
彼らの注目を集めるものは、彼らと日常、同じ行動をしている人々であると、想像する。

なあんて、大げさに言わなくても、わかりきっていることであるが。

ちなみに、わたしは、隠れファンであるが、日常の行動は、まったく違う。
接点はまるでない。
でも、訪れてしまう、ボリュームゾーン外の人間である。

なぜ、同じ行動をしていないのに、ブログに訪れるか?
そのブロガーさんが、毎日きちんと更新していて、簡潔な文章で、読みやすく、
期待を裏切らない内容で、面白いからである。

ただ、嫌いだった時期もある。
前は、嫌いだ~と思っていたが、わたしの癖で、少々気に入らなくても定点観測をしてしまう。
つまり、ある一定期間、観察する。
一時が悪くても。長い間には、良いときもある。
で、読んでいたら、最近、良くなってきた。
(評論家でもあるまいし、上から目線、この上ない)

おそらく、そのブロガーさんは、自分の気持ちを書き綴っている間に、
気持ちの整理の仕方や、書き方が身についてきたのだろう。
そして、そのブロガーさんが、もし、その生まれ育った環境でなければ、違う道を歩んでいたことだろう。
その別の道まで、うっすら想像できる。

人は、表面に現れていることに惑わされず、芯のところを見ると、
こころの持ち方や考え方、行動の仕方で、その後が違ってくるんだなあ・・・と、感じる。
なので、日常、違う行動パターン、違う世界に属していても、共通のなにかを感じるのである。

と、またまた、無意味な分析をしてしまっている。
なぜ、わたしが、そのブログに惹かれるのか、自分自身、興味があったので。
あのブロガーさんは、あの生活のまま今後も延長されることだろう。
おそらく、わたしとは、あまり接点はないが、なんとなく、またまた、訪れることだろう。

追伸
これまた、ぜんぜん、わたしとは接点がないが、
ダイナミックな生活をされている、あるブロガーさんには、尊敬と応援の気持ちで、
ブログにお邪魔している。
彼女の荒削りな(すみません)フロンティア精神みたいなものが、力強く感じられ、
自分まで元気になるような気になる。

・・・・・

今回も、なんのネタもなく、
だらだらと書いてしまった・・・。

 

 

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わたしの目に、あなたは映りません

2013-09-08 | 日々のこと

今日は、逆さに振っても、ねじっても、ひねっても、
なああんにも出てこない。
空っぽアタマ。

で、あちこちウロウロ。
他のブログをきょろきょろ散歩。
趣味関係のSNSをうろちょろうろちょろ。
ついでに、自分の別ブログも一ヶ月ぶりに更新。

なあんにも、こころに、ひっかからない。
こりゃあ、困った。
ぐでぐで。
なにも困ることはないのだが。
蝶ブログを更新しなければいいだけの話。

 

こういうときは、自慢バナシでも書くか。
と同時に思い浮かべたのは、自慢とは逆のハナシ。

別SNSで、とある人が日記を書いている。
そこには、実在の人物がたくさんニックネームで登場し、実在の場所、時間、行動も書かれている。
わたしも、書かれている登場人物のひとりなのだが、
なんと、その日記の、とある日に、「来ていたのは、○○さん、△△さん、など・・・」となっていて、
わたしの名前は見当たらず、「など・・・」に当たる。
わたしは、「など。。。。」なのだ。
しかも、「ぱっとした人は来ておらず・・・」となっていた。
「イマイチ」で、すみませんねーー。

ショック・・・。
しょんぼり。
ちょっと落ち込み、浮上できず。
ひょっとして、その人の目には入っていなかったのかも知れない。
影のような、幽霊のような、薄い印象、存在感。
透き通っていて、人とぶつかっても、すっと透明状態で突き抜けているのかも?

そして、もうひとりの、ある人の証言。
「ああ、あの人(スロー)ね、とても大人しい人ですよ。ほとんど、なにもしゃべらないし」
とのこと。
そのとおり。
その報告は、事実100パーセントまるまる正解。

まあ、自分の行動、人から見た印象というものが、よくわかる。
影のような人間なのだ。
影のくせに、人をやたらよく観察し、鋭い目で、びしばし、あれこれ感想が沸き起こる。
いったい、なんなんでしょうね~?
盗撮カメラみたいに、街角に設置された、人間ウォッチマシーン?


日記の人には、
「もっと最前列に出ないと、うしろに引っ込んでいたら目立ちませんよ」と言われた。
目立たないように、後列に引っ込んでいたんだけれど、
なんとなく、その人の言葉をそのまんま真に受けて、最前列に座り変えた、わたし。
自分の意見や考えは、ないのか?

・・・・・・

わたしは、そもそも目立つのが、大嫌い。
困った性分である。
「目立つ=杭を打たれる」 みたいな方程式が、わたしの中で出来上がっている。
「目立たない=ひっそり、自分流に楽しむ」という、人に自分を知られたくない派。

わたし自身のことに、話題を振ってこられると、けっこう口が重い。
ご近所の方とバスでいっしょになったりすると、もう、逃げの一手。
だが、つかまってしまい、余計なことをしゃべって、墓穴を掘る。

・・・・・

人は、人のことをよく見ていて、(よほど退屈しているのか)
あれこれ、うるさい。
かまってほしくない、ほっといてほしい。
だが、社会人であり、大人であり、開かれた場に自分が身を置いているかぎり、
そんな子供じみたことは、言えない。

・・・・・

・・・と、愚痴ってみた。
と同時に眠くなってきた。

さて、気分転換して、ちょこっと用事に取り掛かるといたします。

 

 

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