蝶になりたい

いくつになっても、モラトリアム人生。
迷っているうちに、枯れる時期を過ぎてもまだ夢を見る・・・。

休憩タイム

2011-12-30 | 暮らし

ただいま、休憩タイム。
迎春用意の半分ぐらいが済んだ。


しめ縄に昔の和紙を切って作ったギザギザのもの(紙垂=しで)を入れ込む、
ウラジロ、干し柿(串柿)、お餅、小ミカン(橙)、もろぶた(お餅を入れる長い木箱)の用意、
初日の出の掛け軸、置物、干支の置物の交換、干支の切り絵の交換、カレンダーの取り換え、
迎春用の料理材料の調達したものの受け入れ、おせち料理の下ごしらえ、
帰省者用の布団準備、お年賀の最終チェック、


と、ここまで入力していたら、うつらうつら。
お尻が、ほかほか電気カーペットがきいてきて、指は完全に停止。
その間に休憩から甦った義母が、ごそごそ用事をし始めた。


なので、もうそろそろ休憩は終わり?
早いな~


写真はインターネットから拝借した大きな、しめ縄。
実際は、もっと小さいものを使用。
写真撮ってもいいんだけれど、かつては義父、そして義父から息子、娘が教わって作っていた紙垂を
今年は初めて義母が作って、わたしが突っ込んだが(義母とわたしの初共同作品)、四苦八苦して、ちょっとヘンになってしまった。
第一、写真撮ってたら、不謹慎で。
(子供じゃあるまいし・・・)


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機会があったら、ケータイで撮ってみようかな?


義母、横で用事しはじめた。
「なに、してるん?」との問いかけに、「いえ、ちょっと」と、わたし。
で、ここで、強制終了にいたします。


無教養

2011-12-29 | お付き合い

年賀状を今朝の明け方まで書いた。
その中の一人、中学時代の友人Sちゃん。
「ブログ見ました。写真のせいか、イメージが違ってました」
と今年もらった年賀状に書いてあった。

あれから、わたしはまた、ブログ写真のイメージを変えた。
書く内容も、日常の、食べたこととかは、あまり書かなくなった。
自作のヒドイ画像をヘーキでアップするようになった。
年々、羞恥心は薄れ、子供返り。
なので、Sちゃんの知っている、あほな恥知らずの中学時代のわたしに、戻りかけている。
でも、もう、ブログは読んでくれていないかも。

Sちゃへの年賀状には
「ブログ、まじめに読まないでください」って、最後に書き添えた。
またまたSちゃんの顔まで想像しながら書くと、書く内容が狭まりそうだ。


まったく関係ない話だが・・・
3年前から知っているけれど、今年、知人から友人に昇格した、新顔・友人Kさんに、
「あなたは、友達が少ないって言うけれど、プライドが高いからじゃない?」
と言われた。
そうかなあ・・・
たんに、人付き合いが面倒なだけなんだけど。
そして、常識があまりないのと、人に合わせるのが苦手なのと、(→典型マイペース人間)
グループによっては交際費がかさむケースがあり、単なる交際そのものにお金をかける気がないからだ。
たとえば、慣例となっているようなお土産のやりとりとか、「○○の会」の義理でのお付き合いとか集まりとか、
皆でお祝い金や、お礼金を集めて渡すとか、
そういう、実体のあるような、ないようなことに煩わされるのが嫌。
(ただし、自分の親族のお付き合いは別。身内びいき。身勝手です)

父もそうだったが、ハイソなサロンが嫌い。
あの、鼻をつくような、ぷーんとしたおカネのニオイが嫌い。
(実際は、おカネは大好きなんだけれど、おカネの現れ方、使い方が、嫌い)
学生っぽく、労働者っぽく、安酒場で、酩酊・空(から)理論で、クダ巻いているほうが、性分に合っている。
プライドが高く、教養がある方は、そんな下町の安酒場になんぞ行かないんだろうけれど。


ちなみに、ある方のブログで「プライド高く教養がある」という文字が目に入った。
そんな女性は、出会い系にはいない、と。
はい、わたしの知る限りでは、絶対に、いません。
理由は、出会い系に顔を出す必要がない。
プライド高く教養がある場合、お金もあることが多い。
自分に稼ぎがあるか、配偶者に稼ぎがある。あるいは、両方、ダブル・インカム。
なので、おカネのやり取りが暗黙の条件である、出会い系には行く必要がない。
映画「昼顔」や、東電女性社員事件のようなケースは、特殊、稀だと思う。
万が一、お金がなくても、プライドが高いと、お金がないことを堂々と表さず、恥じる。

条件は、違っても、人間であることには違いない。
でも背景が違うと、共通言語がないかも知れない。

「ふつうの学歴」と、「高学歴」は違うそうだ。
いまは、たんに4年制大学を卒業していても、高学歴とは言わないらしい。
大学のランクや、高い学力、勉強した内容、得た知識、専門性などが備わって、はじめて高学歴というそうな。
わたしなどは、まったく、その範疇には入っていない。
なので教養があるわけではない。
プライドが高いわけでもない。
あるのは、ひがみ根性と、楽天的資質。
(相反しているけれど、人生は矛盾で出来ている・・・と思っている・・・)

でも、出会い系に出入りしたいと思ったことは、若い頃から今まで、一度もない。
男女の出会いの場としては、あまりにも直接的すぎて、オブラートに包んだものがない。
そして、男女の関係のみを追究していて、口説く手間もあまりいらず、ハナシがまとまりやすいのだろうけれど。
結婚を目的にする正式な場ならいざ知らず。
(それでも、トラブルはけっこうあるようだ)

一番の理由は、動機がないことだ。
男女の出会いは、出会い系でなくても、ふつうにまわりにある。
(職種や職場、状況によっては、異性と出会わないケースもあるようだが)


ニーズの一致、需要と供給のバランスで、市場は成り立っている。
なので、どんな市場も、需要と供給が釣り合っている限り、活気がある。
パリのマルシェも、各々特色があって、需要に合わせたモノを揃えている。
お値段も、とうぜん、モノ、品質に比例している。
モノもヒトも、共通したものがある。(共通していないこともあるけれど)

女性の価値を経済に例えた、おもしろい例があるのだけれど
もうタイムオーバー。
またの機会に。


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年末、さて、これから田舎に帰って、働きます。
お正月は、田舎で迎えます。
でも、ノートパソコン(WiFi付き)を持って行くので、更新できるかも?です。
そんなことするヒマがあったら、もっと働け~と、神の声。

 


混線パラダイス

2011-12-28 | 趣味

年末の忙しい最中、スポーツ会館へ出向いて、ダンスの自主練習をした。
そこには、人、人、人・・・

年末の雑事に追われるのでもなく、老人の開放区が、そこにあった。

背中がぐんにゃりとまん丸になった、元、お姫様。
真っ赤なドレスに、茶色のウイッグ(たぶん)。
バーテンダーみたいだったり、カウボーイみたいだったりする、
不思議なファッション・アレンジの、元、イケイケ青年。

600円で半日、踊りっぱなし。
喫茶店でコーヒー飲んで、ねばったり、ジャンクフード食べて、ヒマ同士、たむろしたり、
パチンコや競馬に行ってるより、
よっぽど活動的で、健康的。
家に居るだけで(お気の毒に)うっとうしがられるより、600円握って出かけるほうが、ずっといい。

そこは、ご老人パラダイス。
煌びやかな衣装に身を包んだ、元、お若い方々。
そこには、期限のない青春があった。
(消費期限はOKでも、賞味期限は・・・???いえ、そんなことは超越しておられる)

同じ健康ランドでも、大衆浴場のノリとはまた違う、もっと、プラス・アルファ、
受動的ではなく、能動的な癒しの場。
活気がある。

しかし・・・その中では、わたしはおそらく最年少。
もっと、仕事するなり、人のお世話するなり、介護するなり、働いてなさい、ってかんじ。
介護されてもおかしくないような人々の中では、ハナタレ小僧。

皆々さまのダンスのレベルは、・・・・うーーーーん・・・・でも、健康的だからいいか。
それより、ひっかかるのは、ラテンの曲がほとんどかからないこと。
激しい動きや、アップテンポのリズム・・・みたいなのは、まったく、まったく、まったくかからない。
スタンダードの曲も、わたしの好きな英語のノリのいい曲は、かからない。
そのかわり、ド演歌がかかる。
ド演歌は、非常に踊りにくい。
あの間の取り方、テンポ、節回し・・・うーーーん・・・・

あまりにも、ラテンの曲がかからないので、もう、あの会館には行く気がしない。
ほんの少し、申し訳程度に、ルンバの曲がかかったが、お相手をしてくれる男性がとても少ない。
リズムの取り方も、ステップもヘン。
ルンバを踊りたい女性は多いのに、男性は、お嫌いのよう。
女性は、大勢、列を作るが、男性は、がらーん。
(男性は多数いても、ラテンになると相手をしてくれる男性が減るから)踊れない女性が大勢いる。
なので、女性が全員、順番がまわってくるように、お情けで、3曲立て続けにかかった。

もともとルンバをはじめとするラテンは、女性の動きがキレイに見えるダンス。
なのに、それをさせてくれないなんて、つまらない。

わたしは、ダンスはヘタ。
躍動的で若々しい場に行くと、単なる見学者になるし、
超高齢者軍団の中に入ると、つまらないし、
自分と同じぐらいの年齢の、お上手な人たちの中に入ると、隅っこで劣等感のカタマリになるし、
うまくいかない。

社交ダンス人口は、増えていると言われているが、
現場では、そんなこともないと感じる。
(ギョーカイが煽っているだけ?)

ひとくちに社交ダンスといっても、いろんな場があるようだ。

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わたしは、高齢になったら社交ダンスを続けているかどうか、自信がない。
足か腰を悪くするか、自分を見限るか、
はたまた、高齢の新しい自分になっていて、別の境地で別の歩みをしているか、
今は、なんとも言えない。


年の瀬、あの人、この人

2011-12-27 | 日々のこと

12月に入って、何度目かの忘年会。
飲みすぎました・・・

 

いきなり忘年会で、お初の顔あわせの人がいた。
はじめまして。
でも、もう何十年も前から知っているような、そんな気になった。

 

おそらく、年齢が似通っている、同世代のせい。
おなじ業界に長くいた人。
なので、ちょっと話しただけで、共通言語みたいなものがある。

 

イマどきの男性たちは、とても感心だ。
赴任先の住まいに妻子を置いて、実家の老いた母親の世話をしに帰ってくる。
妻子は、まったく帰ってこない。
息子たちは、エライ。お母さん想い。

都会と実家を行ったり、来たり。
昨夜の方は、横浜に住んでおられるが、大阪市内に実家がある。
今は、もうずっと横浜には帰らず、大阪のお母さんの家にいるらしい。
忘年会の途中も、ちょいちょい、お母さんの様子を家に見に帰る。
なかなかできることでは、ありません。

 

もう一人、忘年会をした店で、何年かぶりにお会いした人がいた。
わたしは、その方をしっかり覚えている。
お久しぶりのその方とちょっと話した。

 

「チャイナドレスがよく似合ってたよね」
と何度も言われたが、完全に勘違いをしておられるようだ。
「何時でもいいから、夜中でもいいから、電話ちょうだい」
と差し出された名刺は、会社の名刺。
こんな会社に、夜中に電話することは、まあない。
ケータイならいざ知らず、会社に夜中に電話して、誰が出る??

前は、ビールの大ビンをずらりと何本も何本も並べて飲んでおられた、その方。
昨夜は、ちっちゃいかわいいミニサイズ、小ビンを4本ぐらい並べ、あとは、糖質ゼロの缶ビール。
以前はあんなに浴びるほど飲んでも、まったくびくともしない酒豪だったのに、
量が、がくんと減っていた。
みなさん、お年をとるんですねえ・・・

 


で・・・
二日酔いで、少々ふらつき、気分が悪い。
飲みすぎ注意です。

 

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踊って、なんぼ。

2011-12-26 | ブログ

わたしだけが、興味あるコトなんですが・・・
わたしの蝶ブログ、ブログ村のOUTポイントが高いときでも、アクセス数は、さして高くない。
OUTポイントが低くても、アクセス数は、さして低くない。
つまり、ブログ村ポイントと、自身のブログへのアクセス数には、明確な法則性はない、
あんまり関係ないってこと、だ。

そして、どうでもいいけれど、自己満足とはいえ、よくまあ続くものだ。
しかも、ずーーっとアクセス数は、ほぼ同じ。
雨の日も、風の日も、雪の日も、日照りの日も、・・・。


昨夜、去年、今年と記帳していたB5サイズのダイアリー(紙ノート)をぱらぱらと見た。
長年続けている社交ダンスのレッスン歴を書き出してみた。
よく続いている・・・でも、ヘタ。上達せず。
ノートには主に、ブログ結果(アップ記事タイトルとアクセス数)がメモされ、日常のことは、ほとんど書いていない。
(日常のことは、もうひとつのB5ノートに書いている)
蟻(アリ)のごとく、ちんまい、ちいさい、ちっちゃい、こまごまと、自分だけの楽しみ。
(蝶ではなく、蟻。来年からは、ブログタイトルを「蟻になった、わたし」にしようか・・・)
まあ、人さまに迷惑かけるわけでもなし、こういうのをマニアックな趣味っていうんだろう。

ランキングもついでに記帳しているが、記帳した時はそれなりに感激したり落胆したりするが、
後に見てみると、無感動、無味乾燥。
モチベーションアップ効果を狙った、ブログ村に踊らされているだけ。
(たっぷり良質の牛乳が出るように、乳牛の牛舎に、すばらしい曲をBGMに流すのと似たような効果?)
それでも、日々のアクセントにはなっている。

でも、無駄に喜んだり、がっかりしたり、
無理やり、やる気をアップさせられた挙句の、根拠のない感情の起伏に、
なんだか、祭りの後、のような虚しさや、ばかばかしさを感じる。
まんまと踊らされている、気の毒なような哀れなような自分が、愛しくなる。

人間の心理って、じつにおもしろい。
こうやって、知らないうちに操られ、
仕事に没頭して企業に奉仕したり、国家建設に国民が一丸となって力を合わせたり、
持っている力以上のパワーを引き出していくと、想像を超えたものがある。

後で、あれはなんだったんだろう・・・と、
成し遂げた成果に感心したり、幻滅したり、嘆いたり、不思議に思ったり。

バブル後の金融・不動産関係者か、はたまた、浦島太郎か・・・
子供を必死で育てた後、巣立って誰もいないがらんとした部屋に佇む脱力感にも似ている。

要は、リーダーやトップの、引っ張り方によって、
純真な(愚鈍な)部下は、必死で着いていくってことか。
時には、自覚しなかった埋もれていた才能を引き出すことだってあるわけだ。
(ちなみに、わたしのブログのハナシは、とっくに終わってます)

でも、実体のないものに操られたり、洗脳されたりすることは、とてもコワイ。
自分の鼓舞は、自分で後始末、落とし前をつけないと。
着実に、確実に、実体のあるものを、ひとつひとつ少しずつ、積み重ねるほうが、
自分の尺度で、モノゴトを理解できるし、降りていくときも、自分の判断、速度で降下できる。

なにごとも半信半疑。
アタマから信用することの怖さ。

しかしながら・・・
実体があろうがなかろうが、
ブログに関しては、わたしは充実の時間を過ごせ、とても楽しんでいる。

 

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なによりも・・・
読んでいただく方がおられる、ということは、とても嬉しいことです。
お越しいただき、ありがとうございます。

トップ写真は、ハイヒール型のワイングラス。
背伸びをして、不安定でグラグラ。でも、美味しい。そして、見た目は美しい。
これって、なんとなく深いものがあるかも・・・
こんなハイヒールで、踊っているのかも・・・


ひとのことは、ほっときなさい。

2011-12-25 | ブログ

休みが続き、時間ができたわたしは、たっぷり、ひとのブログを読む時間に恵まれた。

その時間を年末の大掃除にあてろ!!というお叱りの声も聞こえそうですが、
あいにく、わたしと、お叱りの声の人は、無関係の見ず知らずの想像の人。
我が家に招待する人でも、同居人でもなく、他人なわけでして。
(と同時に、声の主は、もうひとりの、自分でもありますが)
まあ、気楽で、すみません。
我が家が掃除が行き届いていないのは、すべて100%わたしの責任でありまして、
そのマイナス評価は受ける覚悟で、サボってブログを読んでます。
(とか言って、もうすぐ、オシリに火が着くことでしょう。いや、そうでありたいと願っている)


世の中、些細なことで悩んでいる人もいるもんだと、気の毒に思う。
それは、わたしが、まったく「どうでもいい」と思っていることだからだ。

本人にすれば、心にずしりと重くのしかかった、漬物石のごとくのお悩みなのだろうけれど。
毎度毎度、同じ悩みを打ち明け、同じ回答を得て、ずっと同じ回路をぐるぐる回っている。
ぐじぐじ、同じことばかり、人のせいにして、自分の生活を嘆いておられる。
回答する方も、いやまた、お時間がたっぷりおありの方のようで・・・。
延々相談する人と、延々回答する人は、長期間ずっと延々同じ人同士なところが、驚愕ポイント。
(ぐうぜん、たまたま、ほんとうに奇遇にも、おふたりとも専業主婦。
→専業主婦を攻める気持ちは、まったく、ありません。が、関心の着眼点が似ている?)

嫌なら離婚すればいいのに、今の生活水準にしがみつくあまり、離婚もせず、
ひたすら夫の親兄弟、親族を攻めまくる。
離婚しないなら、開き直ればいいものを、外面良く、いい顔したいばかりに人をけなす。
あんなに、人を恨んだり憎んだりののしったり、
マイナーなことばかり、毎日考えていたら、病気になってしまうのでは?
そんなブログ、嫌なら読まなきゃいいのに、
よりによってざわざ読むほどの、時間の余りっぷり(=大掃除に着手しないっぷり)のわたしも、
相当、しょーもない人間だ。

同じ、毎日暮らすなら、笑うとまではいかなくても、せめて、にっこり、とか、にんまり、とか、
えへへ、とか、
中途半端でもいいから、ファジーな(一時、流行りましたね、このコトバ)やりとりで、
激情を緩和させて、自分を守りたいものだ。
憎むより、感謝。
感謝の気持ちは、自分を安らかな気持ちにさせてくれる。


日ごろ、わたしは、夫のことをブログでボロかすに、こき下ろしているが、
あれは、もうひとりの、わけのわからない、異次元の架空の人間が勝手にやっていることで、
実際は、現実の社会では、どんな処でも、けっこう、わたしは、おとなしい。
(腹は黒いが)、柔和で、やさしい。
(自分で言ってると、へんですが。補足説明しておかないと誤解が生じてはいけないので)


自分の嫌な面と正面から向き合うことができずに、人を否定、悪者にすることで、自分を肯定しようとする、
そういう人、
なんで、素直になれないんだろう。
すんなり認めたら、楽になるのに。

自分は変わりたくない。
人に変わってほしい。
そういう人、
自分が変われば、人も変わるのに。

自分は、こんなにイヤでイヤでしかたないのに、したくないのに、頑張ってやっている、
なのに、事態はちっとも改善せず、ずっと嫌なことをやらされ続けている、
かたや、その傍らで、やらないで、自分勝手な人が身近にいる、許せない、
そういう人、
本人に直接クレームつければいいんじゃない?って思う。
できないんなら、ぐだぐだ言うな、って思う。
自分がそれだけちゃんとマジメに正しいことをやっているんなら、
正面切って文句言っても、言う資格も正当性もあると思う。
それでも、相手が聞いてくれないんだったら、解決策を講じればいいのでは?
ただただ、カゲで文句言っているだけ。
そのほうが、大きなことにならなくていいのか?

ま、マイナスオーラのいっぱい出たモノは、カラダによくないので、今後しばらくは近づかないようにしよう。
でも、時間があまったら、暇つぶしに、つい、見に行きたくなってしまうのは、なぜ?
怖いもの見たさ?
人間、時間のあまりすぎは、よくない。

ああ、悪趣味のわたし。
そんなヒマがあったら、はやく大掃除を開始しろ!!と、天の声。
ぐずぐず時間稼ぎして、大掃除にかかるまでの、パワー・チャージ??

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時間があまりすぎて、昨日、土曜日に↑を入力したが、アップせずにいた。
さて、今日(日曜日)も、・・・と思っていたら、夫が雪でゴルフ中止。
1日、同じ空間の酸素の奪い合いをすることになった。
ああ・・・

とりあえず、昨日分をアップします。


誘ってくれるのは、だれ?

2011-12-24 | オトコとオンナ

さあ、今夜は、クリスマス・イヴ。
だれと、どう過ごす?
「魔界への誘い」に乗ってみる?

てなことではあるけれど、イヴ気分はまったくなし。
やはり、クリスチャンじゃないからかなあ・・・
いえ、正解は、カレシがいないから。
いい年をしたおばさんは、自宅で芋焼酎ですか。
こんなネーミング、ずるい・・・よろよろと引き寄せられてしまうじゃないですか。
(商品開発者、ネーミング担当者、責任者、わたしは、評価します)

とはいうものの、さして飲むわけではなく、飲むフリをしながら、
夫がはやく酔いつぶれないかなあと傍らで待つだけ。
いつの日から、こんなロマンチックじゃなくなったんだろう・・・
日本の夫婦は、ロマンがない。
でも、その分、欧米に比べると、離婚率も低い。
安心しきると、→定着→ロマンなし。
フランス人なら、こんな冷え冷え温度ならとっくに別れてますね。

そこは、まあ、日本人。日本の文化があるようで。
お互いを、名前で呼ばず、「おとうさん」、「おかあさん」と、子供が独立した後でも、
そう呼び合う。
それはそれで、一生、おとうさん、おかあさんは、不動の位置にあるわけだから、
夫婦も不動の絆が保たれるんでしょうけれど。

いい年して、ロマンはもういい?
いえ、ロマンは大事です。
子供がいなくなった後、こそ。

そこで、我々夫婦は、これこれ、こんなことを実践しています。
実践例→皆無

ご紹介する事例は、かなしいかな、まったくありませんが、
夫は、結構、満足しているようす。
夫婦も含めて、オトコとオンナは、温度が違うんでしょうかねえ・・・

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限定、燃え燃え期間

2011-12-23 | 趣味

ダンスの個人レッスンは、とても面白い。
吉本興業的に、わははと笑う、当然、そういう面白さではない。

興味深い。
発見があって、楽しい。
できない事を無理してやることによって、自分への伸びしろを感じ取れる。
また、その逆に、無理とわかると、伸びしろのなさを感じ取ることになる。
いまのところ、その両方を感じるのだが、
どっちかというと、どこまで行けるのか、伸びしろに挑戦しているかんじ。

ある日、限界を感じたら、面白くなくなるんだろう。
その日は、来年の真ん中ぐらいには来そう?
いまのところ、まだ気配がないから、楽しい真っ最中だ。


目標は、わたしが理想とするダンスに必要不可欠な動きを少しでも、ぜひ習得したい。
ひとつひとつ、ステップバイステップ、手取り足取り、
先生が新しいことを教えてくれる。
その通りにやってみる。
「いけ、いけ、いけ、いけ、まだまだ、いける、もっと、いけ~」
そう先生がプッシュするままに、ぐぐぐぐぐっと、ウエストを絞って限界まで回す。
それが、ウエストだったり、肩甲骨だったり、胸だったり、足だったり。
体重の移動だったり、倒れそうになるぐらいの体の傾斜だったり。
自分の体のパーツに、今まで使ったことがない違う力を働かせる。
感じたことのない筋肉や骨の動きを感じる。
けっこう、これが、快感だったりする。

それに、ご褒美として、まえは、むんずとつかめたお腹の肉が、減ってきている。
「痩せたね。ストレス? 痩せたら、あかんよ」
そうコメントしてくる人も、クラスメート(団体ダンスレッスン)にはいるが、
わたしは、ウエストが軽くなって快適。

毎晩、寝る前に、足上げと腹筋も、いい調子で続いている。

「ダンスシューズが、ボロっちくなったと感じたら、次に買う靴は1センチずつ高くしていってみてください」
先生は、そうおっしゃる。
足の見え方、美しさがぜんぜん違うそうだ。

さっそくダンスシューズ専門店に行ってトライしてみたが、自分の足にぴったり合う靴がない。
ラテンの場合、ぴったりした靴はなかなかないそうだ。
店員さんがぶっきらぼうの、無愛想で、かんじよくなかったが、
そんなイヤな印象もさして気にならないほど、わたしはハイテンション。


いまは、楽しいが、必ず限界が来る。
自分の伸びしろの限界に向き合う日が来る。
恋愛と同じ。
終わりが来るとわかっていても、
楽しいときに、楽しめるあいだに、おもいっきり楽しんでおこう。

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こんな話、読むのもイヤだろうなあ・・・
特にカラダが悪い人、体調がすぐれない人、健康にかげりがある人、
読みたくもない、見たくも、触れたくもない話だろうなあ・・・
他人が調子いい話って、気分悪いだろうなあ・・・

相対的には、笑うほど、たいしたことないんですよ、わたし。
低レベルで、いかに自己満足するかって、話です。


キライなものは食べない

2011-12-22 | 人生

少しのゴージャスは、まあ悪くない。
たま~の贅沢も、こころの栄養。

アソビというものは、
ぜんざいに、塩昆布。スイカに、塩。
逆のものを組み合わせて、緊張感を引き出す。

労働や生活をぴりりと引き締めたり、モチベーションをアップさせるもの、、、、
だと、わたしは思っている。
遊ぶために働く・・・まあ、これもアリ。

年がら年中、お祭り騒ぎ、年がら年中、おつむハッピータイム、というのは、
わたしのような、陰気な人間には合わない。
ラテン系ではないんだ。わたし。

享楽的人生が、好きではない。
ひがんでいるわけではない。
自分もやろうと思えばできるが、しない。
というか、できない。

選択できる立場、状況にあっても、性格的にできない。

自分は限りなくアホなのに、違うタイプのアホ人種がキライ。
きゃーきゃー騒ぐだけで、深くモノゴトを考えない人種。
ヒトのことは、まったく言えないほど楽天家のわたしなのに、
ノーテンキ人間が騒いでいるのを見ると、カンにさわる。
こういうのを、「目○そ、鼻○そを笑う」というのか。

信仰する宗教や風土、慣習によっても、人々の暮らしぶりは違う。

自分だけが正しいのではなく、ヒトも正しい。
それぞれに、自分が正しいと思っている。
好みや生き方が違うヒトが、歩調を合わせて生きるのは、難しい。

世の中、いろんなヒトがいて、いろんな摩擦があり、いろんな化学変化が起き、
衝突も、妥協も、協調も生まれ、
そうやって生きていく。


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わたしの、消極的・防御策としては、気分を害する人種には極力、近寄らないこと、だ。
排除するのは無理だし。

写真は、茶目っ気あるデザイナーによる猫モチーフのハイヒール。
おもしろいなあと。


おアソビ熟練者

2011-12-21 | 趣味

年末も押し迫り、あわただしさを増してきた。
ダンスレッスンも女性の受講者の数は、ぐっと減る。
主婦は、この時期、忙しく、ダンスに興じる余裕などなく、
正月準備にアタマを悩ませる。

その点、男性は気楽なもの。
現役の方は忙しいだろうが、リタイア組は、家にいても、ジャマになるだけ。
どうせ手伝う気がないなら、とっとと、どっか、行ってくれるほうが、目障りではない。
まわりが忙しく立ち回っている時に、やる気のない姿を見せるだけで怒りを増長させる。
手伝うか、居ないか、どっちかにしてほしい。
これを、俗に言う、「居場所がない」というやつだ。
(悪妻がのさばる、ウチの家だけ?)


さて、話は変わり・・・
わたしがそっと差し出し、セカンドバッグに眠らせた、一昨日の商品券の行方は・・・

「こんなこと、したらあかんで」
と、気付いてくれた様子の、昨日の談合氏。
談合に寄り切られないための、防衛手段ツールである商品券に対し、軽くタシナメのコトバを発した。

でも、彼は頑固に受け取りを拒絶し、押し返すわけでもなく、引き取ってもらえたので、
とりあえず、ほっとする。

が、ダンスレッスンではモダンとラテン、特にサンバは息が切れるので、お腹ペコペコということで、
肉を食べに行った。
上質のステーキ。
日系航空会社系ホテルのステーキハウスなので、ちらとお値段をみたが・・・
高かった・・・
わたしの商品券は、即、吹っ飛んでしまいそうなお値段だった。

またもやご馳走になってしまったが、商品券を渡したという安心感もあり、純粋にタダメシとは言えない。
お高いモノを自腹で食べているようなもの。
今後、これが繰り返されると、わたしの交際費は、ぐぐっとエンゲル係数が急上昇することになる。

パリでさえ、部屋でフランスパンをかじって、体重減少のわたし。
このようなスタンスのお付き合いは、ご遠慮願いたい思いが、むくむく。

美味しいものは、美味しいもので、決して悪いといっていない。
良質で、栄養価も高く、サービスも充実し、雰囲気もよい。
帰りは、シェフやスタッフが、総勢でお見送りしてくれる。
でも、自腹で、上客(常客)にはなりたくない。
ああ、せこい、わたし。

それに、お腹が満腹になってしまって、その日、後半の食生活に影響を及ぼした。
日ごろ、あまり食べなれていないものを食べると、
お腹がびっくりして、消化したくないと反乱を起こすようだ。

おごっていただくのも、意に反するし、
自腹で食べるのも、わたしの嗜好(ケチ根性)から逸れる。

ということで、ゴージャスなお食事を共にするのは、ごくごくまれにしようと思った。
そして、談合の行方だが・・・
結論は、正月以降、来年に持ち越されることになった。

なあんだ・・・
オアソビって、こんないい加減で、適当でいいんだぁ・・・
しょせん、仕事でも、お家の一大事でもない、
単なるオアソビって、時間とお金をジャブジャブ使うことなんだ・・・
知らなかった・・・ような・・・いまさら、なにを言ってる??のような・・・
気が抜けたような、それで安心したような・・・

人生の先輩、オアソビの達人は、気が長い。

生き急ぐ必要はないようだ。

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