蝶になりたい

いくつになっても、モラトリアム人生。
迷っているうちに、花咲く時期を過ぎてもまだ夢を見る・・・。

臭う女性

2012-08-31 | 暮らし

明け方は、めっぽう涼しくて、日中の暑さが想像できないほどだ。

が、あいかわらず、昼間のあの暑さ。
汗が、だらだら、服は、汗でべっとり。

外出中、着替えられる人はいいけれど、着替えられない人たちから臭って来る、あの汗の臭いは、けっこう、強烈。
いったん、服が乾いても、やはり、臭う。
電車の中は、もちろんのこと、ホームで、すれ違うときも、強い臭(にお)い。
女性からは、さほど感じないが、
暑い時期ではない普通の季節に、汗ではない独特の臭いが、年配の女性からしてくることはある。

その臭いはバスの中だったり、生活圏内で、移動されているときだろう。
男性の加齢臭みたいなものか?
めいっぱい高齢のおじいちゃんは、案外臭わない。
おじいちゃん、一歩手前の男性(60後半から75歳ぐらいまで)が、いちばん、臭うように、わたしは感じる。
その、いちばん、臭うお年頃の男性より、さらに、このタイプの女性は、臭う。
でも、高齢の母たちからは、案外、臭わない。

お風呂に入っていないニオイ?なんだろうか??
衣類をあまり洗濯しないニオイなんだろうか??

病気で自宅で寝たり起きたり・・・というほど、弱っておられるわけではなく、
バスで、自在に自宅間を移動される心身の元気さを保っておられるが、
おそらく、相方(配偶者)がおられないのではないだろうか。
(母たちも、未亡人だが)

ご近所の方や、お友だちなどと、あまり接することがないのではないだろうか。
それほど、超高齢でもなく、母たちぐらいの年齢(83歳~84歳)よりも、もっと下の年齢かも知れない。
70代前半~70後半?
個人差があるから、なんとも言えないが。

80歳を超えて、一人で公共交通機関を利用している人は、お元気で、服装も整えて出かけておられる。
お元気でない人は、出かけない。
なので、街で見かけるお年寄りは、お元気な人が多いため、臭う方はお見かけしない。

その一歩手前の女性が、臭うのかも知れない。
身づくろいをきっちりして出かけるとなると、おっくうになる。
家のまま、ちょっと上の服か、ズボンをはきかえるぐらいで、出かけると、臭うのか。
毎日、お風呂に入り、あるいは、出かけるときは、前日、または当日にお風呂に入り、洗髪し、衣類を着替える。
すると、臭わないのだろうけれど。

なんだか単純な、当たり前ことを書いているように思うが、
年齢が上がるにつれ、自分では気にならないのかも知れない。
あるいは、気にする余裕がないのかも知れない。

誰か若い世代の人と暮らしていたり、誰かと交流していたら、そんなことはないのかも知れない。

臭(にお)って、なにが悪い?
そういう考え方もできる。

でも、自分でも気づかずに、加齢臭むんむんの男性より、すごく臭っている、って、そんな自分を想像すると、
やはり未然に防ぎたいと、いまのわたしの年齢、状況では、そう感じる。
人には、人の、たいへんな事情(家庭事情、健康事情)があるだろう。
特に、高齢になると、その年齢にならないとわからないような、心身のいろんな深刻な老化面が出てくるだろう。

(現に、娘たちには、わたしの加齢による変化などは、まったく理解不可能と、日々、驚き、あきれられている。
彼女たちも、そういう年齢になって身をもって経験しなければ、わからない。
自分がそうであったように)

おんなは、灰になるまで、おんな。
そう、おっしゃるが、あれは、若い人のいう言葉。
若いといっても、要介護ではない、人の手を借りずに自分のことができる(自立できている)、その程度の若い人だが。
実際に、80歳をいくつも超え、暑い夏に身体が悲鳴をあげ、かなり厳しい老化を迎えると、
おんなは、どうこう、なんて、絶対に言ってられない。
母親たちの介護をされている女性の皆さんなら、おそらくおわかりだろう。
気持ちは、灰になるまでおんな、でも、身体がついていかない。
介護の人に、「マニュキア塗ってちょうだい」なんて言う以前に、とりあえず、「爪、切ってちょうだい」。

口紅をさしたり、化粧をすると、超高齢の女性に、精神的プラスいきいき効果が現れるらしいが、
あれも、ケア施設に入所しているご老人に対して行われていると思われるもので、
自宅でいる人は、
お風呂に入るのもおっくうなのに、買い物に行かないといけない人には、どうですかねえ・・・

このあたり、例の歌人の歌
ジャガイモ切らして買いに行きたくない歌や、
老人になって「キレイに年をとりたい」と言う人に対して、日中も寝る前も、アホかと思う歌

わたしの、この、だらだら長文を、ほんの短い句で、みごとに、端的に表しているわけだが、
結果は同じだか、背景は、ひとそれぞれ違い、
わたしのように、結果よりプロセスに、うだうだ時間をかける人間は、
数学の式なしに、解き方のわかる工程なしに、
いきなり答が、ばーんと表示されるみたいなかんじで、ちょっと、愛想がない。
だが、もやもやしない、はやく結論の知りたい人、アタマのいい人、時間がない人、無駄が嫌いな人には、ぴったりだろう。

わたしにとって、人生そのものが、うだうだを楽しむ期間。
先は、死しかないんだもの。
それまでの工程を、うだうだ、ぐるぐる、あーでもない、こーでもない、と、
自分のアタマの悪さ、スッキリしないぶりを自分なりに思いっきり存分に楽しみたいのだ。

 

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ステーキは、ミディアムレアが好きだが、キライな人もあるだろう

2012-08-30 | 華のスロー人

同じように、この世に生を受け、生きて、死んでいっても、
名もなく、ほんの一握りの人にだけその存在を知ってもらうだけの人と、

大勢の人々に、愛され、別れを惜しまれ、
さらに、最も身近な最愛の人にも、いつまでも愛され続ける人がいる。

近年、没した有名女流歌人(昨日まで、その存在すら知らなかったが)の関連記事を読んでみると、
その大きな差に、うなだれる。


総理大臣は、限りなく孤独である。
偉業を成し遂げても、反対の立場の人には、全否定される。
しかも全人格をも否定される勢いで。
歌人の仕事とは、まったく、評価基準や評価内容が違う。
(当たり前のことだけれど)

無名の人の、無数の死、無数の家族の悲しみ、無数の家族の愛がある。
それは、文章にしていたとしても、閉ざされた範囲の中であり、外には出ない。

有名実力派歌人ともなると、絶大な評価をされる。
その生をも歌にしていると、さらに評価が上がる。
皇后陛下からも、うんうんかんぬんと、お言葉?物品?が送られた、とか。

確かに素晴らしい業績を残されているようだ。
業績ゆえの、大騒ぎ?
もっと静かに、この世を去れないのか?
有名税のようなもの?
自分の病のみならず、死までも、
最後の力を降り注ぎ、歌に詠むのは、こりゃまた壮絶と、さらに評価に拍車がかかる。

人の死は、軽く扱われるべきではない。
病気で亡くなるのは、家族も本人も、言葉にできない深い底なしの闇がある。
が、(適切な発表の場で)、それを言葉にする人は、評価が上がる。

でも、なんだか、わたしは、・・・・こころのなかで、不思議な痛みを感じる。
多くの無名の死、多くの家族たち、・・・言葉にできない、言葉にしない、表面に出ない人々・・・
表面に出ない人は、あえて、出ない人もいるだろう。
ナイーヴなプライバシー、個人個人にとっては、とても重く辛い苦しみではあるが、
そこのところ、あえて自分たちのことを世間に発信するかのごとく、が、
ヒネまがり人のわたしには、よくわからない。

それが、歌人の役目?
歌人ってなに?

家族以外のまわりの他人にとって、

大好きな、狂信的に絶賛する歌手、俳優が亡くなったら、ファンが大勢、偲ぶ会に詰め寄せるようなもの?
それが大物政治家だったり、実業界の大物だったり、活動家だったり、奉仕人だったり、教祖様だったり、
そんなかんじ?

 

自分でも、決して良いとは思っていないことなのだが、
わたしは、ヒネた性格なので、どこのどんな人にも必ずあるプライバシーを全面開放するには、抵抗がある。

ステーキに、ウエルダム、ミディアム、ミディアムレア、レアなどと焼加減があるように、
パスタの茹で方にも、好みがあるように、
プライバシーの開示段階・程度は、好みの問題だろうけれど。


他人さんの場合、

よかったね、ふーーん、で、それで?
たいへんだったね、で、それで?

と、やたら、わたしは冷静になりすぎる傾向がある。

で、どうしたいわけ?
なにが、言いたいの?
わたしに、どうしろと?

要請もされていないのに、勝手に自分が、なにかしろと要求されているようで、落ち着かない。

黙って聞くだけ。
黙って、うなずくだけ。
黙って、微笑むだけ。

わかっていても、そういうことしか、できないが。

 

特に、生まれる、生きる、病気になる、老衰、死ぬ・・・
これは、ある特定の人だけでなく、この世に生まれてきたからには、必ず訪れることだ。
老衰で、天寿を全うして死ぬのが、いちばん幸せな一生だと、わたしは思うが、そういかないことも多々ある。

それを、自分たちの家族以外にも切々と訴えるかのごとく、開示するのは、わたしは苦手だ。
個人的恋愛だけでなく、家庭生活だけでなく、病や死までも。

だが、
難病指定されていない難病に冒され、世論や政治を巻き込んで、治療費の工面や、難病撲滅に一役買う、という、
そういう役割があるなら、また別だ。
同合慰霊祭などは、純粋に鎮魂の大きな役割がある。
あるいは、闘病記や恋愛記を読んで、自分よりも辛い人がいることを知り、自分は甘かったと反省するなり、
明日への夢や希望を見出すなり、
なんらかの、読み手に感動を与えるのも、ひとつの役割だ。

 

いろんな書き手がいて、いろんな読み手がいて、何が悪い、良いではなく、あれもこれも、
それで、いいんじゃないですか?

(まとめるのが、めんどうになってきている・・・というか、まとめる能力なし)

・・・ああ、いい加減な性格・・・

 

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蛇足中の蛇足です。

これを書いた後で、ふと思ったが、(ぐっと感じた)
わたしのブログへの訪問数は、右肩下がりで、ひゅーんと降下していくだろう。
おんなじようなことばかり、書いているから、じつに、つまらない。

というか、「突き抜ける天然キャラ」だったはずが、
なぜか、ここのところ「イチモツ内蔵型もの言わぬヒネ・キャラ」に、移行している・・・

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ヒネ曲がりは、矯正、逆回しすると壊れる

2012-08-29 | ブログ

わたしは、喜びや悲しみを短歌などに表すことは、できない。
見よう見まねで頑張れば、かたちだけ、表面上は、素人短歌が出来上がるのかも知れないが、
根本的に、無理。

だらだら書くのが、わたしのお気に入りスタンスなので、感性を研ぎ澄まして、無駄をいっさい省くと
まったく、一字、一句、残らない。
年末の「今年の一文字・漢字」みたいに選ぶとすると、とても選びきれないし、
逆に、めんどうなので、深く考えずに思いついた文字を、たいして検討もせず、ピックアップしかねない。

同じ、短文でも、
時間がなくて、手短にぱぱっと書くのと、
幾度となく涙や汗、血を流し、一滴、ぽとっと滴り落ちた句をひろうのとでは、おお違い。

南フランスに、グラースという街があり、そこは香水の街なのだが、
大量のバラから、ほんの一滴のエッセンスを得て、微妙な香りを生み出す。
その香りのために、どれだけのバラが、表舞台に出ずに葬られたか・・・。

わたしの場合、ひとつのバラも無駄にしない方針。
たとえば、バラなら、バラのジャム。
ぜんぶ、食べてしまうという手がある。
義姉に、ずっとずっと前にいただいた、ヨーロッパ製バラジャム、つい最近、完食した。

 

文字、俳句、短歌と、バラジャムは、まったく、関係ない話だ。

ご近所さんブログで紹介されていた、ある女流歌人の短歌は、
女であることを真っ向から、喜びも悲しみも肯定したものだった。

これまた、わたしには、無理。
自分がいかにヒネ曲がっているかということを強く自覚し、がくっと首を落し、うなだれた。
「ほんと、やな、やつ。かわいげない、自分・・・」

女であることだけでなく、自分の身に起こった素晴らしいことを自分の経験として、
がんがん光り輝いて肯定するのは、わたしは苦手だ。
悲しいことや、嫌なことは、表現されていても、べつに、そう対して嫌ではないのだが。
なぜなんだろう・・・???

いいじゃない、べつに。
他人が自分のことを喜んでいるんだから、素直に外からギャラリーとして喜んであげれば。
しかも、特異な体験でもなんでもなく、みんなに共通した共鳴できる、一般的なことであれば、なおさら。
普通のことを、素晴らしい、短歌で表現しているんだから、拍手喝さい以外のなにものでもない、はずだ。

その短歌や、歌人にケチをつける気など、さらさらまったくなく、
向こうを張って、勝負したい気も、まるっきり、全然なく、
その短歌を評価している人に、文句を言いたい気など、これっぽっちもなく、
・・・・

なぜだか、わからないけれど、わたしは、苦手だ。

和食が好き、洋食が好き、中華料理が好き、ミカン、りんごが好き、
各人、好みは色々・・・に、似たような感覚なのだろうか。
そんな大雑把、単純なものでもない。

今回は、たんに、自分がヒネくれていると感じた。
その内容、理由を分析すると、いろいろ出てくるのだが、書きたい気分にならない。
一生、書かないだろう。
(ああ、なんて、自分のブログ、エッセーって、自由で無責任で、いいかげんで、お気楽なの・・・
文末に「驚異のお腹ぺたんこ」の広告が載ってたって、おつりがくる)

書きたいことだけ、書いて、気持ちが晴れて、いいことばかり。
書きたくないことは、書かなくていい。
真実ではない、虚構の自分を創りあげることだって、可能だし。
それで、自分のこころが開放されるなら、やればいい。

わたしは、残念ながら、リアルの世界で、自分を開放している。
ブログや小説は、二の次。
一番煎じのお茶をリアルで満喫したあと、二番煎じで、ブログネタにする。
さらに、出がらしに近くなっても、まだまだ加工したりして楽しめる。
出がらし自体をまるごと食べてしまうバラジャムと同じだ。

(リアルが、これといったことがない時は、一番煎じが、ブログかも)

 

大事なものは、変色したり、化学変化したりしないように、なにかに包んで、自分の宝物入れに入れておく。
宝物入れを時間が経って、のぞいて見ると、あんなに光り輝いていた宝物が、色あせていたり、
逆に、実際より、もっともっと光り輝いていたりする。

宝物自体も、同じ人でも、その見る人の置かれた状況によって、変わってくるようだ。

(宝物は、おもに思い出や、人)

 

 

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朝の、無意味な書き散らかし

2012-08-28 | 日々のこと

小説、あと2話だけストックがあるのだが、アップするのはやめた。
なぜなら、もういちど、構成を再考、考え直すことにしたから。

けっこう、めんどうくさくなってきている。
せっかく、書き溜め、訂正もし、さあ、アップという段階で、小説のお師匠さんに相談したら、
ストーリー展開の進み具合が遅い、と指摘された。

ただでさえ、アップする間隔が長く、遅いのに、
希少で奇特で殊勝な(3つ、似たような言葉を無意味に重ねている・・・)読んでくださる方に、そっぽを向かれそうだ。

このまま延々と書いても、牛歩どころか、亀どころか、アリどころか・・・
しかも、アップが遅いだけでなく、内容の進み具合が遅い。
野球の投球ボールに、蝿が止まるかのごとく。
(漫画の世界なら、
打者は、投げられる球が、そんなスピード、大きさに見えるまで、鍛錬、修業を積め、と、鬼コーチにしごかれそうだ)

とういうことで、またまたアップは延期となり、ストックは消え、一から考えることになった。
実に、気が重い。
くだらない小説なんか、やめたい。(こんなところで愚痴っても、なんの意味もないが)
次、アップしているころは、読み手は誰一人として、いないだろう。

さて、今日も暑い中、
小説のことなんか、まったく考えない、じたばた忙しい一日となりそうだ。

では、行ってまいります。

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この暑いのに、寒気が走るもの

2012-08-27 | ブログ

同じ内容を綴っても、文体や表現方法で、読む側が受けるイメージは、まったく違う。
わたしは、苦手な文体がある。

それは、「・・・だ」という意味のところを「・・・でございます」と表現するもの。
会話文で、ほんのちょっと出てくるなら、まだしも、文頭から文末まで、説明文をそれで貫き通してあるもの。


「・・・です」でも、もちろんOK。これは一般的で王道。
「・・・だよ」「・・・だね」「・・・なんだよね」「・・・ね」「・・・だわ」「・・・よ」「・・・なの」
「・・・でっせ」「・・・だぜ」「・・・じゃ」「・・・だな」なんてのも、あり。

全編を「・・・でございます」という表現は、どんなに内容が面白く興味があったとしても、
背筋が寒くなってしまう。
わたしが、そうとう下品だからだろう。

というか、まえに、その文体で綴られた、女性のドM趣味の婚外恋愛(W不倫)ブログがあり、(今もあるかも)
(不幸にも)怖いもの見たさに、読んでしまった。
ものすごい不快感に襲われ、吐き気、めまい、冷や汗が出るほどだった。(→誇張表現・傾向あり)
その時のトラウマが消えず、「・・・ございます」と延々続くと、オエオエしてしまう。

ご主人様に仕える身というドMシチュエーションから、そういう文体を好んで使っておられ、
充分、(気持ち悪い、趣味悪い、俗悪な)効果は出ていた。
その道の方からすると、人の趣味にあれこれ、いちゃもんをつけるな、と迷惑顔だろうけれど。

「お嫌な方は、読まないでください。18歳以下の方は、読んではいけません」
と注意書きが、真っ赤な色の文字で、最初に警告として表記されていたにも拘らず、
あえて、それを承知で読んだ、わたしも、悪い。

「注意!!ペンキ塗りたて!!」
→知らないなら仕方ないが、あえて座る人、さわる人は、いないだろう。

「注意!!床が濡れています!!」
→いつも、なにもなくても滑りそうなわたしには、これは、ありがたい親切な警告。

「注意!!熱湯の取り扱いにはご注意ください」
→カップめん、冷まして食べてます。

 

と、話がいつものように、脱線。

で、話を戻すと・・・

その「・・・でございます」のブログ(Mではない方)の文章の最後あたりに、くだけた表現がひょこっと出てくると、ほっとする。
これは、ひょっとして効果を狙っている?
でも、もう、最後までガマンして読むには、「ございます毒気」に当てられすぎで、パワーが消滅し、読む気がしない。

サッカリンと、蜂蜜、砂糖、甘味料を入れすぎた食品のよう。
一昨日、「十三人の刺客」【主演;高橋克典、坂口憲二、釈由美子】を新歌舞伎座で観た帰りに食べた、
ストロベリーパフェのよう。
甘すぎる苺ジャム、甘すぎるアンコをぎゅーぎゅー詰め込み、甘い甘いシロップみたいなものを入れてアイスクリームをのせ、
さらにその上の生クリームには、ものすごく甘い黒糖シロップをドバドバかけ、
さすがのパフェ好きのわたしも、完食は断念し、残したシロモノ。
ちなみに、そのパフェは、950円だった。




余談だが、当日のお昼に、役者(刺客の一人)が発病し、
夜の部は、15分遅れで開演したものの、急きょ、12人の刺客で、公演を乗り切った。

と、またまた大脱線。


たかが、文体、されど文体。

(ひとのこと、言えませんが・・・)

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自問自答の長い長い時間

2012-08-26 | 

中途半端に元気で、中途半端に、元気でない老人は、ややこしい。

いっそ、歩けない、食べられない、しゃべれない、確実に認知症、内科系重病疾患・・・
そういう人なら、本人の嘆きも相当ではあるが、自立できないので、まわりは、大変な負担を強いられるものの、
その中間は、じつに、ややこしい。

認知症ではないが、老化による適度なボケはある。(わたしにも、もうとっくの昔からある)
そういう人が、へんに決定権を持っていたり、お金を持っていたりすると、業者のカモになる。
中途半端なだけに、家族すらも口を出せない。
これが、いちばん、ややこしい。

・・・・・・・・・・・・

 

これとは、また話は別なのだが、、、、、

 

田舎の付き合いって、なんだろう?
人情味が厚い?
冠婚葬祭の、あの密度の濃さ。
昔なら、福祉も充実していなかったから、親戚や隣保による互助システムのように、
国や自治体に頼らず、自分達で、葬式代・その他を当座、工面してもらうために、
香典だの、なんだのをやりとりしていたのだろうか。
最近は、香典を辞退するお葬式もかなり増えている。

じゃあ、お祝い金は?
喜び、お祝いの気持ちをお金で表した?
今では、結婚式の引き出物も、カタログになったり、結婚祝いをとらない代わりに会費制をとったり、
と、現金のやりとりも、いろいろ様変わりしている。

田舎だけでなく、都会でも、職場でも、冠婚葬祭の現金のやりとりは、あるようだ。
ただ、わたしの住んでいる町(何十年も前、人工的に造成された大規模ニュータウン)では、
以前は、町内の誰かが亡くなったら、町内会の当番の人が、告別式のお知らせを一軒一軒配って回り、
知り合いの近隣の人々や町内会長さんが、告別式に出席していた。
だが、今は、回覧板で、だれそれがいつに亡くなり、告別式は済ませました、と報告があるのみ。
誰も、出席しなくていいし、ばたばた走り回ることもない。

あれ、こんな人、いたの?
あら、この人、亡くなったの?
負担も軽いが、一人ひっそり命の灯火が消えても、まわりに与える影響もない。

だが・・・
知りもしない、顔も知らない人の告別式に出るのは、付き合いなのか?
それが、いいかどうかは、別として・・・

それだけ、人や地域のつながりが、希薄になってきているといえる。
家族のない人や、地域の付き合いをしていない人は、孤独死もあるし、
社会の隙間で、死角となって絶望的な暮らしをしている人もあるだろう。
それは、ひとつの社会問題ではあるが・・・

田舎の閉ざされた一定地域の密度の濃すぎる付き合いに、へきへきしている身にとっては、
ああ、あっさりした付き合いは、なんと気楽なことよ!
と喜んでいるばかりとはいかないのは、いたしかたないことだ。
なんでも、100パーセント、いいように、うまくいくとはならない。
少しは、反動や逆流、揺り戻し、いいことも、悪いこともある。

田舎をあっさり切り捨てて、町に出てくると、気楽ではある。
田舎では、いちいち、だれそれが亡くなったといえば、親戚は当然のこと、近隣でも、ぞろぞろ、
告別式1回だけでは済まされず、その後も続く、ちまちま、あれこれ一連の行事に振り回されるという、わずわらしさも町にはない。

何代も何代も前の親戚の告別式だけでなく、延々と続く法要も、出席する側も、主催する側も、たいへん。
お年寄りがぞろぞろご存命、となると、いつもいつも、葬式と法要にスタンバイしなくてはならない。
今のお年寄りたちが、お亡くなりになったあとは、
もう、そんな、めまいがするほど遠い遠い親戚同士の、お互いの負担合戦はピリオドにすればいい。
近い親戚だけで、やればいい。
(おそらく、そうなることだろう)
遠い親戚間であっても、あえて、やりたい人だけが、やればいい。
(だが、呼ばれる方は、かなわない)


もう、何代も前から町で暮らしていると、田舎(地方出身)意識はない。
町流儀、自分たち流儀で、ことを行えばいいが、
田舎は、その地域の風習、慣習、流儀、やり方があり、
その通りでないと、「あのやり方は、間違っている」とかなんとか、非難の的になる。
「ほっといてくれ」というような人は、田舎には住んでいない。とっくに、町に出ている。

町に出られない事情の人は、やむなく田舎に住み続け、自分も嫌だけど無理やり頑張ってやっているんだから、
他の住民や親戚にも、自分と同じような流儀でやらせようとする。
町から、出て行った人は、涼しい顔で、
「よう、やってんなあ、そんな(無意味な疲れる)こと。お金と時間と労力、ご苦労様」みたいに、
自分は逃れられて、部外者になって、その選択は間違ってなかったように言う。

時代は変わり、インターネットの時代には、流行もデモ情報も、同時に流れる。
価値観も氾濫する。


当地に住んでいない人間が、当地の風習に従わないと、
「こっちに住んでいないからね」と、冷ややかな目で見られる。
当地に住まないのは、気に入らないからだろうと推測される。
その推測は当たっているのだが。
郷に入れば、郷に従え。それが嫌なら、郷に入るな。

住みたくないが、維持もしたい。
ものすごく遠方地なら家を処分するのも、やむをえないだろうが、
そう遠くない場合は、よっぽどのことでもない限り、売ったりしない。
たとえ、売ったとしても、二束三文、市場価値は、雀の涙で、限りなく低い。
先祖代々済み続けていた当家の人たちだけにとって、価値がある土地である。
他人には、なんの値打ちもない。

移民文化の民族には理解できないことだろう。
日本のように、土着農民スピリッツが、まだまだ延々と地方のあちこちには根付いている民、
特に、農民の、農地に対する思いは、重い。
生まれ育った土地を大切にする精神は、次世代である若い世代にも受け継がれている。
(震災で故郷を離れざるをえなかった人々の苦悩は、推して知るべし)

土地だけでなく、家も。
house(ハード面)ではなく、家制度のイエ。
とっくにそういう制度は、民法では廃止、消滅しているものの、
まだまだ長男が跡継ぎで、家督がどうの・・・と、こころの底には根付いているようだ。
たいした家柄ではなくとも、代々、継続させるというだけでも、目に見えない苦労がある。

日系2世や3世の人々は、外地の暮らしをし、外地の言語を話し、
ルーツは日本であるということには違いないが、日本で暮らす日本人とは、一線を画す。
ルーツだけを語り聞かされ外地で育つのと、
実際に、ありありと心物両面、物証が息づき物語る暮らしをするのとでは、臨場感、リアリティ、影響の濃度が違う。


延々と、なにが言いたいかというと・・・(自問コーナー設置)

自分の価値観を見極め、自分のこれからの行動の舵を、どう切ろうかと目下、わたしは熟考中だ。
自分の考えをまとめる前に、他からの圧力に負けて、屈して、あるいは、流されて行動するのでは、悔いが残る。

(逆のケースもあるかも知れないが。
あーでもない、こーでもない、と、つまらないことを、うだうだ、いつまでも考えて、ぐずぐず結論が出ないより、
なにも考えずに行動して、
プロセスは、まあ仕方ないにしても、結果的には、かえってよかったということもありえる)

時が解決してくれる、ということだってある。
先に事態が急展開、大転換して、考える余地、選択肢がないこともある。


田舎と、町。(夫の実家と、核家族の家)
両方に、右足と左足、両足を着け、中間バランスのスタンスでいくことを、今のわたしは望んでいる。
(中間は、無理でも、それぞれの事態に応じて臨機応変に)
我々の世代になると、どうなるのだろう・・・???
今は、世代が変わる、その少し前である。
老いた政治家は、なかなか引退しない。
いつまでも引退ぜずに、続けられるのなら続けていただいても、それはそれで、おおいに結構なのだが。
バトンタッチは、「夜明け前」なら、まだいいが、「日没」時か。

将来、自分が棺おけに足を突っ込みそうな頃は、 また違う考えになっていることだろう。
息子を中心に、子供達に、一切合切、まる投げの可能性、大である。

 日没から夜半にかけて、親世代からバトンを受け取り、、深夜暗闇のなか、おろおろするだけで、
明け方未明に、次世代に「あとを頼む・・・」と世代交代し、次世代は、新しい夜明けを迎える。
そうなると、時間の流れのツジツマは合う。
(我々以外の世代は、陽が当たる時間に活動・活躍)

我々世代は、じいちゃん、ばあちゃん、こどもたちが、しっかりしていて、成長する機会を逃がし、
そのスキマに挟まれ、いっこうに活躍しないで、年は取っても中身は未熟なまま、この世を去る・・・
・・・これは、じつに、ありがたい、幸せなことではないか。

まともな人から、「けしからん、ふがいない」、とお叱りを受けそうだが。
でも、生きているといろんなことがあるので(いいことも、悪いことも)、楽観視ばかりもしていられない。
次世代に夜明けにバトンタッチしようと企てていたら、まんまと逃げられ、
結局、翌日も翌々日も、まるまる24時間体制で働かされ、苦労を強いられるかも知れない。

が・・・

人間、なるようになる。
不幸を追い求めてもしかたない。

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延々、長々と書いていたら、こんなに長くなってしまった。
最後まで、読破された方には、「ご苦労様」という、ねぎらいの言葉をプレゼントします!!!!

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だらしないのは、気楽だが・・・

2012-08-25 | 日々のこと

日常モードに戻り、久しぶりにダンスをしたら、とても身体がダルイ。
ゲスト・ステイは、精神的には疲れても、身体は疲れてなかったようだ。
というか、健全な見せる(見られても大丈夫な)生活は、けっこう、気持ちのいいものだ。
これは、家事ギライ、家の中を見られるのは、裸を見られるよりずっと恥ずかしいわたしとしては、新鮮な発見だ。
でも、またすぐ、元のだらしない生活に戻るのは、目に見えているが。

といいつつ、来月、またゲストが二人、泊まるそうだ。
翌日、出発が早いゴルフのための前泊だとか。
うちは、ホテルか?
夫のゴルフ仲間らしい。
日本酒に合う、おいしいものを用意しておいてほしいと、言われたが、柿の種しかない。
そう、ぼそっと小声で呟くと、乾き物ではなく、もっと、しっとりしたものがいい、と夫にリクエストされた。
一昨日お会いしたばかりの、ゲストのうちの一人には、「本場の柿の種ですか?」と言われた。
「いや、本場の柿は、まだなんで・・・どうしましょうかねえ・・・」と言葉を濁しつつ・・・
当日、帰りにデパートで、刺身でも買ってこよう、と、
あまり深く考えず、まったく気合を入れていない。

わたしは、気合を入れるオクサマとは逆のタイプ。
奉仕精神ゼロ。

ずっと前に、名のある方のお宅を仕事で訪問したことがあるが、
いつでもいいですよ、と軽い返事だけのことはあり、いつでも誰が来てもいいように、受け入れ体制は整っていた。
気のはるゲストなら、小物や生花、食事で、グレードをアップするのだろうが、業務系なら、スタンダード、基本のみ。

そんな大それたお宅とは、まったく違うけれど、じつに雑な気持ちで、受け入れOKのわたし。
寝るところさえ、あればいいのだから、それぐらいは用意できるし。

とはいうものの、生活していれば、室内のクリーンさを保つのは無理。
掃除嫌いは、辛い。

 

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拗ねても、かわいくないお年頃

2012-08-24 | 華のスロー人

やっとゲストが昨日、家をあとにし、今朝は、早朝からブログタイムが復活した。
ご近所さんブログ等をぐるっと一周。

で、その中の記事を読み、ふと思った。

子供の時に受けた、こころのダメージ、トラウマは、一生、つきまとう。
特に、いちばん身近な存在である母親から受けた仕打ちは、忘れようにも忘れられない。
母は、わたしのことをわかっていない、わたしの表面しか見ていない、
こころの中をまったく理解していない、と感じた。

当の本人は、「そんなこと、した?」
「そんなこと、あった? まったく覚えてない」
と言いそうだ。
(聞かなくても、わかっている。そんなナイーヴな神経など持ち合わせていない)

忙しくて、わたしたち、きょうだい、子供一人一人に、どんなことがあって、どんなことを言って、なんて、覚えていないだろう。
だが、子供一人一人にとっては、母親は一人。

いや、兄だけには、必死だったか。
誰しもそういうところはあるだろうけれど、
母は、一生懸命になると、一極集中、他に目が行かず、広い目でモノゴトを見ることが出来ない。
ここにも、マザコンの悲劇。兄も、気の毒な被害者とも言える。

わたしにトラウマの原因を作った母親は、いまは、老いの身。
そして、自分も、これからは本格的に老いステージに突入の身。
いい年して、「母が、子供の時、わたしに、こんなこと言った、した」なんて愚痴ってたら、自分としては年甲斐がない。
さらっと忘れることにしよう・・・と思いつつ・・・そのトラウマは、自分の性格の芯のまわりに貼り付いているような気がする。
一生、それは、消えることはないだろう。

そう思うと、母親の役割は、重大だ。
でも、当時、いちいち、あの忙しい毎日の中で、チマチマ考えていたら、母親のほうがストレスがたまる。
ケガも病気もなく育ててくれただけで、御の字だ。
なので、母も子も、お互いさま、痛み分けシェアーということで、双方、それを糧に成長することにしよう。
反面教師になって、子供には、自分みたいな思いをさせない、という教育方針をとるのもよし、
逆に、母は、見習うべき点、逆さになってもマネできない美点や長所も持っているので、語り継ぐのもよし。

でも、やはり、わたしは、こころには、一生消えない傷も持っていて(ナイーヴな人に比べると、鼻で笑われる可能性もあるが)、
それで、バランスが取れたり、多面的にいろんな光を放ったり、
いいことも、悪いこともあって、
なんだかよくわからないけれど、今となれば、一日一日が無事に済めば、それでよいのかも。

いつも、マトメには、こういう言葉で締めくくろうとする、わたし。
若い頃とは、えらい違いだ。

しかし、よくよく考えると、
「自分のことをわかってほしい」→「でも、わかってくれない母」→「母なんかキライだ。グレてやる~」
これは、まあ、よしとしよう。
親子なんだし、距離が近いから遠慮がなさすぎて、いい面も悪い面もある。

これが、母でなくて、他人だったとすると、(たとえ、配偶者であっても)
自分のことをわかってくれないのは、わかってもらう努力を怠ったせいである、
と、今のわたしなら考える。
努力しても努力してもわかってもらえない場合は、相手の努力が足りない。
相手を努力させるよう仕向ける、自分の努力が足りない、力量が不足している。
MAX努力し、パワーを200パーセント以上使い続けても、わかってくれないとすると、
しばらく、その状態で放置し、様子を見る。
それでもわかってくれないと、キレて暴れる。
さらに、それでもわかってくれないと、
拗ねる→やがて、感情が動かなくなる→無視→破綻
と、こういう方程式。

共通言語を持たない、共通価値を持たない人間とは、距離を置いて付き合うか、
絶縁するか、どっちかだ。

家族は、社会のいちばん小さなコミュニティー。 
もともと、なにもないnothing、無、ゼロから生じた、家族。
その家族から、独立、分裂、分離して、新しい家族を形成する。
昔の家父長制とは違ったかたちの、核家族を生み出す。

家族を軸に成長したり、癒されたり。
時には距離を置いて、遠くから離れてみるのもいい。
友人みたいに、ケンカしたからといってメンバー交代とばかりに、ころころ入れ替えられないし、
いちばん、厄介ではあるが、ちょっとや、そっとで、サジを投げられないだけに、忍耐力も養われる。

・・・・

母のことや、自分のことをわかってくれない人のことを愚痴るつもりが、一般論になってしまい、
帳尻を合わせたような格好になり、おもしろくも、なんともなくなってしまった。
しかも、結論に到達できず、だらだら。そろそろ、さっきから眠くなってきている。

布地でいえば、切りっ放し、あと処理せず、ほったらかし。
記事でいえば、書きっぱなし、マトメなし、ほったらかし。

ということで、早朝から起きたツケが今頃まわり、眠くなってきた。
電車の中で、爆睡することにしよう。

 

 

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最大の苦手は、食事づくり

2012-08-22 | 日々のこと

ほんの、ちょっとした空き時間を利用して、ご近所さんブログをまわり、自分のブログを更新している。

いま、ゲストが来ているのだが、
いつもは人がいない無人に近い我が家に、人が来る、しかも、何日も泊まる、そして、三食オサンドン。
そう考えただけで、部屋の整頓、掃除、食事、ずいぶん、気が重くなっていたが、
実際に、人が来ると、人の交流、空気の流れが出来て、悪いことではない。
というか、むしろ、いいことだ。
ただ、メニューを考えるとアタマが痛い。
料理を作り始めてから、何を作るか考えるところあたり、このブログと同じだ。
(このブログも、入力しはじめて、ちょっとしたあたりで、なにを書くか考えている・・・)

計画を立てられない性格、能力の持ち主は、本当にツライ。
じつは、献立を考えようと、真っ白な大きな紙に、曜日、朝、昼、晩、と、メニューを書き出そうと試みたのだ。
ところが、実際に書かれているのは、
○曜日、夜、お寿司(買ってくる)&冷しゃぶサラダ
△曜日 夜、外食
12回の食事のうち、2箇所だけ埋められ、あとは、朝、昼、晩、真っ白け。用紙は、余白だらけ。
具体的な予定は2回だけ、たった、それだけだった。

しかも、外食は、予定通りには行かず、家での食事になった。
そして、夫に、「少ない」と言われ、あてつけのように、缶入りおかきをぼりぼり食べられた。
さらに、「パンないか?」
と要求されたが、上娘がとっさに、「やめとき。そんなカロリーの高いもの」
と即、却下したので、空腹のまま、不満が募っていたようす。
しかたないので、お茶漬けを作って(作るというほどのことは、ないにしても、だ)、夫の腹の虫を抑えた。

この食のセンス、明らかに、おかしい。
昨夜のわたしのメニューは、完璧に和食オンリーだった。
確かに、おかずに、偏りはあった。
5つあるおかずのうち、酢の物が3つ、特に、3つすべての惣菜にキューリが入っていたので、一見、どのおかずも薄緑。
居酒屋の突き出しメニューみたいで、どれも、すごく少量でもあったので、
夫のお腹を満たさないのも、いたしかたないといえば、しかたない。
(わたしは、味に自信がないので、不味いものをたんまり食べさせられては気の毒だろうと、どのおかずも、少量にした。
へんなところで、へんに謙虚)

今、書けば書くほど、反省ばかり。
でも、昨夜は、夫に言われてすぐ、すんなり素直に反省には直結せず、
口をひょっとこみたいに突き出し、へそを曲げていた。
この酢の物に、なんで、パンなの?と。
一昨日の夜ならいざ知らず。(シャンパン、赤ワインと次々と空けた)
昨夜は、ビールのあとは、日本酒。
パンは、どうみても合わないでしょーー?

まあ、なんでもいい。
その日が終わればそれでいい。
せっかく来てくれているのに、献立でアタマを悩ませていたら申し訳ないのだが、
わたしは、食事作りは、苦手中の苦手。
数学や、物理、化学ぐらい、大の苦手。(あ、掃除も負けず劣らず、苦手)
毎回、毎回、ご飯作るのって、けっこう、たいへんだ。
それより、食べさせられるほうが、もっとたいへんだ。

料理がヘタな母親を持った宿命と受け取って、まあ、家族全員、あきらめてもらうしかない。

(買ってきたお惣菜を、うまく手作りのものとドッキングさせるテクニックは、けっこう、うまいと自分では思っているのだが、
そんなの、だめか?)

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新境地

2012-08-21 | 華のスロー人

わたし、ご近所ブログの皆さま方よりも、ちょっと年上のようだ。

世代のステージが、すこし早く進んでいる。
年下の方々と感覚的には、共通点があるということは、わたしは、実年齢より、未熟なのかも知れない。

わたしの子どもたちが、高校生やら大学生の頃といえば、もう、ずいぶん、遠い昔だ。
各人、遠隔地から学校に通ったり、就職したり、親元を離れて、もうかなり、時間が経つ。
いちばん期間が長い子供で、10年、その次の子が、7年経過している。
いっしょに、生活していた日々は、もはや過去になり、配偶者を得た子もいるし、
さらに遠くに赴任して帰ってこない子もいる。

上娘が帰省してくると、息子のかわりに、婿がいて、合計、かつての家族と頭数は同じだ。
息子より、ずっと愛想のいい婿と接すると(たとえ、帰省の間だけの営業スマイル、義理トークだとわかっていても)、
なんだか得をしたような気になる。
次女だけは、まだ自宅から通勤しているが、明日、家を出ても不思議ではない。

子供が学生である時期と、そうでない時期、この年齢の違いは、けっこう大きいかも知れない。

わたしも、年を取った。
それは、子供が年を取るとともに、自分たちの親も年を取った、その影響が大きい。
自分ひとりで、年を取るものでもなさそうだ。

偉そうにしていた親が、年をとって、衰えてくると、「いたわる」、というプロセスのその前に、
力関係が逆転した瞬間は、バカにする、軽んじる、仕返しする、という、
かつて、頭をおさえるけられていた時期分の逆襲、貸し借りの微調整・反動期間が生じるようだ。
完全に逆転しきったところで、もう、前の力関係に戻るという力の逆転はありえないと、決定的になったところで、
やっとこさ、力を貸す、手助けする、という、強い者から弱い者へのいたわりの精神が芽生えるようだ。

いま、まさに、わたしたちは、その反動の期間である。
親は、弱りかけているが、まだ強い。
親も、権力を発揮したいが、身体が弱ってきたので、しかたなく、譲ろうとするが、まだ、元気。
元気になったり、弱ったり、行ったり、来たり。でも、まだ元気。
老政治家が、ちっとも引退しないのと、ちょっと似ているかも?
そのうち、元気なときよりも、元気でなくなってくるほうが、ウエイトを増してくるのだろう。
そうやって、権力の移動、徐々に世代交代が行われるようだ。

それと同じことが、子供の世代と、わたしたちの世代にもいえる。
行動力、体力、知力は、もう、完全に子供世代のほうが、親世代を上回っている。
ただ、親世代は、地域や、親族の間、社会でのキャリアの影響では、まだまだ、強い。(親の親も、まだまだ根強い)
だが、親世代と子世代は、互助関係にある。
これは、子供たちが学生の間には、ありえないことだった。
口ばかり達者でも、社会にまだ出ていない、しかも、親に養ってもらっている身では、なにを言っても口先だけの理想論となってしまう。
実力をつけて、社会で一人前にやってこそ、一人前の口がきけると思う。

なので、いま、子供世代、我々世代、親世代、この3世代が、
微妙な力関係の均衡を保ちつつ、崩れつつ、スライドを行っている時期である。
(他の人の話を聞くと、老親たちは、とっくに引退しているか、病気の人が多いようだが)
それは、実際に、子供たちが社会人になって、ある程度実績を積んできて、はじめて実感したことだった。

そういうあたり、子供や老親の状況の違いは大きいと思う。
子供の年齢が違う、というのは、単に、何歳上、とか、そういう単純な違いだけでは済まされない。

家族の中だけのことだと思うようだが、これが、けっこう、そうでもない。
考えが、変わると、家庭内だけのことではなく、
もっと、広い、家庭を離れたところで、自分の考えが変わったことを自覚する。

年齢って、大きい。
われわれよりも、上の年齢の人たちは、われわれより、もっと、いろんなことを経験し、いろんなことを感じ、
いろんな人生経験を積んでいる。

これらのことは、年齢を重ねて、わたしが、はじめてわかったことだ。
カサブタが、とれるように、焼魚の身が骨からぽろっと取れるように、
ある日、突然、予想もしていなかった心境が理解できるようになる。
年上の人々から聞かされていたことが、自分のこととして、実感、納得できるようになる。
じつに、不思議な感覚だ。

そして、自分のまわりにいる人の影響を無意識に受けている。
どういう人と付き合うか、どういう人が、身近にいるか、これは、とても大事なことだと思う。
年齢の低い時から、高い時まで、一生を通じて、自分の回りにいる人を見て、そう感じる。
不幸は、自分から知らず知らずに選んで不幸になっていく、不幸が不幸を引き寄せるそうだが、
幸せは、知らず知らずのうちに、自分が幸せを選んでいっているそうだ。

正(プラス)も負(マイナス)も、スパイラルだと感じる、今日この頃だ。

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