蝶になりたい

いくつになっても、モラトリアム人生。
迷っているうちに、花咲く時期を過ぎてもまだ夢を見る・・・。

別に、ひがんでいるわけじゃ、ありません。が。

2011-04-30 | 人生
今日、パリでワーホリ滞在している人のブログを初めて読んだ。
海外留学や、在住が女性に多いのはなぜだろう?
語学そのものが、女性のほうが得意なんだろうか。特に実践は。
ただし、その後、その語学スキルを活かして活躍するのが、なかなか難しい。
語学以外に確固たる専門がないと、業種が狭まる。

企業留学や、企業からの派遣は、断然まだ男性の方が多いだろう。

ただし、若い時に、海外で暮した経験があると、見聞が広まって、ものを見る目が広く大きくなる。
後にどんな職に就いても、
人がなかなか経験できない貴重な体験が、きっと柔軟な幅を持たせてくれることだろう。

ちょっと話が違うが、
とある芸術大学にある、彫刻科。
その大学案内で、将来の就職先を紹介するページがあり、
彫刻科は、「将来、定年後、好きな彫刻を存分楽しめます」みたいなことが書かれていて、
実際の就職先は、彫刻とは関係ない分野が多かった。
芸大に入って彫刻を専門に学んでも、実際の職業にはなかなか結びつきにくいのが現実だ。
かと言って、頭から若い人の夢を潰してしまうのも、あんまりだ。
第一、芸大の存在価値そのものが問われることになりかねない。

ママ友の一人、Mさんの二人目のお嬢さんは、芸術方面の大学、レアな科に進み、
一時は一人住まいをしていたが、今はご実家住まい。
Mさん、お子さんが小さい頃、教育ママゴンだったけれど、ご長女の教育には鼻息も荒かったが、
次女さんは、方向転換されたご様子。
長女の頃の高飛車発言、次女さんの頃には、それまでの価値観を否定する発言には結構、驚いていたが、
就職先はどこ?なんて、口が裂けてもわたしは聞かない。

別の知り合いで、お嬢さんの音大ピアノ科卒業が自慢のTさん、当時は鼻高々でいつもご自慢だったが、
今は、いろいろ若い人にはナイーヴなこころの問題があり、年齢ばかりが重なり、
Tさんも心を痛めておられるようだ。


こんなことばかり書くと、わたしがまるで、人の揚げ足ばかり取って、
自分が能力や根性、勇気がないからできないくせに、
若い人の夢を頭ごなしに否定して、強がりを言っているように思われるだろう。
好きなことは今しかできないんだし、後で後悔しても遅い。
出来るうちに全力で、思いっきりやる、って、なかなかできるようで、できない。
人の目や、実は自分のアタマの中にしか存在しない「世間」の声に惑わされることなく。
ただし、自己責任で。
ウダウダ言ってるうちに、時間はすぐに過ぎてしまう。


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内臓、腰、背中、首、目、すべてに、悪い。こころには、最悪。

2011-04-29 | 暮らし
ここのところ、ダンスのお話が続き、うんざりされたことでしょう。
よくよく考えれば、ブログは、自分だけ楽しくても、ダメでした。
初心に戻ろうっと。

それにしても、iPadでの入力の、やりにくさったら。
背中をぐにゃりと猫背にひん曲げ、ちょっと入力しては、あー、しんど。

もともと、姿勢というものは、体の血流や気の流れに大きく影響するもの。
背中を内側に曲げ、首も前に突き出して曲げ、頭を垂れ、うつ向いたまんま、
目が悪いので、画面が見えるまで腰までもぐぐっと曲げ、内臓を抱え込むような姿勢を長らく続けて、
いい発想や、アイデアが浮かぶわけがない。(もともと、浮かばない?)

それよりもなによりも、訂正する時の手間、
カーソルの役目をするモノが、なかなか目的の場所に移動しないので、何度も繰り返し、イライラ、
仕方なく、また入力し直したり。
指で直接画面を触るなんて、わたしにはどうも、向いていないようだ。
マウス様のありがたさ!

さらに致命的なことには、
ある一定文字数を超えると画面がスクロールされなくなって、文字訂正が出来なくなる。
文字数が制限されるのも、だらだらマトを得ない長文傾向のわたしには、とてもツラい。
案外、ムダが削れて、マシなものになったりして。
怪我の功名?
削ったあとは、なあんにも残らなかったりして。


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せっかくのお天気のいい、GW初日、誰にも邪魔されることない、のびのび自由時間を、
こんなこと、チマチマ愚痴って、わたしは、楽しいのだろうか?
しかも、肩がガンガン凝ってきた。
娘Rよ、早くパソコンを直してちょーだい。
お願いしますよ~。

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挫折への道

2011-04-28 | 趣味
たまたまなのか、よくわからないけれど、
女性の嫉妬ネタは、あまりウケがよろしくないようだ。
ウケを狙って、ブログ更新しているんなら、わたし、ブログ、とっくに、やめてます。
この可愛げのないところが、わたしの、救いがない、不徳のいたすところだ。

まあ、それはそれとして、昨日、パーティーの後としては、初めてのレッスン日だった。
またまたKさんが来ていた。
Kさんは、わたしの嫉妬の炎をめらめら燃やしてくださる、チャッカマン。あ、着火ウーマン?

そもそも、別の教室なのに、なんでこっちのクラスに顔を出す?
おそらく、先生に呼ばれたのだろう。

わたしは最終水曜日だけ、月に一度、仕事の関係で、初級入門クラスに時間を変えてもらっている。
いつもは、中級クラスなのだが、
中級といっても、入門コースではないだけの、別にどうってことないクラスだ。
初級入門クラスのすぐ後に、中級クラスが引き続き行われる。
この入門クラス、一昨年の秋に、初めて社交ダンスをする人、Aさんが入ったが、今もこのクラスに在籍。
彼女は1年と少し習ったところで、また別のまったくダンス初めての50代後半?新人が、今年入ってきた。
まったくまるまるダンス初心者と、またスタートとなるわけだが、
この新人さんは、今までの長い人生、運動経験・皆無のお方。すぐには体や足は動かない。
バレエ歴の長いAさん、いつまで、続くか?
目的にもよるだろうけれど。

それはそうと、炎の着火ウーマン、Kさん、
最初はわたしたちは先生も交えて2回、1~2分踊ったが、あとはアシスタントに任せて、
同じフロアで、先生とKさんと二人だけで別行動つきっきりの個人レッスン。
さすがに大きな声でははばかられると感じるのか、ヒソヒソ、聞き取れないような小声で、
コツやら、要所、ポイント、おさえどころを実演を交じえながら手取り足取り、伝授されている。
わたしはそれが気になって、アシスタントさんのレッスンに身が入らない。
こちらのレッスンは、バレエのAさんと、超新人さん。
生まれて初めて、ルンバというダンスがこの世にあることを知った新人さんと、
記念すべき初めての第一歩をご一緒させていただいている。

とは言うものの、先生とほんの一瞬、踊って、自分はあれこれ言えないレベルだと実感した。
習得していないレベルだということを痛感した。
つくづく手取り足取り教えてもらっているKさんが、羨ましくなった。
プライベートレッスン料も払わず、グループレッスン時間に、割り込んで特別に一人だけ、つきっきりで教えてもらえるんだもん。
いつも先生はグループレッスンでは、全く生徒を指導しないで、アシスタントに任せっきりなんですよ、
Kさんは、ご存じかどうか知らないけれど。
わたし、自分が下手で、トロく習得率が良くなく、センスが悪いのを棚にあげ他人に炎を燃やしてる場合か?
自覚あるんだけど、目の真ん前で繰り広げられると、きりりと心が痛む。
やる気以前の問題。
その場から離れたい、自分がそこに身をおきたくない気持ちになった。

逃げ、逃避、ギブアップ、挫折への前兆。



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背中を押すのは、だ~れ?

2011-04-27 | 趣味
ここのところ、社交ダンスブログになっている。
昨日も、2ヶ月前から通い始めた、にぎやか市街地ダンス教室、
あちこちから生徒が来ている。
大阪市内はもとより、大阪府下全域、奈良、和歌山、各地から。

昨日のレッスンは、女性20人、男性20人の大所帯となった。
ところ狭しと、ぎゅーぎゅー、よくこんなに集まるなあと、感心するやら驚くやら。
世間には、いろんな教室があるが、
人気があるところ、良いところを見つけ出すことが肝心と感じる。

お金儲け主義や、権威主義のところは、よほど先生との相性が合うのなら仕方がないけれど、
生徒同志の情報交換や意見交換を参考にして、
自分の目的や目標、フトコロ具合と合ったところを探し当てるまでが、なかなか、長い道のり。

ここだ!というところが決まれば、
わたしみたいに、あちこち転々とダンス教室・難民化するのではなく
メインを決め込んで、一直線にひた走るのがベストだろう。
(彼氏づくりと、同じ?)
それまでには、時間、労力、お金、いろんなものが必要だ。
そして、それからも。

わたしのように、連帯しない、単独行動傾向の人間は、とかくムダが多い。
なので、人のアドバイスは、とても真摯に耳を傾ける。
ただし、何かを勘違いしている、お局様とかは論外。

昨日、ランチをご一緒したクラスメートと、情報交換した。
悩む、わたしの背中を押してくれるような発言を聞き、
自分ではなかなか決意しにくいことでも、人の意見で意外にも、こころ動かされることがあるようだ。
とは言っても、自分の気持ちは、ほぼ固まっていて、あとは、GOサインを待つばかりなのかも知れない。

「今しか出来ないことは、今、すべき」
そう励まされた。

ただし、「家族にだったら勧められなくても、他人には、勧められますわ」
と、さりげないけれど、最後にインパクトのある一言を聞き逃さなかった、わたし。

この言葉には、真実がこもっていて、自己責任で完結せよ、というメッセージを読み取った。


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iPadでの入力は、思いをテキストや画像に変換するのに手間がかかり、ストレスがたまります。
もともとブログを更新するのは大好きなのに、本末転倒気味。

操作上の理由で、全部の文字を一度入力すると、訂正できないのが、とても苦痛です。

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嫉妬の炎、めらめら燃やす側って、ヤダ。

2011-04-26 | 趣味
わたしは、自分の居場所を見失っている。

若くて熟練された方々には、当然のごとく、足もとにも及ばない。
お上手なお年寄り軍団で、運動がてらにスイスイ(正しい基本に則り)踊っている人には、追いついていない。
若い有望株には、スタートで勝っていても、レッスンが進むにつれ、追い越され、ついて行けない。
クラスの先輩の、お上手ではないけれど、運動がわりの人とは、今のわたしでは、目的が違う。
別の教室の牛歩スタンス先輩とも、足並みが揃わない。

わたしは、今、そこそこ技術を身につけ、高齢になっても運動がてらに踊っていたい。
お年寄りで、若手を育ててあげようという、広いこころの人たちとご一緒するレッスン、
あるいは、同じような若手(といっても、わたしぐらい)との切磋琢磨レッスンを望む。
でも、習得度合いや目標が微妙に違うから、むつかしい。
(個人レッスンなら問題ないが)
それと、面倒くさいことに、同じような世代、レベルでは、場合によっては、
オンナ同士の熾烈な闘い、意外なほど、邪魔になるほど、ライバル心を燃やしてしまう。


と言うのは……
C教室の先生主催のパーティーで、昨日知ったこと。

昨年の10月に入ったばかりの、わたしと同世代の新人がいる。社交ダンス歴ゼロ年、ゼロ日。
(ちなみにわたしは、社交ダンス歴4年半)
同じ先生の、もうひとつ別の場所にある教室の生徒のKさん。
彼女は、よほどダンスのセンスがあるのか、習い始めた翌月の11月に行われた競技会に、
先生の生徒さんであるH氏
(わたしと同じグループレッスンのクラスメートで、個人レッスンも受けるようになった、ほぼ初級者。
教室に入った時から、競技会に出たいという希望を持っていた人)
と、先生の計らいでペアを組み、たまたまライバルが2組も欠場したという幸運もあり、
二人とも初参加なのに、受けた級(一番下の級)をクリアーしてしまった。
先生も、まさかの展開に、びっくりしていた。

先生は彼女に期待をかけているのか、ドレスも何枚もあげたようだし
(一昨日のパーティーで彼女は3回、先生から譲り受けたドレスを取っ替え、ひっかえ)
あの、短いレッスン歴であるにもかかわらず、先生と自由に踊る紅白戦というものにも出場していた。
パーティーでも裏方を買って出たのか、コマゴマ動き、やたら主催者側に位置する。
ダンス歴・半年で入って間もないのに、のんびりお客さんみたいな、わたしなどとは大違い。

やっぱり意欲ある人は、先生もほっとかないのだろう。
ゆくゆくは、アシスタントかも。


(ただし、今のところは、そんなに上手じゃない、ステキなダンスじゃない、と、わたしは感じる)


Kさん、わたしが聞いてもいないのに、
若い頃、渡米したら、英語が無茶苦茶デキてしまったとかで、
日本人のご主人との間に生まれたお子さんは、made in USAだそうな。
その後、離婚し、子供ふたりを女手一人で育てたこと、英語関係の会社を経営していることとか、
5年前に再婚して、若いご主人と、彼女の子供さんとも、すごく仲良くうまく行ってること、
しかもうんと年下のダンナさんなのに、Kさんのほうが年下に見られること、
若い頃から7号サイズを維持していて、トレーニングに通い、体を絞っていること、などをペラペラしゃべる。

聞く度に、なぜだか、段々、わたしの笑顔が引きつってくるのが、自分でもわかった。

べつに対抗意識を燃やしたわけではないが、聞くばかりでもおもしろくないので、
「わたしも、週に一度だけ、ジムや、ステップエアロビックス、スイミングをしている」と言うと
Kさんは、若い頃、インストラクターみたいなものをやっていたとのこと。
それを聞き、自分のそんなことを打ち明けてしまって、思わず赤面した。
運動音痴のド素人のわたしが、ぜーぜー、ふーふーいいながら、モタモタやっているだけの、
人様に話す程のこともないレベルなのに。

で、恥ずかしまぎれに、
知り合いの人で、エアロビックスの競技会で優勝した人がいる、と、わたしの言ったことに対しては、
Kさんのエアロビは、それとは別で、お金にならないほうのだとかで、どーのこーの、なんたら、かんたら。
よくわからないが、プロではないらしい。

あちこちで、お子さんの年齢を言い回っているようで、わたしにも、「○○歳の子供がいるんです」と仰るので、
「へえ~、そんな歳のお子さんがいるとは見えない」と、とりあえず社交辞令を織り込んだ、わたし。
ついでに、これまた、聞くばかりではおもしろくないので、
「わたしもあなたと同じ年の子供がいる」とKさんに言うと、
Kさんは、なんのためらいもなく、
「一番下のお子さんですか?」と、きっぱり仰る。

カッチーーン。

なんで、あなたの一番上のお子さんと同じ年の子供は、わたしの一番下なの?
(一番上です!!第一子です!!)
どんだけ自分は若いと意識してる?
わたしは、決して遅い年齢の子供ではないので、いたって気を悪くした。

それに、自分でデキルとか言っている人をわたしは信用しない。

これもあれも、積極的で、先生に特別に可愛がられ、チカラのあるKさんに嫉妬しているのだろう。
引っ込み思案で消極的なわたしとは、性格も正反対。
Kさんとわたしとの対応の違いは、自分の性格や能力の違いから。

認めたくないのはわかるけれど、わたしも、つくづく平凡な女性なんだなあと、自己認識、再確認した。
そんなことでムッとする自分に、オンナの醜さを感じ、自己嫌悪。

別の教室では、年上のお局様に妬まれた感ありの、わたし。

めらめら燃える嫉妬の炎、燃やされるのと、燃やすのと、どっちがマシ?

どっちも、醜い。


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やっとこさ、貼り付けられました。ランキング。
せっかくですので、おひとつ、よろしければ、画面のココ、めがけてギュっと。
iPadでの作業は、アクシデント続きで、アタマが痛いし、肩コリのモトです。

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華やかなパーティ、舞台裏。

2011-04-25 | 趣味
昨日、日曜日、一般のお客様は午後4時開場、
生徒さんは、お昼の12時に集合、スタッフは、もっと前から集まり、最終の準備をした。

会場は、市内の外資系大手ホテル。
何組ものプロの迫力ある演技を目の当たりに見ることができ、
技術もさることながら、芸術点も不可欠な要素だと実感した。

全ての演目の中で、最もひどいランクのものに、出演した、わたし。
ま、しょせん、あんなもんでしょう。
あれこれ、言いません。
出来がどうの、なんていうシロモノではないので、
少々上がって間違えた、とか、そんなの、レベルからすると、話すほどのこともなく。
山本リンダのウララ~、ウララも踊ったけれど、その後のプロの演技を引き立たせるには、
吉本系色合い、いい雰囲気づくりの効果あり。


通い始めて1年5ヶ月のこのC教室、
わたしと同じクラスのグループレッスンを受ける生徒さんたちは、
グループレッスンの後、各自、引き続き、個人レッスンを受ける。
前から思っていたけれど、
才能とか適性とか、そういうものを度外視した、
純然と趣味にお金をたっぷり使った、還暦以上の方々が多い。
ただし、多忙だけど、お金を持て余した道楽というかんじではあるものの、
ぞっこん入れ込んでないので、練習もさほど熱心でもないし、練習の習得、達成度を先生も期待してない。
衣装も先生のお古をレンタル。(先生、ここでも、ちゃっかり、儲けます)
グループ演技の他にも個人演技もご披露されるが、
動作や技術はもちろん、お化粧も含めて、年齢ばかりを際立たせ、見るに耐えられなかった。
(クラスメートなのに、酷評すぎる? ありのまま、ストレートすぎる? 失礼すぎる?)

他の演目では、別の教室の生徒さんで、思わず目をそむけたくなるような、
(生徒さんは、色白グラマー美人で50代後半?)若い男性プロ先生と踊った
場末の売れない年増ダンサーみたいなエログロ風味のエグいものもあり、
今でも、思い出すと後味がよくない。
芸術点数、マイナス1億点。


同じ年配でも、小林幸子か美空ひばりかと言わんばかりに、
衣装にこれでもか、とすごい芸能魂、執念を燃やしている人は、
それはそれで、ある域を超えていて、並を超越する迫力があった。
さらに、そこまでやる人は、ダンスもご本人なりに頑張っている。

初級~中級と思われる、おじいちゃん、あ、失礼、ご高齢の男性も、
ばりばりプロの若く美しい先生との踊りを披露されていた。
毎週毎週、個人レッスンを受け、ご披露された部分を繰り返し練習し、覚えられたのだろう。
美女先生の、まばゆいドレス、背中が大きくあいていて、肌に直に当てる手が、なんだか遠慮がちだった。
(つづく)




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つまはじき。

2011-04-23 | 趣味
苦節3年の末にやっと初級から中級への進級が認められ、
5ヶ月目を迎えようとしてる、B社交ダンス教室。

進級間もない頃の緊張感もほぐれ、わたしは気分良く通っていた。
クラスメートの皆さんとも、アフタークラスの会にも顔を出し、
あら、いい調子と、問題なく快調に過ごしていた。

このクラス、ボス猿がいる。
オスのボスと、メスのボス。
あ、ちなみにこのクラス、わたしより前に初級から入ったすぐ上の先輩ですら、
なんと、この教室でのレッスン歴、10年。

オスボスは、この教室とのお付き合いは、先生が、まだうんと若い頃から。
ちなみに先生は、推定年齢、70歳ぐらい。
メスボスも、先生よりほんの少しのお若いぐらいと想像する。

オスボスは、もう達観人生に突入しておられるようなので、
芸の道、研磨も最終段階。
もはや、俗人の世界には住んでおられない。

問題は、クラスいちばん、お派手で気の強そうなメスボス。
彼女だけは、進級してきたわたしを、完全無視。
ぽーんと皆さんより若いわたし。
これが親子ぐらい違うのなら笑顔で迎えてくれるかも知れないが、
一番微妙な、つい最近、過ぎ去ってしまった、自分よりワンゼネレーション若い世代。
そして、まだオンナとしては、最終コースをゼーゼーよたよた、最後列あたりを回っている。
走り終えてしまった(かも知れない)という事実は認めたくないのはわかります。
おもしろくないのも、わかりますが、それって、大人げなくないかい?


それは、心理的なベースにあると思う。
彼女が、声を大にして言うのは、
他所でも習っているようなひとは、認められない、先生もそう思っている、とのこと。

わたしは、一週間に一度、たった1時間半だけでは、残り人生を考えると、とても足りない。
だから、あちこちでも習い、いろんなイマドキの風も吸収したい。
それが、気にいらないようだ。
彼女は、似たような年齢の人たちと、なあなあで運動のつもりでダンスできたらいい、と思ってやっているのに、
元気な、勢いを感じる若手が入ってこられると、実に目障りなんだろう。

「ヨソでは、格好ばかりにチカラを入れるような踊りを教えている教室もあるようね」
わたしへの当て付け、イヤミたっぷり。
昨日のアフタークラスの会で、「ヨソで習うことは、先生もおイヤでしょう」
と、しっかり、わたしの隣で、そうおっしゃった。
わたしに、一週間に一度だけの、ゆっくり進度、基本のみの、このクラスだけに参加するなら、
認めてあげてもいい、というかんじだった。
閉じ込めようとしても、無理です。

あのクラスでは、ゆったりした動きのダンスを強いられそう。
それも、メスボスに。

この教室、苦労して上がったけど、辞めようかと、一瞬思った。
でも、アホらしいので,辞めるのを止めた。
お局ボスとは距離をおいて、接するようにしよう。
自分らしく、行こう。
それがイヤなら、お局様、あなたがお辞めになればいいんです。




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負の、塊り。

2011-04-22 | 暮らし
自分のことを棚に上げ、あれこれ言う資格はないのは、重々承知。

でも、ぎゅっと真一文字に結んだ口から、ぎゅるぎゅると、はみ出してくる。
声にはならない声が。
固く握りしめた拳の指の間から、にゅるにゅると姿を現す、負の塊(かたま)り。


ああ、もう、酔っ払いは、大キライ。
キライでキライで、たまらない。
人をキライになってはいけない、まして、身近な人であれば、なおさら。
でも、キライ、とってもキライ。
どうやって、この思いを封じ込めようか。
あふれる思い。
プラスの思いなら何の問題もないが、マイナスの思い。


お酒を飲むと気持ちよくなって、酔っ払う。
わたしもお酒を飲む。
でも、人を不快にさせるほど、見捨てたくなると感じさせるほど、自分を見失うほど、泥酔しない。

自分をコントロールできないお酒は、一種のアル中。
お酒が抜けると、いつもの良い人なんだけど。
まあ、暴力を振るわないだけマシか。
あれこれ、比較、整理して、理屈を並べ、わたしは、いつも自分を納得させようとしている。
でも、イヤだ、キライだという気持ちは、努力して消そうとしているのに、なかなか消えてくれない。
理屈を通り越えてしまう。

夫、家事はもちろん、自分の回りのことができない、というか、しようとしない。
役割分担。
家計費や、その他、お金くれるから、文句言えない?


子供も無事育った。
どなたかのブログにもあったけれど、うちも、父親不在での子育て。
確かに、教育費が十分、用意できないと苦しかったかも知れない。
お金に、感謝。夫に、感謝。
そのブログにもあったが、父親不在でも子は育つ。
たまたま子育ての結果がよかったからといって、いいとこだけを持って行くな、とわたしは言いたい。

愚痴がとまらない。
ここらで、強制終了したほうが、よさそうだ。

感謝の心を忘れてはいけない。
役割分担したんじゃないの。
キライ、とか言ってたら、バチが当たる。
でも、なんでこんなにキライなんだろう?

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あれま、そんな日もあった?

2011-04-21 | 暮らし
iPadでの入力や,ブログのやり方がイマイチ、よくわからなくて、弱っている。
ひどいのは,文字ボードが出てこなくて,指をくわえて見るだけ状態の時。

これはお手上げ、ということで、
朝の出勤準備に忙しい、娘Rに、なにがなんでも、これだけは聞いておかねば、と、質問した。

「前に質問したのと同じ内容じゃないよね?」
と、だめ押しされて「ちがう、ちがうよ、そんなことなら、聞くわけないやん」
と、キーボードの役割をする文字盤が画面に出てこないことを告げた。

娘は、ちらと画面を見て、人差し指で一瞬、ひと触りすると、
あら不思議、文字盤が現れた。

「すごいね!
よくわかったね!!」

とわたしが興奮気味に言うと、Rは、なにごともなかったような無表情な顔で答えた。


「前、聞いた質問とおんなじやん」

あれま、そんな日もあったかねえ。


話は変わるが、
今、ラジオ講座のフランス語、文法で過去やら複合過去やらが,出てきて、とてもややこしい。
脳ミソがソッポを向き、覚える気はまるで失せ、のんびり、ぼんやりしている。
前期の講座にも、かつて出てきたのだが、
ふむふむ、ややこしいこんなルールがあるのね、でも、覚える気力なし。
このモチベーションの低さったら。

アタマ悪いくせに,イイカッコしたがる、わたしの悪いクセ。


イイカッコしい、と言えば、わたしは自分はできもしないのに、理想を求める。
自分の能力に合わない理想なので、いつも挫折。

その典型として、
お金で買えないものに憧れる。

例えば、能力、気力、努力、行動力、
お金で底上げするんじゃなくて、素で勝負。
でも世の中、お金のある人は、一流の先生に習い、一流の道具を使い、さらに一流になっていく。
もちろん、能力がなければ、ザルに水、豚に真珠。

能力がさほどなくても、お金と時間をかければ、せめて見かけだけでも、初級の入り口ぐらいには近づけるだろう。

よーく観察してみると、お金の分で底上げされている部分が見えてきて、
それを差し引いて真の実力を見てみると、第一印象や、先入観とは違った姿が見えてくる。

でも、凡人には、自分の力だけでは、そこらへんに転がっている石。
まして、凡人未満のわたしは、救いの手を差し伸べて、手をかけてやらないと
石にもならない。


それはそれ、これはこれ。
それより、早く、パソコン直らないものか。
またRに同じ質問をしてしまいそうでコワイ。









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お金の現実

2011-04-20 | 暮らし

お金って、大事だ。人生の選択肢に大きくかかわる。

お金だけでは、解決できない事もあるが、たいがいのことは、お金でカタがつくことが多い。

お金には換えられないものも、もちろんある。

お金は、あっても邪魔にならないし、できれば、たくさんあるほうが、心強いのも確かだ。

でも、必要以上にお金があると、傲慢になったり、働かずに怠惰になったり、と、負の作用もあるだろう。

 

夫婦にも、お金は重要な要素。

たとえば、熟年離婚。

お金をスッキリ分けて、別々の道を歩んで行くのも、ひとつの道。

分けるお金がない場合は、どうする?

あるいは、一人では歩いていけないほどのお金しかない場合は、どうする?

離婚というカタチをとらなくても、別居とも同居とも言えない、時々顔を合わせる、

つかず離れずのような、二本の線を同時進行という選択肢もある。

 

夫は、「仕事がもう嫌になっている、やめたい」と言うのが口癖。

(特に、日曜日の夜にそういう気分になるようだが、これは若い人でも同じ)

早朝から夜まで、馬車ウマのごとく働いているので、いいかげん疲れるというのもよくわかるのだが。

はやく大キライな仕事をやめて、リタイアしたい、と、言う夫。

そこで、まだ走らなければいけない馬の、目の前のニンジン効果として、

わたしは、夫には、「リタイア後にはロングステイしたら?」と理想の夢を見ることをおすすめしている。

 

毎日、大好きなゴルフができる、お酒が飲める、仲間とワイワイ南国の地で、愉しく過ごしたらいいじゃない、と。

どなたかのブログで、そんな生活は、数分で飽きる、と書いておられたが、それは、まだお若い証拠。

うちの夫の場合は、泣いて喜ぶと思う。

 

わたしも気が向いたら、夫のステイ先をぶらりと訪れるかも知れないし、

わたしはわたしで、好きな国にも行きたいし、大手を振って、束縛されることなく、過ごせる。

夫がステイ先でステキな女性と仲良くしているとしても、

お金は、もうすでに二人で分けていれば、各自、自分の分のお金の使い道は自由。

故郷にUターンしたければ、すればいいし、田舎に移住したければ、すればいい。

お互いに干渉しない。

自分は自分で、楽しめばいい。

お互い、別々の楽しみ方もあるし、いっしょに楽しむ場合もあるだろう。

夫が別の女性と結婚するのであれば、半別居は解消され、本格的に離婚することになるだろうけれど。

 

ただし、これらは、ある程度のお金と、健康が必要だ。

一人では無理で、二人いっしょでないと、生活できない状況であれば、同居せざるを得ない。

お金と健康さえあれば、あとは、どうにかなる。

それに、あとは、よほど変人でもない限り、人とのお付き合いも、多い少ない、頻繁かそうでないかという、

多少の個人差はあっても、そこそこ人との交流はあるだろう。

 

生きていると、あれこれあるだろう。

ただ、その二つは、気をつけていなければ、知らない間に、なくなっていたりする。

日々、努力しないと保てないもの。

目減りしていっても、補充しなければ、心寂しい。

だが、年を取ると、お金も健康も、目減りしていくが、補充の術がない。

 

人とのお付き合いも、努力を怠ると、だんだん先細りしてくるだろう。

お金も、健康も、人もままならぬ、となると、

くたびれて、うちひしがれていても、夫と細い肩を寄せあって生きるしかない?

いえ、夫じゃなくても、同じ想いの(異性とは限らない)人と、寄り添いあって生きるのも、ひとつの残された方法か?

 

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はやくパソコン、直してくれないかなあ。。。。

娘Rよ。

母は、自宅で落ち着いてブログ更新できなくて、とても困っておりまする。

Rに身を小さくして頼むと「自分でやれば?」と言う。

わたしができるなら、頼むわけないじゃろ。

いじわる娘に、いじめられております。

 

 

 

 

 

 

 

 

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