蝶になりたい

いくつになっても、モラトリアム人生。
迷っているうちに、枯れる時期を過ぎてもまだ夢を見る・・・。

トレンドと無関係な気楽さ

2024-09-01 | ブログ
昨日、延々3時間かけて書いて非公開にした、自慢記事。
懲りずに加筆、訂正した。
で、やはり非公開が良さげと感じて、お蔵入りにした。

非公開、下書き記事が並ぶ、そこで見つけた、書きかけの記事。
日付は今年の5月20日になっている。
なんで非公開にしているのだろう?
ひょっとして公開しているかも?
パラパラと過去公開記事をあっさりチェックしてみたが、見当たらなかった。
(スマホなので、見方が雑かも)

同じ人物(わたし)が書いているため、いつも同じような内容で変わり映えしないが、お蔵から出してみる。
アップします。
重複アップしていたら笑ってください。

・・・・・

ひとは、他人の壮絶な過去などに興味をそそられる。
幸せな幼少期、、、なんて、たぶん誰も興味がないと思う。(よほどの推しでもない限り)
なぜか?
他人の不幸は蜜の味だからだ。
ああ、この人に比べるとわたしは幸せだ、、、なんて、自分を慰める時に役立つ。
だが、ああ、この人に比べると、なんてわたしはダメなんだろう、、、なんて、落ち込む必要もないのに落ち込んだりしては、マイナス効果以外のなにものでもない。

苦労は買ってでもせよ、というが、出来れば誰もしたくないはず。
失敗は、したくなくてもするのが普通だ。
失敗と苦労は似ている??
自分の為になる、自分を成長させるのであれば、苦労も失敗もしたほうが、人生のヒダが増える。引き出しも増える。
が、凄惨な過去といっても、その後、どういった人生を送っているかで、活きたり、悪い影響を及ぼしたりする。
悲惨な過去を語りたがる人もいて、引かれる場合もある。

ブログで悲惨な毎日の様子を綴ったとして、読む側はどうだろう?
励ましたり応援したりする人もいるだろう。
ただただ暗い気持ちになり、暗い毎日を擬似体験しても、それに比べてわたしは、まだマシ、、、なんて思い続けるか?
好奇の目で、興味本位で、人の人生に踏み入られては、たまったものではない。

今はブログは下火で、注目を浴び、もてはやされた頃から20年は経っている。
取り残された、アナログ感を強く感じる。
ではあるが、別にトレンドなど全く関係ない場所で棲んでいると、時代にいちいち振り回されなくてよい、ブログは安心、安泰の快適な居場所になっている。


せっかく熱情を注いだのに

2024-08-31 | ブログ
一心不乱に(大げさ)3時間近くかけて書いた本日のブログ記事。
力が入り過ぎて、公開するのをはばかられるため、非公開にした。
なんでもかんでも一生懸命、書いても良いことはない。
肩に力が入りすぎ。
わたしは、力むとどうも自慢色、一色になるようだ。
日頃の、無意識の謙遜過剰、卑下自慢の反動、揺り戻しか。
自分の好きなものを追及して書き進めていたら、鼻持ちならない内容になってしまったので中止。
今日の書きかけ記事、完結したが、全部捨てる。

ちなみに、小さな旅のヒントになるブログがあり、楽しみにしている。
毎日更新される。
フットワークの軽い、バイタリティ溢れるどっしりした骨太の若々しいブロガーさん。
大自然や地域の紹介に、こころ和む。


それにしても、台風、どうなっている?
もやもや。
被害がないことは幸せなことだ。
が、お湿り程度に雨がちょっと降っただけ。
今から強まるのだろうか。
益々、もやもや。



明るく元気な孤独

2024-08-30 | お付き合い
最近、撮った写真がなくなってきた。 
ブログのイメージ写真として使うもの。
少し前の写真ならあるが、私が、こころ躍らない。
暑くてあまり出かけていないから、写真も撮る機会がない。

さて。
ここ連日、ブログに使っている写真。
とある都会、大阪市内のマンション一階にあるお店。
テレビで紹介されていたらしい。
オリジナルシュウマイが売りで、他の料理もとても美味しい。
若い女性がオーナーのため、女性目線に耐えられるお店。
しかも、すごく安い。
そのためか、17時になると、仕事終わりのお客さんがどっと増える。
各グラスの色々なWordが、キュン。
店名を記せばよいのだろうけれど、すみません。
多くの人に知って欲しいという気持ちはないので。

まあそれは良いとして。
そのお店に連れて行ってくれたBさん。
今、近場の国内旅にはまっている。
前々から行きたいとは言っていたが、実行に移し始めたのはここ最近。
やはり、実践するまでには熱量チャージが必要なのか。

ちなみに。
Bさんとの距離を見て思う。
人とあっさり浅くお付き合いするには、手軽で簡単な共通項があればいいようだ。
例えば飲食を共にするとか。
どんな人とでも、理想を押し付け、深く追求すると破綻してしまう。
一定の距離感を保ち、踏み込まないことが良さげだ。
悪い面は見えず、良い面しか見えないから。
距離があると、もっとさらに良い面は見えないが、悪い面が見えるよりマシ。

そもそも、人に自分をわかってもらおう、理解してもらおう、同じ感性、嗜好になって共鳴したい、などと求めることは不毛だ。
それぞれ個人的に考えや好みある。
おおざっぱに、大きく括って、ざくっと共通点があれば、それでよい。

人には人の考えや好みがあるのに、自分と違うから、自分を認めてもらえないからと、嘆き、面白くないと思うのはマチガイ。
なんと押し付けがましいことか。
共通項に導かれて自然に集まってくるのなら、まだしも。

好みや考えが違う人とあえて、一緒にいる必要はない。
だが、自分が寄って行ったり、他の人が好みのものに集まって行くと、同好の緩い輪ができる。
緩い輪には強制力がないから、自然に離散してしまうこともある。
それでもいい。

自分が求めているものがそこにある、自分の居場所だと感じる、そんなところを少しずつフォーカスしていく。
ゆったりした、ゆっくりした、ゆるい輪。
一人でもいい。
今日は、輪にはならないね、というかんじでも。
ずっと輪にならないね、でもいい。
全員おひとり様という輪もある。
吸収合併せず消滅せず、存在、独立。

自分一人だけでは絶対に気づかない、行けない、見つけられないことも、他人さんが見つけているのを見て、その存在を知る。
こんなものもあったのか。
悪くない。
気づきを得る。発見。
自分の枠を広げたり取捨選択したりして修正する。
その作業は楽しい。

わたしの感じる「ひとり」には、孤独の匂いや陰は付きまとわない。
「孤独」という言葉には、悲壮で悲惨で不幸な響きを感じるから、あまり好きではない。
人は元々ひとりなんだから。
何を今更。
例え大勢でいても。
わたしを理解して!わかって!なんて思うことは、あつくるしい。
ただしこれは、命を守るレベルの話をしていない。
命の存続にかかわるようなシリアスな局面を迎えていない、余裕のあるお一人さまである。
余裕を得るには自分を追い込んではいけない。
妥協もしないと、生きていけない。
食べなければ生きていけない。
時として、マズイものでも。

グレーゾーンど真ん中

2024-08-29 | 老い
長年にわたって、いつも訪れるブログ。
認知症グレーゾーンについて書かれていた。
日頃の行動にいくつか認知機能セルフチェックがあれば、要注意だそうだが、わたしはほぼ総チェック!!
つまり、完璧に認知症グレーゾーンに入り切っているということだ。
ご紹介いただいたブロガーさんは、たった一つしか当てはまらないということ。
ピカピカの超優等生、素晴らしい。

わたしの夫はまだ現役でバリバリ働いているが、探し物をすることがある。
スマホはどこ?が、多い。
そして、大の時代劇好き。
(曽祖父の代から)
大丈夫か?

◯やろうとしていても、「まあいいか」とやめてしまう。 
→思いついても意欲減退でやらないことなど、年柄年中、いつもでどこでも頻繁に、しょっちゅうある。
これ、作ろう!(料理) 
あ、でもめんどくさい。メニュー変更。
ま、いいか。

◯同じことを繰り返し言ったり、尋ねたりする。
→これは同じく、年柄年中。
昔っから。
自分で自己規制しているが、聞いてから、あ、しまった、とヒヤリ。
何度説明しても理解力の悪いわたしに、優しい笑顔で答えてくれる娘婿に申し訳ない。

◯今何をしようとしていたか思い出せない。
→これまた年柄年中。
特に冷蔵庫の前で、扉を開ける前に、はて??と。
2階に上がって、はて?何しに来た?と。
右を向いたものの、なぜ右を向いた?はて??
ちょっと考えると、思い出すから手ぶらでは戻ってはいないが、いずれ、はて?のままの日が来るだろう。

◯段取りがヘタになった。
→これは、生まれた時から。
わたしの性質、特徴でもある。
体当たり型。その場で、やっつけ型。
計画下手。精度が悪い。

◯長年の趣味が楽しめなくなった。
→今、真っ只中、真っ暗なトンネルの中。

◯会計で小銭を使うのがめんどう。
→全くその通り。
非接触型IC交通カードや、クレジットカードか、PayPayのみ。
新たに「d払い」も追加設定した。

◯外出が減った。
→暑い。

どれもこれも、グレーゾーンが、わたしのストライク。
不安材料だらけだが、中にはマシな項目もある。
趣味は社交ダンス。
時代劇は大嫌い。だが、映画館で新作を観ることはある。
カラオケは稀に歌うが、歌が古い。
昭和歌謡や、中島みゆきや、ユーミン、スピッツ止まり。
米津玄師など、歌えそうもないが、一度挑戦してみる???
あれだけ毎日、連続朝ドラで聴いているのだから。

これを書いていて思った。
今、大スランプ中の社交ダンスは、ぜひ、続けよう。
今は、元仕事がらみと、社交ダンスがらみの知り合いしかいない。
あとは、ブログがらみ。
ブロガーさんたちの紹介しておられる、わたしの知らない、興味ある世界、地域を垣間見て楽しんでいる。


長いトンネルの闇

2024-08-28 | 趣味
必要以上に昨日の外出を迷ったのには、じつは別の理由がある。
しかも、ブログ末尾に解説補足、蛇足まで付け加えて。

そもそも毎週火曜日は、趣味仲間の特定人物Aさんと、何も別件がなければ、いつも事前に約束して趣味会場に同行する。
通常、前夜か遅くても当日の朝に、Aさんから「よろしくお願いします」とLINEが来る。
前日にも当日、朝にも、「よろしくお願いします」LINEが来なかった。
朝もまだかまだかと待っていた。
もしLINEが来なくても、一人で別会場に行こうと思っていた。

で、LINEは来なかった。
そこで、一人で別会場に行くべきか、行かないでおこうか。
行ってもなぁ、、、
来ている顔ぶれは予想できるし、踊りたい人はいないし、有料アテンダント学生は、下手だし。
行き帰りと、会場での動きで、運動にはなる。
前後が暑いが、まあ運動という面ではプラスだ。
が、、、そんな軽運動だけのために、暑い中、行く???
準備や行き帰りの暑さや更衣室で着替えたりの手間などなど、、、わざわざ、今、軽運動だけのために、軽運動以外、魅力がない、自分には価値がないことのために行く??

かといって、前述のAさんなら満足いく踊りかというとそんなことはない。
ただ、我々はプラスアルファの局面を迎えている。
わたしと同レベルの、わたし同様にそう上手くないアマチュアであるAさんが、競技に出ましょうと、熱心に提案してくる。
わたしは今はお茶を濁しているのだが、、、。
最近、出てもいいかなあ、、、と、ふと思うこともある。
60代最後のラストスパート、悪あがき。

ただ、相手が良くない。
といっても、どんな人であっても、わたし自身に問題があるため、相手を責める資格はない。
お金を払ってプロと出るなら問題はない。
だが、わたしにはザルに水と感じる自己満足のために、そこまで芸事にお金をかける強い熱意がない。
何をやっても、ぬるいわたし。
スパッと竹を割ったような潔さが、全くない。

で、「よろしくお願いしますLINE」が来ないものの、今ならこちらからの出方で行ける状態でもあった。
「今日は、行かないのですか?」と、こちらからLINEするアプローチ。
にもかかわらず、LINEしなかった。
その代わりに一人で別会場へ行こうと思ったものの、行っても暇つぶしだし、やめよう、という流れになった。

ちなみに、Aさんは断っても断っても競技参戦を諦めない。
かなりタフなメンタルの持ち主。
めげてくれたら(諦めてくれたら)それでいい、とわたしは大様に構えていたが、段々自分に変化が現れたような気がする。
わたしもラストチャンスかも知れない。

押されると引き、引かれると押す。
やりとりから受ける心理的影響は、営業テクニックや恋愛の駆け引きに共通するものがある。

あとは、わたしが、努力する覚悟があるかどうか。
技量的に精進する気があるか。
自分を出せなくて弱くて、相手に呑み込まれないか。
それと、このAさん、マウント取りたがり。
会話をしていると、不愉快な時もある。
と、文句たらたら。
実際のところ、お人柄に問題あり。
とは言え、誰にでも一長一短、欠点はあり、完璧な人などいない。
明るい良い人なのだが、趣味ペアでガチで組むにはわたしが負ける。引く。

書きながら今までのプロセスを思い浮かべた。
この、Aという人物は、かつて、わたしとの趣味ダンスペアを解消した相手である。
わたしから解消を申し出た。
一旦、解消になったのだ。
理由は、わたしが潰れそうになったから。
自己防衛策。
潰れる前に自分を守った。
それまでだ。
にもかかわらず、Aさんは冷却期間を置いて、やり直そうとした。 
そうっとまた一から始めようとした。
わたしは、拒絶しきれなかった。
そこからまたAさんとの時間が再びやってきた。

そのAさんからの「お願いしますLINE」がなかったのは、解放されたわけだ。
自由の身になった。
かと言って、他に行きたいところもなし。
で、家で読書となった。

①「お願いしますLINE」が来なかったこと。
②「こちらから、お願いしますLINE」を送らなかったこと。
③予定していた時間を使い、他の会場に行こうとしたこと。
④かと言って、単なる暇つぶしで、あまり行きたいわけではなかったこと。
⑤どうしようか迷った挙句、行かないと決めたこと。

そういう経緯がある。
しかもAさんとは、頻繁に練習していた時期が長くある。
これからのわたしの人生の残り時間、どうしよう?に、繋がる。
Aさんとの頻繁な練習をやめた後、わたしはミニ鬱に陥った。
何もすることがなくなった。
代案を用意せず、次のことを考えず、切ってしまった。
考えたのだが、次のことを見出せないまま、とりあえず、苦しい現況を絶ってしまった。
生きがいの大きな一つでもあった。

あれからわたしは立ち直ったかというと、そうでもない。
新たな代案を見出せないまま、つなぎのような、その場しのぎのような.とりあえず代わりのものを手当たり次第、トライしている。
Aさん(復活)も、その中の一つか。
ではあるが、試行錯誤の一環で、まだ道を決めかねている。 
が、Aさんとやっていく自信はない。

満足いく選択にはなっていない。
ぱあっと晴れない。
そうしているうちにも、どんどん健康寿命やダンス寿命は日々、縮まっている。



想像するのは楽しい

2024-08-27 | 日々のこと
今日は趣味会場に出かけようと思ったが、迷った挙句、やめた。 
出かける用意をするならスタートしなければならない時間までギリギリ粘って、迷いに迷って時計と睨めっこ。
まだ今なら間に合うかも、という時間を遣り過ごし、完全にアウトになるまで、グジグジウジウジしていた。

行くところがないから、することがないから、渋々時間潰しに行くのには、お尻が重かった。
背中を押すものがなかった。
行かない、何もしないことを選ぶ勇気。
不毛なことをが頑張ってガムシャラにするのは、やめた。
不毛と感じるなら、その時期が過ぎるまで、動かず待つ。
舵を切りたいが切れないなら、切れるまで待つ。
待ち時間は決して無駄ではない。
必要な時間。
 
さて。
その、何もしない時間をどう何もしないで過ごしたか?
全く何もしないのは、睡眠中ぐらいで、なにかが勝手に動く。
健康な時に、時間潰しに寝ることを選んだことは今までない。
眠くなってちょっと居眠りすることはあっても、今回は目はギンギン。
まずは、独り言日記を一本書いたが、アップ直後、3分後に非公開にした。
ウジウジ日記など、不発に終わるのが目に見えている。

次にしたことは、、、
桐野夏生の小説を読んだ。
あまり本を読まないわたしだが、今、最も夢中になっている作家。
何もすることがない時のために、Amazonで何冊か購入、準備していた。
1冊目は、短編5作中、3作までつい最近、読んでいたのに、内容を忘れていることにビックリ。
ここまで脳が退化しているとは、日々、驚きの連続だ。
が、2冊目は、ぐいぐい惹きつけられて一気読み、、、と言いたいところだが、最後の一番大事な展開、曲面で、時間を遮ぎる邪魔が入って、ブツ切りで読むことになった。
残念ながらも、本を閉じてはまた読み、開いては閉じ、止まっては進み、進んでは止まり、本を抱えたまま、ウロウロ。
ではあったが、読み終えた。
面白かった、、、。
「残虐記」。
想像力は、大事。

あ、わたし、想像力と、推察力で生きている、、、かも。
現実との対照。
両方の相違点が際立つ。
両方あるから面白い。

とかなんとか。
スタート時はウジウジしたけれど、今日は結構、楽しく過ごせた。

と、ここで蛇足を。
渋々出かけていたとして、出先では予想外の良い展開だったかも知れないし、やっぱり行かなければ良かったと思うかも知れない。
今までの経験では、行くと意外に楽しかったことが多いが(特に旅行)、行く行動に移すチャージ量(原動力)が不足していると、今回のようになる。
第1希望実現が最善とは限らないが。
予想しないアクシデントや運、不運も付きものだし。
どちらにしても、悪くなかった一日だと思いたい。

ただし、、、ブログ記事に書くと、書けば書くほど内容がちっとも面白くないのが残念なところだが。

勘違い、読み違い、トンチンカン

2024-08-26 | 日々のこと
まず、連続朝ドラ「虎に翼」をご覧になっていない方は、↓以下、※までスキップしてください。
(それにしても、ブログ内容は、どんどん劣化傾向にある)


わたしは今まで、大きな間違い、誤解をしていた。
寅子は、新パートナー(キャスト/岡田将生)家族と同居することになったのだが、、、。
新パートナーの義理の母&長男&長女が既に暮らしている家に、寅子が娘を連れて、一緒に住む。
娘さんにしてみると、義理(義理の祖父の後妻)の祖母、義理の父、義理の兄&姉に囲まれることになる。
デリケートなポジション、思春期なら尚更。

なのではあるが、、、
わたしの勘違いに気づいたのは、、、
航一さん(新パートナー)の息子と娘が、航一さんの歳の離れたきょうだいだと思っていた。
航一さんの父も麻雀が強かったらしい。
何か要望を認めてほしい時に、「麻雀で、おじいちゃんに、勝たなければ許可しません」と、よく言われていたねえ、という、麻雀エピソードを話す場面。
え?おじいちゃん?
おとうさんじゃなくて?
何?
航一さんが、おとうさん?
歳の離れた義理のお兄さんじゃなくて?
時々、昔の家族写真がちらりと映し出される。
航一さんと一緒に子供が2人映っていたように思うが、航一さんを含めて勝手に3人きょうだいだと、うっすら思っていた。
4人で映っている写真もあったかも知れない。
が、どれが航一さんなのか、よくわかっていなかったという、、、トンチンカン。
きっと、岡田将生が若過ぎるからだ。
そんなことを言えば、伊藤沙莉(寅子役)だって若い。 
ああ、なんて、理解の悪いわたし。
ストーリー展開、今頃になってやっと間違いに気づいたなんて。
 
それにしても、義理の義理の姑(キャスト/余貴美子)に加えて、あんな年頃になった義理の子供たちと一緒に同居するなんて、しかも、自分も微妙な年頃の娘(実子)を連れて、、、。
それはまあ良いとして、これだけ熱をあげて、毎日楽しみにしているドラマなのに、理解力の悪いわたしには、あきれる。
まあ、いい。
明日から、航一の「きょうだい」という目から「息子、娘」という目で見るのみ。
寅子からすると、「義理のきょうだい」から「義理の息子、娘」という立場にスイッチ、チェンジ。
ということは、寅子の娘から見ると、「義理のきょうだい」になるわけか。
ステップファミリー、複合家族。

それにしても、あの家。
訪れたり見学するには素敵だが、住みにくそう。暮らしにくそう。
お手伝いさんが居ないと絵にならない。
かなり無理がある。
わたしが、庶民すぎるからか。

と、「虎と翼」を観ていない人には、まったくどうでもいい、意味のない話になった。
ここまで、※スキップしてください。
お疲れ様でした。

テレビ話が続く。
さて、米津玄師。
昨夜、テレビ番組、林修の初耳学に出演していたが、なかなか良いことを言っていた。
言葉が端的で、とてもわかりやすかった。

子供に夢を与えるような楽曲「パプリカ」について。
主に子供への応援ソングのオファーを受けたが、、、
夢に向かって邁進しろ、だとか、理想を追い求め頑張れ、だとか、そういうことを子供に押し付けたくなかった、とのこと。
応援にもいろいろなアプローチがある。
夢を見る前の、普通の日常にこそ、楽しくこころ豊かに過ごして、基本的なパワーを蓄積することが大事なのでは、と。
共感、共鳴した。
米津玄師の祖父宅が山の中腹あたりの田舎にあり、そこの自然風景が大好きだったそうだ。
大自然に溶け込んだ暮らし。
暮らしが人のこころに与える影響は大きい。
そういう意味では、わたしも田園、田舎育ち。
自然に囲まれた日々の暮らしは、自然の恩恵を受けていると感じる。
(・・・言いたいことは、こんなかんじなのだが、語彙、表現力、貧しいわたし)

人と接したり、相手の考え方を理解することが苦手だったという米津玄師。
自分一人でやりきって完結する力を持つため、人と調整するより自分でやったほうが、早い、納得できる。うまく行く。
そのためには、人並外れた集中力、積み重ねて得る技術が必要だとわたしは感じる。
自分の求めているものを追求し、妥協しないのだろう。
追及心を緩めない。
強い「集中力」、さらにそれを持続することは全てにおいて基軸になる。
頭脳と精神力。 
しかも、無から生み出すクリエイティブ能力は、誰もが備わっているものではない。
すごい。

さて。
今日は小学校は始業式。
小学校から帰ってくる孫3人の昼食作りの依頼を娘から受けている。
またまたミートソーススパゲッティ。
ラーメン派(小6男子孫)が「またあ?」と文句を言うのを暑いから無視して、ワンパターン調理にかかる。
台風は今週はまだ先のよう。
わたし一人の時は子供の保護は不安なため、今日はどうにか切り抜けられそう。



積極的に攻めるのは苦手だ

2024-08-24 | ブログ
ブロ友、、、ブログ友達のことです。
自分で勝手に認定しているブロ友もいます。

ブログは、一方的なので、嫌になったらいつでも読みに行くのをやめられる。
緩いつながり。
その中でも、信頼しているブロガーさんが、数人いる。
長年にわたり、スタンスが変わらない、虚偽や見栄が感じられないブロガーさん。
ブログ内容が仮に美辞麗句ばかりだとしても、こころの底からそう感じておられるのなら、それはその人にとって真実。
長い間の執筆内容から、お人柄がわかるブログが好き。

わたしの場合、単に文章を書くのが好きで、ブログはストレス解消。
図や絵や数式にして物事を考える人もいるが、わたしは文章にして、自問自答の糸口を探す。
自分のこころや考えを見つめ、見極める。
考えてもよくわからないと、眠くなって、それでおしまい。
安物のアタマとハートを持っているため、使い込まない分、壊れることも少ない。
無理したくても、無理できない。
自動制御システムで、止まる。

卑下自慢は良くないということを、ごくごく最近、他のブログで知った。
驚き。
わたしのブログは卑下自慢そのものだ。
裏自慢。
逆自己顕示欲。
ではあるが、アウトプットする出口があると、こころを病まなくて良い。

ちなみに。
小学校向き「世界の歴史」(漫画)の第1巻をやっと読み終えた。
カチカチのハードカバーなので、重みもあり、腕が疲れた。
で、今、「日本の歴史」(漫画)の第1巻に移っている。
なぜ、小学生向き漫画か?
読みやすいからだ。
子供にわかりやすいように、飽きないように、工夫されている。
本当は、計算ドリルも1日いくつかした方が良いのだが、しない。嫌い。
英文読解もした方が良いのだが、しない。
めんどくさい。
母が老人ホームに入り初めの頃は、毎日いろいろ勉強(プリント式)をしていた。
今は赤ちゃんなので、ニコニコしているだけだが。
怖い顔や苦悩の顔をしているより、ずっといい。

ところで。
わたしは、趣味の、自分のダンス寿命の使い方で、今、悩んでいる。
ぼやぼやしていると、何もしないまま、だらだら遊んだままダンス寿命を使い切ってしまう。
自分に悔いがないようにしたい。
遊んでいるだけでも、自分がよければそれでいいのでは?
向上ばかりを求め、努力していない、精進していない自分を責めるのもどうかと。
もっと遊んでいたら良かった、と後悔するのか、もっと頑張っていたら良かったと後悔するのか。
答えは自分の胸の中にしかない。

ひとつ言えることは、、、
ぴったり、ちょうどのものはない。
少し足りないか、収まりきらないか。
どちらも残念な気持ちが残る。
欲を出すことは、生き甲斐につながり、活気がある。
欲がないのは、気力がない、消極的と見なされる。

が、欲をコントロールするのは難しい。
何を優先するか。
何が大事か。
決断、選択する勇気。
でも、勇気がなくても、いいのでは?
わたしの年齢になると、一つ一つ執着心が解けてくる。

なるようになる。
なるようにしかならない。

洗脳

2024-08-23 | わたし
サレンちゃん。
裕さん(長年のブロ友)、洗脳は、されんそうだ。
わたしは、洗脳されるかも?
サレルちゃんか。
サレンちゃんと、サレルちゃん。かわいいかも。
とは言え、一般的に洗脳は時代背景や家庭環境が大いに影響を与える。
とりわけ、軍国少女や軍国少年たち。
悲劇の暗黒歴史。

わたしの洗脳は、やはり教育に関して。
父が教育に熱心だった。
入れられた学校が、まるで軍隊のような(大袈裟)成績序列に支配された、厳しいもの。
スパルタ式。漫画みたい。
裏金やコネは通用しない、本人の実力だけがモノ言う社会。
かわいい美形社長令嬢だとかでも、成績がダメなら崖下。さようなら。
落伍した女子も、他校に転校した後には、まだ男子補助サポート係の女子部門での道は残されていたが。
女子の甘ったるい声を使って、男子に取り入る道。
ないよりマシな、敗者復活戦。

通っていた学校の教師の子供も優遇一切なし。
権力者や富裕層の子供でも、本人がダメならダメ。ダメなものは、ダメ。
親が知られていたら、悪目立ちして、かえって、かわいそう。
幼稚園から中学卒業まで、わたしはそこにいた。
ずっと崖っぷち。
その学校は一貫校で幼稚園から中学まであったが、高校はなかった。
つまり、肝心のエスカレーター式、進学先の高校がない。
おっとっと、と、いきなり、エスカレーターの先は崖。つんのめり。
あれ?次がない!
 
というわけで、幼稚園、1クラスの人数から小学2年で2クラスに増員されて編入してきたり、中学から受験入学してきたりする生徒(優秀)がいる中で、幼稚園組(わたし)は学年では最長在学年数を誇った。
「最長」というのは、幼稚園から在籍ということで、頭脳は全く、本当に全く関係ない。
だがしかし、幼稚園の幼馴染の女子は超難関国立大学教授だったりする。
途中からわたしとは行く道が分かれた。
書くと虚しくなるだけだが。

長女に言われた。
「おかあさんの輝かしい栄光は、中学までか」
はい、その通り。一言も返す言葉がない。
惨め、悲しい、みっともない、情けない、泣かず飛ばず、尻すぼみ、初めだけ、後が続かない、、、という意味が込められているのだろうが、一生で一時期でも輝かしい時期があるのは、ないのに比べると良い。
と、いたってプラス思考。
自己肯定して、何か悪いことでも?

ただ、人にはあまり大きな声では言えない。
だから、言わない。
せいぜい、同窓会に参加して、当時の皆さんの活気を脳内再現、吸収しに行くのが、わりと好きではある。
1番苦しくプレッシャーもあったが、目一杯頑張っていた時期。 
それ以後は、頑張り切った後の老後で、今も老後は続いている。
大器晩成の逆パターン。
他人との比較ではなく、あくまでも自分比。
小学校5.6年と中学3年間、ついでにオマケの高校3年間。
そのあとは余生。
小さい頃の頑張ったチャージで生きている。
アーリーリタイアというには、社会にまだ出てないうちからリタイア。
まるで元子役の俳優。活躍したのは子供の時だけ。
成人期、中年期の真ん中はないのか?
一回の表に点を取って、そのまま死守したようなかんじ?
その実、死守するのも大変なのだが。
地味な作業。
新たな収入はなく、利息で生活するようなもの。
と、くどくど書く。
書くのは楽しい。
今までひつこく、何度も蝶ブログに書いている。
痛めつけられた体験なのに、なぜかエキサイト。

最初から、子供の頃から人生の方向性は決まっていて、微調整、マイナーチェンジぐらいしかしていない。

ちなみに。
ここからが、書きたかったこと。
最後になったが。

今日の高校野球決勝戦。
朝から出かける準備を早々に済まして、テレビの前に座る。
12時になっても終わらず、9回から試合が動き出したので、お出かけ予定のバスを一本、見過ごした。
食パンを冷凍庫から出したものの、食べる時間はなさそうだと踏み、元に戻した。
昼ごはん、抜き。
いい試合だった。
わたしはどっちが勝ってもよく、両方応援した。
が、出かける日には、時間が気になって心臓によろしくない。

※写真は、「うな牛」のテイクアウト。
バテバテの夏を乗り切るには、これ。

結婚に求めるもの

2024-08-22 | わたし
蝶ブログ、1日1投稿。
ノッてしまうと、アップしたばかりなのに、もう次の記事を書いている。
なんとなく遠ざかると、書かなくても気にならない。
安定期を迎えた恋人みたいなものか?

自分のブログが恋人だなんて、かなり笑える。
ちなみに、今日の「虎に翼」、またまた涙。
わたしは涙の貯水湖ダムか。
結婚の意味を深く考えさせられた。

二人とも死別、独身、再婚。
なんの倫理的障害もない。
あえて婚姻制度の中に収まる必要もない。
人に正々堂々と、妻です、夫です、と、愛する人を公表したい。
社会的認知を得たい。
なら、事実婚、内縁でもいいのかも?
誰も戸籍まで調べに来る人はいないだろう。
重婚の疑いでもないかぎり。

だが、結婚制度に収まるほうが、社会的保護を受けやすい。
税金を払っている納税者なのだから、払った税金の恩恵を受けてもよい。権利はある。
税金を払っていなくても、もちろん社会的弱者にはサポートしてもらえる権利がある。
みんなで支え合う。

次女が婚姻届を出した理由がまさにそれだった。
社会的に制度で守られている立場を確保したいと。
シングルマザーではやはり、子育てを一人で背負い、風当たりはキツイ。
子供も無戸籍ではこの先、大変。
片親の籍に入れるにしても。

ところで。
戦後間もない沖縄では、ハーフがたくさん誕生した。
学校でも外見、容貌の違いから、いじめられたようだ。
羽賀研二、草刈正雄。
彫りの深いイケメン。超絶カッコイイ。
日本人だけのルーツではあのような顔にはならない。
日本人は、西洋に無条件に憧れるようだ。
これは、歴史的な背景からか?

鎖国が長い。
そこへ突然の明治維新、文明開化の雨嵐。
西洋文化を崇める政策。
大きな戦争にも負けたし。
身体の大きさ、骨格、筋肉、全然違う肉食系人種。
木と紙の家に住み、魚や野菜を食べる日本人。
周りを海に囲まれた島国で、大陸とは比べものにならない。
陸続きの日々の切迫感は育たないだろう。
劣等感や敗北感というよりは、圧倒的優位なものに対する憧憬、崇拝。
というか、国の政策や方針もかなり影響しているのだろうと想像する。
紹介されるものは、光が当たる部分ばかりだったりして、暗黒部分は知らせなかったり。
イメージを膨らませていく。
ある意味、怖い。
わたしは戦後生まれ、アメリカ文化洪水の中で育つ。
が、田舎育ちでもある。

とは言え、愛国主義も一歩間違えると危険性を孕む。
これまたイメージがかなり良くない場合もある。
思想は取り扱いがデリケート。
わたしは、別に何主義という確固たるものはない。
ひとつの限られた特定のものに対して非難も否定もしないが肯定もしない。
毒にも薬にもならない、非力タイプ。
事なかれ主義?
一番、中途半端で、1番危うい。
選挙でいうと浮動票か。
いわゆる平和ボケだと感じている。
いつまで平和が維持されるのか。
年々、戦争経験者がどんどん亡くなっていくと、伝える人がいなくなる。
毎年、終戦日を迎えると、多くの犠牲の上に立って築かれた平和の意味をより深く知る。
平和を願わない人はいない。
が、毎日のニュースにはこころ痛める。

ちなみに。
小学生向きの「世界の歴史」漫画、なかなか読み進められない。
学生時代、いったい何を学んだのだろう。
紀元前の話など、授業ではほんの一瞬で過ぎてしまっている内容だ。

それはそうと、話は戻る。行ったり来たり。
地震のごとく揺れが激しい。
「虎に翼」。
結婚に対して、あんなに純粋に真面目に向かい合うなんて、なんて素晴らしいことか。
わたしには、おそらく1μもないと思われる。
結婚は、永久就職先探しだった。
ではあるものの、目の前に並べられた就職先を選ぶのに、最後に背中を押すポイントは、、、やはり、相手はAIではなく、生きた人間であること。
全員、生きた人間だったけれど。
とかなんとか、結婚はいくら考えても、両者が合意しなければ進まない。
ご縁だ。
タイミング。くじ引き。ギャンブル。
とは言え、その時に最善の決断をした結果だ。

寅子のように恋愛に疎いタイプでも、あんなに素敵な相手とドラマチックに結ばれた。
恋愛や結婚に、あれこれ求めないほうが良いようだ。