わたしの、書き逃げブログ、
今、閲覧数(IP)のアップダウン乱気流に揺られ、船酔いしそうになっている。
上がったり、下がったり、その数字には、なんの根拠もなく、ブロガーであるわたしを戸惑わせている。
まるで、片思いの人に、優しくされたり、冷たくされたりするかのごとく。
お願い、好きな人がいるなら、わたしに構わないで、みたいなかんじか。
そんなスイートな感覚とは、ちょっと違う。
なにしろ、実態はわからない、ぽにょ※の子供(ベビーぽにょ)軍団なのだから。
(※宮崎駿アニメの魚)
一匹ずつは、小さく可愛いのだが、数が増えるのは一気、減るのも一気。
わたしは、ぽにょ軍団に弄ばれている。
(といっても、ささやかな数字。自己満足するには、ちょうどよいスケールです)
・・・
さて、わたしは、・・・
「自分」というものが「ある」のだが、「ない」。
わたしは、果敢には突き進むジャンルと、突き進まないジャンルがある。
努力が自分に返ってくるような、
練習だとか、研究だとか、そういうものにはエネルギーをいくら注いでも、疲れ知らず、だ。
自分を自分が見て、満足したり、評価したりする。
回りと比較して、自分の位置を確かめたりするが、それはあくまで、競争するためではない。
理想や目標を見つけたり、自分の相対的な力量をジャッジしたりするためだ。
人と競争するのは、大の苦手。
いの一番に、すたこら逃げる。
例えば、(仮定)・・・
気になる人、好きな男性がいるとする。
その人に、自分以外の女性の影が見えると、わたしは、なぜか退散する。
闘わない。
わたしは、そういう闘いは、大嫌いなのだ。
一目散に逃げる場合もあるし、そっと知らない間に雲隠れする場合もある。
わたしには、発達障害っぽい美学がある。
絶対に人と争そいたくない。
好きであればあるほど、逆の方向に逃げる。
猫は、死ぬときには人目につかないところで最期を迎えるという。あれと同じ。
・・・
夫に愛人がいる、とか、恋人に愛人がいる、とか、
自分というものがいながら・・・みたいな、そういう状況は、耐えられない。
どうせなら、いっそ大奥みたいなかんじなら、まだ、マシか。
お仕事の一環。お役所勤めみたいなかんじ?
だが、男性も(女性も)、おいしいものには目がない動物。
結婚式の誓いの通り、理想どおりにはいかないことがある。
正直にすべてを告白することは、かえって相手を苦しめることになる。
知らせないということも、愛情のひとつでは?
神にでも懺悔しておけばよい。
仏教の場合は、どこのどなたに懺悔するのか、よくわからないけれど、
瀬戸内寂聴さんにでもお手紙なりなんなりを書けばどうかと。
ブログに書くのも、ひとつかも知れない。
ちなみに、わたしのブログは、そっち系は一切なし。
期待されている方が仮に一人でもおられたら、「すみませんねー」と一言。
わたしは、掃除嫌いで、整理整頓嫌いなのだが、けっこう、潔癖なところがある。
配偶者がいる人が、配偶者以外の人と、あれこれするのは、許せない。
他人に、あーだこーだと悩みを打ち明けたり、のろけたり、公然の秘密にしてみたり、
そういう神経は解せない。
毛嫌い。
前の職場にそういう女史(独身)がいて、
彼(既婚)との電話での甘ったるい声に、毎度、全神経が逆撫でされる思いがした。
わたしは、ムンクの叫びちゃんに、なっていた。
少なくとも、職場、である。
恋の病が彼女を狂わせたのか、たんなるアホか。
無神経なだけだと思うが、わたしの神経は、きりきり痛めつけられた。
・・・
と、話はころころと変わっている。
いつもそういう傾向にある。
Aさんの話をしていて、途中で芸能人の話になり、そこから政治の話に移り、世間の流行の話になり、
「ところでAさんの話に戻って・・・だけど」、と言う度に、また違う話になって戻ってこれない。
なんなんですかね~。
と、時計をちらちら。
ちょっとこのあたりで筆を置かなければ、非常にまずいことになりそうだ。
では、またもや、結論なく、書き散らして逃げます。
今、閲覧数(IP)のアップダウン乱気流に揺られ、船酔いしそうになっている。
上がったり、下がったり、その数字には、なんの根拠もなく、ブロガーであるわたしを戸惑わせている。
まるで、片思いの人に、優しくされたり、冷たくされたりするかのごとく。
お願い、好きな人がいるなら、わたしに構わないで、みたいなかんじか。
そんなスイートな感覚とは、ちょっと違う。
なにしろ、実態はわからない、ぽにょ※の子供(ベビーぽにょ)軍団なのだから。
(※宮崎駿アニメの魚)
一匹ずつは、小さく可愛いのだが、数が増えるのは一気、減るのも一気。
わたしは、ぽにょ軍団に弄ばれている。
(といっても、ささやかな数字。自己満足するには、ちょうどよいスケールです)
・・・
さて、わたしは、・・・
「自分」というものが「ある」のだが、「ない」。
わたしは、果敢には突き進むジャンルと、突き進まないジャンルがある。
努力が自分に返ってくるような、
練習だとか、研究だとか、そういうものにはエネルギーをいくら注いでも、疲れ知らず、だ。
自分を自分が見て、満足したり、評価したりする。
回りと比較して、自分の位置を確かめたりするが、それはあくまで、競争するためではない。
理想や目標を見つけたり、自分の相対的な力量をジャッジしたりするためだ。
人と競争するのは、大の苦手。
いの一番に、すたこら逃げる。
例えば、(仮定)・・・
気になる人、好きな男性がいるとする。
その人に、自分以外の女性の影が見えると、わたしは、なぜか退散する。
闘わない。
わたしは、そういう闘いは、大嫌いなのだ。
一目散に逃げる場合もあるし、そっと知らない間に雲隠れする場合もある。
わたしには、発達障害っぽい美学がある。
絶対に人と争そいたくない。
好きであればあるほど、逆の方向に逃げる。
猫は、死ぬときには人目につかないところで最期を迎えるという。あれと同じ。
・・・
夫に愛人がいる、とか、恋人に愛人がいる、とか、
自分というものがいながら・・・みたいな、そういう状況は、耐えられない。
どうせなら、いっそ大奥みたいなかんじなら、まだ、マシか。
お仕事の一環。お役所勤めみたいなかんじ?
だが、男性も(女性も)、おいしいものには目がない動物。
結婚式の誓いの通り、理想どおりにはいかないことがある。
正直にすべてを告白することは、かえって相手を苦しめることになる。
知らせないということも、愛情のひとつでは?
神にでも懺悔しておけばよい。
仏教の場合は、どこのどなたに懺悔するのか、よくわからないけれど、
瀬戸内寂聴さんにでもお手紙なりなんなりを書けばどうかと。
ブログに書くのも、ひとつかも知れない。
ちなみに、わたしのブログは、そっち系は一切なし。
期待されている方が仮に一人でもおられたら、「すみませんねー」と一言。
わたしは、掃除嫌いで、整理整頓嫌いなのだが、けっこう、潔癖なところがある。
配偶者がいる人が、配偶者以外の人と、あれこれするのは、許せない。
他人に、あーだこーだと悩みを打ち明けたり、のろけたり、公然の秘密にしてみたり、
そういう神経は解せない。
毛嫌い。
前の職場にそういう女史(独身)がいて、
彼(既婚)との電話での甘ったるい声に、毎度、全神経が逆撫でされる思いがした。
わたしは、ムンクの叫びちゃんに、なっていた。
少なくとも、職場、である。
恋の病が彼女を狂わせたのか、たんなるアホか。
無神経なだけだと思うが、わたしの神経は、きりきり痛めつけられた。
・・・
と、話はころころと変わっている。
いつもそういう傾向にある。
Aさんの話をしていて、途中で芸能人の話になり、そこから政治の話に移り、世間の流行の話になり、
「ところでAさんの話に戻って・・・だけど」、と言う度に、また違う話になって戻ってこれない。
なんなんですかね~。
と、時計をちらちら。
ちょっとこのあたりで筆を置かなければ、非常にまずいことになりそうだ。
では、またもや、結論なく、書き散らして逃げます。