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蝶になりたい

いくつになっても、モラトリアム人生。
迷っているうちに、枯れる時期を過ぎてもまだ夢を見る・・・。

喉ごし悪く

2013-10-24 | 日々のこと
秋になっても、生ビールは、なお切れ味よろしく、疲れた体と喉にご褒美。
しかしながら、今日は、喉ごし爽やかでない、ごっくんメニュー。
飲むのは、胃カメラ。

憂鬱である。

前回は、喉のどこかに引っかかり、涙もの。
げほっ、げほっ、う、う、、、と、むせた。
麻酔もかかっているし、あんな異物を飲んでいるわけだから具合が良くないのは当たり前のことで、
「苦しい~」、と訴えることができなかった。
死ぬときは、こんな苦しさなんか足元にも及ばず、もっともっと、さらに苦しいんだろうなあ・・・と、
恐怖を自分で何倍にも拡大し、肉体と精神面から同時に苦しさを倍増させ、
自分で勝手に相乗効果をもたらせて、慄(おのの)いていた。


・・・

戦争を体験した方は、少々の困難があっても、あの時代の苦しみに比べるとたいしたことがない、と仰る。
その苦境を乗り越えてこられた、自信のようなものが、一回りも二回りも、器を成長させてこられたのだろう。

病気もそう。
わたしのように、病気らしい病気をしたことのない、健康体にとって、最も怖いものは、病気。
ちょっとぐらいは、スポット的に病気をしたことがあるが、深刻なものではなかった。
病気の予告編程度であって、怖さだけがインプットされ、克服に至る経験がないので、ただただ怖ろしい。

・・・

そもそもわたしは、辛抱強い、忍耐強い傾向にある。(女性の持つ特徴のひとつらしい)
なにがモノゴトがあっても、反応が遅いのだろう。
溜め込んで、ある日、爆発する、最も悪いパターンだ。

洗濯物干し場に、ある日、見かけた小さな芽も、葉が付き、抜かなければ、切らなければ、と思いつつ、
どんどん大きくなり、
今では、花切り鋏などでは切れない、ノコギリが必要なほど、成長してしまっている。
なにも今回に、はじまったことではないのだが。

ノコギリが、我が家の納戸で行方不明になっていることも、その原因のひとつである。
息子が中学校の授業で使っていた、大工道具一式。
非常に便利だと喜んでいたのだが、ありゃりゃ、どこ行ったの?
きっとどこかにあるのだろうけれど、山の中のすき間に隠れて出てこない。

で、「風が吹けば、桶屋が儲かる」の、逆で、「納戸がカオスになれば、クリーニング屋が儲かる」。
(わたしはクリーニングには出さないけれど)
洗濯物は、その、成長著しい木に干し場を奪われ、日々、どんどん干しにくくなっている。

・・・

今日のキー運びは、とても重い、遅い、「ちゃちゃちゃと軽快に」の、逆。
胃カメラの影響もあるのかも知れない。
のたのた。
せまっ苦しい場所でのカメラは、ちょっと進んでは、休み、ちょっと進んでは休み。
カメラアングルも、一方向のみ。

・・・

書きたいことはあるのだが、私的すぎて、気が引ける。
「こころの動き」だと、だらだら無意味に書けるのだが、客観的事実、みたいなことは書きにくい。
重い口・・・みたいな感じか。
「彼女は、重い口を開いた・・・」となるのか、ならないのか。

・・・

今日の記事は、「・・・」ばかりを多用している。
お箸でつまむと、すぐ切れる、安物の冷凍うどんみたいに、短く切れてばかりいる。
たいしてツッコミも入れずに、とうぜん、まとめもせずに、
次から次へと、ちょっとだけ書きかけては、ポイ、書きかけては、ポイ。
幼児が、お腹いっぱいなのに、フォークで目の前の食べ物をオモチャにしているかのごとく。

こういう時は、さっと終わっておくのがよさそうだ。



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