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蝶になりたい

いくつになっても、モラトリアム人生。
迷っているうちに、枯れる時期を過ぎてもまだ夢を見る・・・。

なんとも、かんとも

2013-10-10 | 日々のこと
今朝は、なかなか起き上がれなかった。
昨日は雨につき、山のような洗濯物を洗濯できなかったが、
今日は、暑いぐらいのお天気なので、早く早く・・・と思いつつ・・・
起き上がれなかった。

まあ、やっとこさ、起き上がって、洗濯機を2回しているところ。

パリのアパルトマンは、洗濯物を外に干してはいけないのだが、
大きなシーツとか、どうするのだろう?
コインランドリーのようなところも街中にあったが。
サンサンお日様に、大きく広げて外に干したいと思うのは、わたしが田舎モノだからだろう。


さて、久しぶりに、ご近所みなさまのブログをちょろっと回ってきた。
えらいことになっていた。

わたしは、お気楽にパリで引きこもり生活を楽しんでいたが、
その間に、親御さんを亡くされた方や、ご両親について、いろいろな感情をお持ちの方などなど、
わたしのお気楽ぶりが、申し訳ないような、
新たなる展開が繰り広げられていた。

ぜったいに、外の人にはわからないこと、という内容の、
親に対する憎悪は、やはり、申し訳ないが、わたしにはわからない。
あるのは、感謝。
キライなところもあるが、人間だもの。いろいろある。
おそらく、「おめでたい、あんたなんかにゃ、わかるまい」と、失望されることだろう。

人それぞれなので、こればかりは、「お互い、それそれが、皆、違う」と、違いを認めるしかない。


足が痛いだの、体のあちこちが痛いだの、
最近、やっと年寄りらしくなった、老母ふたり(義母、実母)を抱えている。
と言っても彼女たちは、今のところ、自立した生活を送っている。
抱えているというよりは、いざというときは、介護助っ人となる、スタンバイ要員である。

体が弱ってこそ、はじめて、気力が衰えてくる。
やる気はあるのに、体が動かないジレンマ。
バリバリやってきた人は、情けなさも、なおさら。
一歳ぐらいの赤ん坊も、やりたい気持ちがあるのに、体が動かなくて、いらいらして、ぎゃんぎゃん泣く。
(8ヶ月の赤ん坊は、できないくせにやろうとして、ひっくり返ったり、ぶつけたりして、泣く)
ちょうど時計が逆回り。

年を重ねる推移、放物線?を描くように、スタートし、終了する。


ちなみに、親から受けた恩恵、感謝の念は、自分が未熟な分、ちょっと目減りしているかも知れないが、
カサが減っても、子供に受け渡ししようと思う。
子供たちが言うには、受け渡してほしくないものも、多々あるそうだが。

さらに、ちなみに、

男性は、奥さんより早く亡くなるケースが、とても多い。
つまり、未亡人が20年近く残される。
奥さんは、最初、悲しみに暮れるが、1年もすると、元気を取り戻し、イキイキしてくる。
これは、抑圧されている奥さんの場合。
本当は、2人、ともに元気で仲良く暮らすのが一番いい。

男性は、奥さんより早く亡くなって、人生の、幕引きの旬の頃に、この世とサヨナラするように思う。
奥さんは、うるさい夫がいなくなって、身も、こころも、(お金も)、自由になり、
しばらくは、自由時間の余生を楽しんで、その後、そろそろ、わたしも旬かなあ・・・という時期に、
うまく幕を引けたら万歳だが、なかなか、そううまくいかない。

人生の幕引きは、非常に難しい。

自分の親は、男親たちは、じつに、上手に幕を引いて去っていった。
残された、女親たちは、さて、これからどうなっていくのだろう。
覚悟は、しているのだが、経験がないので、なんともかんとも、いまはピンと来ない。
しかし絶対に通る道であって、避けられないことだけは、確かだ。




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