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常住坐臥

ブログを始めて10年。
老いと向き合って、皆さまと楽しむ記事を
書き続けます。タイトルも晴耕雨読改め常住坐臥。

涙活

2013年04月19日 | 日記


光禅寺の庭園の池に、水が引き入れられた。冬は池に雪が積もるので、水の引き込みは止められている。水に木陰を移した庭園は、春の芽吹きとともに息を吹き返す。ことしは、この寺に菩提が弔われている山形城主、最上義光公の没後400年の記念の年になる。池の水際にミズバショウが清らかに咲いていた。

今朝の新聞に、涙活という新語が出ていたのに注目した。就活、婚活など近ごろの世相を現す言葉の類語みたいだが、「涙活---涙の時間」という小イベントは少し趣をことにする。このイベントは宮沢賢治の童話「よだかの星」の朗読から始まる。鷹から、「名前を変えろ」と迫られて、生きる希望を失ったよだかは星に「お星さま、西の青白いお星さま、どうか私をあなたのそばに連れて行ってください。焼けて死んでもかまいませんから」とお願いする。

この朗読から始まるイベントは、「僕を支えた母親の言葉」と題する親子の話をテーマにする海外のCMなどの映像を上映する。それを見ている会場のあちこちから、すすり泣きの声が聞える。上映が終わって、参加者たちが「一番泣けた話」について語り合う。そこから生まれる仲間が、涙友だ。涙を流すことで、人々の表情はすっきりと切り替わるという。張り詰めていた交換神経が睡眠時間のような副交感神経に切り替わるためだという。その意味で「涙は人間に備わった最高のストレス解消術」であるという。

昨年賢治の「よだかの星」は映画化された。主演は菊池亜希子である。そういえばこの人の主演作に「森崎書店の日々」がある。ついこの間、koboにダウンロードして読んだ小説の映画化である。本を読みながら、なぜか涙が出てしまい、年のせいで涙腺が弱くなったように思ったものであった。笑うこと、涙を流すこと、これらは人が生きていることの証しでもある。今日の記事で、人がこんなイベントでストレス解消をしていることを知って、小説を読んで涙を流すことも恥ずかしいことではないと思った。
コメント
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