昔あるところに子のないお爺さんとお婆さんがいた。お爺さんが山仕事をしていると、子猿が泣いている。訳を聞くと、親が死んで独りぼっちになって泣いているという。可哀そうになって家に連れて帰り、子猿を我が子のように育てた。猿が大きくなって、家の手伝いができるようになった、お婆さんに子どもが生まれた。お爺さんとお婆さんは、猿に子守をさせながら、山仕事に出かけうるようになった。
ある日のこと、猿は赤ん坊が遊んでいるそばで、夜に使う湯を沸かしていた。元気な赤ん坊が湯をひっくり返して湯をかぶり、やけとをしてしまった。赤ん坊は泣きだすやら、帰ってきた爺、婆が騒ぎ出すやらで、猿はどうしていいか分からずしょんぼりしていた。夜になって、お爺さんが寝ながら話をするのを、猿は別の部屋で聞いてしまった。「猿など育てるんじゃなかったなあ。おかげで子どもがひどいやけとをしてしまった。」
赤ん坊の火傷が、すっかり自分のせいになっていることを知って、猿は夜中、お爺さんたちが寝ているすきに赤ん坊を抱いて連れ出した。朝になって、赤ん坊も猿もいなくなっているのが分かり、さらに大騒ぎになった。「猿め、恩を忘れて、赤ん坊をさらっていくとは許せん」と怒り、山中を探し回った。探せど探せど、猿も赤ん坊もみつからなかった。2ヶ月も経ったころ、沢に湯気が立っているのが見えた。そこにはたくさんの猿が湯に浸かっていた。
お爺さんが行くと、猿たちはびっくりして逃げ去った。だが、一匹だけ逃げずにじっとしている猿がいる。よくみると、赤ん坊を抱いて湯に浸かっていた。お爺さんが、探していた赤ん坊である。猿は黙って赤ん坊を返すと、どこえともなく去っていった。赤ん坊の火傷はすっかり治り、元通り元気な様子だったので、お爺さんは安心して家に連れ帰った。ここは「やげぱずの湯」と言って、火傷を直す温泉だった。
この民話は、東根温泉に伝わるものである。もう一夜が明けると、新しい年が来る。干支は申年である。東根から尾花沢にかけて、猿の集団が出没して、果樹や野菜に被害が出ている。民話のような猿と人の関係は、すでに崩れさってしまったが、申年にはその関係が修復されるような対策を期待したい。