晴耕雨読

耕すのは土だけではない。
心のなかこそ酸素を補給し、ゆたかな栄養で満たさなければならない。

桔梗

2018年07月19日 | 

歳時記をひくと、桔梗は秋の季語である。

万葉集で憶良が詠んだ秋の七草の朝顔は

桔梗をさすというのが定説である。

セミも鳴かず、梅雨が明けたばかりの

猛暑の日に、秋の花と言われても腑に落

ちない。

しかし、その花の姿がかもし出す雰囲気

は、秋の冷気が似合っている。

小林一茶が桔梗を句に詠んでいる。

 きりきりしゃんとして咲く桔梗哉

一茶は、きびきびとしておしゃんな女性

を、桔梗の見立てて詠んだように思われ

る。 

北村季吟の『山の井』に

桔梗笠といふあれば、花の顔隠せ

とも、人目忍ぶの草隠れなる心を

云いひなし、瓶に活けては亀甲と

云ひ、首途を祝ふ挨拶に、帰京など

とも云へり。

という面白い記述がある。この花を見る

度に、もう亡くなった近所のお婆さんを

思い出す。戦争で夫を亡くし、女手ひと

つで息子を育てあげた。新築した自宅の

庭に、住んでいた古い家から、桔梗を

移植し、大切に毎日水をやる姿が忘れ

られない。

 

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金峰山

2018年07月18日 | 登山

山旅2日目、金峰山の登頂をめざす。標高2599

m、瑞墻山よりほぼ370m高い。そして山頂ま

で距離も2㌔ほど長い。小屋での朝食は5時。

ヒマラヤ登山で食べられているという雑炊。

美味に加えてお腹にやさしい。

食後、すぐに出発、早朝と昨夜の快眠が有利

な条件だ。

昨夜から朝にかけて、我々の関心事は、

尾根からの眺望、富士山が見えるかという

ことであった。

結論から言うと、すそ野を雲でかくしなが

らも蛇笏が詠んだような空の中の富士をみる

ことができた。

尾根に上がる直前、急な坂になった。

石が露出しているが、シラビソの木で

日がさえぎられる。ときおり心地よい風に

吹かれて、汗が引く。下ってきた中年の女性が、

「ここを過ぎると見晴らしがよくなりますよ。

もう少しですよ」と励ましてくれる。

振り返ると昨日登った瑞牆山がはるか下方に

見えている。

地図を見ると、よく「見返り坂」というのを

見つける。山に登るものは、昨日の疲労や感動

を呼びおこして、前に進む力にするものらしい。

深田久弥の『日本百名山』で自分が登ったもの

を数えるとこの金峰山が38座目になる。

「あといくつ登れるか」と仲間に弱気を吐くと、

「40を目指して」と励まされる。

2000mを過ぎてまだ森林限界にならない。

瑞牆山もこの金峰山も、シラビソに混じって

シャクナゲが咲く。標高の高い金峰山には、

所々に白いシャクナゲが咲きのこっている。

ブナの山に登ることが多いものにとっては、

この山の樹林帯の林相はずいぶん違った

ものに見える。

林床にササやアオキ、ユズリハなどの低木が

なくカラッとしている。シャクナゲのほかに

高山の花たちもなくやや淋しい感じだ。

小屋を出て4時間30分、五丈岩向かいの

頂上を踏む。人人、人余りの多さにただ驚く。

中学か高校生くらいの若い顔が目立つ。

頂上からの眺望は、360°の解放感。

足の疲れも忘れ、そのここちよい達成感に

しばし浸る。

志賀重昂の『日本風景論』、金峰山の記述

を引いてみる。

「宿泊用に供すべき一屋あり、此所より正

しく登り始め6百米突の高さを登れば絶頂に

達す、その間花崗岩の大塊磊落とし、山径

嵯峨、懸梯二個所、鉄鎖を繋ぐ所三個所あり、

絶頂の八間余の花崗岩塊あり、ちくちくと

して攀づべからず、頂より北に浅間山、

東に秩父の連山、南に富士山、西に八ヶ岳を

望む。」

志賀が書く、花崗岩の大塊である。

五丈岩と呼ばれ攀じるのを試み人もいる

ようだ。この岩かげで小憩、恵まれた天候、

全員が故障もなく登頂できた幸せを

しばらく語る。

同じ年代の人たちと顔を合わせると、

同志のような不思議な連帯感が生まれる。

いよいよ、安全を誓って下山。途中の木立

のなかで昼食。2時24分、富士見平小屋到着。

暑さが強まり持参した水を飲み切り、小屋の

水場で補給。思う存分に水を飲む。

 

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瑞牆山・金峰山1泊2日の旅

2018年07月16日 | 登山

山梨県北杜市、瑞墻山荘駐車場から富士見平小

屋への山道を尾根筋まで来ると、瑞墻山の頂上

の岩峰が見えてくる。

人はその存在感の大きさに圧倒されて、あの頂

を極めるという想像力を奪い去られる。果たし

て、あの奇岩の山頂へ、この足で到着できるの

か、ふとそんな不安が頭をかすめる。

瑞墻山荘の駐車場に車を停め、準備を終えて登り

始めたのがほぼ11時。富士見平小屋へ着いたのは

12時。小屋前のテーブルで昼食。この山旅への参

加者はリーダーを含め5名。内2名が女性である。

まず驚いたのは、小屋前の広場に憩う人の多さだ。

小屋の前がテン場になっていて、若者たちの多さ

も目をひく。若者の山離れなどいうのは、ここで

当てはまらない。

谷筋にある登山道を階段状に切られたふたつの坂を

登りきると、 ゴツゴツとした石のある道になる。多

くの人が登っているだけに、登りやすい道になって

いる。ただ隘路では、登りと降りの人たちが交差し

て、渋滞が起きる。皆が道を譲りあって、礼儀正し

い挨拶がうれしい。

谷筋の登山道には視界はない。石の間から、すっく

と立ち上がるシラビソの樹々。高度をかせぐに従っ

て、露出した巨大な花崗岩が目につくようになる。

 花崗岩は堅牢なものとして認識されている。そ

して火山岩と並んで、日本の景観のシンボルとし

てその存在意義は大きい。『日本風景論』を記述

した志賀重昂は、その書の中に記している。

「もしそれ流水の勢威に侵食せられ、竟に摧け

ざるべからざるに到れば、自ら自己の分条、裂

理に依りて大塊に摧け了る。その痕跡や、堂々

として大丈夫漢の本色あり」

我々が目撃しているのは、志賀の説く、日本風景

の原型である。

 瑞牆山岩立ち上がり秋の暮 水野 博子

 

 ほぼ1時に小屋を出て、登り始めて2時間で

頂上に着く。最高峰へは鎖や梯子をつかうこ

とで、頂上に立てる。チーム一同が不安を払

拭してはじける笑顔になる瞬間だ。

尾根道から鋭く屹立する岩峰から、目を他の

岩にそそぐと、岩にへばりつくセミのような

クライマーの姿が見えた。小屋からは1.6㌔

往復3.2㌔の道のりである。

特筆すべきことがある。この急坂をストック

を使わず、自分の手と足のみで歩ききった。

しばらくぶりに履いた革靴は、足へのダメー

ジをやわらげ、筋肉痛もない。

5時、小屋着。すぐに夕食になる。鹿と猪の

ソーセージが5本。冷えたビールで喉を潤す。

 

 

 

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富士見平

2018年07月13日 | 日記

明日、瑞墻山に登る。

富士見平小屋に一泊し、翌日金峰山の五丈岩に行く。

一番の楽しみは、富士見平から見る富士山の雄姿である。

富士は多く静岡県の沼津や伊豆の方から眺められてきた。

誰の目にも焼きついている表富士である。

明日見る富士は甲斐の国から見る富士だ。

俳人飯田蛇笏は、山梨県八代郡に生まれた。早稲田大学へ進み

東京へ出たが、明治42年に帰郷後は

生涯を甲斐の山峡で送った。有名な俳句がある。

 

 芋の露連山影を正うす 蛇笏

 

山峡で畑仕事をした蛇笏は、甲斐の山々の懐に抱かれていた。

そこから見る富士山は、どのように見えていたであろうか。表富士とは

一味違う風貌がある。

 

裏富士のすそ野ぐもりに別れ霜

秋の風富士の全貌宙にあり

富士の凪ぎ天鳶啼くをさまたげず

 

 

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カラフルな収穫

2018年07月12日 | 農作業

 

一週間前、小さな木に花を可愛い花を咲かせ始めたオクラだが、きょう立派な実が収穫できた。黄色い

実はマクワウリである。昨年はプリンスメロンを栽培したが、いまいち満足できなかったので、マクワ

ウリに替えてみた。メロンに押されて、マクワウリは見かけないが、子どものころスイカとこれがおやつ

でいまだに懐かしい。食べて甘みも少なく、知っている人も少ないが、苗を求めるときマクワウリと表示

されていたので迷わず、これに決めた。実が生って初めてこんな黄色い実であることを初めて知った。

子どものころの覚えているのは緑でタワラ型のものだ。

 

藤原氏の最高権力者道長にこのウリにまつわる逸話がある。ある年、物忌みで寺に参籠した。従者とし

てともに参籠したのは陰陽師の安倍晴明、観修僧正、医師の忠明、武士源義家の4名である。そこへ、

南都からウリが献上されてきた。道長は、物忌み中にこの献上品を受取るべきを清明に尋ねた。清明は

「ウリのひとつに毒気があります」といって、ひとつのウリを取り出した。観修が加持すると、その

ウリが動き出した。忠明がウリを回しながら2ケ所に針を刺した。義家が刀を抜いてウリを割ると、中

に蛇が入っていた。針は蛇の左右の目に立ち、義家はただウリを割ったように見えたが、蛇の頭を切って

いた。

 

マクワウリは万葉集で山上憶良も歌に詠み、藤原道長の逸話に登場している。こんな古い時代から日本人

に珍重されてきた。メロンがあっという間に普及した戦後まで、長い年月日本人に愛されてやまない食べ

物であった。今日収穫したウリは、少し置いた香りが立ってきたら食べるつもりである。

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