狸喰うモノ牛愛でるモノ

虐待放置、インチキ優先のやり方を信用出来るわけねーだろ

核廃絶について

2009-04-09 23:00:25 | Weblog
核時代
築くにかかる
二十年
無くすにかかる
時はいかほど

各国の権力者あわせて五十人の了承が政治的核廃絶合意に必要だとする。
それらをそろえることは可能だろうか?
まあ不可能では、無いだろう。

ある国の核廃絶の検証は可能だろうか?
短期間では難しいが、例えば100年間に渡って技術開発と製造体制を凍結したら
現存する核兵器はどうなるだろうか?
実際の使用がためらわれる、お飾りと化すだろう。
つまり、実験を禁止することにより実効性を薄めていくことは可能、ということになる。

流通監視はどうだろう?
これは奴隷貿易廃止にでも倣えばよいかと。

ある国で、特定の武器・兵器に依存した暴力権威が消滅ことは可能だろうか?
これは可能。
日本では戦国時代に銃、江戸時代に日本刀、昭和に軍艦と、それぞれ
兵器権威がごく短期間に消滅という現象を経験している。

つまり、やる気と確立と継続性の問題ということになってくる。
大まかな方向を決め、その方向で正しいというコンセンサスを作り、
継続的に一人一人説得をしていけば、まあそのうち実現するということになる。

国家の安定を大きく暴力恫喝に依存している国の説得は困難だろうことは明白で、
それより先に暴力以外の安定機構の導入を助けた方が早いかも知れないが
多くの人間が欲しがるだろう支配者の証に、物騒極まりない物を据えておくのは
あまり賢くないのではと思えるわけで。
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