狸喰うモノ牛愛でるモノ

あー。 なんでこんな偉そうな事書いてるんだろうなー。

ジャーナリストやテレビ芸能人って大半がこの殴られた糞ガキなんだな、それも逆恨みする方

2017-08-31 23:57:55 | Weblog
Wotで。 無事ガレージ(とプレミアムアカウント一日分)ゲット出来た。 チャレンジ初日の戦闘数は67戦、後半にお香もといパーソナルリザーブ(1時間用を2回)炊いた二日目が確か52戦、最初から炊いた(2時間用を2回)三日目が45戦で達成、プレアカゲットした後の四日目にもリザーブ炊いていた(2時間用を1回)ら、25戦で経験値20000を達成できた。 プレアカ1.5倍換算を戻すと38戦相当になる。 調子が良かったんだわな。
ゲットしたガレージにチェコスロバキアTier1戦車のkolohousenka(通称棺桶)を買い戻した。 これで(これから追加されるっぽいポーランドを除く)全国家の戦車がガレージ手持ちに戻った。

ジャズ奏者、本番中迷惑演奏を始めた生徒を制止し体罰
http://www.sankei.com/smp/affairs/news/170831/afr1708310010-s1.html

問題の場面の動画
https://www.youtube.com/watch?v=AU3FwMN5wK4

面白いテーマであり、問題点を三つ見る。
1. ルールが明確になっていない場での迷惑行為の取り扱い
2. 体罰の是非、是の場合の適用基準
3. 体罰行使者の当否

まず迷惑行為の取り扱い。 一番簡単なのは警察を呼ぶ事だわな。 だがこのケースの場合は「演奏発表会のソロパートで、勝手にソロパートを延長し続けた」であり警察に任せる状況ではない。 犯罪行為が無い。 暗黙の了解として「みんなでやる演奏とはこういうものだ」というのがあり、それとは別に「ジャズでは逸脱しても良い」というルールがあると。 (暗黙の)ルールが矛盾している。 要するに、上手かったら許された。 演奏が上手かった、あるいは下手でも観客にウケていたら許されていて、観客、他の演奏者、そして何よりこの楽団の指導者、体罰の人物だな、に気に入られなかったから罰された。 こうなる。
最初のルールの方、「みんなの演奏とは」の方を適用して制止する事は妥当か、というと、一応は妥当、というのが結論となる。 この場合はこれが選ばれたわけだな。 そしてもう一つの解としては、当人、糞ガキ、が飽きる疲れる周囲に気付くまで演奏させる、というのもあったわけだ。 これはこれで、ルールに反しているわけではない。 「下手糞なだから迷惑だった」という以上の意味は無い。

体罰の是非云々。 「みんなの演奏はこう」という暗黙の了解に基づき糞ガキの演奏を制止する。 これは妥当とする。 じゃあどうするべきだったのか、だが喧々諤々となっている。 で諤々の中に「羽交い絞めにして引き離す」「ドラムの撤去」などがあったが私は「それでいいじゃん」と思ったと。 羽交い絞め云々に関しては「若くて体力があったらそうしていただろう」等の指摘があったが私が問題視するのが当の体罰指導者が、周囲(観客だな)に対して、演奏中止のジェスチャーを送っていない点。 ソロパートからの流れだったから他の奏者は演奏していなかったんだけれどもこの体罰指導者、状況を止めていないの。 状況の切り替えをしてないの。 これ制止でも体罰でもなくてただの暴力だよね、って話。
ちなみに私は体罰の適正使用自体は是とする方、ただし、法律上それを暴力として扱う事にも反対しない。 妥当な体罰とは将来の事故事件回避措置として容認される違法状態って解釈。

さて体罰行使者の当否、だがこの件では私は「コイツは指導者にしておいちゃ駄目な人間だ」とするわけだ。 上で挙げたが状況の中止をしていない、取り上げたスティックを床に叩きつけている(器物破損になりうる)、頭(髪の毛?)を掴んでいる、周囲の協力の下止めるという事をしていない、止まった後感情で怒っている(ように見える)、ビンタが二回(一回で十分、説明した後裏でやるなりしろ)、そして勝手は予想だが、「ジャズはノリでやるのもアリ」といった指導をしていたはず。 要するに「コイツが気に入らなかった」以上の理由が無いのだ。
こういう人間は子供を指導する場からは遠ざけた方が良い。
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朝鮮学校、仙台育英高校野球部、保身スイッチ

2017-08-25 00:46:31 | Weblog
昨晩はWotを71回やった。 一試合6分としても約7時間、準備や待機時間を含めて平均10分とすると約12時間。 なんでそんなにやったのかというと今キャンペーンで、経験値チーム内順位10位以内で経験値分ポイント蓄積、一日(01:00~翌01:00まで)で20000ポイントでアイテムとトークンゲット、トークン3つでガレージと1日分のプレミアムアカウントゲット、というのが行われていたと。 かなり疲れた。 実は貯めたポイントが01:00でリセットされてしまう点に気付かず最初の4試合はキャンペーン遂行の足しにはならなかったのだがそれでも67試合。 多分これやる人の多くはTier8とかでやるんだと思う、高いほど1試合当たりの経験値が多い、のだが私はTier3中心にやっていてこうなった。 なんていうのかな、どのくらい気力が続くか試してみた的な。 最後の方はWespeにばかり乗ってた。
耐久プレイ、ではあるが、手抜きはしていないつもり、集中力云々の話はともかく。 71戦で38勝だったはず。 だいたい10戦毎にメモしてた。
同じ事を数日中にあと2回(二日)ほどやらないとでっかい商品はもらえないのだが、さてどうしたものか。

朝鮮学校擁護の元高級官僚、一時期文部科学省のトップ官僚だったらしい、がクラブだか風俗だかの常連でヤクザとずぶずぶだ、という記事が週刊誌に載ったとかなんとか。 さもありなん。 朝日新聞筋はこれまで「ネットの右傾化だ」と言っていたのが最近では「ネットと週刊誌の右傾化だ」と言い出したと。

DQNドライバーの記事を読んだ。
http://kurumachannel.com/archives/1067452181.html

で、考える点は2点。 このDQNドライバーをどう処理するべきか、と、コメントを付けている一般ドライバーたちの反応をどう取るか、と。
このDQNドライバーだが、事の流れはまず渋滞でDQNドライバーが路肩走行をすると。 そして車間距離の空いていた撮影者車両前に割り込んでくる。 撮影者、クラクションを鳴らす。 DQNドライバー、嫌がらせ臭い断続ブレーキの後車を降りてきて威嚇、車に戻ったDQNドライバーはまた少ししてまた路肩走行へ。
これどう処理すべきか。 直感的には殺処分が妥当に思う。 常日頃ろくな事してないだろう、近く事故を起こして人に怪我させるないし死なせるだろうという判断で、親族身内から犯罪者を続出させる人間なのではとの疑いがかかる。 でも実際問題どっから殺処分対象とするの?という基準の問題と、精度を悪用する人間が出てくるだろうという予測がつくと。 じゃあどうするか、というと、該当人物の運転禁止措置あたりが妥当だろう、といった話になってくる。 身内親族に「コイツはクズだから運転禁止」、車載カメラ映像などから10場面くらい集めてきて「こういうのが駄目」と懇切丁寧に説明する。 続けて「コイツみたいになっちゃ駄目」で「運転禁止措置に協力するように」と伝えると。
こーゆーのって罰なのかというと、実は違うと主張する。 運転の滅茶苦茶下手なヤツに「お前運転するな」と言うのは事故防止策であって罰ではない。
他のドライバーの反応。
「キチガイに関わるな」「撮影者車両は動画以前の段階でキチガイを煽るような運転していたのではないか」との書き込みが多数。 これこうした反応って、暗に保身技術を誇っているのね。 でも駄目なのそれ。 必ずしも誇れるものじゃあないの。 誇った上で有るのか無いのか不明な、DQNの路肩運転と急な割込みが状態化しているのなら(クラクションを複数回鳴らした以外では)無い可能性大、撮影者の非を詰っている。 これ貶め行動なの。

仙台育英高校野球部。 仙台育英のランナーが一塁を駆け抜けざまに一塁手の足を引っかける動画が出回っている。 私はこれを「わざとだ」と断定するわけだ。
根拠1。 野球選手にとってベースランニングは基本動作のはず。 ミスの起こる場面ではない。
根拠2。 ランナーは(人の足首に)きれいなサッカーキックを決めていた。
根拠3。 状況証拠として、報道関係者スポーツ関係者の「緘黙」がある。

この「緘黙」。 無罪だと思っているのなら「説明」に代わる。 で、どうなっているのかというと、教えちゃってるのね。 仙台育英高校野球部の、どこかで、「塁に間に合うかどうか判らない時は走り抜けざまに野手の足に引っかけろ」って。 これ私は教育機関不適格とするの。
で、問題はそこ。 関係者も瞬時に、直感的に同じ判断をしているのね。 で関係者は「野球部ないし高校が、不適格との判断が容易に出うる、そうするとファンやそれ以上に、有力な野球関係者、教育関係者を激怒させる事になりかねないだから黙る」といった行動様式に陥るようになっちゃってるの。

保身スイッチ。
以前強盗の言いなりになるファーストフード店店員の動画URLを貼り付けた事があったが、そこでも途中でスイッチが入っていた。 それその場面は仕方がない、常識的に考えてそれがベストなのだろうとは思う。 だが甲子園の野球なんぞはそうじゃあない。 声がデカかろうがなんだろうが、たかが野球関係者、いきなり射殺される危険があるわけではない。 でもしない。 しないどころか「保身スキル」を誇っている面がある。
何故こうなのか。 そう教え込まされたからだろう。 「保身しなさい」「そうして高い地位を得なさい」と教えられ、それが出来て誇っている。

銃を突き付けられ保身スイッチが入ったFF店員の動画から、「こうした事があると心が死ぬ」と書いた。 店員をやっていて店内の、まあ店の外でも似たようなものだが、客が倒れたらどうするか。 店員の多くは救急車を呼ぶ事を検討するだろう。 保身云々ではなく、人として当たり前の行動として。 ではだ。 その銃を突き付けていた強盗が倒れたら? 保身スイッチが入ったままの状態だと、高確率で、救急車を呼ばない。 助けてやる義理なんて無いのだから当然と言えば当然だが、人の人に対する気遣いのようなものは、そこには無い。 だから「心が死ぬ」と書いた。
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冬のヒメルズドルフで

2017-08-24 02:40:01 | Weblog
Wotネタ。
T-60で丘下8ライン?だっけ?を防衛していたところ、敵主力とかち合った丘上の部隊が全滅。 ミニマップの坂途中をクリックし自陣付近へ移動、マップにラインを引き自陣にいた自走砲3両に逃走を促した。 自走砲は逃げず、そのまま防衛。 やってきた4両の内1両、Pz.IIだったかな?を私が撃破、自走砲1両がやられている間にもう1両、M3Stuartを自走砲と協力して撃破。 そうこうしている内に他の味方が敵陣を占領して勝利。
何が言いたいかというと、協力プレイである。 「逃げろ」と示すと意外と踏ん張ってくれたりする。 もちろん素直に逃げる人もいる。 それはそれで、戦術判断だと思う。

このWotというゲーム、下手糞、である以上に、協力が成立しないくらい頭が悪い人たちが「赤猿」「チンパン」などと呼ばれていたりする。 彼らが何故そうなのかを思うに、生来の頭の悪さ、という人も居るだろう。 単なる性格の悪さ。 こういう人も居る。 そもそも協力して勝つことを目的としていない人。 そういう人も居るだろう。 それらとは別に、思ったりもする。 彼ら、ごく一部なのか多数なのかは判らねど、は守られた経験に乏しいのではないかと。 彼らが会ってきた人間の多くは味方を守らない種類のそれだったのだと。
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見た目に関する迷惑行為を考える

2017-08-19 00:19:32 | Weblog
Wot関連で少々訂正をば。
前回、「負試合でも納得が出来る」のが十回に一回もない、と書いたが割と嘘多めなんだな。 昨晩は負け多めだったが素直に敵を称賛し、味方の健闘を称える事が出来た試合なんぞ記憶にない。 ショボ沈して「さあ次だ」と早々ガレージバックか、そこそこ撃てた後に「味方がー」と言うか、当たらず「RNG!」と言うかと。 最近で記憶に残った負け試合となると、VK20.01(D)でワイドパークに当たった時の。 南スタートで初動まっすぐ土手下に向かったのが私一両で、他は建物裏をうろうろ。 敵が速攻で中央ラッシュ。 私は土手を乗り越えてくる最初の一両を撃った後そのまま溶け、味方は撃てず。 敵東西両翼も中央に続く形で乗り込んできて立てこもり勢がそのまま押しつぶされてゲームセット。 敵の機敏さだけを称えたい、そんな一戦だった。
リプレイが欲しいと思うんだな。
負け試合の、敵側視点の。 敵側で一番活躍した一両のそれ、なら有りがたいが、絶対逆恨みするヤツが出てくるだろうから難しいだろうな。 敵陣上空からの全体視点みたいなのなら問題が少ないかな?
もう一つ。 少し前に、XVMなるMODを導入した、というか、アクティベートした。 元々、装備品使いまわし機能(これが無いと、使いまわし可能な装備でも一戦一戦取り外さなければならなかったりする)を目的に入れておくだけはしていたのだが、アップデート、バージョン変更の際にこれが機能しなくなる不具合が発生、いろいろ試している時そうなったと。 で、国旗が表示されるようになった。 国民性云々の話はこれ有りき、なんだろうな。 どうやらWotクライアント導入時に自己申告した国籍が表示される、らしい(ググってみたが確定情報は拾えず)のであまりあてにはならないかもしれないが、過半数の国の過半数の人は自国のそれを選択するだろうと思っている。

ネットのどっかで「(Wotの)T-34-85で榴弾砲使用は迷惑なので絶対やめてくれ」なる書き込みを目にした。 極端に不利というわけでもなく個人の自由裁量の範囲、おそらくは知恵遅れのお子様の発言なのだろうとする、私は正直この手の押し付けの方こそ迷惑行為だろうと思っていると。 んでだ。 ここから女社会の側に、他人のファッションセンスを「迷惑だ」と言い切る人間を多く見る事を連想するわけだ。 こーゆーのってどっから来るんだろうなと考える。

迷惑行為。 一番判りやすいのは騒音だろうと思う。 騒音と振動。 次に来る、あるいはこっちの方を先に想定する人も多いのかな?が臭いだろう。 悪臭。 騒音、振動に関しては、可聴領域と多少の嗜好傾向、睡眠休息の時間帯などで個人差があるだろうと思われるが、基本的には機械測定で定量化出来る。 悪臭に関しては機械での数値化が難しい面があるのだろうが、なんとなくの常識に共通点が多いのだろう、法秩序の運用はそこそこ上手くいっている、はず。 迷惑に関する第三の領域がおそらくは視覚、見た目に関するもので、その次に来るのが宗教信仰関連、ファン行動を含むそれ、なのではないかと思うわけだ。 今回は視覚をテーマとすると。

ファッションの見た目の迷惑行為ってどんなだ、と言うと、大半の国で法律として制定されているのが性器の露出に関するものだわな。 次がハーケンクロイツとイスラム教関連。 こちらは国によってあったりなかったりするが、ハーケンクロイツの表示は禁止されている、というのとイスラム教関連の表記は万人が避けなければならない、というのが常識化している。 これが信教と表現の自由だと言うのならトチ狂っているが。 んでファッションに関して多くの女と若干の男たちが、この一部ユダヤ人のハーケンクロイツに対する示威活動、音楽ファンの教祖歌手に関する狂信行為のような反応を示すと。 一応書いておくが私はすべての女がこうしたキチガイだと思っているのではない。 女社会がキチガイに引きずられる事が多いと思っているだけである。

話を戻そう。 見た目の迷惑ってなんだ、というと、一応は性器およびそれ関連の表現が、それに該当するという常識は人類社会で共有されている。 それはそれでいい、としよう取りあえずは。 これとは別に、まぶしさに関するものもある。 こちらは定量化可能で、大半の国で法規制もあるはず。 車のヘッドライト等で無法状態もありそうだが。
見た目に関しての迷惑で、性器露出と表現が規制されている。 んで、ここには例外がある。 芸術関連である。 こうした部分を含めてまとめてみると
1. 公共の場での性器の露出は禁止とする
 性器の露出は基本的には禁止だが、以下の場合は禁止とはしない
a. 便所とされる建物・部屋の内側
b. 風呂施設及びそれに付随する脱衣所
c. プール及び遊泳用海岸に付随する更衣室
d. 脱糞等の行為に緊急性があり、周囲の目を遮る環境がある場合
e. 露出者が乳幼児の場合

2. 公共の場での性器表現は規制対象とする
 性器表現は規制対象だが、以下の場合はそれに該当しない
a. 表現物を私物として所持し、同意のない他者が目に触れない状態にある場合
b. 芸術品である、とされるもの、及びそのレプリカ
c. 記号化され情報量が少ないもの
d. 過去その社会において、大多数の人から不快視されていなかったもの

こんなところか。

一つケースを思いついたわけだ。 とある人物が、人口密集地の自分の敷地に巨大ダビデ像を建立したとする。 まあミロのビーナス像でもいいが。 この場合は道行く多くの人が、チンコを見上げる形となるわけだ。 さてこれは迷惑行為、違法な状態なのか、あるいは芸術表現、個人の自由なのか。 結果からすると迷惑行為に該当すると思われるのだがさて法的根拠、合法違法の境界線はどの辺になるのだろうか。
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人の魂と不本意の関係

2017-08-17 19:05:05 | Weblog
今回は宗教哲学ネタ。
「悪人って何だ?」ってゆーと答えは大雑把に二通りある、としたもので、一つは、好き勝手やっている人。 もう一つが、悪意の行動を頻繁にとる人、と。 その逆、善人(とされる人)ってどんなだと言うとつまりは自制する人で、悪意を駄目だとする人なのだ、となると。
悪人の方が(霊としては)自然な状態なのね。 反感、反発、いやがらせ、かんしゃく等々の心の動きは善人(とされる人)にもある。 善人悪人という外的評価でいうならその人の、そうした行動の頻度の問題であり、何故やらないのかというと判断と自制、となる。
みんなが好き勝手やっていると社会が破綻するわけだ。 さらに枠を大きく見るに自然環境、つまり居住環境の変化であり、長期的に人が生きづらくなる、生きていけなくなる、そうした判断が善悪となっている。 こうした「人の社会判断」の逆が昆虫などの大量発生。 よく「生態系にはバランスを取る機能が備わっている」なんて話があるが、ミクロには嘘だわな。 一集団が死滅し環境が変化した後に周囲から別集団が移住してくる、なんてーのはよく起こっているはずなわけで、それがニンゲンサマにとって不都合が発生しないレベルに収まっている事が多いからそう言っているだけ。

善悪とは、その人にとっての外部、人間社会から要求されるそれ、は、社会の継続性に関する不具合を避ける事である。 要求者を個人とすると、その人の生活の継続性である、となる。 ここにさらに欲求の要望が加わるつまり、週一回アイスクリームを食べる生活があったとするなら毎日食べれる生活、過去に一回神戸牛を食べたことがあったならそれが何度も起こる状況と。 その人に何らかの変化、怪我をした、から太った、まで、が起こったのならばそれまでの状態継続の上に変化への対応を求めると。

「悪人って何だ?」の答えは「好き勝手やる人」であり、「悪意の行動を取る人」である。 これに対し「善人って何だ?」の答えは「好き勝手を自制する人」であり、「悪意の行動を自制する人」である。 基準が二つあるのだ。 社会の側、子供に対する大人の側、無知な民衆に対する支配者の側の理屈としては、自身の生活を支える事こそが善である、となるわけだ。 ここにさらに、自身の変化に対する要望が付け加わる。 儒教国家が判りやすいわな。 子、若年者、民衆は親、老人、権力者の生活を支える事こそが善であり、そのうえに、無条件にへりくだって権力を持つ側の自尊心を満たすべし、なんて欲求まで肯定されている。
人間社会の多くの部分がこんなもん。 で、これとは別に、「その行動は悪意によるものかどうか」の判断があると。

悪意の行動かどうか。 そこには「悪意ってどんなだ?」という問いかけがあると。 悪意の起源、みたいなものを書いてみよう(昔書いた事の再掲だが)。 神様と霊たち、の方が本質だがパンピーには解りにくいだろうよって教師と生徒たち、とする。 教師が生徒たちに問いかける。 リンゴとバナナ、どちらかを束で買うがどっちがいいかと。 生徒たちの意見はほぼ半数ずつに分かれたので、教師はリンゴを選んだと。 この状況、リンゴを選んだ方の生徒たちは本意を得たがバナナを選んだ方の生徒たちは、不本意を得た。 これが不本意の経験。 また似たような機会があったとする。 今度は教師は、前回はリンゴを選んだので今回はバナナを選んだ、とする。 この場合は、この回にリンゴを選んだ側の生徒たちが不本意を、バナナを選んだ側の生徒たちが本意を得る形となる。
本意の実現は喜びであり、不本意は苦痛である。 こうした経験を繰り返すと中には「他人に不本意を、苦痛を与える事こそが喜びである」となってしまう生徒が出てくると。 これが悪意。 この前段階として「不本意を得る事こそが自分」、「人生の本質は不本意」、「他人の不本意を見ると安心する」などといったものがあるが、他人を害さんと、苦痛の中に落とし込もうとする意志が悪意で、これで動く人間が悪人。

勝負事。 勝負事は勝ち負けであり一般に、負けは不本意であり苦痛。 勝負事とは他人に不本意、苦痛の立場を与えんとする行為である。 ここがポイント。 負けて勝者を称える事が出来る人というのは悪意を克服できた人、となるわけだ。 自身の経験として、最近はWot三昧なのだが「納得できる敗戦」なんてーのは十回に一回もない。 ある意味、それを求めて続けているわけだが。

話を宗教方向にフッ飛ばす。 「人の魂とは何か」という問い。 人の本質が霊であり、霊が不定形であるならば人の本質もまた不定形。 形が定まっているように見えて、たまたま、霊の流れがその形になっているだけである。 ふとした瞬間に消えてなくなっても不思議ではない何か。 では「たまたま」ではない要素とは何か。 自分を好きでい続ける心である。 これが人の魂。 人によってこれが、あったりなかったりする。 それを持つ人は、他人がどうあろうと自分自身で居続けるし、持たない人、魂を持たない人はその場その場で他人がそうあるから自身がそうある存在でしかない。 「本意もあり、不本意もある、いずれにせよ自分は自分」とする事が出来る人は魂を持っている。
では悪意の人は魂を持たないからそうなのか。 それが一つの答えではある。
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そろそろ終わらすか?

2017-08-15 18:38:12 | Weblog
深く反省する、なんてーのがあるとするなら、中国人を正せなかった戦前と、甘やかし続けてきたこの七十云年の事だろう。
過ちを改めるにやぶさかであっては、なのに何まだ続けてるんだ? 役立たずとでも称されたいのだろうか。

人を許す、といった話には無罪放免思想と有罪赦免思想とがある、と書いた。 有罪赦免ってのは事実関係を明らかにした上で罰を許す、というもの。 無罪放免というのは一言で言うと、「そんなものは無かった」といった強弁で押し通すもの。 ところが現実には被害者が居るわけだ。 有罪赦免ならば可能な再発防止策を講じる事も不能な中、犯罪者は無条件で社会に放たれる。 月日が経とうと癒されない、というか、被害は増え続ける。 不満は募る。 で、どうなるか。 今現在犯罪行為を実行中の人間とは別に、罰される人間が要求される事になる。 これが中国が言う、歴史問題。 ドイツのナチス問題もこの類だな。 後進国破壊を続ける経済システムがあり、不満に対しては「我々はナチスドイツの反省をしている」と言い続ける。 体のいい欺瞞である。
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