狸喰うモノ牛愛でるモノ

あー。 なんでこんな偉そうな事書いてるんだろうなー。

扶養家族について

2009-09-30 23:36:51 | Weblog
養って
養われての
屋根の下
金に纏わる
上下関係

国際離婚の続報。
http://cnn.co.jp/usa/CNN200909300021.html
実は国内問題だった模様。
こうなってくると弁護士の行動、じつに胡散臭い。
英雄として行動ともある。 アメリカ人の性癖なんだろう。

私は継続的な飲酒運転は未必の殺人と見ますが。
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20090925-OYT1T00982.htm
最高裁は飲酒運転を承認。

サモアの地震。
http://sankei.jp.msn.com/world/asia/090930/asi0909302016005-n1.htm
飛行場が使えなくなっているとの話も。
こういう場合は当たり前だが救援が滞る。 どうするべきか。
国際救援機に飛行艇を使うか、自動誘導装置付きパラシュートを開発して救援物資を投下するか。

さて扶養家族について。
現在私は無収入だが、世間では収入の多い人と少ない人がいる。
金持ちがお金を使わないと経済が滞るという。
ビジネスに限らず一般に、一番の支出は人間である。
人間の支出の内、一番大きいのが食費である。
よほどの金持ちでない限りはそうなっているはず。
こうしてみると金持ちに貧乏人が群がる構図は経済倫理上は正しいとなってくる。

金持ちが親族や使用人に施す構図がある社会ほど、
人が人を養うという構図が一般的な社会ほど、収入差が容認される傾向にあると。
だが実際に配分を決めるのは金持ちで、そこには多分に恣意性が入ってくる。
やはり自分の足で立つ社会を目指す方が正しいのではと。

先のエントリーのカレー思考の結果の一つ、不況についてなのだが、変なことになった。
雇用率が低いことを不況というが、下がったまま固定化されることもあるという結果が出た。
不況とは変動するものでは無いと。
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経済について

2009-09-30 10:02:41 | Weblog
豚肉を
食べぬと決めた
その間
遠ざかり行く
ラーメンの汁

混合診療禁止は適法との判断。
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20090930-OYT1T00096.htm
保健の問題は純粋に、金の問題です。
一人の人間が百人分の医療費を使うという現実が、
千人救える金で一人を救うという矛盾が、どこまでも付いてきます。
保健の適用範囲が適正かどうかはさておき、
秩序が維持されたのは良かったと。

さて、経済について。
経済の話を見るに外来の横文字が多くわけわからん。
しかも話者が用語を正確に駆使している割合がやたらと低く感じる。
学校で経済学を学んだと思われる人間は正確さに関して若干違うように見えるが
とてもじゃないが追ってられんと。
そこで考える。

経済の理想は需給の完全一致、完全雇用である。
どういう状況か。

貨幣は労働の対価である。
1の収入を得るということは1の労働分の対価が払われたということで、
1の出費をしたということは1の労働相当分の対価を払ったということ。
経済全体一周分で平均を取ると、一人の人間が一人分として雇われ、一人分を雇っている。
そういうことになる。

カレー屋で考えてみる。
全員がカレー屋。
朝昼晩と全員が他人から一日三食のカレーを供され、他人に三食のカレーを供する状況。
毎日がカレー。 毎日がカレー屋。
これが完全雇用であり、需給一致ある。

お判りだろう。
自由を無くせば経済の理想はいとも簡単に実現するのである。
その世界は雇用統計上は天国だが実態は、社会の死に向かいゆるやかに坂を下る、灰色の毎日。
そうなるだろう。

カレー屋に戻る。
美味いカレー屋と不味いカレー屋があったとする。
当然客は次第に、美味いカレー屋に通うようになる。
A,B,C,D,Eの五人で考える。 Aが美味い。 Dが不味い。
初期状態として、AはBの店に、BはCの店に、CはDの店に、DはEの店に、そしてEはAの店に行くとする。
Dの店が不味いのでCは一日三食の内一回、Aの店に行くことにした。
Dの一日の収入は二食分になってしまった。 その代わりに、Aが四食分の収入になった。
Dは暫くするとEの店に行く回数を一日二回に減らした。 その代わり一日一回、自分のカレーを食べた。
Eの一日の収入は二食分になってしまった。
Eは暫くするとAの店に行く回数を一日二回に減らした。 その代わり一日一回、自分のカレーを食べた。

ここまでの変化で、A,B,C,D,Eの収入が一日三食分だったのが、A,B,Cが三食分、DとEが二食分となった。
カレーが食される量は変わっていない。 が、全体の収入は減った。
これが不況であると。

ここでカレー革命が起きたとする。
一人のカレー屋が何十食分ものカレーを作れるようになったのである。
当然A以外の全員がAの店に行くようになる。 何故なら美味いから。
Aの一日の収入がB,Cそれぞれ三食、D,Eそれぞれ二食の合計で十食分となった。
そしてB,C,EがAが一日に食べる一食分の収入になったとする。
当然、続かない。 収入を無くした人が無くした分食べに行けなくなり、
最終的に全員が無収入となった。
これが大恐慌。

ここまでの思考実験で判ったことは、人気が集中するほど完全雇用から遠ざかるということ、
人気の結果金持ちとなった人がお金を使わない、お金の使い道を社会が用意出来ないと
不況になるということ。
ここに資本主義経済の下で状況を完全雇用に近づけるのにはどうすればいいかが見える。
消費者が空いている店を選べばいいのだ。
逆に見ると、人気を煽る人たちは一体なにをしているのだろうかとなる。
まあ私は彼らを商業主義者と呼称しているが。

民主党政権、学校の耐震化や太陽発電促進を凍結。
http://www.yomiuri.co.jp/atmoney/news/20090929-OYT1T01385.htm
国が親に金を渡すという構図、どうも気に入りません。
世間の馬鹿に子供イコール金という経験を与えるわけでしょう。
児童数に応じて自治体への支給額を決める方がまだマシなのではと。

学校に手を付けるのなら教科書供給体制でも見直したらどうです?
あれは毎年ゴミを作っているようなものだ。
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オカルトについて

2009-09-29 23:54:27 | Weblog
おばけとか
ゆうれいとかが
こわくなり
トイレ行けない
夜中の子供

国際離婚で子供がどっちに。
http://cnn.co.jp/usa/CNN200909290025.html
この問題、これといった答えが無い。
仲裁による解決なら結婚した国のルールで、当事者間の紛争が
子供にとって有害ならば、子供の利益優先で間違っていないと見る。

さてオカルトについて。
小学校の放課後、教室に十人程度の生徒が残っていたとする。
生徒の一人が言う。 廊下に先生の気配がすると。
別の生徒が廊下に出てみるが、先生は見当たらない。
最初の生徒の発言はオカルトだろうか。

先生が見当たらないという報告を受けて、気配を感じた生徒が言う。
生徒が出てくるのに気付いて先生は隠れたのだと。
この発言はオカルトだろうか。

ある幼稚園のクラスの園児全員が、園長先生を見たことが無いとする。
園長先生が存在する派と、存在しない派。 このクラスの意見が真っ二つに割れる。
存在する派は痕跡があると主張する。
存在しない派は全員見たことが無いのだからいないと主張。
どっちが正しいのだろうか。

北朝鮮が国連決議を批判。
http://www.yomiuri.co.jp/world/news/20090929-OYT1T01050.htm
冷戦体制を維持している方がよっぽど時代錯誤だと思いますが。
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イランについて

2009-09-29 10:05:57 | Weblog
安らぎの
渦に呑まれる
白い紙
石油の価格
火薬の価格

日本のネットはえらく楽しい。
文才や機知があちこち無駄に溢れている。
書き込みが日々切磋琢磨されている結果なのだろう。

パレスチナ情勢。
http://english.aljazeera.net/news/middleeast/2009/09/200992818635171798.html
東パレスチナとガザが統合するとか。

久しぶりに、オルメルト氏の写真。
http://english.aljazeera.net/news/middleeast/2009/09/200992564814817160.html
以前に比べ、ちょっと痩せたように見える。

さてイランについて。
最近、農業中央論(?)で歴史を見ている。
それほど突飛な概念では無いはずなのだがやたらと便利だ。 良く切れる。
北アフリカ、インド洋、中央アジアに広がるイスラム圏にこれといった政治中央が無いと前に書いた。
まあ中程度の中央ならいくつかあるわけだ。
トルコ、エジプト、イラク、そしてイランと。
イランという国の体制を見るに、イスラム圏としては非常に国家色が強い。
なんでかなあと思って注目してみたところ、西側が国境なんですね。
いやまあどこも国境ではあるんですがイランとイラクの間は、必要性の衝突が欧州並みであると。

わたしはここに、国民国家化を見ます。
形式上は国家として成立していながら国民という文化背景を伴わない国は、どうするべきか。
国内の問題を挙げ、分析し、その結果を国民に知らしめればいい。
国内問題政治解決の必要性が周知のものとなれば、そこに国民が育ち出す。

様々な人が居る中での、問題の周知徹底と解決。
ここに条件が一つ浮かんできます。
政治で解決すべき問題に対して事実を、素直に認めるようでなければならない。
国民国家化のためには、国民も、政府も、正直でなければいけない。
嘘つきは亡国の始まりです。

最近日本では民主党が核密約を問題にしていますが
核をタブー化し言論統制を敷いたのは左翼側だ。
彼らはかつて「ソ連の核は綺麗な核」だと言った。
彼らの捏造癖、隠蔽癖にはあきれる。
保守派は感情論に歪められた、作られた状況下でその都度必要性に応じて行動していたに過ぎない。

温室効果ガスの国民負担だそうだ。
http://www.yomiuri.co.jp/eco/news/20090928-OYT1T00907.htm
私は減らせと書いた。
よって日本の選択肢は減らすか、減らされるかだ。
減らすか買うかではない。
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フィリピンについて

2009-09-28 14:35:18 | Weblog
台風の
大小あれど
毎年の
来るに違わず
時期も変わらず

イランが短距離ミサイルを発射。
http://english.aljazeera.net/news/middleeast/2009/09/2009927234316993578.html
北朝鮮の関係やカーン博士の動向と、イラン当局の発言は一致していない。

フィリピンで水害。
http://english.aljazeera.net/news/asia-pacific/2009/09/2009927102158638572.html
支援が必要に思える。

というわけで、フィリピンについて。
日本は先進国である。
フィリピンは日本に比べて立ち後れているように見える。
この差はどこからきたのか。

日本とフィリピンの差を考える。
大きさは似たようなもの。
フィリピンの方が南に位置している。
フィリピンの方が大陸からより離れている。

日本の歴史的中央は近畿、京都の辺りである。
近畿地方から西を西国と呼び、東の太平洋沿岸地域を東海と呼ぶ。
元々は大陸から近い九州の方が中心だったはず。
それが何故、京都になったのか。
京都には、冬がある。 雪が降る。
冬があると、備蓄が必要になる。
九州では一年中バナナが食べられるとか言っているのではない。
九州にだって冬はある。
が日本では、東に行くほど北に行くほど、冬は長く厳しくなる。
農業度が同程度でも、京都の方がより政治を必要としたと。

東南アジアでは二期作、三期作が当たり前との話を聞く。
備蓄の必要性は当然、下がる。
一期農業が失敗しても二期目三期目で取り返せる。
失敗が致命傷にはならない。
農業共同体で意思の統一が求められる傾向は育たない。

フィリピンでは一人一人が意思の統一を感じる機会に乏しく、
政治の必要性、中央政府の重要性が認識される文化があまり育たなかった。
その結果が現在のまとまりの無さであり自然災害への対策の遅れであると見るわけだが。

ドイツで選挙結果が出たらしい。
http://cnn.co.jp/world/CNN200909280002.html
少しずつ自然な姿に近づいて行っているのかな、と思う。
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日本の人口について

2009-09-28 07:49:41 | Weblog
書くべきか
書かぬべきかと
日々悩み
書いた内容
また悩む日々

食料があり、人口密度が高い。
そういう状況で文明が進む。
文明を是とするならば人口は多い方が良い、となる。

昨晩とんでもない数字を載せてしまった。
1/3である。
1990年比で25%減だそうで現在比で1/3である。

二酸化炭素排出量削減は地球温暖化対策と言われているが、温暖化対策としてはおそらく、
意味がない。
現在世界で起きていることは旧態依然としたパワーゲームの一環にすぎず、
その議論の場は大国政治家達の遊び場でしかない。
そんなわけで私が削減に見る意義は、大量消費傾向の抑制だけである。

だが現在の排出量を1/3削減するのは、やらなくてはならない。
何故なら私がそう書いているからである。
私の書いたものは私の書いたもの、書かれた内容について私に文句を言っても構わないが、
実現はさせろ。 無駄を減らせ。 人口が減るよりもそっちの方がいい。
鳩山首相が挙げた25%という数字の内どのくらいが真水、つまり緑化や排出量取引によらない
実削減量かが議論になっているが、私が見ているのは浪費の抑制、
減らせと言っている数字はすべて真水である。

日本の場合はエネルギー資源をほとんど輸入に頼っている。
化石燃料の輸入量がだいたいの排出量となるはず。
輸入する食料や他の物資からもなんらかのプロセスで二酸化炭素が排出されるだろうから
完全にはイコールではないだろうが、化石燃料消費量の減るペースが今後十年で1/3減に達する
速度ならば良いと。
燃料輸入以外については私は見ない。
先進国においてエネルギー消費と一般の浪費は比例する。
よって化石燃料の消費減のみを私の書いたものの対象とする。

9月も終わり今週から10月に入る。
とりあえず今年10月の消費量を前年同月比で1%減らせ。
前月比0.4%ペースで達成可能のはずだが最初の方が無駄が多く減らしやすい。

人口が減るよりもそっちの方がいい。
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飲酒について

2009-09-27 19:51:08 | Weblog
弊害が
馬鹿ほど多い
飲んだくれ
馬鹿ほど好む
逸脱の水

日本では二酸化炭素排出量削減で混乱中ですがこれ、大した問題では無いと見ます。
冬は寒い。
充分生きた人たちが自然の摂理に従うだけで排出量削減は達成可能で、
年金問題も世代間格差も高齢化社会の害も都市部の過密も渋滞もすべて解決する。

さて飲酒について。
企業社会において飲酒文化は拷問の連鎖であるよって、飲酒は因習である。
では農村社会ではどうか。
酒は米である。 ビールは麦である。
酒用の米は食用の米とは別品種ではあるが、米である。
米が豊作なら酒も豊作。
酒が好きというのは農村において生産への直接的な動機となりうる。

農業は不安定である。
病害虫、溢水、周辺の野山の管理から作物刈り入れの人手まで、統一行動が求められる。
よって酒となる。
隣人監視社会を作る道具であり家で呑む分には容認できる逸脱、となる。

さて、飲酒文化はどうあるべきか。
農村外では否、運転時は否、飲み過ぎは否、作業予定時も否、
未成年も否と問題が予測される時全て否とするかあるいは、
基本是とし、逸脱人をぶち込む社会を選ぶべきか。
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イスラム圏について

2009-09-27 04:03:21 | Weblog
アラビアの
砂漠の南
インド洋
かつての栄華
砂の月影

イスラム教は隣人が隣人に、部族が近くの部族に良いものを勧める、という形で広まったと見る。
その一例がモンゴル帝国のイスラム化だ。
中央同士のせめぎ合いから他地域の教化編入という形を取った西洋とも、
黄河揚子江地域から中央が肥大化していった中国とも違うと。
そんなわけでイスラム圏には圏を代表する巨大中央は存在しないし、
横のつながりに政治的必然性は乏しい。

イスラム圏では遊牧民の地位が高いと聞く。
実際には社会摩擦にともなう色々があるのだろうが、移動者はそれなりに尊重されると。
移動する部族を社会の基本形態の一つとすると、たしかに中央による国境というシステムと
相性が悪そうだ。
性倫理を極端に偏重する文化傾向も人口増加に歯止めを掛ける役割を果たしたのかも知れない。
そんなこんなで圏は広く、各地の中央は弱い。
中央の必要性が乏しいのに中央を機能させようとすると軍事力を誇示する
強力な独裁者が必要になるわけで、どうやら現状そうなっているようだと。

イスラム圏の問題の原因を世界規模の中央ルール、西洋ルールとの不整合や
軋轢に見るか、中央不在に見るか。
イスラム帝国時代、オスマン帝国時代に中央が存在していたことから、不整合とは考えにくい。

政治による各種問題解決を考えると、中央というのは便利である。
情報が集まるし、議論もし易く、指示も通りやすい。

ではどうするか。
1. 中央を作る
2. 誰かに中央になってもらう
3. 中央以外のシステムを構築する

中央を作る。
巡礼という宗教行為がもたらす情報の流入を利用するなら、
メッカの近くに代表会議のようなものを作るのが良いと思われる。
が、メッカからあまり遠くないスーダンやイエメンがガタガタなのを見るに
かなりの巨大権威が必要そうに思える。

中央になってもらう。
問題情報の収集と分析、対処法の作成。
イスラエルのユダヤ人あたりに丸投げしたら喜んでやりそうな気がする。
なんてったってお墨付き、機能は充分期待できる。
対立構造が緩和していることが前提だが。

中央以外のシステム。
日本人でもばらまくか?
周知の通りそれなりに行儀が良く、社会システムの在るべき姿を肌で知っている。
居ればそれだけで一人一人が、それなりに問題解決の指標になるが、
ある程度平和であることが前提。

三つあわせると中央をメッカ近くに作り情報分析をユダヤ人に委託し、
各地の支部に日本人を配置するとなるが、今のところは無理そうな。
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アフガニスタンについて

2009-09-26 23:04:30 | Weblog
部族主義
タリバン政府
アルカイダ
無能の連鎖
何時まで続く

世界地図を、ぼーと眺めていた。
アラビア半島とか、インド洋とか、そのあたりをぼーと、眺めていた。
イスラム圏というとモロッコからエジプト、スーダン、中央アジアから南アジア、
マレーシア、インドネシア。 イスラム圏。
500年前のインド洋はイスラム海だったと。

このイスラム圏、政治的な中央が見当たらない。
とするとイスラム圏の拡大、政治的必要性や特定勢力による布教努力ではなく
単純に「良いもの」として広まったのかもしれない。 唐辛子やトマト、ジャガイモのように。

アフガニスタンは農業困難地域である。
外部から来る煌びやかな物を見せびらかされ、ヒリ出された不満人が財を得ようとする時、
農業の絶望性がその前に立ち塞がる。
選択肢はどうなるか。
略奪、麻薬生産、移民、出稼ぎ。

アフガニスタン人はどこに出稼ぎに行くか。
アフガニスタンの教育は立ち後れている。
宗教教育はあっても職業教育は、ほぼ無い。
よって出稼ぎは単純労働か、戦闘員に限られる。
イスラム国で傭兵を大募集しているところは無いなずなので、多くはアルカイダに流れるわけだ。

イスラム圏には政治中央が無い。
とりあえずそう仮定する。
政治中央が無いということは、情報が集まらない。
出稼ぎ人達が出稼ぎ先で抱える問題点が、教育という形で出身地に還流される構造が無い。
出稼ぎ先の問題点は個人個人が体験を口にする、という形でしか出身地に戻されない。
結果、様々な問題はメンツというバイアスがかかったまま固定化される。
移民という形態に到っては各種政治問題は、還流されないというだけに止まらず悪用される。
雇用者にとって労働者の立場の悪さは都合がいいわけだ。
つまり出稼ぎは単一圏内が望ましい。

アルカイダの一部はイスラム圏に政治中央を求めているのかも知れない。
手法は論外だが。

宗教の良し悪しを社会的に分けるとすると、
嫉妬を抑えるのが良い宗教、煽るのが悪い宗教ということになる。
私は創価学会を後者の典型例と見るわけで。
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マスクについて

2009-09-26 21:32:34 | Weblog
口覆う
布きれ一つ
隣人に
体調悪さ
撒かぬ気遣い

沖縄で農地に被害。
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik09/2009-09-26/2009092604_01_1.html
米軍によるものと疑われているとか。
まあ普通怒るわな。

外国人地方参政権法案を公明党が提出。
http://www3.nhk.or.jp/news/k10015722211000.html
意見が分かれている場合は頭のおかしい人たちの逆を選ぶというのも
一つの知恵かと。

南北離散家族の再会。
http://sankei.jp.msn.com/world/korea/090926/kor0909261853003-n1.htm
北の政府が南への移住を許す、とは書かれていない。
人質政策を維持したまま表面的な人道をアピール、と取るが。

マスクを付けると感染者数減少。
http://www.yomiuri.co.jp/feature/20090425-436828/news/20090924-OYT1T00663.htm

というわけで、マスクについて。
新旧限らずインフルエンザは感染者が口から飛沫をまき散らすことによって流行となります。
人口密度の増大や航空機による移動の増加がさらに状況を悪化させ
もうすぐ1シーズン複数感染が当たり前、という時代がやってくる。
強毒化も耐性ウイルスも抗体が無効化するマイナーチェンジも全て出現が感染量に比例する。
これに対する私の考えは単純で、一定期間全員にマスクを被せてしまえばいいと。

じゃあどうするか。
どうすれば人類の大多数を占めるバカ達に、マスクを被せることが出来るか。
お祭りにしてしまえばいい。
全世界で同時に、というか先進国の一部だけでもそれなりに効果があると思うが、
春と秋に一週間ずつマスク週間を作ればいい。
あとは適宜ワクチンを使っていけば抗ウィルス剤の寿命も延びる、
マスクの流通備蓄量も増える、経済活動が足を引っ張られることも減る、
なにより苦しむ人が減ると。
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