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アラフは扇動者、教育を知らない

「万人の閉塞感」人間向け説明

2022-06-14 14:02:27 | Weblog

IMEのツッカエとキーボードチャタリングが発生。 うんざりさせられる。

さて前回の話だが、思うに神懸ってて完全に神霊向けになってた気がする。 還俗したのでなんか書く。 その方がスムーズに進むだろうし。

「万人の閉塞感」理解の意義
田舎の閉塞感と若者の閉塞感は似通っており、同一性が高い。 後者については元来「若者とはそういうものだ」とされており、思想的にもそう扱われてきたが、「霊的には「そういうもの」という理解の仕方をしなくともよい」とする解を出したと。
それは「他人を通して得る既視感」であると。 「集合無意識上の既視感」「繰り返し感」である、としてもいい。 当人の見た回数以上にうんざり感が来るのが早い。 そういう現象があると。
状況次第で必然的に発生し、当事者がどうこうするのは困難であるとする事で、その扱いが放置するものから対処するものへと変化する。

「万人の閉塞感」に対処する意義は
子供が不良に育つ理由が減る。 田舎暮らしが楽になる。

社会的な対処法・田舎デパートの閉塞感
私が今回見たのは田舎の地元デパートが存続している箱ものに、大手チェーンが入ったものだったと。 内装は白基調の多目的商業スペースにおばさん向け商品が機能的に並べれらていたと。 おもちゃエリア、プレイエリアはあったが「子供が集まる場所」としてのそれではなく、親子連れの親が買い与える場所ないし子供をリリースする場所となっていたと。 たしか商業フロア三階建てで三階の一区画は物置、何も置かれていないデッドスペースと化していた。
一つ、なんか簡単すぎて馬鹿らしく感じる対処法だがフロアを黒基調にするだけでシックさ、スタイリッシュさが出る。 既視感は減る。 そして一部を「怪しげなものが売られている場」とする。 といってもドラッグとかそっち系である必要はなく、表記が外国語の輸入食品や雑貨とかで十分かと。
今は黒基調で効果が出るかもしれない、としたもので二十年後くらいには逆に機能性重視白基調の明るい方が「既視感が少ない」となる可能性も。

「万人の閉塞感」若者側の霊的正体
幾つかに分ける。
・唯一神が感じる同一繰り返し感
・集合無意識上の同一感、軽んじられえている感覚
・親子関係で文化共有があるがそれが裏表になっている
・輪廻転生のようなもので田舎暮らしをしていた、あるいは前世が都会人に憧れていた動物

社会的な対処方・若者側閉塞
文化的紐帯、テレパシー的なものだとすると、一端切れれば良いとなる。 旅行や寄宿舎生活、なんらかの環境の変化があれば問題が初期化されるとなる。  リフレッシュしたないし開けたと呼ばれたりする現象だわな。

「万人の閉塞感」の霊的状況はどのようなものだったか
モデルにすると、上に天があり、下に地があり、その間に「現実(ガラスの天井」があるような感じと。 上から見る現実と下から見る現実は似通っていたがその実異なる性質のものだった。 上には「地はそういうものなのだ」という理解しかなく、下には広く不満、抑圧感があったが「現実とはそういうもの」と理解され、どうすれば変わるかが判らなかった。

親子関係の裏表
前回挙げたのは「親は子を人生の繰り返しを経験するものとして喜ぶ」という話で、これにつき子は親の愛に無為に反発するとされてきたが、「もし親が子に繰り返しを感じるのなら同時に子は繰り返しを科されていると感じるのでは」としたと。
今回これを「天地関係にも共通している」とし、ガラスの天井に例えた。
若者の閉塞感は成長に伴う動物的で非合理なものではなく、実は病的で病因のあるものだとしたと。 これによって人口の無限拡大も3S政策も、近々には必須ではなくなった。

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「万人の閉塞感」を目にした

2022-06-12 20:00:20 | Weblog

田舎に住む事になった。

んで、駅前のイオンに行ってみた。 入って数秒で「ファッションへの希求」を理解した気がした。 何故若者が都会のネオンサインに群がろうとするのかを、みたいな。

先週だったか、天父へ罵詈雑言を浴びせかけてな、「お前は屑だ」「よってお前たちは馬鹿なのだ」と。 私の言う善は自然善であり全体善であるがお前らのそれは体制善でしかない、よって足止めを試み説かれて納得しまた体制善へつまり社会悪へと戻ってしまうのだと。

そして今日これである。

お分かりだろうか。

これは、唯一神の勝利である。

私が若者たちの閉塞感を発見し、分析する。 唯一神がこれに克つ。

 

前に、親として子育てをする喜びとはといった文章を読んだ。 曰く、人生の再体験なのだと。 自身の子に、自分が子供として成長する喜びがあるのだと。

これをひっくり返そう。 子は親の何だと。 若者が田舎の駅前に見るのは、親が見知った未来なのではと。 親が子の成長を繰り返すように、子は親の未来を繰り返す。 「親と同じ店並び」が子にとって「見知った未来」なのだと。

 

さてイオンの後にダイソー、なんとかマート、ゲオ、ツタヤなどに入った。 ダイソーには何かわからない活気があった。 マートは見知った、ゲオは二十年前は新しかった同じ匂い、ツタヤはとりあえず今があった。

この感覚はおそらく現在の精神状態でしか得られないものだったと思う。 明日は何か薄い、軽いものだろう。

イオンに行く前に久しぶりに聖書を開いた。 なんだかエノクの文章が変わってた気がする。

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ロスチャイルドの呪いとVampire Survivors

2022-06-03 14:47:23 | Weblog

「Vampire Survivorsライクなゲーム」みたいなのが出だした模様。
Vampire Survivorsとは体験版ならブラウザでプレイできる、2Dシューティングゲームである。 レトロなドット絵、おじさんたちには馴染みのある武器構成でそこそこの達成感と中毒性を味わえる、昨今の時間泥棒と呼ばれるゲームである。
これの中毒性を「パチンコに似ている」と評したコメントがあり、私はJRPGの達成感との共通性を見たと。 これがお題の一つで、後でネタをマージする。

ロスチャイルドの呪い。 現行人間社会は「ネイサンの逆売り」に呪われているとしたもの。
鶏が鳴きだした。 何故風呂に入るのを先延ばしにしアニメ視聴時間を削ってこの馬鹿共を巣食ってやらなきゃならないというのと、何故それを天使共が邪魔をするといううんざり感。
まあいい。
ネイサンの逆売りとは、ロンドン・ロスチャイルド家の祖ネイサン・ロスチャイルドが、ワーテルローの戦いの時に最初に英国債を売り、暴落してから買い戻し巨万の富を得たという話である。
1 西洋社会では金持ちも貧乏人もネイサンになりたがる
2 「自身がネイサンになる」にはワーテルローが必要
3 西洋人にワーテルローを用意する人間たちが重宝されるようになる具体的にはCIA

これがロスチャイルドの呪い。 「神の計画」の一端である。

ネタのマージ。
「JRPGを経験して育った人間たちにはロスチャイルドの呪いに耐性がある」とするもの。
元々はこの呪いの解き方を正攻法でするつもりだった。 呪いに適当なネーミングを与え、
また邪魔が発生した。
要は正攻法だとユダヤ叩きになるだろうというものだが、これはこれで防護措置を取ればいいとの事だが実際起こるだろうと。
Vampire Survivorsだが要は「チャリンチャリン」である。 「チャリリリリリリリ……」でもある。
所詮は「報酬感」であり、生きる術は悪徳に身を染めなくともある。

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