狸喰うモノ牛愛でるモノ

アラフは扇動者、教育を知らない

「コイツらが居る限りお前らはこちら側に来れないよ」 富野とSHIROBAKO

2022-05-28 13:42:51 | Weblog

アニメSHIROBAKOについて難癖付けたい点が二つほど浮かぶ。 一つは公道カーレース、カーチェイスの扱いで、もう一つが悪役の配置。
カーチェイスは前にも書いたが主人公サイドの他人を危険にさらす悪質行為だが、悪びれもせず大した罰も受けない。 これは制作会社の思想傾向でありアニメ業界の体質問題でもあるのだろう。 「改善されなかったありふれたクズ文化」といったところか。

もう一つ、悪役の配置だが、私は後半の悪役は女にするべきだったとしている。
作中のトラブルメーカー、悪役が男に寄っているが、これは制作テーマに「働く女」とやらが挙げられている以上わざとだろう。
制作側にちょっと酌量出来るかも点を挙げるなら最後の悪役を女にすると、あちこちで多く見られるステレオタイプをなぞる形になってしまう。 ならば仕方がなかったのかというとそんなわけない。 「黒人主役のドラマでトラブルメーカー大半が白人、黒幕も白人」みたいなものであり、ポリコレ的には許される、むしろ推奨されていたりするがそうした作品は黒人を悪意の側に落とすものだと。 ポリコレに参画しようとして歴史的被害者側を悪意に固定しようとする動き。 この作品の制作意図はそうしたものになっている。
「中心的トラブルメーカー二名を女にすれば良かったのでは」というのがあり、それだったら良心的でありかつ作品の傾向も他と被らず斬新さが出た可能性がある。 ただしそれをリアルなアニメ制作現場に見せるには苦労が生じただろう。
要するに安直に悪意に流れた。 ポリコレ嗜好がそうさせた。

Zガンダムあたりを念頭に富野由悠季作品を語るに、「作戦戦闘ではない」となる。
作戦戦闘を
1 立案、説明、戦闘目的の共有
2 作戦準備、目的共有下で各人状況変化へ対応
3 戦果を得る

とする。 これは実は、少年ジャンプの「友情・努力・勝利」の大人版である。
これを富野は
1 思いつき立案、権力による強制
2 反発、殴り統制、脱走や分裂騒動、なあなあで通る
3 主人公周辺に全滅級被害、グダグタ結末

こうなる。

アニメの歴史的に富野ファンらしき人間は多いが、パッと見評価されている戦闘シーンはモブ対モブあるいはモブ対主役級によるもの。 主役級同士には無駄に尺を取る愛憎会話劇がねじ込まれる。

こうした作品傾向と現実のパワハラ文化とに関連がないのならば問題視するようなものではない。 私には彼が、公私ともにパワハラ圏を広げようとしているように映る。

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「コイツらが居る限りお前らはこちら側に来れないよ」 北米ユダヤ編

2022-05-28 13:15:40 | Weblog
ビッグバン神論とかナチスドイツの教訓周辺とかの話が止まっててめんどくさい。

金融屋「ロシアとの戦争で一発儲けましょう。 ウクライナに武器じゃぶじゃぶさせるためにトレーダー共はネットで多数派工作しろ」
トレーダー「了解」「トランプ支持者は陰謀論者だー」

こういう状態が三か月続いている。 私の視点だとこの金融屋らが、ユダヤ人たちを地獄へと連れていく悪魔のような連中。 ユダヤ人はこの状況を「ユダヤ人の正義が実現した神の統治だ」などと思っているのだろう。
彼らの現状は「他人の殺し合いの継続を金儲けのために喜ぶ」だからな。 邪悪そのものだがBBC他は彼らをこそ支援している。
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「コイツらが居る限りお前らはこちら側に来れないよ」 黒人編

2022-05-28 13:08:51 | Weblog
[炎上中] SPY×FAMILYのアーニャが黒人化? 背景を語る🇺🇸
https://www.youtube.com/watch?v=FJvvcsH18RY

このYoutuberは数本見た限りどっちかっていうと善側で、アメリカ黒人ネタを中心に扱っている様子。
んでこの「アーニャ黒人化」なのだが。 背景は現在放送中のアニメ登場キャラを、アメリカ黒人のイラストレーターが黒人化させて描いて、黒人にはおそらく好評、黒人以外には「またポリコレか」と嫌われたというもの。
んでこのYoutuberの解説に、「アメリカ黒人はnerdを迫害しているからこうなった」とあったと。 んで「これ使えるじゃん」としたもので。

Nerd迫害系黒人の方がアメリカでは本流。 よって上記ネタをnerd迫害文化として取り上げれば、「次世代のアメリカ黒人の大半が」神の国の方へと進めるようになる。 これが「使えるじゃん」の意。

「黒人本流は黒人nerdを迫害する、それがアーニャ黒人化の背景」「これをテコに黒人本流の方を踏みつぶせ」が私の意思。 そしてポリコレ勢はこれと逆の事をする。 彼らは黒人本流の方を誉めそやす。 これまでそうした来た。 その結果、彼らは悪魔に囚われたかのような状態に留め置かれている、これが表題。
どうすべきかは簡単、こうした「問題が表面化したとされる事例」を挙げ続け、叩き続ければいい。 飲酒運転文化を曝し続ければ老害が減るみたいな事をアメリカ黒人に対して行う。
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団塊世代評価

2022-05-25 15:34:03 | Weblog
団塊世代を通して、祖父世代から孫世代への虐待が激減したと見る。 「核家族化が進んだだけでは?」と見る向きもあるだろう、そこにあった個々の判断は「家族を虐待常習者から逃がす」である。
他には
・環境問題
・飲酒運転追放

などが彼らの功績だろうとする。

彼らが「我々の善行だ」とするが私は悪行だとするもの。
・中国韓国への謝罪外交
・移民輸入政策
・ポリコレ型表現自由化

外交は、権力を持った悪党に媚びただけ、移民輸入は論外、表現自由化と称されるものは新興宗教の一種でしかなかったと。

かれらが「やった」と称するが、起きたのであって彼らが進めたのではないとするもの。
・男女平等化
・人種差別撤廃
・平和主義

平等化、いわゆる女性解放は家電製品の出現と情報通信の進歩によるものと見る。 「発信者の男女の区別がない」となると、人間関係に男女の差を意識する理由がなくなる。
人種差別だが彼らの世代では韓国人あたりを政治的に持ち上げるようにしていただけで、タイ人インド人あたりを見下す傾向は頻出していた。
平和主義。 戦後の平和は「たまたま」だな。 もちろん、勝ち馬に乗った外交判断を誇るならば無くはないが、ソ連中共への憧憬はその逆になっている。
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「クズは何故クズになったのか」を考える

2022-05-25 15:33:40 | Weblog
軽く考えた答えとしては「性淘汰は最大幸福に逆行する」である。

クズは、まともな人間との対比でクズとされる。 クズの特徴は
・ものを大事にしない
・人命軽視
・短絡的
・暴力的
・感情優先
・他人に敬意を持たない
・他人の不幸を喜ぶ

などであると。 対して人間は
・他人の幸福を喜ぶ

となる。 中間形態として
・身内の幸福のみ喜ぶ
・自分の健康のみ気にする

などがある。

クズはどうクズになったのか。 ありそうな答えを並べてみる。
1. 生まれついた性質
2. 人間とはそういう生き物
3. 親他周囲に大事にされてこなかったから
4. 悪い友人たちに影響された
5. 教育が人をクズにするものだった
6. 社会が悪であり社会からクズとされる方が正常
7. クズ・まともの定義は循環的であり一時的なもので、違って見えるのは表面だけ

まず1だが、同じ人間でも「正確が変わった」「まともになった」「クズになった」などがある。

2は同一遺伝子プールで変化がある。 日本社会の動物虐待を昭和と平成で比べると昭和の方が好まれる傾向があり、平成の方がより嫌われている。 これが永続的であり表面的なものではないかどうかは、youtubeの害獣駆除動画が好まれているかどうかなどに表れているだろうと見、また幼稚園児、小学生の虐待好き傾向、中学生から大学生の反社会行動嗜好が水面下が垣間見えたものだろうと考えられると。 青少年を含めた虐待恐喝窃盗の長期減少が「そういう生き物だ」ではない変化なのだと。

3の、大事にされてこなかったから。 これは個々人を指すもの。 スウェーデンだったかで行われている「人道的な刑務所」政策がこういうものの影響がある事を示唆していると。

4はと3と同傾向であり、個人の変化を指すものでもある。 3への反論でもあると。 親への従順さが無くなるとこういわれたりし、「最も影響が大きい」との調査結果も。

5の教育。 北朝鮮の教育がそういったものだと見られており、最近だとBLMが該当すると。 「人をクズにする教育」というものは存在する。 敵対化教育とでも言うべきもの。 私見だが、いわゆる戦後民主主義などと言われる、朝日新聞あたりが流布する「アメリカの保守派を敵視する教育」は、彼らが非難する「戦前の愛国教育」よりも悪質だとしている。

6クズの方が正常で社会が悪。 ここではクズの定義を「他人の不幸を喜ぶ人間」といったものだとしており、これは悪の定義に当てはまる。 もちろん、他者を餌にするのは生物学的に正常、というのはあるだろうが、種の進化は必ずしもそうなってはおらず、一個体の有利不利が種族のそれとは限らない。 また、人の意思は遺伝子の乗り物ではなく、常に同族で争うべくあるわけでもない。

7クズ側浮沈の循環性。 私見だと、実はこれは「沈」である、としている。 放っておくと人はチンパンジーのように争う種と化す。 そういう意味では人-チンパンジー社会の対比で「クズが増えた」「クズが減った」となる。

さてどうすれば社会からクズを無くす事が出来るかだが、冒頭の一文「性淘汰」である。 クズは環境的にクズ有利だからそうしており、また自身と身内を有利にすべく子をクズに育てている。 だが人間社会の性淘汰は文化に大きく拠っている。 「クズが性淘汰される社会文化」は実現可能であり、それを維持し続ければ個々人の選択的にも長期的には遺伝子プール的にもクズは減っていくだろう。
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社会問題解決を巡る唯一神・二元神対立

2022-05-17 12:17:50 | Weblog
唯一神の社会問題解決形態をメシアと置く。
全能者をバーチャル・リアリティ空間構築者とするとその空間内の諸問題調査にあたって取りうる手段の一つは、「中に入ってみる」である。 現世界側からすると入ってきたそれって「メシアなんじゃね?」ってなる。
毒親問題を解決すべき対象とする。 解決形態メシアをどう置くかだが、三通りあると。 毒親、毒親の子、部外者。 前二つはリスクが伴う。 毒親が当たり前になり毒親だらけの世界になってしまうものと、世界が全否定されるもの。 部外者立ち位置が穏当だが、問題探索にあたっては唯一神意識が有ったら何が問題なのか判らなくなり、無ければ無関係な部外者に終わる。 となるとそれに周囲が問題を押し付け続けなければならない、という作業が必要となると。

常態となったメシアからは「私が楽な状態が万人にあればいい」が答となる。 それを為していないのは管理者であり二元神論上のそれは二元神だとなる。 対する二元神からは「世界はこういうものなんだ俺たちはやる事やっている、サボっているのはメシアの方だ」となると。 根本的な対立軸はこんなもの。

最近メタトロンが小さくなった。 書こうとしたら待ったがかかった。 こんなもんでも懐かしく感じるのか。

生の苦しみ。 世界の始まりは唯一神の否定にある。 「これは私ではない」である。 生の苦しみとは否定されたものたちの苦しみであり捨てられた恨みであると。 ならば唯一神が悪なのかというと、私はそうとは捉えない。 「苦しまなきゃいいんじゃね?」となる。 単に生まれただけなのだと。
インディアンの知恵とかといわれる話に、「生まれた時周囲が笑っていてお前が泣いていた。 死ぬ時に逆に周囲が泣いていてお前が笑っているように生きろ」といったものがある。 そういうものなのだろうと。

生の喜びとは生の苦しみであると置く。 「他人にも生の喜びを与えよう」とする試みは正の苦しみを与え続けるものでもある。 私はこれを悪とする。 ある何かを勧めるまではいいが、断られてなおそれをする、断る機会を与えないようにするとなるとそれは苦しみだけを与える行為だと。 社会性に関する問題だが、二元神って良くなるのかね?
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