狸喰うモノ牛愛でるモノ

あー。 なんでこんな偉そうな事書いてるんだろうなー。

クリスマス・プリンの創り方

2011-12-25 14:29:24 | Weblog
まず普通は付いている緩衝材を撤去します。
必要だから付いているのだろうと思われるでしょうが
取り去らないと約束のモノにはなりません。
後は嫌悪する経験を練り込み熟成させる事を繰り返すだけです。
運用に差があるだけでテロリストの作り方と同じです。
基本的に人には運用できませんので御注意ください。

かつて冬至の祭りだった日が過ぎていく。
許す日、なのだそうな。
彼らがアフリカに居た時もそうだった。
インドに居た時もそうだった。
家を与えられるわけでもなく借金が棒引きにされるわけでもなく、
その時だけ許したふりをし過ぎればまた奪い合いが再開される。
正直の日と対になっている、そんな日。

ヒラニヤカシプ氏をマゼラン氏になぞらえる。
祝福された文明の偉人と蛮族の勇者。

駅伝をやっていた。
正月のそれのスタートランナーに黒人が出てくるのが目障りだ
とした老人の事を思い出した。
私も同じ感想を持たなくもない、と言うのも高校や大学が
アフリカ人のランナーを起用する理由は強ければ学校の名が
売れるからなわけで。
売名。
新年早々そんなものを見せられる事を苦痛とする人が
居たとしても不思議ではない。

テレビでアメリカの黒人差別の話をやっていた。
バスでミシシッピ州に乗り込むとかそんな話。
ロス暴動の時にいきなり黒人を射殺したアジア人店主を
思い出した。
当時の南部白人たちの反応の理由も、そのアジア人店主のそれと
同じだったのだろうか。
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信用できない人たち

2011-12-23 15:22:37 | Weblog
8月頃書こうとしていたテーマの一つにユーラシア型
父権主義といった感じのタイトルがあったのだが、
止められたと。
今書くとタイムリーなのだが書く気がしない。
たかが世相。

マルクス教徒など左翼を見るに、自分たちの理論、見解、
そういったものを証明するために社会があるかのように
振舞っていると。
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評価型の人というものは素性が悪い

2011-12-15 16:00:38 | Weblog
Q界をドラマ派と職人派とに分けて捉える。
ドラマ派のトップがいわゆるQ界のドン。
最近あったゴタゴタはドラマ派の内紛でそうなった理由は昨シーズン
ドラマ派が大きく動き箍が緩んだからではないかと見たり。

サイレンを鳴らして救急車が来たとする。
一般的な日本人は道を空ける。 これを当然とする。
これは急ぐ必要が有るのだという判断から鳴らされているサイレンに
対しその必要性故に道を空けているのであって救急車が偉いから道を
空けているのではない。 救急は極端な例だ。 だがこうした優先の
判断は日常のあちこちにある。 この時評価型の人はこう見る。
その人が偉いから優先されているのだと。
子供に対し大人がタバコを吸う、偉い人だから許される、だからタバコを
吸うのが偉い人なのだという評価。

沖縄報道を評価型人間の世界に当てはめて見る。
かつてはマルクス教、今日のそこにはリベラル教の原理に則っている
かどうかという基準があり、その原則に沿っていれば偉く反していれば
悪の側だという評価が為されると。 報道姿勢が反米、反権力なら正義
といった類のもの。 そうした姿勢が彼らの身内の不品行を隠蔽して
いるのだとしても問題視はされない。 事実は伝わらない。 でも報道
姿勢としては正しいとされる。 ジャーナリズムとはそういうものなのか。
私の目にはそう映る。

「偉いジャーナリズム」その周辺に対する干渉が暴対法、反応が椿事件。
20年前の日本はそういう社会だった。 20年経って変わったのかどうか。
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米軍に対する不満と米軍の不信

2011-12-07 14:38:28 | Weblog
沖縄問題が荒れている、らしい。
年中行事なんじゃないかという気もするが。

金回りの良い人間がモテると。
米兵が一番良く、二番目が米軍基地出入りの業者。
一般の沖縄人が三番目でそれが不満となると。
これが格差。 食えているかどうかとは関係が無い。
現在の状況のまま米軍基地周辺の問題を解決したいのなら
基地の領域を大きく取って壁を作ってそれ以外とを完全に
隔離してしまえばいい。 酒も売春婦もアメリカ人が
アメリカ本国から持ってきてしまえば地域の治安を乱す
ような事にはならないし、法律もアメリカ本国の物を
適用する事に対する問題は発生し得ない。
完全隔離の租界、そういう対処法。
そうすると基幹産業を失った沖縄は完全な貧乏県となり
今度は本土との格差が問題になるのだろうけれど。

ぱっと見在日米軍関係者は沖縄人を信用していない。
沖縄の政治関係者を信用していないし新聞記者も同様、
だから東京経由でしか交渉が成立しない。
そうなのだと仮定し話を進める。
何故そうなったのか。
沖縄の刑務所の話にそれを見る。
沖縄は完全に身内社会なのだそうな、それで刑務官と
受刑者とが仲が良いらしい。 更生施設としてどうなのか
と首を傾げる所だがまあそれで社会が機能しているのなら
それでいい。 むしろ良いのかもしれない、狭くは。
そうした傾向を沖縄のマスコミに当てはめるとこうなる。
沖縄人にとっては沖縄の新聞が沖縄人の不適切な行動を
指摘するのは許しがたい行為だという事になると。
沖縄人が事故を起こした。 米兵が事故を起こした。
どっちを書くか。 前者を書く事が許されないのなら
当然後者を書く事になる。
沖縄の新聞が米兵の事件のみを大きく扱う理由の一つが
これであり、本土の新聞が沖縄で売れない理由もまた
これなのではないかといぶかしむ次第。
これを裁判に当てはめるとどうなるか。
米兵と沖縄人とがけんかをした。
沖縄で裁かれるのは米兵だけだとなる。
一事が万事そうなのかは知らない。
だが刑務所はそうなっていて、マスコミもそうなっている
ように見えると。
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不信と安全と所有権

2011-12-07 14:12:35 | Weblog
NHKのキャスターが外国の政治家に笑われていた。
私なら笑うだろうというものがそう見えただけで正確には
窘められていた、と言うべき所なのかもしれない。
具体的には「何故国民を変えないのか」と問うキャスター
に対しその政治家は「平時には政治家は奉仕者だ」と
答えたと。
これを踏まえて私ならどう問うだろうかと考えた。
「国民の大半が平和を望んでいるのに対しそれを実現する
上での様々な阻害要因、相互不信の素が国民の中にある。
あなた方の国民は相手方の人民に信用されていない。
それに対しあなた方政治家たちはこれまでどのような
工夫をしてきたのか」とか。
あなた方は原則に従っていない、じゃあ大学のお坊ちゃん
お嬢ちゃんだ。 そういう人を出してきたのなら出して
きた会社なり組織なりに怒る。 原則はどうあれ何をして
きたのかを問うべきだろうと思うのだがこれで笑われる
のなら私もNHKと大差という事になる。

さてじゃあ何が不信の原因か。
何年か前に私が見たものの一つは地図だな。
土曜日の日没後に売られていたTシャツだったかに描かれて
いたそれは明らかに「相手側が無い」ものだった。
国境線を明確にしないのは外交上の戦略の一つなのかも
しれないが現状機能していないんじゃないのかと。
取引相手の取り分の無い見積書が出回るのが商談なのかね?
もう一方、相手側に有る不信の理由を考えよう。
これは統治能力だろう、具体的には所有権の保障が一つ。
先進国と後進国の差がこれ。 土地を買ってもマフィア
だかなんだか地元の有力者がノーと言うとひっくり返る。
一般には中央や宗教権威が調停に入るものだとしても
異邦人や異教徒特に敵対的な地位のそれだとそれも
期待出来ないと。 先進国例えば日本では悪質勢力の
それもちゃんと保障されている、その証拠にパチンコ
問題はなかなか解決しないしオウム真理教もテロ実行の
直前までは規制対象とならなかった。
我々の番だとか言っている連中ってのはそうした違いが
知覚出来ていない馬鹿なんだな。

A国が統治していた地域からB、Cという独立国として
承認される事を目指す勢力が出たと。 その結果、
A国によって保たれていたB、C所属者それぞれの所有権は
一旦ご破算になった、元々厳密には決まっていなかった
部分も多かったのだろうけれど。
具体的にはB領域のうちのB所属者とC領域のうちのC所属者が
所有する物が正当な所有とされB中のC、C中のBは不当に
得たものとされたと。 では現状及び将来のB中のC、C中の
Bは保障されているのかされ続けるのか。
前者については多くがYES、後者は現在の延長線上では
近い将来多くがNOとなるだろうと。
先進国基準では前者に統治能力があり後者にはそれが無い
となる。
家を追われたら住む所が無い。
そうなりかねない相手を不信に思うのは当然だろうそして
そうした相手は不満が有れば攻撃の対象となると。
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