狸喰うモノ牛愛でるモノ

アラフは扇動者、教育を知らない

邪神の理と残念なアガペー

2013-05-20 14:24:07 | Weblog
最近「川原にエロ本が落ちている」というネタの裏にある社会状況に合点が
いった。 抜くための場所に困った男がそういう人目につかない地形を利用して
いてそのなかに捨てていく人が居るんだな。 多分。 さて前々回だったか、
オナホールと書いたが私はオナホール派ではない。 そういった小道具が有った
方が教育はし易いだろうと思っての事、ようは一発抜いて落ち着ける社会的状況
が用意出来るのならそれで良しと。

さて今回は神学論。 タイトルはなにやらライトノベルのようになった。
遊び心はあるがまったくふざけてやっているというわけでもなく。

さて現代は終末である。 世界のあちこちでどっかんどっかんなっていて、これが
聖書に載ってる終末に似ていると。 似ているからと言って終末とは限らないん
じゃねという反論はもっともで、当然どう似ていて偶然一致する確立はどの程度か
を検討してみて初めて「終末くさい」と言えると。 で、実際検討してみると終末
っぽい、となる。

現代はどうやら終末の模様。 終末臭がぷんぷん匂う。
じゃあ次はどうして似てきたのかというのが検討課題になると。 んでそれを検討
してみると実現手段がぶっ飛んでいる、といった結論が出てきたと。 地政学条件
を弄れるくらいじゃないと似せる事は不可能だ。 んな事出来るの神様くらいな
ものなわけで、じゃあ神様っているんだ、となる。 いやまあ検討するよりも前
からそう思ってはいたんだったりはするが。

さて、神様は居る。 じゃあ諸現象はなんでそうなっているの、といった疑問が
湧く。 いろいろと状況を見て仮説構築をしていく事になる。

世界は神様を中心とする霊の流れで出来ていると。 極論すると神様以外には何も
無い。 霊ってなにかだがこれは神様の意思で、神様自身であると同時に神様から
見て神様以外とする事も出来る、そんなもの。 ここまでは一般的(?)な唯神論に
おける霊の説明のはず。 神様が何もせずに居ると霊の流れ、まあ世界そのものだ、
は等方的なのだが、神様が位置を変えるとこれが違ってくると。 過去に発された
霊と現在の神様とのつながり、関係があいまいなものになってくる。 この霊が
渦状になると自己確認的、自己完結的になってきて、これが人の意思のようなもの
だとするのがここでの仮説。
回帰型の霊の流れが人の意思なら人が大勢集まってもその外側に回帰型の霊の流れ
が出来たりするんじゃね?ってのがここで旧神と仮説立てするモノ。 人の社会に
見る人ではないのに人のような、あるいは獣のようだと言われる意思。 法人とか
宗教団体とか、外部から見てその集団に一個の意思が有るかのように見えるもの。
こうしたもののうち、内部がちょっとした地獄のようで脱出が困難っぽいものを
邪神としていると。 まあ抽象的な概念なんだな。

さて現代は終末である。 人の意思は霊の渦である。 ここで終末の実現手段に
天使のようなものが有るのでは、と見ていると。 なんだかよく判らないけど人に
取り憑く強迫観念のようなものだったりする。 んで過去に遡って検討するに、
どうやら私も実現手段の一つらしい、といった結論を持っている。 これについて
は外部からの検討があってしかるべきかもしれないが、ネットでそれをするのには
色々と無理があると思うのでスルーして先に進むと。

時々怒ったりしながらネットにモラル化を書いているんだな。 
「天使たちが居る」と仮定するに、これを止められる事が多々あると。 私がここ
で、昔は2ちゃんねるなどでしていたこういった物書き活動が、必ずしも優先順位
第一位になっていないと感じていると。 んでそうなる理由はなんだろなーと考え
ると。 考えず怒る事の方が多い気もするが、まあ考えると。

教会を見る。 あれが天使たちの居場所である。 教会を中心とする彼らのして
いる事は啓蒙化であってモラル化ではない。 従属化であると見る。 どういう
わけだか彼らはそんな事をしていて、そんな彼らにもそれなりの優先度が振られて
いる。 そう見ている。 モラル化の観点から特におかしいと感じる部分が男女
関係のそれ。 人類が皆モラル化した結果子供が生まれてこなくなった、少子化が
進行する状況となったとする、私はこれを最上の結果の一つとしているのに対し、
彼らはそうなってはいない。

人の生殖活動とはどのようなものか。 男と女が居て新しく男だか女だかが出来る。
そういうものと。 霊流論に当てはめるとオス型の渦とメス型の渦が相互作用し
新しい別の渦が出来ると。 新しい渦の素は何か。 霊流である。 天使たちは
霊流から人が出来るプロセスを維持しようとしている、となる。
人が多く生まれるのはどのような場所か。 一例として、スラムなどだろう。
邪神支配域である。 邪神支配域でより多くの人が生まれる。

人は霊の渦である。 小さい渦。 邪神も霊の渦である。 大きい渦。
天使たちは邪神が人化されるプロセスを維持しようとしていて必ずしも今現在、人
として在る人間たちのモラル化を進めてはいない。 そして神様も彼らにそれなり
の優先度を与えていると。

人が人の地獄を無くす優先度は決して高くは無い、むしろ低い。
これが残念な話。
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1 コメント

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Unknown (Heart)
2013-05-20 16:10:49
好きな「邪神の理と残念なアガペー」

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