狸喰うモノ牛愛でるモノ

あー。 なんでこんな偉そうな事書いてるんだろうなー。

冤罪問題を痴漢問題周辺事情で考える

2017-11-27 01:36:51 | Weblog
「疑わしきは罰せず」は法の基本である。 と同時にこれ、文明社会と野蛮、未開、暗黒社会との境界線でもある。 正確には、「疑わしいから罰しよう」が未開であり「気に入らないから罰する」が暗黒。 「k暗黒社会」とも言う。
「冤罪」として日本で多く話されているものが戦争犯罪問題と痴漢問題で、最近だとこれに森友・加計問題が加わる。 現状を順に説明しよう、戦争犯罪問題は第二次世界大戦戦後処理で、資本主義国家アメリカ、帝国主義国家イギリス、フランス、全体主義国家ドイツ、共産主義国家ソ連、ラテン国家イタリアと神国日本で「「日独が巨悪だったという事にしよう」という取り決めが為され、戦時中の犯罪行為に関する裁判と並行して適当に、雰囲気作りのための犯罪者役が見繕われたのが始まり。 その後の中国共産党、台湾国民党のプロパガンダ合戦で大量捏造された証言・証拠写真などが未だに「真実だ」とされていると。 一例として、バターン死の行進。 敗残アメリカ兵が日本兵と一緒に歩いて移動しただけ、アメリカ兵をけ飛ばす日本兵も居たらしい、なのだが空前の人道問題だと吹聴して回った牧師が居たとか。 フィリピン人がアメリカ人にやられている時はだんまりだったのにな。 その牧師って悪魔なんじゃないかと思わなくもない。 だって大量のアメリカ人を地獄に引きずって行っている。
痴漢問題。 満員電車などで女が「痴漢だ」って言うとそのまま証拠無しに犯罪者にされてしまうらしい。 金目当てにそれをしたとみられるケースが複数ある模様。
森友・加計。 マスコミ業界が安倍氏に対して犯罪の捏造をしている問題だわな。 業界団体、利権集団と怪しげな業者がやっている綱引きが安倍氏の所為だという事になっていると。 例えるならある店の店員に友人が居て、その友人が店の近所で詐欺をしたのが何故かその店の店長が指示した事になってしまっていると。

さて痴漢冤罪周辺事情。 この問題をぶち上げるにあたって「実際に痴漢ってどのくらいいるんだろうか」と考えた。 で、列車の「乗車率」なるものを調べてみた。 なんでも100%とか200%とかあるらしい。 100%の定義はなにやら、「座席とつり革が全部埋まっていてあぶれている人も居ない」状態らしい。 山手線とかその辺の一般的な客車だと、150人前後。
片側にドアが4つあり、ドア間に座れる数が7人。 両端が3人ずつなので片側が 3 + 7 + 7 + 7 + 3 で27人、両側で54人座れる。これの約3倍が定員となっている模様。 客車を輪切りにすると

 席 立 立 立 立 席

となっていると。 実際には立っている乗客の多くはドア近辺のスペースに居る事が多いので、席の間に立っている人の数は2~3人か。 横並びで肩が触れ合うレベルで100%と。 これが150%、180%、200%とかになるらしく、200%だと完全なすし詰めで身動きが取れず、人が斜めになっていたりする状態との事。
うん。 これ人権侵害だね。 女の登用とか朝鮮学校への資金提供とか投票用紙の価値だとか下らない事やってないでこっち先に解決しろよ。 乗車率、140%くらいか?に応じた乗車制限と、150%超あたりか?での駅への入構規制の法整備。 通勤路線の複数線化と都内巨大団地建築とか。 官公庁も移転してしまえ別に千葉や北関東でいいだろ。

多少状況が判ってきた気がする。 150人の150%で人数は、225人。 うち男が6割だと135人、8割だと180人。 現在の日本で男の喫煙率が4割を切っているが内迷惑を好みあえて選ぶ人間が半数とすると2割。 犯罪嗜好の種類やリスク計算を勘案するとして仮に1%が痴漢常習犯だったとしようすると一車両につき1人か2人が痴漢、という事になる。 女の側からすると2割で45人、4割で90人になるがこの人数に対して1,2人の常習者の被害を被る事となると。 女の側だと「私も被害に遭った」という人が多数になるかもしれないが男からすると男の99%は恐怖政治下にいる一般人だ、まあ別の場所で別の犯罪行為をしている人も居るのだろうが。

フェミ司法に散見する復讐じみた論理。 「男が悪い、だから自分たちが男を罰する」とったものが、数少なくなさそうな法曹関係者によって社会に広く適用されると。 正直、頭おかしいんじゃないかとしか思えないが、当人たちはそう思っていないらしい。 まあフェミに限った話ではなく、マナー系全般に見られるが。
社会にルールが二つある。 二種類の矛盾する秩序が人々に押し付けられていて、各人適宜、あっちいったりこっちいったりする。 それは、「性的アプローチは男がしなくてはならない」というものと、「性的アプローチこれを禁止する」というもの。 後者、本来法秩序はこちら側のはずだろう、に統一するのならそれはそれで、やり様がありそうな気もするが。 前者? マスコミが「リベラル」とかと呼んでいるよ。

ああ、パターンが見えてきた。
「何やら恨み言がある」が発端で、その補償に「加害者も無関係な人も同様に自分たちにひれ伏さなければならない」という心理が働くと。 そしてその手段として「気に入らない人、目に付いた人でいい、見せしめに血祭りにしよう」となる。 これが朝日新聞やフェミ司法の行動原理。 私怨に社会正義を被せた結果が合法無差別加害行為なんだな。 「合法なんだからいいじゃん」「自分はそうした事が出来る地位を得る為に刻苦勉励してきたのだから」と。
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相撲協会問題・悪魔の報酬「かわいがり」

2017-11-24 00:57:51 | Weblog
相撲界の暴力事件問題が何故か貴乃花氏(元・貴花田、二代目貴乃花、だったはず)を責める事態となっている。
大雑把に
・貴乃花氏が被害者の側に立った
・相撲協会が加害者を擁護
・貴乃花氏が「内部統制に反する行動を取った」故に罰されるべきだという論が主流化しつつある

おもしろいのはジャーナリストと称する連中が相撲協会の側になびいちゃっている点だな。 まさに金と権力。

「悪魔に魂を売り渡した報酬」として一般に想起されるものが、まず富だろう。 金銭。 財産。 同レベルにポピュラーなのが社会的地位だろう。 次いで、女(契約者が女あるいは男の同性愛者ならば男)がくる。
ここでだ。 もし悪魔に「誰かに制裁するのは人気があるか?」と聞いたらどういった答えが返ってくるだろうか。 私は「地位財産と同レベルに人気だ」なのではないかと思う。 「かわいがり」である。

「かわいがり」には何通りか意味があって、
・幼児や小動物と遊ぶ

が一般の使用法だが角界では
・先輩が後輩の稽古をする
・暴行事件の隠喩

があると。
内部統制。 角界の内部統制がどうなっているかを部外者が適当に書くに、偉い人が後進に「制裁権」を配っている、となる。 「ここまでならオーケー」といった許認可を、偉い人が、相手に応じて与える。 これが角界のヒエラルキーとなっていてこれが無いと組織構造が維持できなくなるといった危機感がある。 私はこれを悪魔との取引になぞらえているわけだ。
話を広げるとこれ、人類共通のテーマなんだな。 ヒエラルキー構造、内部統制を持つ組織ではだいたいこういう面がある。 無かったら不思議なくらい。 余談だが日本では「日本社会の陰湿さ」とか言い出す人が少なからず居るが、そいつクズだから。 人類共通の欲求でそいつにも当てはまるのから逃げてるだけ。 やってて、自覚があって、他人のせいにして自分は正しいんだってポジションしているの。 人類共通のテーマだって少し考えりゃ判る。 考えていない。 その気がない。

内部統制な。 で、貴花田の貴乃花氏。 彼はエリートなのね。 この件に関しては彼は、他の件は知らん、悪魔に魂を売る立場には無かった。 そんな事しなくても発言機会はあっただろうし、何かしらかを実現する実力もあった。 さてこれズルいのか、という話でな。 悪魔に魂を売る機会が無かった、これこういう立場にある人を「ズルい」と言う人と言わない人とが居ると。 後者は何かっていうと、売らないのが当たり前の人ね。 自身の汚い部分で報いを受ける事が無い、というか少ない、そういう事を不当だとは思わないよって、そうならない人を「ズルい」とはしない。 直感的に。 前者は自身の汚い行いの所為で足を引っ張られる事がなさそうに見えるのを自身と比べて「ズルい」って言うと。

人類共通ならお前はどうなんだ、と。
うん。 先日WoTで8キル達成。 Tier4戦車だったんでラドリー・ウォルターズ勲章は無かったが、疲れた。
要するに。 他人を下すの楽しいってのはあるんだわな。 ただ、コンピュータ相手の方が気楽でいいってのもあると。
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宣伝広告の適正量

2017-11-23 08:58:08 | Weblog
本題と趣旨が少し異なるが。 競技場などの看板広告に、デジタル処理で別広告を被せるヤツ。 あれ禁止した方が良いと思う。 理由は察しろ。 いや、少しくらい書くか。 テーマがスポーツであろうが放送内容を「ニュース」と銘打っている以上改竄は。 「エンターテインメント」ならいいのかというと、一応、良い、が答えだがそれも「この映像は以下の箇所が改竄されています」といったテロップを、15分置きくらいが妥当か、に流すならば、といった法整備があってしかるべきかと。
この法整備、同意する人は多いと思う。 じゃあ進むかな?というと進まないだろうな、と思うわけで。

宣伝広告の適正量。
日本人だと「コーヒーのCM」あたりが解りやすいと思う。 A社が、新製品、a1の広告を打った。 それを見てa1を購入する人はどういった行動を取るか。 普段買っているA社のa0ないしB社のbの購入をその時止め、代わりにa1を購入する、大半がこうだろうと思われる。 購入者の一日の摂取水分量が変わらないものとしてパターン分けしてみよう。 a1を購入するにあたって
1. A社のa0を止める
2. B社のbを止める
3. コーヒー以外(ジュース、お茶など)の購入を止める
4. 水(水道水など非購入)を止める

A社が広告を打つ際に期待するのはもっぱらライバル社商品からの移行、2のパターン。 GDP成長のようなものが見込めるのはa1がより高価な品である場合か、3、4のパターン。

宣伝広告を見て消費者が商品を購入、使用してみる行為全般で、消費者にとってプラスだろうと思われるのは
・従来品に対する不満が解消された、あるいは広告商品の方がより好みに合った場合
・その商品カテゴリー自体を知らなかった、あるいは広告によってより良い使用法や注意点を知った場合
・宣伝広告自体が面白い場合
・多数の人が同一行動を取る事によるお祭り騒ぎ、新商品新パッケージが醸し出すその場の雰囲気

この四つだろう。 上から順に、効用、告知、娯楽性、集団化といったところか。 今日の宣伝広告一般、テレビを小一時間点けっ放しでも定期刊行物の広告欄でも、を見て私がはっきり「この状況でプラスだろう」と思えるのは、娯楽性のみ。 告知は無いか脇に追いやられ気味であり、効用の部分は同社従来品の手抜き化少量化低品質化とセットである事が多く、集団化は「迷惑じゃね?」「他で良くね?」と思わざるをえないと。
この、「B社から同レベルA社の商品へ移動した」「単体で娯楽として成立している広告は少数、広告自体がシツコイ」「実は目新しさの気分だけ」な現状、広告の適正量ってどのくらい?といった問いの答えはどうなるか。 費用が開発を圧迫しない・押し付けが告知情報を阻害しない程度、が目安なのだろうか。
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旭鷲山騒動(誤) → 日馬富士騒動(正)

2017-11-21 11:24:24 | Weblog
前回、前々回の。
騒動の中心力士を間違ってました。
旭鷲山氏はどうやら仲裁に動いた勢力の一つ、らしい。
ごめんなさい。

一応調べた、というか適当に単語で検索して流して見て真面目に読まなかった結果。
事件の推移にうんざりしていたというのがあるが、やる事が適当過ぎた。
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旭鷲山騒動、社会倫理の集団別適用は妥当か

2017-11-21 03:09:41 | Weblog
元々落語家は楽太郎氏の不倫騒動をネタに書こうと思っていたテーマである。 「芸の肥やし」って考え方だな。 で今回角界は旭鷲山騒動が起きた。
倫理の別適用。 結論を書くと、「否」である。

楽太郎氏、今はn代目円楽なのかな?の騒動、見事だと称賛されていた。 「自分は悪い事をしたんだ」という事を表し、世間に許しを請う位置に立ちつつ軽妙なトークを挟む。 落語界の腹黒と呼ばれ続けてきただけの事はある。 ある意味あれで良い、という判断は可能だ。 不倫の結果としてひり出される子供には保護措置が取られ、世間一般に不倫が推奨されるような事態にはならなかった、詳細は不明だが。 悪い事をした、悪い事をした人物が明示された、善後策が採られた。 これでいいと。 だが背後の問題はある。 不倫が許される、ある種推奨される業界がある、というもの。

旭鷲山騒動。 旭鷲山氏が、後輩なのかな?に対する暴力事件を起こした。 これに「角界内部で処理されるべき」とする動きと「暴力事件として処理されるべき」とする動きとがあり、前者が後者を罰しようとしていると。 ネットの意見はもっぱら後者が主流だが、前者の論理に誘導しようとする書き込みが多数見受けられる。 目障りだ。 単に目障りだから悪いわけではなく、過去の「民主党応援団」などと同種の扇動部隊だろう彼らは社会を腐らせる。

「芸能界は無責任人種の場であり所属者の不倫は許容される」「角界は暴力人種の集まりであり暴力事件は内々で処理される」といったもの。 これを倫理の集団別適用とした。 これはまずいんだな。 普通に考えてカースト化するだろうと予想されるし、状況が進行すれば社会に人を奴隷兵隊にする集団、人を殺してよい領域が出現する。 やりたがる人間は多数いるだろう。 彼らが「応援団」なのかもしれない。

さて、倫理の集団別状況。 現在の社会にもある。 一般に軍隊がそうだと言われているし、医療関係、畜産業界なんかがそうだな。 これがどう維持されているかだが、「権威立て」みたいので処理されていると。 具体的に書くと「自分たちは特別な役割を果たしている、だから世間では禁止されている○○をしても許される」「崇高な使命なのだ」といった。 今日こうした権威病筆頭に挙げられるのがジャーナリスト業界だわな、「業界のため」で嘘を吐き続ける。 同じ事が弁護士業界に外交業界にと起こっている。

「社会は倫理が別の部分があり成り立っている、それをどうする」と問われたとしよう、どうしよう。
問題自体は簡単で、一般人と同じにしないとそこから社会が腐る。 じゃあ同じにすればいい。 軍隊と国民皆兵制が解りやすいだろうな、「こういう場合は君も彼らと同じように行動する」とする。 戦争で軍人だけが人を殺すわけではなく、また軍人だから許されるわけでもないと。 畜産業界ならば義務教育に家畜の解体を組み込む。 法曹外交報道も入れ替えを促進しないと駄目だわな。 暴力人種その他反社会性性向者の処理を一業界に委任しっぱなしにしない。 状況の明示、認識の統一。
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「食べるための殺生は許される」は真か

2017-11-21 01:50:43 | Weblog
セム教、反セム教。 鬱陶しい。
やる事やっていない。 「権勢維持のための嘘は許される」になってしまっている。

ネットのとあるスレッド紹介で、西洋型動物愛護論とでも言ったものか、可哀想論を提案するような絵が並んでいるものがあって最後に「みんな誰かの食べ物だ」といった絵があり、その最後の絵がもっともだと同意を得ていた。

現在の日本、旭鷲山氏の暴力事件ニュースで賑わっている。 事は自明なはずなのだが目障りな。 追って書く、つもり。

さて「食べるための殺生は許されるか」という問題が、本題。 これ自然界由来のルールだがそこでのそれは、「生物は生きるための殺生を繰り返している」というもの。 許されるとか許されないとかといった概念は無い。

「食べるための殺生は許されている」の対偶が、「食べるためではない殺生は許されていない」であるが、これは自然界のルールではない。 身近な例だとネコが、野生でもサルやクジラの類が「遊びで殺している」かのような行動が有名だな。 共食い、子殺しについても同様。
現状は宗教を中心に各種「殺生の禁」があり、その例外として食べ物の取り扱いがある、といった処。

自然界も含めて考えよう、「食べるための殺生は許される」というものは妥当なのか。 土の上を歩けば土中の虫が圧されウンコをすれば大腸菌が放逐される。 殺さず生きている生物はほぼ無く、そういう意味では目に付く範囲ほぼすべての生物が「殺して生きる」ルール下に生きている。 同意状態にある、と言える。 「みんなやっているから許される」ではなく、「実はみんなそのルールを了解している」だな。 サッカーのルールブックを渡され一応読み、ユニフォームを着れば同意したと看做されるそういう状態。 ボクシングの方がそれっぽいか?

生きるために殺生をする、これは全生物、極端に孤立した生態系でもない限り、が了解下にある。 やっていなきゃ今頃生きてはいない。 バクテリアは餌を奪い合い、より高等な(と人間が称する)生き物はバクテリアに喰われないよう殺している。 じゃあ不殺生ってなんだって言うと、人間のルールである。

不殺生を巡る立ち位置はいくつかに分けられる。
1. 殺生を禁じない
2. 有力者庇護下の生物につき殺生を禁とする
3. 生存に関する事のみ殺生を可とする
4. あらゆる殺生を禁止する

下に行くほど過激で上が緩いが、1と4は社会が崩壊するだろうな。 宗教界の共通概念に近いのは3である。 私が頻繁に西洋倫理を馬鹿にするのは彼らがやっている事がたいがい2に帰結するから。
さて人間界に殺生を、部分的に禁止するルールがある理由は無いと社会が崩壊するから。 一方で、少なくない人間がこれを強制された、理不尽なルールだと感じている。 だったら自分が強制する側に回ればいいじゃないか、というのもその帰結。
この「食以外の積極的な殺生を禁止する」あるいは「遊びの殺生に対し罰を与える」といった社会ルール、個々に同意を得ていないものなのだろうか。 私は違うとする。 根拠として
・子供の保護
・畜肉食、農産物食
・貨幣経済

の三つを挙げる。
まず「子供の保護」だが遊びの殺生の対象、その第一の標的は、一般に子供である。 周りの大人たちが遊びで殺す人間だったらお前は死んでいた、というのがそれ。
畜肉食。 社会に「むやみに殺さない」というルールがあって初めて成立する。
貨幣経済。 信用取引である。 社会にルールを強制する集団があり、善人も悪人もこれを前提に、金銭欲に生きている。
良くも悪くも悪人たちが搦めとられているんだな。 私はそれを「見事だな」と感心するのだが宗教界は違っていたりする。
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政策論と権力均衡論

2017-11-11 10:03:26 | Weblog
政策論による政治選択が突き詰められていくと小さな政府に収束する、といったら不思議に思われるだろうか。 有権者が政策で政党を選ぶ場合政治家の行使する政治権力は、効率的な政策の実現のみに用いられるべし、といったコンセンサスの下容認されるようになる。 逸脱した場合はクビである。 その逆が、権力均衡論。
犯罪対策で考えてみよう政策論だと、如何に犯罪行為を撲滅するか、の目的実現に最も効果的な、効率的な方法は何かで政治家、政府が選ばれるようになる。 これが困る人、犯罪行為から利益を得ている人たち、なんだかんだで他人の不幸を楽しんでいる人たちがその逆へと走る。
効率である。 全員が目的を共有し手段を十分理解している場合、指導者は必要ない。 政策論のみによって政府が選ばれるようになった社会で最終的に政治家に求められる事は、政府の縮小破棄である。 必要ない、ならば無くす。 これも政策。
権力均衡論で話す人たちとは「何のための政治か」ではなく、権力行使に注目し続けてきた人たちである。 彼らにとってのそれは、いずれ自分が行使するためのものであり、よって人々を政策論から離れさせようとする。 何故なら政策論のみだと権力の行使者に、その私的利用の自由は無いから。
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シェムハザのヨセフ

2017-11-07 20:00:41 | Weblog
示唆者:レア氏
主導者:シメオン氏
共犯者:レビ氏
共犯者:ユダ氏
殺害者:ベニヤミン氏

こうなる、という話とそこから起こった周辺事情。

事件が起こる前の状態として、ヤコブ氏の共同体で「ルベンの子ヨセフ」という風聞があったと。 これがどう作用するかというと、ヤコブ氏の後ルベン氏、ルベン氏の後ヨセフ氏が家督を継ぐ可能性がある、といった話になってくる。 これはヤコブ共同体内の女たちや使用人たちの不安となっていた、なんせそうなったら兄弟はバラバラ、トップは周辺の部族から「不義の子」と嘲られ侮られる。 外部に対する自分たちの地位も当然低くなる。 商売が立ち行かない、最悪攻め滅ぼされるそんな未来が想定されると。
ヨセフ氏の扱いを巡って二派に分かれていた。 ヤコブ・ルベン派はヨセフ氏を寵愛する。 レア・シメオン派は排除しようとする。 使用人たちは将来の不安、地位欲保身欲から後者の側に傾いていた。
でだ。 レア氏から見るともう一人邪魔者が居る。 ベニヤミン氏である。 ベニヤミン氏抜きで殺害チームを組んだとしよう、事後自分たちが疑われる。 ヨセフ氏を瑕疵付きとして排除したとしても自分たちも瑕疵付きになったら。 場合によっては自分たちもまた同じ運命を辿る。 つまりレア・シメオン派にとっては「ベニヤミン氏がヨセフ氏を殺す」というのが最良のシナリオで、それ以外だと最悪の結果を招きかねない、となる。
ベニヤミン氏の立場はどうか。 「父に愛される末子」であると同時に、「兄に劣る弟」である。 ここに異母兄たちから「お前の兄は傲慢だ」「父が自分にひれ伏すと言っている」「このままだとこの家は立ち行かなくなる」「お前は父の愛に応えなければならない」と吹き込まれたとしたら。
こうした構図下、ユダ氏はどうか。 ベニヤミン氏懐柔担当だろう。 瑕疵の少ない立場が与えられていたかもしれないが、殺害チームには参加していた。

殺害は行われた。 報告を聞いた父親は「悪いけものに殺された」と言い、ベニヤミン氏は後に、「獲物を狩る狼」と祝福された。
この殺害劇を、神の子シェムハザが差し替えた。
実はヨセフ氏の、エジプトでの物語の初期は、死後の世界だったりする。 現実が生きている話に差し替えられたので「生者の側の話」でも通るが。 極論すると霊にとって生死の境目はそんなにはっきりとしたものではない、といった話でもある。
そんなこんなでユダ氏、ヨセフ氏亡き後のベニヤミン氏の庇護者、がエジプト宰相と会うわけだがこれ霊的には(ユダ氏には差し替え後も前の記憶がある)、下手人引き渡し交渉なのである。 はっきりと意識は出来ない。 だが「殺人者を引き渡すよう言われている」のは判る。 悪くしようとして言っているわけではない、でもユダ氏は怯える。 負い目がある。 傷があって、相手が見えない。 意図が読めない。 まあなんだかんだでユダ氏、ベニヤミン氏は許されて(許す許さないといった問題ではなく再犯性の問題なのだが)、次の物語へと進むと。

さて、現状である。
示唆者:マリア教
主導者:カトリック(第一使途シモン(シメオン)・ペテロ、魔術師シモン)
共犯者:ユダヤ教(レビ)
共犯者:ユダヤ人(ユダ族)
殺害者:ユダヤ人(ベニヤミン族)

こうなっている。 もっと言うと処女解任説、イエス氏神の子説も実は天使たちのヨセフ氏充ての言葉。 イエス氏の父親がヨセフ名である事を通してシェムハザのヨセフに「お前は不義の子ではない神の子なのだ」といった語り掛けをしている。
なんでこんな事を書いているのかというと、結果が現状だ。 こじれている。 差し替えられた現実の下歴史が進んだ。 それで何が変わったのか。 何かは変わったのだろうだがはっきりと「良くなった」とは言えないのが現在の状況だ。
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Wot騒動続き

2017-11-06 16:59:24 | Weblog
先のWot騒動。 これを、「ウォーゲーミング社内EUとUSの主導権争いの一端で、どっちかがyoutuberを利用した」と見る事も可能。 というのも、社員と親交のあったyoutuberたち、コントリビューターとやらだな、は、なんらかの対立構造があるのを前から知ってたはずなのね。 社員が洩らしていた可能性もある。 この可能性の下一言言うなら、youtuberが一私企業の内紛に首を突っ込むのがおかしい、としか。
これを内紛とするならば、EU側が粛清されるのに近い形で幕を閉じているはず。 実際、EU側と思しき人士たちが不満をかこっていると。 でだ。 私の感性でおもしろいのが、US側がYoutubeを利用する、宣伝広告を打つパターンだな、に対しては別に不快感は無いのだが、EU側がyoutuberを利用する事は不快としている。 ぱっと見非対称なのね。 で、これ何なのかな?と思って考えてみたと。 宣伝、中傷、告発の違いなんだな。
宣伝。 これはUS側、がやっていると思われる、事なんだな。 キプロスの本社かもしれないが。 Youtubeに宣伝が流れている。 これはルール違反ではないので問題視しない。
中傷。 EU側がyoutuberたちに吹き込んでそうした趣旨の動画を作るよう催した。 このパターンを私は不正行為だと認識していると。 別パターンとしてUS側が内紛を仕掛けるにyoutuberに依頼した、というのも可能性としてはあるが、これだと社内政治では有効かもしれないが会社全体としては不利益になる。 どっちみち、「首を突っ込んだのが間違い」ではある。
告発。 Youtuberが自身の地位を賭けて内紛劇の知っている限りを外部に出す。 これをやるとやった人物はあちこちに敵を作る結果となる。 敵にならない側でも例えばゲーム業界全体から、「場合によっては自分たちの利益を脅かしかねない人物」と目される羽目になる。 そんなに害のない過去の違反行為でYoutubeに多数のクレームが上げられbanされる可能性大。 干される。 これならこれで、いい。 私は問題視しない。 EU側社員が(別にUS側社員がやってもいいのだが)これをやる。 これもあり。 守秘義務に反したとして刑事告発されるかもしれない。 だがそれはそれ。 これらのパターンならば、視聴者を騙してはいない。 だから怒らない。

半年前だったかの先の騒動、これの背後が社内権力闘争、陰謀論だな、ならば私は関与したyoutuberたちに対して「それは駄目だ。 視聴者を誤魔化し騙そうとしたお前たちは汚い人間だ」と書くより他無い。 もちろん、そうした内紛がなかったのならば今回の話は妄想ネタでしかないが。
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Wotネタ続き

2017-11-06 03:11:18 | Weblog
ちょっと報告。
前回、イバンカ飢饉(わざとではなく書き間違い)云々としたがそのネタ、「イヴァンカ基金」に寄付云々とやらのニュースがなんでも、共同通信発のガセネタだったとの話を目にした。 追加情報待ちだが、もしガセネタだったらごめんなさい。

Wotネタ続き。 で、SDガンダムGnext。
「一番好きなゲームは何?」と聞かれたら、「いっぱいありすぎて絞り切れない」が答えとなるだろう。 JRPGなら真・女神転生とロマンシング・サガ2がおそらく一位候補で気分によってFFの2,3,4、ドラクエ3、ペルソナ4、魔界塔士サガ、ミンサガ、オウガバトルあたりが来る。 そんないっぱいある「一番好きなゲーム」の内の一つがSDガンダムGXなのだが、これの次のGnextが、見事にコケた。 「良かった」という評価を見たことがない。
Gnextで考える。 (アクションゲームの)SDガンダムシリーズの方針を軌道修正するべくバンダイ社に抗議する、といった動きがあったとしよう、私はこれを正しいものとするか。 否である。 「それは犯罪集団である」と否定し叩く文章を起こそうとするだろう、いや、多少は日和るかな? 心情的に同意しちゃって日和ったとしても、否定するべき対象である事に変わりはない。
先のWot騒動の件。 YoutuberたちがWG社の方針を変えさせようとして自分たちの影響力を行使した、これは犯罪じみた行為であるとしたと。 ではこうした行動で、何が駄目で何が普通の批評なのかの境界線はどの辺になるだろうか。 羅列してみる。
良い場合
・一個人でやる、他人を巻き込まない
・社会的地位に関係なくやる
・非営利
・個人に対する中傷になっていない、または、なっていたとしても扇動要素がなく個人見解に留まっている

駄目な場合。
・集団でやろうとする
・破壊活動が伴う
・扇動要素が伴う
・そこから利益を得ている
・名誉棄損や営業妨害に該当する要素がある

対象による差もある。 以下は罵詈雑言が多めに見られて当然とするもの。
・政治外交問題に関わる集団
・寡占事業集団
・犯罪行為をしている集団の権力部分

こんなところか。 ケースとしては、個人が自民党や社会党の政治家、日弁連や日教組、パチンコ利権周辺を非難するのは自由でありボロクソに言っても良い。 だが朝日新聞がこれをする事には規模・程度に応じた規制があってしかるべきであり、そして新聞購読者を扇動するのは常に駄目。
政治問題、外交問題に対して集団で抗議運動をするのは規定された形式であれば許されるが、破壊活動は駄目。 上下関係、親族等水平関係、営利誘導等で活動への参加を指示するのも駄目と。
書き起こしてみたが結局、常識だわな。

さてウォーゲーミング社の方針が気に入らなかったとしよう、これを変えようとするならばどんな事が可能か。 お手紙を書く。 これは自由。 ゲームのバージョン9.Xとかを個人で買い取って身内でプレイする。 これもあり。 罵詈雑言を書く。 これは書く場所に応じた規制がかる。 キプロス政府がウォーゲーミング社を国有化する。 これもあり。

私がGnextやGcenturyの不満をどうしたか。 実は前に似たようなゲームを作ろうとした。 で、挫折した。 一応単純なシューティングゲームなら作れたのだが、弾丸多数、自由加速のものを作ろうとしたらほぼ操作不能に近いゲーム性になった上に描画が追い付かない、といった結果となった。 「もし上手く作れたら」というか「その方向で作るのが上手い人が取捨選択したら」といったものが見つかって。 「ああ、こういう風にしていたらゲームとして」と思えたりでなんともな。
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