狸喰うモノ牛愛でるモノ

あー。 なんでこんな偉そうな事書いてるんだろうなー。

左派を嫌っている理由について

2010-05-31 14:49:54 | Weblog
嫌うもの
減る理由はみな
さまざまで
どっちを向くか
大人と子供

とりあえず納得がいった。
彼らには近い場所が用意されていたのだなと。

最近、炉心融解という曲にはまっている。
ぴゃああああ。

さて、私が左派を嫌っている理由についてなのだが、
これといって無い。
思うに最初から嫌いだった。

では世間一般で左派が嫌われている理由にはどのようなものがあるだろうか。
考えてみる。
・フリーセックス推奨派が多い
・宣伝的である
・宗教文化否定派が多い
・マルクス教に近しい
・騒音や麻薬に寛容である

こんな感じだろうか?
多様性はあるが、全体として保守派、右派を嫌う人たちであると。
そしてその彼らを、私は嫌っている。

彼らは右派を嫌っている。
なぜ嫌っているのか。
嫌いだからだろう。
最初から嫌いだった。
そういう人たちの集まり。

ピーマンを嫌う子供がいる。
大人になると嫌いなままの人と、嫌いではない人とに分かれる。
何故か。

口蹄疫問題にここ最近の極東のニュースを併せて並べるとこうなる。
・中国で口蹄疫が蔓延
・韓国で口蹄疫(A型)
・韓国哨戒艦撃沈
・韓国で口蹄疫(O型)
・日本で口蹄疫
・上海万博
・日本で口蹄疫報道本格化
・哨戒艦撃沈事件調査結果発表
・沖縄普天間基地移転問題の方針決定

全てが繋がっているとするのは陰謀論の類だが、
では方向性はどうだったか。

さて問題だ。
聖人と偽聖人の違いってなんだろう?
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サルについて

2010-05-30 15:15:53 | Weblog
肉食べる
美味しく食べる
店の人
食べたその肉
業者から買う

鹿児島市での昼、日本料理との看板が目に付き入ってみることにしました。
2000円と3000円のコース料理があるとのことで2000円を選択。
メインディッシュが牛肉のワイン煮。
食費としてはちょっとした奮発でしたが、得した気分になりました。

グアテマラで火山が噴火。
http://www.cnn.co.jp/world/AIC201005290007.html

台湾、防空識別圏引き直しに抗議。
http://www.yomiuri.co.jp/world/news/20100529-OYT1T00684.htm

さてサルについてだが。
サルの群が聖人を作っていたことに納得がいかない点がいくつか。
見たところでは聖人は最初から聖人であり、
サルはおそらく人生の最後までサルのままだろうということ、
二十かそこらの新聖人がそれまでの人生を振り返ったとするにおそらくそれは
クソ塗れとしか言いようがないだろうということ、
生涯で多くを救ったとされる聖人から見ても救ったサルはサルのままであり
聖人の功績の大半は、悪く言うと、飼育係のそれでしかないだろうということ。

ではどういう社会なら私は納得がいくだろうか。
多分、人をサルにしない社会であり、
サルを聖人にする社会だろう。

記憶の中から自分がサルだったものが出てきた。
たしか小学四年くらいのころだった。
通学時バスに乗っていたときに二学年上だったか、の生徒を
友人と一緒に私は後ろから小突いていた。
その後に小突かれていた生徒が私の鞄を放さず一悶着、結局教師の介入沙汰。
たしか彼と同学年、役職付の生徒からやってよしとの命があり
それで調子に乗ってそういう行動をとった。
小突かれた彼は聖人ではなかった気がするが、その時の私はサルだった。

叱られて人になる。
そういう面はあるのだろう。
だが仮に叱られなかったとしても、それは喧嘩と呼ぶべきものだろう。
サルのサルたるは、何か。
組織か。
組織性と権威が人をサルにする。
そういうことか。

前に無医村に来た医者の話を書いた、はず。
いつだったか忘れたが。
マスコミはその医者を聖人として書いていたが
私の推測をこの構図に当て嵌めるなら、その医者は偽物だったのでは、となるな。
聖人ではないものが聖人のふりをする、自分が聖人だと思い込む。
悲劇か、それとも喜劇か。

さて問題だ。
聖人とはどうやら、とことん無力な存在らしい。
ではどうすれば彼らは安全に暮らせるのだろうか?
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聖人について

2010-05-29 19:01:17 | Weblog
壊すもの
捨てるべきもの
目にするが
棲むものたちは
如何ほどの価値

昨日、とある事実に気付かなかったということがあった。
そこに操作か操作の無さかを見て、怒った。
怒る理由として湧いて出てきたのが「自分の面子」である。
そこでその後の各方面の状況を考えてみたが、
これから各人が良心に基づく行動をとるならば
各人にベストな結果が実現しうるということをそこに見つけた。
自分が怒る理由として自分の面子を自分が見出したことが、
ちょっとした発見ではあった。

さて聖人について。
この間、聖人の作成現場を見た。
組立工場のビジョンを見たとかそういう話ではなく、ああいう人がああいった経験を
繰り返して大人になると聖人のような人になるのだろう、そういう場面に出くわしたと。
スラムに聖人が多い理由はどこにあるのか、
その問いの答えの一つがそこにあった。

納得がいかない。
いろいろと採算は合っているのだろうが、腑に落ちない。
聖人を作っているサルの一匹に目を合わせた。
それでいいのか、と。
そのサルは見返してきた。
こりゃだめだってんでその後にいた背広を見た。
絶好の教育機会なのではと。
しばらく見ていたが知らん振りだった。
なるほど、引率もサルか。
その小聖人はそれらを受け止めていた。

勝手な予想だが半分くらいの人はその場面を見ても
そこに問題を見出さないだろう。
残りの多くも見た後、すぐに忘れるのだろうと。
では目出度く大人になった聖人は、はたしてどうかだろうか?
そういった場面に出くわした時そこに懐かしさのようなものを感じるだろうか?
否と見る。

聖人候補が聖人になりそびれた場合は?
まあサルたちがその無思慮無分別の報いを受けるのだろう。
聖人無きスラム。

さて問題だ。
聖人になりそびれた人とは、社会の中でどのような位置にいる人なのだろうか?
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在日米軍沖縄海兵隊訓練地について

2010-05-28 15:19:42 | Weblog
連立の
ゴタゴタ続く
永田村
敵にするのに
ネタに困らず

極東有事が起きたと。
その時に米軍がどう動くか。
侵されたパクス・アメリカーナ地域へその周辺から逆進攻するわけですな。
空爆、艦砲射撃、逆上陸と。
でその上陸から拠点構築までを担うのが海兵隊。

平和を破られないようにするためには破られたときに
破った側が痛い目を見るだけで目的を達成できない、
そういう状況を用意しておけばいい。
これが抑止力と。
抑止力が働いていればそれを平和を乱そうとする人は、
まあよほどの馬鹿か、あるいは特別な理由、
軍事行動が抑止力に阻まれても達成できるそれがある場合だけに限られると。

阻めなければ抑止力にはならない。
やってみなければ判らないのだから張子の虎でもいいじゃんという意見もあるが
それだと長期的には可能だという予想がついてしまうので機能しない。
抑止力として機能するためには阻める状態の維持、つまり訓練が必要だと。
じゃあどこで訓練するか。 どういった訓練が必要か。

沖縄の海兵隊は有事のその時、具体的にどう動くか。
そこら辺は専門家に話を聞くのが早いと思うが手近にそういう人はいない。
とりあえず自分でも予想してみる。
1. 輸送船に物資と人員を積み込む
2. 輸送船で近海まで移動する
3. 上陸艇や水陸両用車で岸へと向かう
4. 上陸する
5. 上陸地点の安全がある程度確保できる辺りまで前進

こんな感じなんだろうか?
ここら辺を想定して謎の潜水艦が出没してたりするのだろうけれど。

でだ。
どこまで訓練するかなわけだ。
敵軍を用意して上陸して実際に殺しあうのが最上の訓練なのだろうけど
そこまではしない。 普通やらない。

今回の旅行で旅客船の時間を見たのだが
鹿児島市から奄美諸島までの時間が11時間とか12時間とかだったはず。
長すぎるってんで乗らなかったが。
沖縄本島から九州まで船で半日以上かかるわけだ。
私が勝手に考えた1~4までだとむしろ九州のほうが
都合が良いんじゃないかとも思ったり。
さらにそこまでの訓練だと、銃を撃つ必要が無かったりもする。

まあ今回確認された最大の抑止力は日本の態度だったりも。

さて問題だ。
どういった訓練をどのくらいの頻度で行うか決めるのは
だれなのだろうか?
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極東有事について

2010-05-28 15:18:38 | Weblog
なじみの地
間に浮かぶ
島ひとつ
行ったこと無し
見た覚え無し

現在沖縄近海や南沙諸島で何が起きているかを見れば
太平洋が無条件で平和だと考えるのはただの無知だというのは明白と。
今何がおきているかというとある地域の民主主義つまり
ある地域の住人の政治選択が新興帝国の軍事恫喝さらされていると。
恫喝抜きの政治選択、早い話がそこで戦争が起きないだろうと期待できる状況を
維持しようとすると現状の抑止力を維持しなければならない、となる。
そこで沖縄人の政治選択はどうなるのかという話になる。

単純な構図なんですな。
戦争が地域住民の意思の上位に位置している。
古今東西世界共通。
地域住民の意思はより大きな地域の意思より低くされる。
戦争の可能性、あるいは戦争そのものという形で。

戦争にもいろいろな始まり方があるわけだ。
地域内での戦争。 戦争みたいなもの。
開発派と反対派の主導権争いとか理由はいろいろ。
風聞などによる引き摺り下ろしから放火、事故の細工といったテロ、
もっと直接的に地元ヤクザ同士の闘争。

地域内戦争に外部が絡んだもの。
ヤクザ同士の対立に経済利権や地域ルールの主導権をかけて
外部勢力がそれぞれの後ろ盾になる。

地域勢力対外部。
保守的な地域の中央に対して正統性を持たない勢力が正義の旗を立てて野合し
外部勢力を引っ張り込む。
ヤクザ対マフィアみたいになったり。

クーデター。
有効だが説明不足な政策保持者か、あるいは口が上手いだけのイカレポンチが
地域政治の中心に躍り出て強権発動、それに対して旧構造維持派が
超法規的手段で巻き返しを図る。

まあいろいろあるが、地域内、地域外で戦争が起きる。
戦争ばっかりやってたらどんどんまともじゃなくなっていくから
それを抑制するために広域でルールを決めたりする。
でこのルールの適用範囲がまた戦争で決まったりするのだが、
古くはパクス・モンゴリカ、今あるのがパクス・アメリカーナ。
大戦の後に共通の平和が出来ると。 勝者に都合のよい形で。
現在の、アメリカによる共通平和の辺縁に位置するのが沖縄であり、
近くに極東有事の危機があると。

さて新興帝国は自分たちの政治中心に属していないとある地域に
進攻するという態度をあらわにしている。
現状それが可能でありやる意思があり、実行する準備があることを隠していない。

さて問題だ。
この新興帝国のルール、現在の勢力圏辺縁の統治方法だが、
はどのようになっているだろうか?
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許容について

2010-05-27 22:15:25 | Weblog
人権は
悪人のため
この意味は
更生のため
悪用のため

先日、おもしろいことをしている若い人の集団に遭遇した。
物理実験であろう。
まず一人が、少し離れた場所にいる人に玉を投げた。
玉はそこに飛んだ。
次に受け取った側の人が球を投げ返した。
玉は最初に投げた方の人の側に飛んだ。
最後にまた最初に投げた人が玉を投げた。
玉は天井の出っ張りに当たり、下に落ちた。

お判りだろう。
公共大量交通機関黎明期にあった、相対性原理に関する議論の確認を
彼らはしていたのである。
事象の確認、逆方向での同一事象確認、自由落下の確認。
まさに物理実験。
彼らの責任者と思しき人たちはそれを了承していたようだった。
通路を挟んで行われたそれにそういった場所で初めて遭遇した私は感心し、
降りるとき乗務員の人に聞いたわけだ、修学旅行とはこのようなものなのかと。
毎回こんなもんだとの答えが返ってきた。
その航路でそうなのか全国でそうなのかは聞きそびれてしまったが、
彼らのような若者が未来の日本を担うのであろう。

さて許容について。
電車の中などでベビーカーに乗った赤ん坊が泣き声をあげる場面に
遭遇することがある。
これを微笑ましく思ったりするわけだが途中で、その赤ん坊の「訴え」が、
変わったと感じたりもする。
途中で変わるのである。 赤ん坊の声が。
このことを前に書いたような気もするし、書いていないような気もする。
まあいいや。
赤ん坊が変わるのである。
悲鳴を上げる弱者から、命令をする暴君へ。
微笑ましいと思っているさなかにそれを感じるのだ。
どうやら多くの親はそれらに対して同じ対応をしているように見える。

許容が必要なのだとのべつ幕無し訴える人たちを時々目にする。
それってどうなのかなと思うわけで。

さて問題だ。
言葉を理解しない幼児は自分の悪意をどう認識しているのだろうか?
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身内社会について

2010-05-26 17:37:11 | Weblog
うなづけぬ
心のうちに
うなづいた
そうする訳に
気遣いを見る

世のキリスト教徒はアダム氏を罵り続けている。
曰く、背きやがってと。 知恵の実なんか食いやがってと。
これってどうなのかなと思うわけです。
だってアダム氏を幸せにしたかったわけでしょう?
それなのに彼は死んでなお罵られ続けている。

さて身内社会について。
今回の旅行で鹿児島、奄美大島、徳之島と回ったわけだ。
どんどん田舎になっていく。
歩く中で思った。
これって個室なんじゃないかと。

少し前に戦争の、争いごとの無い状況の一つとして
全員が個室にいるという状況を考えてみた。
なるほど田舎とは身内の個室である。
そこにそれなりの平和がある。
都会は逆に、他人の大部屋ということになる。

身内社会。
それはそれで、平和の形の一つなのだろう。
だが問題がある。
身内社会では悪人を処理しきれない。
村八分にするか社会制裁を加え続け事件に追いやるか、
または都会に追放するしかない。
さらにはそこでの悪とは生産性や加害性を基準としたものではなく
身内社会の中心にまします権力構造が任意に悪と判断したものだ。

身内を絶対とするならば個々の身内社会で「身内的ではない」とされるものが
悪と認識される。
ジャーゴンが方言化する程度を悪習と認識する人は少ないだろうが
みかんよりりんごが好きだと言われたらりんごが好きだと復唱しなければならない、
そういった行動が行き着くのは黒いものでも白と言わなければならない社会だ。
因習は身内に積っていく。

さてどうするかなのだが、どうもしない。
田舎は消える。
同意しなければならないという強制、いわゆる同調圧は、ほどなく悪となる。
それだけのこと。

問題を出す。
多数派に同意する傾向のある人を右派とすると
同意しない傾向のある人はなんだろうか?
コメント

ノルマ志向について

2010-05-25 13:12:17 | Weblog
ネット文
書くだけならば
手間だけで
資本いらずも
作家少なし

小説や漫画が映像化される時に原作の、表現のみならずテーマ、
方向性をも変えてしまうことを原作レイプといったりします。
時々傑作が生まれたりしますが大概は予想平均を下回る駄作に終わると。
どこからがそうでどこまでが違うのかは受け手によるものなので
なんとも言えませんが悲喜交々。

さてノルマ志向について。
仕事をするさいの行動目的傾向はノルマ志向と結果志向とがあると見ます。
競技スポーツなんかは結果志向が強いですね。
勝つヤツが偉いと。
結果志向と言っても個人の結果を目指すものやチームの結果を目指すもの、
チームリーダーにとっての結果やある特定のチームメンバーにとっての結果、
最終的に社会に出す結果を目指すものなどいろいろ分けることができますが
今回はそれらとは違う、ノルマ志向。

昔フリーターをしていた時の私はノルマ志向が強かったと記憶しています。
具体的な行動としては、
・与えられた仕事を見る
・おおざっぱに作業員数で割った量を計算する
・そこから「減らして良い理由」分を引く
・引いた量を目標として設定する

ノルマ志向人はみんなでそれぞれこれをやると。
でこれが当たり前であり、正しいとされるのがノルマ主義。
平均以下に働いても理由があれば良しとされる。
平均以上に働いても疲れるだけですから、そうする人はそのうちいなくなる。
結果として作業可能な量は予想を下回るわけですが、
そうなったのは作業見積りが甘かったからだとされる。
計画者が悪かった。
それが社会正義となると当然、次の計画は作業可能量をより少なめに見積もることになりますが
そこでもまたノルマ志向者のノルマ志向が働くわけだ。
同様の結果が出るが、そこでもやはり計画者が悪かったとなる。

こうしたノルマ志向者を平均以上に働かせようとすると、何かこう、
宗教洗脳のようなものが必要になりそうに思えるわけだが
それをやると、どうなるんでしょうねえ?

さて問題。
アニマルファームの原作とアニメとで違う点を三つ挙げよ。
コメント

軍政について

2010-05-24 18:03:18 | Weblog
いろいろと
書くネタあるも
調子出ず
文を見直し
意義首かしげ

奄美大島や徳之島を歩いてみて感じたのは、日本だなあと。
小さいころ、二十年以上前に見た沖縄は当時の自分の目から見て
異国情緒あふれる地でありその、生地の関東近辺あるいは祖父母の住んでいた
東北の田舎と比べて「異国である」と感じた理由をこれまで文化背景や
距離に見ていたわけです。
最近の沖縄の日本化傾向を見て復帰からの年数が理由かとも考えていたのですが、
今回の旅行でさらに変わった。

さて軍政について。
軍隊による占領統治を軍政というらしいのだが
軍という組織は安定、現状維持を良しとするわけだ。
青年将校などが理想を求めて暴発することがたまにあるようだが
それは軍の本質とは別と私は見ている。
一般官僚以上に官僚的、それが軍隊だと。

兵隊への適正がある人というのは、荒っぽいことへの抵抗感が無い人と。
だが軍隊はルールががちがちに決まっている。
戦争は国際法に準じる。 軍の方針決定者はそう見る。
つまり軍の上層部から見ると、荒っぽい人たちは苦労して努力してルールに従っている人たちと、
ただ暴れているだけの人というより獣に近い連中に二分されると。
獣のような連中が暴動を起こす。 じゃあ殺していいんじゃないかと。
だが実際に殺すという行動を取るのは組織のルールに従う荒っぽい人たちだ。
命令を受け、荒っぽいままに命令を遂行する。
ルールの下受け取った文言、「敵が潜んでいる」とか「怪しいものを取り締まれ」とか、
それが達成できれば良しとされる。

軍による取り締まりは、大筋では平和と秩序の維持という方向にあることが多い。
つまり根本的に間違っているのではなくトラブルが起きやすく解消されにくい構造の方に
問題があるのだと。

現在の世界には面白い例がある。
北朝鮮である。
朝鮮半島北部には冷戦期にソ連が作った政府が、国民の意思とは無関係にましましている。
あれの安定した状況が示しているのは最初から軍政ならば社会問題が多発する
という状況にはならないだろうということと、安定してても発展はしないだろうということ。

宮崎の口蹄疫制限、解除に向けた動き。
http://www.yomiuri.co.jp/feature/20100518-296281/news/20100524-OYT1T00441.htm

さて問題を出す。
日常でやっても許されるが飛行中の飛行機の機内でやると悪い
とされる行動を一つ挙げよ。
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米軍基地移転問題について

2010-05-23 20:34:24 | Weblog
道歩き
澄んだ空気
照りつける
日差しにまくら
安眠阻む

旅行に行ってきました。
飛行機で鹿児島市、奄美大島、徳之島、鹿児島市へと戻りそこから
九州新幹線と特急で北上、福岡に一泊して山陽、東海道新幹線で帰ってきました。
雨が降ったり晴れたりしましたが東京は私がいない間に猛暑になってたりで
ちょうど過ごし易い気候を縫ってきたなあと。

さて米軍基地移転問題について。
これを私は米軍基地問題とは捉えてはいません。
極東有事問題として考えています。 その焦点です。
そうすると鳩山氏の決断は、党首としての党利党略よりも一国の首相として
国と周辺地域の平和を優先したものだ、ということになります。
ですから鳩山首相を今批判するのは間違いだと思っています。

これからどうなるかですが、沖縄の負担軽減ですね。
これはオバマ氏に協力をお願いしたいところ。

さて問題です。
奄美諸島にある学校を一つ挙げてください。
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