狸喰うモノ牛愛でるモノ

虐待放置、インチキ優先のやり方を信用出来るわけねーだろ

日本の外務官僚の多くはキーセン派である

2018-12-31 17:28:31 | Weblog
英雄崇拝、略奪志向。 今の、と言うより古今東西人間社会は大きく略奪志向に傾いていたと。 ここで「現状日本はそうなっていない」と書くと反発があると思う。 だが完全にそうなっているわけではないが、程度の問題ではあるが他と比較してそうなっている。
「英雄崇拝の内実は略奪志向である」と置くと唸るか頷くかする人が多数と見る。 そして次に来るのが左派からの「右派が」「保守派が」といったもの。 これが大間違い。 潜在する略奪志向は実は「リベラル」と称する側の方が大きい。 これは一言で言い表せる。 上級国民意識。

「アラブの春」とは結局は、先進的である事を自認する西側欧米諸国が、後進的であると指摘するアラブ地域の社会インフラを、彼らの支持者に破壊させようとした動きである。 これによって大量の労働移民を輩出されリベラルの下層に組み込まれた。 この点については欧米諸国に付き右派も左派もない。 いずれもそれを支持した。 アファーマティブ・アクション。 これはリベラル下層アメリカ黒人たちが他のアメリカ国民から収奪する制度である。 私はこれを、黒人の側から廃止するようオバマ氏に書いたつもりだったが彼はやらなかった。
保守派とは自分たちの側の略奪志向を認識している側であり、リベラルとは自分たちのそれを、右派保守派に擦り付けようとする側である。

Eスポーツと称されるものが、さっそく腐ってきた。 ゲーム配信周辺には「達人崇拝」みたいなものがあってな、これが現代の英雄崇拝。 この達人崇拝をするものたち、上達する気が皆無「永遠の初級者」みたいなのが多いと見ている、がやっているのがこの達人たちを通して上達しつつある中級者たちに精神的上位に立とうというもの。 そして達人、上級者たちは、そうして得た「数の暴力」をもってルールを自分たち有利に改変しようとしていると。 こうした動きを「腐った」とした。

ある人物の罪、というか、問題点を数えよう。
・フェミニズムの旗手である
・上級国民意識の象徴である
・従軍慰安婦問題を継続的なものとした人間の近親者で誤りを指摘する事が可能な地位にいたがしなかった

この人物を「守る」と称した人間が居るが、その者が変わりに何かをしたかというと私の知る限りでは否、何もしていない。
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略奪志向

2018-12-25 23:52:54 | Weblog
「サウルは千を打ち、ダビデは万を打った」とあると。 当時のイスラエルの民が言っていた事とされるものだがさて。 今日の先進国住人の、半数くらいかな?はこれを「あ、ヤバい」「クズ連中だ」と、直感的に察すると思う。
タイトルを「英雄志向」にしたらどうなるか。 「良いもの」と思う人が過半数となると思う。
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理想の世界 「食う、寝る、遊ぶ」、「社会主義、人間ドラマ、努力させる」、「ウンコ、チンコ、マンコ」

2018-12-22 04:04:56 | Weblog
理想の世界を「食う、寝る、遊ぶである」と書いたらおそらく「ああ、コイツはクズだ」「駄目人間だ」と思われるだろう。 そこでこう書く。 「理想世界の景色とは子供たちがめいめい存分に食べている状態」「憂いなく寝ている姿」「皆楽しそうに遊んでいる場面なのだ」と。 これなら大多数の人がそれぞれに頷くだろう。 「子供たち」と置いた。 これを「猫たち」にしてみよう。 「猫たちの理想の世界の風景」。 やはりめいめいが「食う、寝る、遊ぶ」である。 結局「万人が」「万物が」ふんだんに、皆憂いなく、健やかに、楽しそうに、食う寝る遊ぶをしているのが理想の世界なのだと。

最初の一文に戻ろう。 「食う寝る遊ぶが理想世界」とする事への反応はおそらく、「コイツは駄目人間だ」だろうとした。 実はこれが現社会の邪悪さの一端だったりする。 例えばだ。 他人がふんだんに持っている事を目にし「あれは制限されなければならない」とするのが社会主義志向。 ただ寝ている姿だけを「つまらない」とする人間がその性向を言い表す単語が人間ドラマ。 楽しそうに遊んでいる人間を見て「彼らはもっと苦痛の内に居なければならない」とするのが努力強制型ルール。 邪悪なのだ。

さて社会主義を例に挙げよう。 おそらくそうした志向を持つ人間は「不満を持った人たちが居るのだから富んだ人たちが彼らに分け与えなければならない」「それこそが社会の正しいあるべき姿なのだ」とするだろう。 違うとする。 目の前に不満そうな人が居たとしよう、「何か不満なのか?」とただ聞くだけである。 その答えは「サッカーボールが欲しい」「自転車が欲しい」「最新の合体ロボが欲しい」といったものかもしれない。 もちろん、本音が「幸せそうな他人が妬ましい」なのかもしれない。
ここに虚飾がある。 他人の幸せを妬む人間は「他人もまたそうなのだ」とする。 それをそのまま表す人もいるだろう、だが多くは、自身の妬みと自身がそうである事から他人も同じだろうと見るそれを、正しさ、美しさなどで隠そうとする。 彼らのそうした方向性が例えば「礼儀作法」のようなものとなって他人を制限しようとする方向にルール化される。

「ウンコ、チンコ、マンコ」と子供がはしゃぐ。 実はこれ、「ルール化された妬みの作法」への反発である。 社会の邪悪さの側から善の側へと回帰しようとする動きだったりする。 大人たちが作った「妬みのルール」に触れてこれを異とする子供がこう反応するのだ。

さて、どう実現するか。 まず「寝る」は比較的ハードルが低い。 「いつでも寝れる静かでそこそこ快適な場所」がそれぞれにあればいい。 万人に何故これが実現しないのか、というと理由は快適さの基準、騒音に関して寝所と活動場所の区分けが機能していない、人口増加で場所がなくなった、といったもの。 人口増加はその都度解決策を探るより他無く、区分けに関しては、寝ている人に対する遊びは制限されなければならないのか、というとyesが答えとなると。

「食う」はもっとハードルが高い。 「狩るのか」「刈るのか」といった問題がまずあり、食料が狩らず刈らずに作れるようになったとしても傷む、腐る、食べ残しに排泄、ウンコだな、といった問題がある。 さらには有る物と好き嫌いの関係だ。 合成された食料ブロックのようなものを食べて幸せならそれでいいのか、というとハードルの低い問題解決ではある。

「遊ぶ」。 これがハードルが最も高いものだろう。 区分け、区分け内でのルールがそれぞれで機能しないと単につまらない、のみならず苦痛を強請される状況が多発するようになる。 統一的な解決策としては個々人のモラル向上で、区分けごとのルール、マナーだな、の明示が必要となると。

以前から「何故鉢植えの平和が無いのか」と思い続けている。 その都度答えは出るが、問いにやはり戻る。 結局は鉢植えの盆栽は大樹になろうとするから、が答えなのだろう鉢植えが多ければ、少なかったとしても巨木は、手に余る。 では巨木の寿命は必然か、というと、そうなのかもしれない。
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成し遂げた満足? 無いね

2018-12-19 10:11:10 | Weblog
達成感なんてものがあるのは元々「やる事の価値」を知っていて、行動と一致していた場合。
そうではなかったならば「機械的にやらされた事の結果」でしかない。
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キチガイサヨク問題

2018-12-12 06:23:51 | Weblog
「キチガイサヨクって何だ?」の答えは、今日の状況では「ポリティカル・コレクトネスを構築している人たち」であり、「他人を罪人に仕立て上げるためにポリティカル・コレクトネスを利用している人たち」である、となる。

彼らの歴史的経緯としては西側では直近に、「冷戦期ソ連に騙された人たち」というのがある。 これに対しては「ソ連は失敗だった」「権力が集中し腐敗しディストピアと化しす構造問題があった」とするだろう普通の人は。 彼らは違う。 「自分たちは正しかったのだ、自分たちに反する連中が邪悪なのだ」と言い続けている。 現実の認識に合わせて常識を変えていく、のではなく、自身の掲げた教義に合わせようと現実の認識を捻じ曲げる努力を続けている。
「彼らはプライドが高くて受け入れられないのだ」とする人が多いだろう私は違う。 元々の状態が悪意にメッキを被せたようなものだったのだと。 メッキが剥げると悪意が出てくる。 自身の悪意が見えてくる。 衆目に曝される以上に自身で見る羽目になる。 これが嫌で逃げ続けていると。

騙された人が回収不能になるような状況。 私はこれを、最近だと日本における民主党政権時代がそうだとしている。 やるべきでは、何も教えず失敗させるべきではなかったのだと。 で、思うわけだ。 これってエバ教のエバ、創世記アダムとイブの話のイブ氏じゃね?と。 私はあのキリスト教プロテスタント、特に「エホバの証人」の使う「エホバ」名を「ヤハ」名と「エバ」(イブ)名の合成であるとしたと。 彼らの教義の中心がアダム原罪論、すべての悪は悪魔サタンによるものだとのそれから彼らは実は、エバ教なのだと指摘した。 彼ら全体がアダムとイブのイブ氏に引きずられているのだと。
似たような構図キリスト教内多神教型分派に教会教シメオン、聖書教レビ、マリア教レア、神の子教ベニヤミンを見ている。 ただ聖書教本体はユダヤ教の方だな、ここにシメオン・レビ隔離政策がある。
キチガイサヨク問題が解決するのならイブ問題も解決する。 イブ問題が解決したならばキチガイサヨク問題も自然解消するだろう。

私は女を「失敗創造だ」としたと。 癒着的である。 嫌がらせを常とする。 善と称するものが利益誘導で結局悪意に生きているのだと。 内訳を考えると
1. 私が癒着性を不快とする事が多い
2. 人に地上を支配させる事を目的に造られた
3. 悪意の主体は霊たちであり男よりもも女の方が霊に近しい

結果として、悪意の問題に対処しようとする動きに対し嫌がらせをしてくる、という構図になってしまっている。
じゃあ遡って「支配は必須ではない」とすればいいのか。 あるいは「支配した、管理した、役に立った」とすればいいのか。

「中国の時代」が崩壊していっている。 これに伴いキチガイサヨクも権力を、急速に失っていっている。 私はこれでいい、としている。 アメリカ民主党筋、国連ポリティカル・コレクトネス筋も同様だが、実際にはこれ二つの現象が並行してあるんだな。 一つはインターネット、最近だとツイッターか私はやっていないが、を中心に情報の共有が急速に進んだ。 若い人たちはこれでポリティカル・コレクトネスに騙されにくくなっていった。 もう一つが金、物欲、本土中国と華僑を中心とした権力つまり数の暴力。 これが中国から去りつつある。 問題は後者、金権の方だ。 「知っている人たち」は中国を中心とした悪徳の近代史を知った上でこの金権の移動を見ているが、「自分たちが社会の主流、構築している人間だ」と称する側、一個人として社会悪を見てきた人間たちではない側ではこれをただの移り変わりとしか見ていない。
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「補償なんてないだろ」と書いたらすぐ来た

2018-12-07 01:45:45 | Weblog
WoTの。
「ホリデー作戦2019」のニュースが出た。
配布戦車1、ガレージスロット2、女性搭乗員4他諸々。
「毎年の恒例行事だろ」とかツッコミが来そうだが、いやだって書いてすぐ来たし。 普通にうれしいし。

相撲協会云々だが考えを改め中。 合点がいったのは以下の文章。
> 相撲ファンからしたら貴乃花派とかモンゴル派とかいろいろあるのかもしれんけど、興味ない人間からみたら「また相撲が問題を起こした」としか見えないんだがな。ファンがバカだから今後も改善しないだろうな。公益財団法人を返上してくれないかね

思ったわけだ。 「あれ? ひょっとしたら相撲協会理事たちはとてつもない馬鹿なのでは?」と。 それでもクズなのだが。
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最初からそう言っているだろ?

2018-12-07 00:58:16 | Weblog
渋谷で騒動を起こした外人が何人かだか捕まったそうな。 曰く「渋谷はそういう事をしてもいい場所だと思った」と。
ある意味合っている。 あそこは国内国外からクズが集まって日夜強姦騒ぎを起こす、早稲田と国連大学とNHKのおひざ元だ。

あーゆう渋谷系とかのゴミ番組見せられて。 嫌だから離れるんだけれどもそうすると二度手間三度手間になる。
補償とかあるの? 無いだろ。
「だったら」ってか。 まったくだな。 無駄なんだよだから毎回「そうしろ」と。
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歴史的悪と体制選択の問題

2018-12-04 23:06:32 | Weblog
ポピーはヒナゲシで、少し前に中国が「アヘン戦争のイギリスがケシを記念日等に用いるのはけしからん」と咬みついたがこれはいちゃもんに近い、とか、昨今イギリスオーストラリアの反中化は変節ではなく勢力交代に近く個々の有力者で見れば必ずしも不誠実なわけではない、だが国民と経済界の態度は変節とする方がより正確、とか、中国政府本体は臓器収奪に関わっておらず有力者が個々にやっている、とか、イスラエルが臓器収奪を調査した理由は通常の臓器移植ルートに国際ユダヤ人が関わっていて彼らの犯罪行為を追跡したものの一部、とか書こうと思っているのだが、正直微妙。
本音はゲームネタを書きたいのだ。 そこから自然と人の悪を書く方へと入っていくそれなら新ネタも出る、以前使ったネタを再度引っ張り出す必要もなくなる。

さて、今回の標的もといネタは引き続きフランス。
フランス人にはアフリカ中東、インドシナを支配していた頃を「古き良き時代」とする傾向があり、国際感覚、外交常識も自然とこの辺が基準になりがちだと。 これは悪徳と言っても良いだろう一方で、当時の支配にも善政と呼んで良い部分もあった、はず。
この、とりあえずベトナムとするか、フランス人の「ベトナム支配良い時代」感覚は、右派、保守派の側に強いとする。 これを非難するのが左派。 左派はこうした部分から「彼らが悪で自分たちが善」とする。 私はそんな彼らを「インチキ集団だ」とする人間である。 判り易く書くと、毒薬のラベルを張り替えて「これは新しい薬です体に良いです」とするのが左派。 ここで言う新しいラベルが前世紀の「インターナショナル」であり昨今の「グローバル・スタンダード」であり、リベラルなのだと。

左派とは端から悪意の勢力なのだ。 左派の言う自由とは他人を不幸に誘導する行為のそれである。 父親には責任放棄を、母親には家庭放棄を、子供には暴走、薬物、乱交を勧める事を禁止させない、その為に結託しているのだ。
左派の言う「善」とは他人に悪徳を進める際に貼る、ラベルである。 彼らは二言目には「宗教モラルを捨てろ」と言う。 「我々が与えるラベルのみが善なのだ」と言うが、それはその都度変わる。
リンゴでもバナナでもいい。 箱いっぱいに入っていたとしようこれを分け与える場合。 右派はだいたい、「必要な分だけ取っていってください」といった張り紙でもする。 これに対し左派のする事は「一人いくつまでかを決めなければならない」「本当に必要な人のために取り置かなければならない」とし、だれがそれを監視し管理するのだと問われれば「それは我々左派でなければならない」と答える。 彼らの言う社会主義とはそういうものなのだ。 「全員が悪意で動くはずだから我々が管理する」とし、管理できるのかと問われればその答えは「実現可能かどうかはどうでもいい、我々に決定権がある事こそが」となっている。

こんなものである。 毎回こう。 冷戦中もそうであり冷戦後もそう。 以前もそうだったのだろう。 そんな彼らを国民が選挙で選ぶ。 毒に貼られた綺麗なラベルを見て。
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欧米、狂乱社会

2018-12-02 19:40:32 | Weblog
何がしたいのか、何を嫌うか、何を為すべきか、どうありたいか。
何をしたいのか、というのはわりと判り易いかもしれない。 食う寝る遊ぶである。 為すべき、は嫌うを基準としている。 そして、ありたい、は自己嫌悪によっている。

日本の空港で行われているサービス、みたいな話がテレビであった。 裏側はサービスセンターに大量の電話対応人員を配置、サービス員が空港中のトラブル対応に向かう、というもの。 勝手が判らない、遅れそうなどといった、不慣れな人、主に高齢者か、向けの対処なのだがこれを知った外国の視察員が圧倒的に非効率っぽく見えるそれ、大卒者相当の高級人材で人海戦術を行う、にあきれていたような。
実は欧米社会でも似たような事をやている、と書いたら「いや無いだろ」と思う人が大多数だろう。 「金持ち向けのサービス」がこうなっている。 つまり日本では、空港のような場所限定だが、欧米だと金持ちのみが享受するようなそれを、公共サービスとして一般国民にも適用しているという話になる。  「金持ちに対して必要なサービスを提供するためには労働移民を輸入しなければならない」「労働移民はよほどの成功を手にしない限り金持ちと同等のサービスを享受する機会はない」というのが欧米社会。 私はこれを「狂乱」とする。 ぱっと見非効率、非常識な日本社会が間違っているのではなく、欧米社会の常識、基本理念が踏み外しているのだと。

右派とは実は私利私欲で動く側。 これは紆余曲折を経て共益に落ち着く。 左派は自分の利益よりも他人の不幸を優先する側。 常に嫌う相手を責める事を優先し、そうする都合自身を善であると化粧し同好の士で集まる。 そして権力を握ると分裂する。

右派と左派の違いが出た事例の一つがシリア情勢なのだとする。 まずアメリカの右派と左派両陣営が、シリア空爆に賛成していた。 これは、移民が居ないと機能しない、後進国が定期的に潰れないと労働移民が来なくなる、とする欧米社会の宿痾である。 新規移民が少なくなってくると金持ちの意を受けた各種団体、マスコミコメンテーター、社会科学系大学教授や人権団体だな、が潰しやすそうな後進国を攻撃する大義名分を提供する。 これにアメリカ国民が「正義を実現しろ」と騒ぎだす。 世論を受けて政府が武力介入に踏み切る、あるいは破壊工作、クーデター支援のような真似をする。  結果一般国民は「テレビで戦争を見る娯楽」を得、起業家には新たにひっ迫した労働者が与えられ、自分たちの社会に最下層が追加される。 これをアメリカ国民全員が「善を為した結果アメリカがより良くなった」と誤認する。
シリア情勢とアメリカ社会を例としたが、イギリス、フランス、ドイツも同様。 こうした事を繰り返してきた結果が今の欧米社会の破綻である。

欧米社会は根本から悪徳で出来ている。 さてヴィーガンは彼らにとって光明となるだろうか。 否だろう。 動物愛護もまた道具と化す。 実際彼らには、クジラ愛護を攻撃材料とした前科がある。
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「右派は私利私欲に生きている」が左派の言い分だが正しく、左派とは利益よりも悪意を優先する側なのである

2018-12-01 22:44:49 | Weblog
「フランス国民は何故マクロン氏を選んだのか」だがこれは、「略奪してくれそうだったから」が答えだろう。

昨日だったかテレビ朝日が五島列島の話を流していた。 「激しい迫害された」とかなんとか。
キリスト教徒はこれを聞くと、今日の自分たちの立場が認められた、地位の高低が逆転したのを実感し気分がよくなるだろう。 悪意の側に陥っている。 ここでテレビ朝日が、彼らのような連中がやっている事は「ルワンダ化」である。 自分たちにいい顔をする集団を下位者として取り込みそれ以外の者たちをヒエラルキー最下層へと押し込むそういう政策。
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