最近、「尊厳死」がやたらに強調されてきている。獣医療の世界でも「尊厳死」、ネコもイヌも「尊厳死」である。私はペットに尊厳があるなんて思っていないが、彼らには安楽死の道が残されているだけヒトより恵まれていると思う。
高齢化で家族内人間関係が変わってきて、高齢者の死生観が変わりつつあると言われる日本でも、「尊厳死」を法的に認めるという国民的な合意は得られにくい。
内閣府の調査によると、65歳以上で「少しでも延命できるよう、あらゆる医療をしてほしい」と回答した人の割合は4.7%と少なく、一方で「延命のみを目的とした医療は行わず、自然にまかせてほしい」と回答した人の割合は91.1%と9割を超えた。
しかし、私の目から見て、高齢者は実際にはほぼ100%延命治療を受けている。
いや、延命治療を受けている本人、家族も延命治療を受けているという認識もないまま受けている。この内閣府の調査は私から見て概論的には素晴らしい結果を示していると思うのだが、延命治療の定義も延命治療にどのようなものがあるかも何も示していない状態で行われているのだろう。だから、こんな内容の無いイメージ的結果が示されるのだ。
各種の疾患の結果、自力で食事を摂取することができなくなった患者は、特に高齢者の場合はそのまま放っておくと恐らく2週間前後しか生きられない。
実際に、自力で食事を摂取量が低下すると主治医はほぼ100%点滴を行う。その主治医ですらこの時点から延命治療を開始した、という認識は持たない。点滴は一番当たり前の医療行為の一つである。
「延命治療など嫌だ。自分はいわゆるピンピンコロリと逝きたい。」2018年にホスピス財団が実施した調査では、「心臓病などで突然ポックリと死ぬ」という死を希望する人が77.7%に上ったという。
現実にはぽっくり死することは稀。多くのヒトは病気になって、だんだん悪くなり衰弱し、自分が分からなくなっり、人の助け、延命治療を受けながらが最期を迎える、これが通常のコース。
病院に入院していると点滴、栄養チューブ、尿の管、呼吸の管等色々なチューブを入れられて、管を抜かれないように手にミトン型の厚い手袋をされたりして、自由を拘束される。
このような延命治療・延命処置は、回復の見込みの無い人に対する「延命だけを目的」とした医療行為の事を指す。
では延命治療とは具体的にどんなものか、上記の医療的処置は肺炎等の急性期の病気や外傷の治療、手術の際にも行われるもので回復を目指す治療と内容的には差がない。