大津時代の大親友Wちゃんの息子T矢くん、次男くんの幼なじみでもある彼が、日本から遊びに来てくれました。
うちの中は猫たちのことでとんでもないカオスではありましたが、こういう時こそこんなサプライズがありがたい!
数年であれ、生まれ育った土地(三つの県の境)から、事情をちゃんと理解できないまま、遠く離れた大津に連れて来られた息子たち。
散々断られ続けてほとんど諦めかけた末に、やっと借りることができた古い町の、元置屋だった長屋の近くに、その幼稚園はありました。
自由教育というか、型にはまらず、子どもたちの自主性をまず第一に考えてくれる教育方針は、過疎の田舎のそれとは全く趣が違い、とても興味深いものでした。
そこに、T矢くんも通っていたのでした。
初めてT矢くんのご両親を遠目から見た時は、ああ、わたしとは全く違う世界に暮らしている人たちなんだなあ…などと思っていました。
実際に、文字通り夜逃げをしてきたわたしたちには、余裕などというものは全く無く、生活用品や家具のほとんどは、大型ゴミの山の中から見つけて持ち帰った物ばかり。
食料も、市場の売れ残りをこっそりいただいたりするような生活をしていたので、どの人もみな裕福で幸せに見えたものでした。
なので、友だちとして付き合うようになるまでは、そこそこ時間がかかりました。
もちろん、友だち付き合いを始めてからも、うちの経済はまだまだ火の車だったのですが…。
仲良くなって、いろんな話をして、長い時間を一緒に過ごしてきました。
その中にはトンデモ?!な事件も数々あって、だから思い出話は尽きません。
8年間の大津時代に終止符を打ち、こちらに移ったのが15年前の4月。
暮らしていた家を空け、引っ越しまでの数日間、居候をさせてもらっていた母の家からJRの電車に乗り、窓の向こうを流れる桜吹雪をぼんやりと見つめていた時のしみじみとした寂しさを、
関空まで見送りに来てくれたT矢くんと親友Wちゃんには見せまいと、片意地を張っていたわたし。
いろんなことが思い出されてきます。
「わ~久しぶり~!」
「あ~おばちゃんや~!」
懐かしいT矢くんの「おばちゃん」が聞けて、さっそくウルウルしそうなわたし。
こんなおばちゃん相手に、いろいろと話をしてくれる、それはそれは心優しい青年です。
「おんなじ匂いがする」
「え?」
「大津の時の家とおんなじ匂い」
「まさか…全然家も違うのに…」
「でも僕、大津の家に入った時にいっつも匂ってた匂い、はっきり覚えてるから。それとおんなじやから」
T矢くんの記憶力はすごいのです。
家の横の路地と畑の間にかかっていた小さな木の橋のふもとに、オロナミンCの看板が落ちてた、などなど…。
なんでそんなことを覚えているのだ?ということをいっぱい覚えていて、いろいろと話してくれました。
幼稚園児だったT矢くんと出会い、小学生の高学年になったところでお別れして、26才の青年として再会したのですが、
過酷だった就職活動のこと、今回の旅行直前まで勤めていた会社のことなどをいろいろ聞いて、
彼がそれらの経験からたくさんのことを学び、また、ここ一番という時に自分を大切にでき、それを元に決断できる大人になったことを知り、おばちゃんながら誇らしく、嬉しく思いました。
うちの空と海と仲良くしたい気満々なT矢くん。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/1a/68/8e8e85c9e9fe45f592b3bc1e2124976a.jpg)
あの手この手で、
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/52/6a/2f1b3b77af4e1ef571c2f3c9fe55627e.jpg)
ようやく二匹が釣れそうです。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/79/86/c705e99fe7920f21791de75e24cc560b.jpg)
たった3日間の観光でしたが、ちょうど、マンハッタンならお任せ!の次男くんがニート中だったこともあり、超過密スケジュールを敢行したようです。
わたしは猫の世話おババと化してしまっていたし、ろくすっぽ眠れない夜が続いていた最中だったので、目の下のクマがハンパではなく…、
でも、そういう時にこそ、気分転換というか、T矢くんが来てくれたことは、とても嬉しいものでした。
得意のギターを弾くT矢くん。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/21/4a/8afca57442f32224a7b6a7f41007835a.jpg)
うちによく来るカーディナルくん。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/1f/99/c66a9d217e87ea855731d1f5d243c125.jpg)
なんか真っ赤で美味そうやなあ…じぃ~…。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/4c/12/7e95c7e9dc252f2431a78fab78bc879f.jpg)
みんなで記念撮影。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/12/f4/a17ef9fe044134d1f9f883d85ecb0f39.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/15/a9/3b167029cc3779d5cae56e79aa5b22ab.jpg)
すっきり晴れた最後の観光日。よかったよかった。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/12/c8/6bcffaa7026247929d9a84a2ac7e42b3.jpg)
今度は彼女とまたおいでね!
うちの中は猫たちのことでとんでもないカオスではありましたが、こういう時こそこんなサプライズがありがたい!
数年であれ、生まれ育った土地(三つの県の境)から、事情をちゃんと理解できないまま、遠く離れた大津に連れて来られた息子たち。
散々断られ続けてほとんど諦めかけた末に、やっと借りることができた古い町の、元置屋だった長屋の近くに、その幼稚園はありました。
自由教育というか、型にはまらず、子どもたちの自主性をまず第一に考えてくれる教育方針は、過疎の田舎のそれとは全く趣が違い、とても興味深いものでした。
そこに、T矢くんも通っていたのでした。
初めてT矢くんのご両親を遠目から見た時は、ああ、わたしとは全く違う世界に暮らしている人たちなんだなあ…などと思っていました。
実際に、文字通り夜逃げをしてきたわたしたちには、余裕などというものは全く無く、生活用品や家具のほとんどは、大型ゴミの山の中から見つけて持ち帰った物ばかり。
食料も、市場の売れ残りをこっそりいただいたりするような生活をしていたので、どの人もみな裕福で幸せに見えたものでした。
なので、友だちとして付き合うようになるまでは、そこそこ時間がかかりました。
もちろん、友だち付き合いを始めてからも、うちの経済はまだまだ火の車だったのですが…。
仲良くなって、いろんな話をして、長い時間を一緒に過ごしてきました。
その中にはトンデモ?!な事件も数々あって、だから思い出話は尽きません。
8年間の大津時代に終止符を打ち、こちらに移ったのが15年前の4月。
暮らしていた家を空け、引っ越しまでの数日間、居候をさせてもらっていた母の家からJRの電車に乗り、窓の向こうを流れる桜吹雪をぼんやりと見つめていた時のしみじみとした寂しさを、
関空まで見送りに来てくれたT矢くんと親友Wちゃんには見せまいと、片意地を張っていたわたし。
いろんなことが思い出されてきます。
「わ~久しぶり~!」
「あ~おばちゃんや~!」
懐かしいT矢くんの「おばちゃん」が聞けて、さっそくウルウルしそうなわたし。
こんなおばちゃん相手に、いろいろと話をしてくれる、それはそれは心優しい青年です。
「おんなじ匂いがする」
「え?」
「大津の時の家とおんなじ匂い」
「まさか…全然家も違うのに…」
「でも僕、大津の家に入った時にいっつも匂ってた匂い、はっきり覚えてるから。それとおんなじやから」
T矢くんの記憶力はすごいのです。
家の横の路地と畑の間にかかっていた小さな木の橋のふもとに、オロナミンCの看板が落ちてた、などなど…。
なんでそんなことを覚えているのだ?ということをいっぱい覚えていて、いろいろと話してくれました。
幼稚園児だったT矢くんと出会い、小学生の高学年になったところでお別れして、26才の青年として再会したのですが、
過酷だった就職活動のこと、今回の旅行直前まで勤めていた会社のことなどをいろいろ聞いて、
彼がそれらの経験からたくさんのことを学び、また、ここ一番という時に自分を大切にでき、それを元に決断できる大人になったことを知り、おばちゃんながら誇らしく、嬉しく思いました。
うちの空と海と仲良くしたい気満々なT矢くん。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/1a/68/8e8e85c9e9fe45f592b3bc1e2124976a.jpg)
あの手この手で、
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/52/6a/2f1b3b77af4e1ef571c2f3c9fe55627e.jpg)
ようやく二匹が釣れそうです。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/79/86/c705e99fe7920f21791de75e24cc560b.jpg)
たった3日間の観光でしたが、ちょうど、マンハッタンならお任せ!の次男くんがニート中だったこともあり、超過密スケジュールを敢行したようです。
わたしは猫の世話おババと化してしまっていたし、ろくすっぽ眠れない夜が続いていた最中だったので、目の下のクマがハンパではなく…、
でも、そういう時にこそ、気分転換というか、T矢くんが来てくれたことは、とても嬉しいものでした。
得意のギターを弾くT矢くん。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/21/4a/8afca57442f32224a7b6a7f41007835a.jpg)
うちによく来るカーディナルくん。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/1f/99/c66a9d217e87ea855731d1f5d243c125.jpg)
なんか真っ赤で美味そうやなあ…じぃ~…。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/4c/12/7e95c7e9dc252f2431a78fab78bc879f.jpg)
みんなで記念撮影。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/12/f4/a17ef9fe044134d1f9f883d85ecb0f39.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/15/a9/3b167029cc3779d5cae56e79aa5b22ab.jpg)
すっきり晴れた最後の観光日。よかったよかった。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/12/c8/6bcffaa7026247929d9a84a2ac7e42b3.jpg)
今度は彼女とまたおいでね!
それで、カーディナルというのはあの真っ赤っかな鳥ショウジョウコウカンチョウ(日本名)の英語版の学名でして、彼の名前というのではありません。
ややっこしい書き方をしてすみません!!