ウィンザー通信

アメリカ東海岸の小さな町で、米国人鍼灸師の夫&空ちゃん海ちゃんと暮らすピアノ弾き&教師の、日々の思いをつづります。

「米国に挑む二つの島、それを支え共に闘い、北東アジアにまん延する軍拡競争を和らげよう」Ahn氏

2015年03月02日 | 日本とわたし
すっかりくたばっていた昨日は、一昨日から2日間の予定で、Helen Caldicott博士による『核兵器廃絶』のシンポジウムが行われていました。
お話を伺いたい方ばかりの講演会でしたが、どうにも体がついてきてくれないので、参加した歩美ちゃんからまた、話を聞かせてもらおうと思っていたところ、
昨日の記事『「政府のやることはあまりにも幼稚。日本国民であることが情けなく、とても悲しい」辺野古地元高校生』に、こんなコメントを入れてくれました。

『Helen Caldicott博士の「核兵器廃絶」のシンポに行って参りました。
昨日は、奇しくもブラボー水爆実験の、61回目の記念日。
アメリカ軍のせいで、健康のみならず、放射能汚染で住んでいる島を離れなければならず、
その後も健康被害に対する補償もなく、医療へのアクセスもなく、アメリカへの市民権や移民としてのスティタスも認められず、保険にも加入できないマーシャル諸島の人々の、
「失われたシンプルライフ、美しい海と豊富な魚、フルーツ、そして先祖からの神聖な土地、文化そのものを失った悲しみ」、
そして今では、気象変動による海面上昇により、島自体を失おうとしている事実…、
沖縄の人々と重なるのです。

3月26日、もうすぐ沖縄戦から70周年の日が来ます』









米国に挑む二つの島

正義への責任
ー世界から沖縄へー
クリスティーン・アン氏(著述業、平和活動家)

沖縄と朝鮮、つながる闘い

去る12月、辺野古の海岸を歩きながら、この地での基地建設反対の闘いと、韓国済州島の海軍基地建設反対運動との相似性を考えた。
どちらも、人々は、持てる全てを注ぎ込んできた
日々の暮らし、貯金、家族との関係、身の安全、時には自由さえも

地域社会を軍事化から守り、あらゆる生命体が依存している貴重な生態系を守るためだ。
どちらの地も、中央政府に軽んじられてきた歴史を持つが、沖縄人も済州島住民も、自国政府と、世界最強の軍隊を持つ米国に対して、挑戦してきた

私が昨年、沖縄に行ったのは、翁長雄志氏が、新基地反対の立場で知事選に勝った直後であったが、その時思った。
済州島住民はどうして、基地建設を招いた非民主的な過程に立ち挑む指導者を、選ぶことができなかったのか。

一つの大きな違いは、沖縄の場合、基地の主体は明らかに外国勢力であり、特に、女性や子どもへの性暴力という、凶悪犯罪の歴史を抱える海兵隊の基地であることだ。
済州島の場合は、米軍が新吉を使う、という証拠はそろっているが、公式には、自国防衛のためとされている。

さらに深く考えると、双方の島の抵抗運動の接点は、未解決の朝鮮戦争にある
この戦争は、7千万人の国民を、いまだに戦争状態下に置いたままだ。
1945年、日本の敗戦後、米国は、35年間日本の植民支配下にあった朝鮮半島に上陸した。
解放と主権回復を待ち望んでいた朝鮮の人々の合意もなく、米国とソ連は、半島を、38度線で分断した。

この分断は一時的なものであるはずだったが、別々の国家が形成され、1950年から53年の朝鮮戦争を招いた
この戦争は、400万にも及ぶとされる死者(主に朝鮮の民間人)を生んだ後、53年7月27日に、北朝鮮、中国両軍と、国連軍を代表する米国による休戦協定が結ばれた。
3ヶ月以内には平和条約に調印する、との約束があったが、62年経った今も、我々は待たされたままだ。


人権抑圧に戦争利用

■紛争解決へ女性の力を

朝鮮戦争が未解決であることにより、南北の政府と日本、中国、米国といった地域の勢力が、ミサイル防衛から核兵器開発まで、巨額な軍事投資をしてきた
それに伴い、社会福祉、教育、育児支援といった分野への投資不足が恒常化している
沖縄でも、新基地を容認させるために、北朝鮮の脅威が利用されてきたと、平和運動家の高里鈴代氏は、私に語った。

また、南北両政府は、未解決の朝鮮戦争を、国家安全保障の名目で、人権抑圧に利用している
北朝鮮のそれは周知の通りだが、あまり知られていないのは、
韓国政府が、体制に抵抗する人、特に北朝鮮に同情的だったり関与したりする人を訴追するために、時代遅れの国家保安法(1948年施行)を用いていることだ。

国連人権委員会などが、韓国に対し、この曖昧な冷戦時の法律を、撤廃するよう勧告している。
1月には、コリア系米国人で54歳の主婦、シン・ウンミ氏が、北朝鮮への旅行記で、
当地の人々がいかに心優しく、朝鮮統一を望んでいるかということを書いただけで、
韓国政府は、国家保安法を用いて国外退去させ、5年間の入国禁止処分にしている。


しかし、朝鮮半島の分断がもたらした一番の悲劇は、幅約4キロの非武装中立地帯(DMZ)を挟んで、何百万もの家族が、離れ離れのままであることであろう。
昨年4月、韓国の朴槿恵大統領は、ドイツのドレスデンで、朝鮮統一について演説し、
2013年だけで3800人余りの人が、せめてもう一度我が子の手を握ることさえできれば、せめて生きていることだけでも分かればと願いながら、亡くなりました」と語った。

このような戦争状態を終わらせ、離散家族が再び一緒になれるよう、きたる5月24日、女性平和活動家30人が、南北朝鮮の女性たちと、
2015朝鮮半島の平和のための女性ウォーク」を行う。
ピョンヤンとソウルで、国際平和シンポジウムを開催し、南北朝鮮の女性たちの経験に耳を傾け、
戦争終結のために、どうやって女性の力を集結していくか話し合う。
私たちの望みは、平和を象徴する行動として、非武装中立地帯を歩いて渡ることだ。


■平和と和解は可能

平和が達成可能なものであり、それは、女性の地位向上と表裏一体であることは、歴史が示してきた通りである。
このウォークに参加するマイレード・マグワイア氏やレイマ・ボウィ氏は、それぞれ北アイルランド、リベリアの紛争解決に、具体的な役割を果たし、ノーベル平和賞を受賞した。
これらのケースのように、我々の非武装中立地帯を歩く試みにより、
朝鮮半島の緊張を緩和し、平和と和解は実際に可能なのであるという気持ちを、新たにすることができる。

私が朝鮮半島の問題に関与し始めたのは、1990年代、北朝鮮の食糧危機を知ったときだ。
北朝鮮問題を学べば学ぶほど、全ては、未解決の朝鮮戦争に起因していることが分かった。
私は、米国に住むコリア系米国人として、朝鮮半島を分断し固定化した米国政府の過ちを、米国国民に教えていく責任がある、と思った。

朝鮮半島の紛争を解決することは、その地の人々に、癒しと平和をもたらすだけではなく、
北東アジアにまん延する軍拡競争を、和らげる役割を果たす
だろう。
世界軍事予算のトップ10のうち、5カ国ー米国、中国、ロシア、日本、韓国ーが、この地域で軍事展開していることを考えると、その影響力は絶大である。

沖縄の人々が主権回復を求めているのと同様、朝鮮半島の人々も、他国の干渉を受けずに自己決定できるようになる将来を切望している。
覚えていてほしいことは、我々の闘いは全てつながっており、
沖縄の人々が基地なき平和な沖縄をたゆまず希求するとき、希望の光が地域全体、そして世界に照らされる
、ということだ。
よりよい未来の実現のために闘おう。

〓クリスティーン・アン(Christine Ahn)
ハワイ在住の著述家、平和活動家。
5月の、北緯38度線を渡る行動を率いる『女性たちが非軍事化する地帯』(womencrossdmz.org)代表。
コリア政策研究所、および『朝鮮戦争終結のための全米キャンペーン』共同代表。
『ニューヨーク・タイムズ』、『ネイション』など、主要メディアに執筆。
娘は、済州島にちなみ、Jejuと名付けた。




軍事暴力に国境はない ‥‥ 梅香里・沖縄・湯布院の人々による地域合作ドキュメンタリー

この梅香里(メヒャンニ)についての文章を、引用させていただきます。

韓国の米軍基地と反基地運動
引用元:http://www1.jca.apc.org/iken30/News2/N61/N61-11.htm
2000年8月
梅香里(メヒャンニ)、米空軍爆撃演習場

韓国の首都ソウルから南に60㎞、かつては「梅の香りが村を覆う」と呼ばれた梅香里は、
米軍の50年に亘る射撃、爆撃演習場として、「戦場」そのままの様相を残しています

米軍地上攻撃機による陸上機銃掃射演習場と、原爆の模擬投下訓練や、劣化ウラン弾などの砲弾を撃ち込む海上演習場を併設した梅香里は、
爆音被害や誤爆事故によって、人の住める地域ではないことが、米軍自らの科学的調査結果でも明らかになっているところです。
しかし、「人が住んでいるということが、実際の攻撃を想定した演習を実施できる好条件」と米軍人が言うほど、戦争の実験場になってしまっているのです。

長い間の米軍による実弾演習で、梅香里沖に浮かぶ一つの島は、跡形も無く消え去り、更にもう一つの島も、海上に僅かにその存在を現すのみとなっています。

今年(2000年)の5月8日には、演習中の米軍機がエンジントラブルを起こし、500ポンド爆弾が6つ、一挙に投下されました。

その事件に対する韓米合同調査団が、「直接被害無し」の発表を行うや、梅香里の住民たちは、直接闘争に立ち上がりました
そして、韓国全土から支援に駆けつけた人々と共に、現在、連日の反米軍基地闘争を、力強く展開しています。

日毎に高まる現地闘争は、沖縄や米海軍射撃場のあるプエルトリコのビエケス島住民とも、連帯闘争を繰り広げるべく、
戦闘警察の過酷な弾圧にも負けず、逮捕者、負傷者を出しながらも、果敢に闘われています。

彼らはもはや、「ヤンキーゴーホーム」を、堂々と声高らかに叫んでいます。
さる5月の「南北頂上会談」の流れも相まって、韓国では、米軍の存在そのものに対する熱い闘いが、
強靱な韓国民衆のエネルギーをもって、更に高まっていくでしょう。
いまや、従来考えられなかった劇的変化に向けて、すでに歴史は動き出しているのです。




↓海兵隊員として沖縄に駐留したことがある、政治学者ダグラス・ラミス氏のコメントです。


昔から、植民地管理というのは“間接統治”。

住民を統治側に立たせ、彼らを通して弾圧する。

植民地の伝統的なやり方。



自分たちが長年の間置かれていた立場が、まさか植民地同様のものであったとは、思いもしませんでした。
でも、それを踏まえて社会を見つめ直してみると、だからか…と納得がいくことがわらわらと出てきました。

アジア大陸に、NATOの基地を作らせないぞという強い意思を持って、諸国が連帯する必要があります。
わたしたちの闘いの全てはつながっている。
基地なき平和な沖縄を、稼働原発なき本土を、たゆまず希求する。
そしてその行動により生まれる希望に光が、その地域全体、日本、アジア、そして世界を照らす時が来るまで、
手をつなぎ、心をつなぎして、闘いを受け継いでいきたいと思います。
闘いという言葉は、時に強すぎる印象を与えるかもしれません。
闘いはなにも、手を振り上げたり、声を張り上げたりするだけのものではありません。
知ろうとする意欲を持つこと、知り得たことを身近な人と語り合うこと、伝えてみること、どこかに連絡をしてみること、
それらすべてが、闘うこととつながっています。
特別なことのように思わず、まず何かモヤモヤと不明なことがないか、じっくり考えてみませんか?