天命を知る齢に成りながらその命を果たせなかった男の人生懺悔録

人生のターミナルに近づきながら、己の信念を貫けなかった弱い男が、その生き様を回想し懺悔告白します

総理就任に際し所信声明演説で『米百表』を言及した小泉純一郎氏に危急存亡を斟酌され最後のご奉公を御願い

2011-03-21 14:42:20 | 日記
今日の続編日記は、私が神奈川県知事選の立候補を熱望した元首相・小泉純一郎氏のことです。私は、3月19日付日記で私の衷心よりの願い『神奈川県知事選に国を憂い引退を撤回し4選出場した石原都知事のように元首相・小泉純一郎氏に立候補を熱望』を吐露しました。以下は、その熱望の続きです。
小泉純一郎氏はかって、自民党が下野した1994年5月に派閥横断的な政策集団『グループ・新世紀』を結成しています。その集団には国会議員が64名が参集し、小泉純一郎氏がその座長に就任しました。その集団のメインスローガンは『夢と若さとフロンティア』で、サブスローガンとして、次の3項目を掲げています。
・独裁政治と官僚政治を排除し、政治を国民のものとする
・国民の活力を引き出し、夢と希望のある社会をつくる
・日本の安全を守り、地域社会の連帯と福祉に貢献する
この16年前以上の国政スローガンですが、今回の大震災後の地域社会にも、合致する素晴らしい目標です。特に、3番目の項目『地域社会の連帯と福祉に貢献』は、震災後の早急な課題として浮上してきています。
神奈川県のお隣の東京都では、石原慎太郎都知事が強いリーダーシップを発揮しています。彼と伍して広域首都圏連合を強く推進できるのは、石原都知事より10歳近く若く変人・信念の人である小泉純一郎氏以外に見当たらないと、私は思っています。
小泉純一郎氏は、総理就任に際し所信声明演説で、明治維新戦乱時の越後長岡藩・小林虎三郎の『米百表』を紹介しています。小泉純一郎氏は、非常時は目前の対応を小手先で簡単に行なうことでなく、中長期に及ぶ先見力・それに対応する果断的な行動力が必要だと訴えたのだと、私は今思っています。
今まさに、その危急の時が、再び到来しました。小泉純一郎氏はまだ69歳です。充分に神奈川県政を担うだけの体力・気力をお持ちのはずです。是非、小泉純一郎氏にはこの「危急存亡の秋」を斟酌されて、「最後のご奉公」を、私は衷心より御願いしたいです。
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20日再開のNHK大河ドラマ『江~姫たちの戦国』脚本家田渕久美子氏はお江が溺愛した次男徳川忠長を失念

2011-03-21 11:27:34 | 日記
今日の日記は、今読んでいる雑誌『文藝春秋2011年2月号』の記事「新春大河対談 お江から篤姫へ 田渕久美子 上野樹里」のことです。添付した写真は、この記事の冒頭ページの抜粋です。
東日本大震災で放送休止していたNHK番組大河ドラマ『江~姫たちの戦国』(日曜後8・0)が20日から再開されました。この番組紹介は、NHKのHPによると、『篤姫ブームを巻き起こした作家・田渕久美子が描く"女たちの心のスペクタクルドラマ"が、今をときめく豪華キャストのみなさんの競演で、まもなく幕を開けます!!』とあります。
しかし、”女たちの心のスペクタクルドラマ”を描くのに、歴史的史実を全く無視して製作することに、私は強い拒否感を抱いています。だから、番組が再開されても、この『江~姫たちの戦国』を私は決して観ることはないです。この番組の原作・脚本家の田渕久美子の作家としての力量に強い疑問を抱いているからです。
それがはっきりと判ったのが、雑誌『文藝春秋2011年2月号』の記事「新春大河対談 お江から篤姫へ」での田渕久美子女史のコメントです。以下にその記事からこの問題コメントを一部抜粋・引用します。
『田渕:江は浅井長政と信長の妹・お市の間に生まれた「浅井三姉妹」の末っ子です。つまり、信長の姪であり、秀吉の嫡男・秀頼の叔母であり、三度目の結婚で後に二代将軍となる秀忠に嫁ぎ、家康の息子の嫁になる。さらに子供は三代将軍家光であり、後水尾天皇のもとに入内した徳川和子です。でも、「戦国を舞台にした江の物語を」とお話をいただいたときは、「えっ、それってどなたですか?」って訊ねてしまったの(笑)。』
この田渕女史は、雑誌で笑ってごまかしていますが、自らの歴史的知識の欠如や過去の著名小説やドラマをまったく知らないことを、恥ずかしくも無く公然と曝け出しています。
何故なら、お江と秀忠との間に生まれて、お江が溺愛した重要人物である次男・徳川忠長をまったく失念しているからです。娘の徳川和子を挙げるより、長男家光と確執のあった次男の徳川忠長に気付き、その存在を深く考えるべきです。だから、徳川忠長をまったく知らない彼女に、私は唖然としました。
そして、自己の歴史に関する知識不足を棚上げにして『実際は違うでしょうが、私の作る江は、当事者に会って真意を聞かなかれば気が済まない人だったとしたのです』と語る脚本家が描くドラマには、何の説得力もありません。こんな番組製作は、まったく資源の浪費です。
だから、私はこんな脚本家を抜擢したNHK番組制作者の責任は、とても大きいと思っています。
コメント (1)
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