まりっぺのお気楽読書

読書感想文と家系図のブログ。
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スウェーデン王グスタフ1世妃 カタリーナ

2011-08-06 22:55:54 | スウェーデン王妃
婚約者と別れさせられ…Part.2
グスタフ1世妃 カタリーナ・ステンボック


1535~1621/在位 1552~1560

前妃マルガレータをこよなく愛していたと思われるグスタフ1世は
マルガレータが亡くなると深く悲しみましたが、1年後に再婚しました。

グスタフにはすでに3人の王子がいたので、再婚する必要もないように思えますが…
(しかもこの3人は後々激しい相続争いをおこします)

三人目の妃に選ばれたカタリーナの母ブリタは前妃マルガレータの姉にあたります。
    
グスタフが再婚を決めた時、カタリーナには婚約者がいました。
なんでもグスタフが求婚のために館を訪れた時には
逃げ出して草むらの中に身を潜めたということです。
16歳の娘さんですものね… 40歳も年上の人の嫁になれっていきなり言われても…

そんな新妻の気を察してか、結婚式は盛大に挙げられ
戴冠式の後のパーティーは3日間におよびました。

でもグスタフ自身が認めているように、結婚生活は幸せではありませんでした。
カタリーナは婚約者だったグスタフ・ロソルが忘れられなかったのね…
寝言で(元婚約者)グスタフの名を呼んだり
「王は優しくしてくれるけど、あなたを忘れないわ」なんてことを言ったりします。

結婚の翌年ぐらいからグスタフの健康は衰えを見せ始めて
残りの結婚生活は奥さんとしてより看護婦さんとして過ごしました。
カタリーナが妊娠したという説もありますが、子供は生まれていません。

結婚から8年、グスタフ1世が亡くなりました。
カタリーナは25歳、大好きだった元婚約者と再婚してもよい年ごろですが
再婚はしませんでした。

夫を亡くして嫡子がいない後妻は後ろ盾を無くしたようなもので
辛い立場に立たされることが多いのですが、カタリーナは違いました。
(義理の)末っ子カール(9世)とは土地をめぐってゴタゴタがありましたが
ヨハン3世とはとても良好な関係を築いていました。

領土から多くの利益を得ていたカタリーナは、義理の息子にあたるエリク14世や
ヨハン3世などにお金を融通してあげたりしたようです。
宮廷のファーストレディを務めた時期もありました。
スウェーデンで初の “ 国王の未亡人 ” の称号も得ています。

1568年に(義理の)息子のエリク14世が退位させられた時に城から救出してくれた
娘婿ザクセン=ローエンブルク公マグヌス2世の弟フランツと結婚したいと
考えた時があったようですが、マグヌス2世が阻止しました。
フランツは12歳ぐらい年下なんですけど…いきなりどうしちゃいましたかね?

ちなみにですけど、エリク14世の愛妾から妃になるカリン・マンスドッテル
ヨハン3世の愛妾カリン・ハンスドッテル、グスタフ2世の恋人エヴァ・ブラーエは
それぞれカタリーナの侍女を務めていたことがありました。

王様のお妃や母后の侍女にはけっこう愛妾の座をゲットする人が多いですよね。
ファーストレディですから、見栄えのいい侍女を選びたくなるものなのでしょうけど
あとで痛い目に遭うかも… あまり美しい人を選ばない方がいいのかもしれませんね。

未亡人になってからのカタリーナは慈善活動に打ち込んでいまして
86歳で亡くなった時には “ 貧しき者は友を、親のいない子は母親を失った ” と
国民がたいそう悲しんだそうです。

けっして本人が望んだ結婚ではなかったかもしれませんが
王妃に向いている人だったのかもしれませんね。

そんなカタリーナですが、葬られているウプサラ大聖堂に彼女自身の墓銘碑はないんだって。

(参考文献 武田龍夫氏『物語スウェーデン史』 Wikipedia英語版)
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