ワールドミュージック町十三番地

上海、香港、マカオと流れ、明日はチェニスかモロッコか。港々の歌謡曲をたずねる旅でございます。

アイルランドの歌の泉

2012-11-10 04:16:08 | ヨーロッパ

 ”Legacy of A Quiet Man”by Sinead Stone & Gerard Farrelly

 映画監督のジョン・フォードが、自身のルーツであるアイルランドを舞台に、緑豊かな大自然の中でアイルランドの人々が繰り広げる心温まる恋愛物語を詩情豊かに描いた名作、「静かなる男」の・・・とか、最もらしく書き出してみたが、実はその映画、見たことがないんでお話にならないのでした。毎度、こんなんですまん。一度、見てみたいものだと思っているのですが。
 これは、その映画の主題歌である”The Isle of Innisfree”を作ったアイルランドの国民的作曲家、Dick Farrelly(1916-1990) の作品集。トラッド畑の歌手、Sinead Stone をボーカルに、亡き作曲家の息子、Gerard がピアノを弾く、という形であります。

 それにしても、なんと心洗われるような美しい旋律ばかり並んでいることかと、これには、オーバーな話だが唖然とさせられてしまう。
 その作品には”The Isle of Innisfree”のようなトラッド色の濃い歌曲もあれば、その当時の流行を意識したような、いわゆるポップスっぽい表情を見せる楽曲もある。だがいずれも、その芯に水清きアイルランドの春の息吹がそのまま封じ込められたような、清冽な美しさを孕むメロディばかり。
 やはりここはアイルランドの土地柄を考慮してケルトの響きが云々、なんて話をはじめるのが常道なのかも知れないけれど、確かにこの作曲家には、そのようなものさえ飛び越えて、ピアノ越しにアイルランドの土地の精霊と直に会話を交わしていたのではないか、などと考えてみたくなる浮世離れのした霊感の感触があるのだった。

 ジャケの説明を読んでみると、ほかに本業を持ちつつ、おそらくは半アマチュアみたいな立場で、それでも生涯、歌を作り続けた人のようだ。また、作曲ばかりではなく、自身の書いたメロディにはほぼ全てに彼自身のペンによる歌詞が付けられていた。この辺のエピソードは、厳格な芸術家というより、いかにも街の愛好家らしい趣があり、好感が持てる。
 静かな生涯を送ったのだろうな、などと勝手に想像してみる。そして、アイルランドの野山の風景を思い浮かべてみる。尽きることなく湧いて出てくる美しいメロディに聴き惚れながら。