報恩坊の怪しい偽作家!

 自作の小説がメインのブログです。
 尚、ブログ内全ての作品がフィクションです。
 実際のものとは異なります。

“ユタと愉快な仲間たち” 「束の間ホリデー」 final

2014-10-24 15:04:56 | ユタと愉快な仲間たちシリーズ
[10月19日16:00.さいたま市大宮区三橋 湯快爽快2F 稲生ユウタ&マリアンナ・スカーレット]

「あれ?イリーナさんは?」
 ほどよく温まっているマリアに声を掛けるユタ。
「師匠なら、リラクゼーションをハシゴ中。今、垢スリ受けてる」
「へえ……」
「今度は整体と足裏マッサージ受けるんだって、妙に張り切ってる」
「それ、富士宮でもやってましたよね?」
「そろそろ師匠の体も限界なんだよ」
「僕が生きてる間に、姿が変わっちゃうんですね……」
「まあ、師匠のことだから、いい切り札を持ってると思うけどね」
 そういうマリアの肩を揉むのはミク人形とフランス人形。
「なるほど……」
「ああ、私は変わんないよ。数百年は」
「それは良かったです」
「……ユウタ君は、これでいいの?」
「え?何がですか?」
「師匠みたいなモデル体型じゃなくて、私みたいな幼児体型でいいの?」
「幼児体型だなんて、そんな……!僕は素直にマリアさんみたいな人を、『お人形さんみたいでかわいい』と思ったんです」
「数十年はきっとこのままだよ?いいの?」
「もちろんです」
「おうおう、それってユタが魔道師になるって前提の話だろ?」
「キノ!」
 そこへ、キノと江蓮がやってきた。
「……威吹のヤツ、何か言ってなかったか?」
「キノの悪口なら言ってた」
「あー、そーかよ!って、そうじゃねぇ!あいつ、魔界に行くのかって!」
「魔界正規軍?勧誘の話はあるみたいだけど、実際どうなんだか……」
 ユタは首を傾げた。
「けっ、そうか……」
「キノ、もしかして、キミの所にも……?」
 ユタは意外そうな顔をした。
「なりふり構っていられねぇって話だ。オレは獄卒の仕事が忙しいって断ったけどな」
 すると江蓮がジト目でキノを見た。
「なーにがだよ。『正規軍として従軍したら、除隊後は無条件で獄卒に復帰させる』という条件突き付けられたんだろーが」
「えっ、そうなの!?」
「え、江蓮!余計なこと言うんじゃねぇ!」
「地獄界を牛耳る鬼族が、魔界の干渉を受けるのか?」
 マリアも訝し気な顔をした。
「だから、そんな話信じられねーから、断ったんだっつの!」
「もちろん除隊の条件は、『普通除隊以上』だそうだ。普通除隊以上って何?魔道師さんなら知ってる?」
 江蓮が珍しくマリアに面と向かって聞く。
「ああ。要はアメリカ軍と同じ。上から順に名誉除隊、普通除隊、非名誉除隊、不行跡除隊、不名誉除隊の5つがある。魔界正規軍の良い辞め方は、最初の2つ。あとの3つは言葉からイメージできると思うが、あまり良くない。特に不名誉除隊なんて、重大な軍紀違反をしでかして軍法会議に掛けられた上、投獄された者に課せられるものだ。魔界で生きて行けなくなるとも言われている。名誉除隊は軍人としての勤務成績が概ね良好で、軍法会議の対象にならなかった場合、退役時に名誉除隊証書が交付される。3年以上の軍歴を有する名誉除隊者には「善行章」も授与される。これに該当する者は、退役後も魔界で様々な恩恵を受けられる。恐らく、『無条件で獄卒に復帰』というのも、そこから来ているんだと思う」
「すると、普通除隊というのは、そこまでではなくても、一応満期で兵役を務め上げた人ということですかね?」
「そんなところだ」
 ユタの質問にマリアは大きく頷いた。
「威吹なんてオレから言わせてみりゃ、兵役逃れの為に海外逃亡しているようなもんだぜ」
「オメーも人のこと言えねーだろ」
 江蓮が突っ込んだ。

[同日17:30.大宮駅西口行き送迎バス車内 ユタ、威吹、カンジ、イリーナ、マリア]

「はい、発車しまーす」
 マイクロバスにはエアブレーキやエアサスペンションが搭載されていないせいか、自動ドアも空気圧ではなく、電動で開閉する。
「だいぶ、外は暗くなりましたねー」
「もう秋だ」
 車内にはオレンジ色の明かりが灯っているが、路線バスの照明同様、そんなに明るいものではない。
「マリアさん達は、いつ頃出発するんですか?」
 2人席に座るユタとマリア。
 ユタは隣にちょこんと座るマリアに話し掛けた。
「ユウタ君の家からにしたい。師匠の魔法なら、ほんの一瞬だ」
「“ルーラ”ですね」
「ルーラ?」
「とある有名RPGで、瞬間移動の魔法の名前です」
「そんなのがあるのか。魔法に名前……」
 マリアは首を傾げた。
「魔法に名前が無い?」
「名前なんて……付けませんよね、師匠?」
「クカー……」
 イリーナは1人席に腰掛け、寝ていた。
「またか……」
「相変わらず寝落ち早い人だなぁ……」
「多分、詠唱の最後に3文字前後の言葉を放つから、それが便宜上、『魔法の名前』になったんじゃないか」
「そうですか。(唱題とは違うな)」
 と、思う。
 マリアはユタから目を放し、目を進行方向に向けてボソッと言った。
「魔道師になれば……勤行はやらなくて済む……」
「はい?」

[同日18:00.さいたま市大宮区仲町(南銀座)の居酒屋 上記メンバー]

「はい、カンパーイ!」
「いいのか?酔っぱらって魔法使えなくなるんじゃないか?」
 威吹はニヤッと笑った。
「だーいじょーぶだって。何百年魔道師やってるって思ってんの」
「1000年だろ。さり気なく歳サバ読むな」
 威吹がすかさず突っ込んだ。
「本当に大丈夫かよ……」
「先生、どうぞ」
 カンジが威吹に酒を注ぐ。
「ああ、すまん」
「温泉で会った鬼と女子高生は帰ったのか?」
 マリアの質問にユタが答えた。
「ええ。僕達より1本前のバスで帰ったらしいです」
「まあ、17歳の“獲物”が一緒ですから、ここにはいないでしょう」
 カンジはユタに同調するように頷いた。

[同日20:00.JR大宮駅東口タクシー乗り場 上記メンバー]

「うぃー……すまないねぇ……」
「絶対こうなると思った!」
 千鳥足のイリーナ。
 それを支えるユタと威吹。
「5人はタクシーに乗れませんから、分けて乗りましょう」
「威吹、悪いけど、イリーナさんを家までは運んできてくれない?」
「ユタがそう言うのなら……」
「師匠、タクシー代くらい下さいよ。あなたが酔い潰れたせいなんだから」
 マリアは師匠にたかった。
「1万もあれば足りるかねぇ……」
「いえ、1000円でいいです。逆に、お釣り無いって断られそうなんで」
「師匠、先に行ってください。私達は後の車で行きます」
「そうかい。ちゃんとついてきなよ」
「もちろんです」
 というわけで、ユタはマリアと後続車へ。
 ユタは運転手に行き先を告げた。
 すぐにタクシーは乗り場を発車した。
「マリアさん、どうして威吹達を先に行かせたんですか?」
「ユウタ君に言うのも何だけど、あいつらが師匠を途中で捨てて行かないかって警戒してる」
「はは、まさか……」
「こうして、私達が後ろから監視すればそんなことはしないだろう」
「そりゃもう……」

[同日21:00.ユタの家 上記メンバー]

 家に着いた後、少し酔いを覚ましてから、イリーナは魔法の準備を始めた。
「魔法陣書かなきゃいけないんですね」
 ユタは庭先に書かれた魔法陣を見た。
「人んちの庭に落書きすんなよ」
 と、威吹。
「まあまあ」
「ごめんね。魔法使ったら、きれいさっぱり消えるから」
 酔い潰れかけていたイリーナだったが、今ではすっかり元に戻っている。
(これぞ、魔道師の不思議)
 と、ユタ。
 魔法の準備ができたようで、2人の魔道師は魔法陣の中に入った。
「それじゃ、ユウタ君。またいつでも遊びに来てね」
「こちらこそ、いつでも来てください」
「魔道師になる覚悟……決めてくれると嬉しいな」
「ユタを惑わすな」
「威吹君も、今後の進路を早く決めた方がいいわよ」
「黙れ!大きなお世話だ!」
 魔法陣に緑色の光が浮かび上がる。
「パペ、サタン、パペ、サタン、アレッペ。……」
 修行の一環なのか、はたまたやっぱり酒の残量が多いのか、呪文の詠唱はマリアが行った。
「ラ・ウ・ル・ウラ!
 2人の魔道師は光に包まれ、姿を消した。
 そしてイリーナの言う通り、魔法陣は影も形も無くなっていた。
「全く。嵐のような魔道師共だ。ユタ、家の中に入ろう。だいぶ冷え込んで来た。せっかく温泉に入ったのに、風邪を引いては元も子もない」
 威吹はユタを促した。
 しかしユタは、
「“ルーラ”じゃん!」
 妖狐2人には訳の分からぬことを口走った。
「ユタ、唱題して魔道師達の誑惑を断ち切るんだ!」
 謗法たる稲荷信仰の手先、妖狐が仏法の唱題を勧めるほどに、魔法は危険なものだと察知したようである。

                                                     束の間ホリデー 終
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“ユタと愉快な仲間たち” 「束の間ホリデー」 2

2014-10-24 04:20:56 | ユタと愉快な仲間たちシリーズ
[10月19日13:22.イオンモール与野バス停 稲生ユウタ、威吹邪甲、威波莞爾、イリーナ・レヴィア・ブリジッド、マリアンナ・スカーレット]

「いやあ、いい買い物したねぇ……」
「『いい商売』の間違いだろ」
 イリーナの言葉に、威吹がツッコミを入れた。
「一応、荷物は大宮駅のコインロッカーに入れて、それから向かいましょうか」
「そうだね。よろしくね」
 そんなことを話しているうちに、バスがやってきた。

〔「大宮駅西口行きです」〕

 大宮駅西口行きは反対側のバス停からも出ている不思議。
 しかし、そちらは遠回りな上、本数も1時間に1本か2本しかない。
「まあ、こういう時、ノンステは楽ですね」
 キャリーバッグを乗せる時だ。
 もっとも、魔道師達のことだ。
 いつぞやの時みたいに、魔法で軽くするくらいのことはするだろう。

〔次は氷川神社前、氷川神社前。……このバスは、大宮駅西口行きです〕

「今日は鬼達と遭遇することは無かったな……」
 威吹は窓の外を見ながら呟いた。
「前に来た時とは大違いだ」
「きっと、栗原女史について歩き回っているのでしょう」
 師匠の呟きに、弟子のカンジが答える。
「おおかた、実家に呼出し食らってたりしてな」
「それも有り得ます」
 カンジは大きく頷いた。
 一方、その隣では……。
「少し混んでいますが、しばらくの御辛抱です」
 ユタが魔道師達に言った。
「いいのよ」
 長身のイリーナは吊り革どころかそれを吊るしているバーを掴んでいるが、マリアは……。
「マリア、良かったらユウタ君に支えてもらったら?」
「いやっ、私は……」
 慌てるマリアだった。
 と、その時!
「!!!」
 バスが突然、急ブレーキ。
 ユタの胸にマリアが飛び込んでくる。

〔「対向車の急な右折により、急停車しました。大変失礼しました」〕

「も、申し訳無い……」
「い、いえっ……!」
 ユタとマリアはお互いに顔を赤くした。
 転倒者の無しを確認した後、バスは再び歩を進めた。

[同日13:45→14:00.JR大宮駅西口 上記メンバー]

 最近のコインロッカーはSuicaやPasmoが使える。
 ただ単に料金の支払いだけでなく、それらICカードに登録された識別情報でロックやその解除を行うことでキーレスを可能にしている。
 無論、現金での利用も可能で、その場合は発行されたレシートに記載されている暗証番号を入力する必要がある。
「じゃあ、この暗証番号はマリアの人形達に任せておくわ」
「はい」
「……おい、ミク人形のヤツ、紙を食ってるぞ。いいのか?」
 ムシャムシャとレシートを食べているミク人形に突っ込む威吹だった。

 それから駅舎の外に出て、バスプールの外にも出る。
「あのバスですね」
 路上に日帰り温泉施設に向かう送迎用のマイクロバスが停車していた。
「お願いします」
「はい、どうぞ」
 バスに乗り込むと、後ろの席の方に腰掛けた。
「師匠、寝ないでくださいね」
「どうだかねぇ……。寝ちゃいそうだねぇ……」
「その時は『流血の惨を見る事、必至』ということで、いかがかな?」
「先生の御意向に従います」
「物騒な妖狐さん達だねぃ……」
「冗談で言ってるんですよ」
 マリアと2人席に座っているユタは、後ろのやり取りを見て苦笑した。

「はい、発車しまーす」
 バスは定刻通り、西口前を発車した。

[同日14:15.さいたま市大宮区三橋 湯快爽快 上記メンバー]

「では、ここでお別れだな!」
 現地に到着する。
 券売機で券を買って入場すると、威吹は俄然強気な態度だ。
「混浴露天風呂でもあるといいのにねぇ……」
「アホか!ユタ、行こう」
「う、うん」
「稲生さん、こっちです」
 ユタは2人の妖狐に前後を挟まれて、男湯に入っていった。
「まあ、しゃーない。富士宮でもゆっくりしたことだし、ここでもゆっくりしましょう」
 イリーナはユタを連れて行った妖狐達に不快そうな顔をしているマリアの方をポンポン叩いた。

「んっ!?」
 男湯側の脱衣所でスマソ。
 そこで妖狐達は、ある気配に気づいた。
 日蓮正宗にて正しい仏法に縁したことで、無駄に強かった霊力が抑えられているユタも、それは察知することができた。
「先生、どうやら件の鬼も来ているようです」
「そのようだな」
「キノがここに?珍しいなぁ……。ん?ってことは、栗原さんも一緒?」
「可能性はあるな。……というか、それ以外考えられん」
「同感です」
 そんなことを話していると、赤銅色の肌をしたキノが浴場から出て来た。
「ああっ!?巫女に封印された妖狐の威吹が何でここにいんだ?」
「いちいち枕詞付けんじゃねぇ」
 お互い舌打ちしながら睨み合う。
 ユタは溜め息つきながら、服を脱ぎ始めた。
「カンジ君、放っといて先に入ろう」
「は?はあ……。ですが……」
「いいんだよ。あの2人、楽しんでやってるんだから」

[同日同時刻。同場所・お待ちかね女湯 イリーナ、マリア、栗原江蓮]

「あら?あなたは……」
「んん?奇遇っスね」
 脱衣所で服を脱いでいると、浴場から江蓮が出てきた。
「珍しいわね。御家族で来てるの?」
「いや、何か知らないんスけど、キノがこういうの好きみたいで、無理やり誘われたんスよ」
「下心あり、か……。それにしても……」
 マリアは江蓮の体つきを見た。
(私より年下なのに……!)
 まあ、発育の良さは江蓮の方が上だったようで……。

[同日14:40.男湯・洗い場 ユタ、威吹、カンジ]

「ったく、あいつめ……」
 威吹がボヤきながら、ユタの隣に座った。
「睨み合いは終わった?もう少し掛かると思ってたけど……」
「先生、最後はあいつ、何と?」
「『いいか?オレと江蓮の邪魔すんじゃねーぞ?分かったな?絶対だぞ!』だそうだ。誰も邪魔せんというに……」
 威吹は呆れて、シャンプーを始めた。
「キノも結構、真っ直ぐな性格ではあるけどね。威吹はよく変化球投げるけど……」
「それは褒め言葉でいいんだよね?」

 威吹に限ったことではないが、髪の長い者はシャンプーの後、髪をバサバサやることが多い。
「髪が長いと、洗うの大変だな」
「ええ……」
 カンジは人間形態だと短髪(スポーツ刈り)だが、妖狐の正体を現しても、肩の所までしか無い。
 これはここ最近の若い妖狐族の流行りなのだそうだ。

[同日同時刻。女湯・露天風呂 イリーナ&マリア]

「発育を気にしてるのかい?そんな瑣末なこと、気にすることないよー」
「そうでしょうか?」
「魔道師になると、体の老化が遅くなるのは知ってるね?」
「ええ」
 だからイリーナは、アラサー状態のまま何百年もその姿のままでいられるのだ。
「あなたは18で魔道師になった。18と言えばまだ体の成長は続いてるわけだけど、逆に若いうちに魔道師になるということは、体の成長も遅くなるってことよ。だから時間は掛かるけど、そのうち立派な大人の体型にるさー」
「はあ……」
「逆に……ユウタ君は、あなたが『お人形さんみたいでかわいい』なんて言ってくれたってことは、現時点でそのロリ体型は正解ってことよ」
「…………」
「だからね、ユウタ君には私の弟子、あなたの弟弟子になってもらって、近くで体の成長とか見てもらいたいよね」
「はい!」
 師匠の最後の言葉に、ようやくマリアが顔を明るくした。
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“アンドロイドマスター” 「台風一過」 2

2014-10-22 21:02:18 | アンドロイドマスターシリーズ
[10月14日12:30.宮城県仙台市泉区 アリスの研究所 敷島孝夫、アリス・シキシマ、鋼鉄姉妹、ボカロ・オールスターズ]

 ようやく研究所に帰って来た面々。
「被害は無さそうだな」
 敷島は建物の外観を見て言った。
「あったら困るわよ」
「オ帰リナサイマセ」
 研究所では留守番部隊のマリオとルイージが出迎えた。
「ただいま。こっちは異常無い?」
 アリスの言葉に、
「ハハッ。特ニゴザイマセン」
「そうでないと困るのよ。エミリー、すぐにランチにして」
「イエス。ドクター・アリス」
「他に変わったことは無かったか?」
 敷島は事務室に入り、PCを起動させながら聞いた。
「オ陰様デ、今日モマタ茸ガ収穫デキマシタ」
「味覚の秋だもんな。まあ、毒キノコとかマジックマッシュルームは困るけど、趣味で作る分にはいいや」
「マタ収穫シテキマス」
「ああ、行ってこい」
 エントランスホールからは、ピアノの音とフルートの音がした。
 ピアノは自動演奏にして、シンディが吹いているのだろう。曲は“シチリアーノ”である。
「いずれ安全な曲に限って、『マルチタイプ二重奏』とかやってみたいな……」
 敷島はそんなことを考えた。
 何も、売るのはボーカロイドと限る必要は無い。
 むしろ、テロリズムのイメージを払拭させる為にも、そういう売り方もありではないかなと思ってしまう。

[同日13:00.同場所 敷島&アリス]

 研究所を切り盛りしている夫婦が昼食を取っていると、
「あの、プロデューサー、ちょっといいですか?」
 鏡音レンがダイニングにやってきた。
「敷島さんと・ドクターは・お食事中だ。後に・しろ」
 給仕中のエミリーがレンに注意した。
「何か緊急か?」
 敷島が遮るエミリーの後ろから顔を出した。
「はあ、マリオとルイージのキノコ畑が豊作だったようで、プロデューサーに売り込みをお願いしたいと……」
「俺が売り込むのはボーカロイドだけだよ。まあ、いずれマルチタイプの売り方も考えないといけないけどな」
 敷島は苦笑いした。
「ちゃんと食べられる種類でないと、ヘタすりゃキノコを使ったテロリズムになってしまう」
「それなら私が行ってくるわ。もし食用に向かないキノコだったら、焼却処分していいでしょ?」
 シンディが片目を瞑って言った。
「ああ、頼むよ」
「こっちこっち」
 シンディを先導するレンだった。
「マッシュルームでも作ってくれたら、レストランに売れるのにね」
「ロボット研究所がマッシュルーム栽培したって、誰も信じないよ。ボカロより売るのが大変そうだ」
「時々、町内会で朝市とかやってるでしょ?」
「ああ、公民館前でやってるヤツ?あれだって、田村の婆さんに許可取らないとなぁ……」
 特に南里研究所時代、自治会費の支払いを渋っていた南里だけに、自治会、特に会長の田村婦人からのイメージは悪い。
 今では滞納することなく支払っているが……。

 しばらくして、シンディが首を傾げて戻って来た。
「どうだった?」
「うーん……。どうもよく分からないのよ」
「何が?」
「パッと見ただけでは、私のライブラリの中に入ってる種類じゃなかった。なんで、スキャンしてみたんだけど、毒の成分は検出されなかったわね」
「おっ?じゃあ、やっと食用キノコの栽培に成功したってことじゃないか」
「シンディのライブラリに入ってないなんて、もしかして、新種のキノコかもよ?」
「ロボット研究所が新種のキノコを栽培しちゃったなんて、アメリカン・ジョークもいいところだろー?」
「そうね」
 アリスも笑みを浮かべた。
「どうする?知り合いに、キノコ研究家なんていないぞ?」
「取りあえず、そのキノコを確認してみましょうか」
「ああ」

[同日14:00.アリスの研究所・エントランスホール 敷島&アリス]

「こ、この匂い……」
 敷島は驚愕の表情を隠せなかった。
「数種類ホド栽培シマシタ……」
 マリオが答えた。
「これ、マツタケじゃないか!傘開いちゃってるけど……。これは、エリンギだな。もう1つのこれは何だろう……?エリンギに似てるけど……」
「だけどプロデューサー、マツタケはもっとこう……じゃない?」
 シンディは左目から、白い壁に画像を投影した。
 そこには本物のマツタケの画像がある。
 敷島がマツタケだと言ったものは、もう少し白かった。
 しかし、明らかにマツタケの香りがする。
 そこへ、訪問者が……。
「敷島さん、今月の自治会費……」
 自治会長の田村だった。
 南里志郎の天敵であり、どういうわけだかエミリーを手持ちの杖でしばき倒せる唯一の人間である。
 そのせいか、
「姉さん、何やってんの?」
 シンディの後ろに隠れるエミリーだった。
「おンや、この匂い……」
「マツタケのようなんですが、どうも違うようで……」
「あらまぁ!これ、バカマツタケでねーの!」
 田村はマツタケの香りを放つバカマツタケを手に取った。
「これはエリンギだっちゃね」
「やっぱり。これは何でしょ?エリンギに似てますけど……」
「アワビタケだっちゃね。んで、こいづはや……マツタケモドキ……」
「何か、微妙だな……。モノホンは無いわけですか」
「あったら、私のスキャンに引っかかるよ」
 と、シンディ。
「マツタケモドキ以外は商品価値があるからや、今度の朝市で売ればいいっちゃ」
 マツタケモドキは形がマツタケに似ているだけで、その香りは弱く、また味も弱い。
 調理すると、変に黒ずむという特徴がある。
 アワビタケはエリンギの変種だという。
「しっかし、こんなものを日本人は食べるの?」
 さっきからアリスは鼻をつまんでいる。
「マツタケのいい香りじゃないか」
「アタシには、そう思えないわよ」
「んん?いいから食べてみなって。エミリー、夕食はこのバカマツタケの炊き込みご飯にしてくれ」
「イエス。敷島さん」

[同日16:00.のぞみヶ丘商店街・たむら屋(スーパー) アリス・シキシマ、シンディ、田村てい]

「おンや、アリスちゃん、珍しいこだ……」
「Hi.たまにはアタシも夕飯の買い出しにってね」
「この前、冷蔵庫直してけてどうもねー。アリスちゃんだけ、特売にしてけっからねー」
「いいから、円で払えよ、円で」
「はー、ここ最近耳が遠くなって、しんどいこだ……」
 田村はトントンと背中を叩いて、店の奥に引っ込んだ。
(これだから日本人は……!)
「あの、ドクター。今の会長さんに用事があるんじゃ?」
 シンディが言った。
「Oh,no!シンディ、呼んで来て!」
「はいはい。こういうのはエミリーの役目だと思うんだけどね……」
「エミリーが怖がって、来てくれないのよ。終いには、『敷島さんか・ドクター平賀の・命令が・無ければ・動けません』の一点張り」
「あの鬼の姉さんにも、苦手なものがあったか」
 シンディはニヤッと笑った。
「ここのスーパー、田村会長は顧問で、社長は息子さんだって話よ?」
「大丈夫。実質的な権限は、婆さんの方だから」
「ふーん……」

[同日同時刻 アリスの研究所・事務室 敷島孝夫&MEIKO]

 外線が着信する。
「はい、アリス研究所です。……あっ、法道企画の池田さん。……はい、いつもお世話になっております。……今週の土日ですか?……はい、MEIKOがまだ空いてます。……もう1人?そうですねぇ……KAITOなら、土日ともに午前中なら空いてますが……。分かりました。では、また後ほど……はい、よろしくお願いします」
 電話を切る。
「MEIKO、いま番組制作会社から電話があって、土日お前出てもらうから」
「了解!」
「ところで、アリスとシンディはどこに行ったんだ?」
「たむら屋さんに、商談に行くってよ?」
「商談!?何か、嫌な予感が……」

[同日18:00.アリスの研究所・ダイニング 敷島孝夫&エミリー]

「ドクター・アリスが・戻って来られません」
「シンディを看板娘に売り込みにでも行ったのか?……んなワケないか。だったら、まだエミリーの方が実用的だ」
「シンディに・連絡を・しましたところ・まもなく戻る・とのことです」
「だったらいいけど……。まあ、あいつのことだから、腹が空けば戻って来るけどね。もう夕飯の時間だし……」
 そんな噂をしていると、
「ただいまぁ!」
「ほら、帰って来た」
「ドクター・アリス。お帰りなさいませ。夕飯の・仕度が・できております」
「後で食べるわよ!Shit!あのクソババァ!安く買い叩きやがって!」
「何を売り込みに行ったんだ?」
「あのキノコよ!」
「エリンギは今、大量生産の技術が確立してるから高く売れないよ」
「バカマツタケの方よ!」
「まあ、いくらモノホンのマツタケより香りも味もいいとはいえ、ネームバリューってもんがあるからな」
 するとシンディはアリスを擁護した。
「いや、お世辞じゃないけど、アリス博士はかなり健闘したわよ。それこそ、アメリカ人って感じ。だけどあのお婆さん、それ以上でびっくりしたわ」
「田村の婆さんはやめとけ。エミリーですら、しばき倒したくらいなんだから。モノホンのマツタケを売り込みに行っても、100円で買い叩いて1万円で店先に並べるくらいのことはするぞ?」
「シンディにグレネードガン仕込んでテロってやろうかしら」
「ご命令なら、いつでも」
「やめんか、こら!」

 のぞみヶ丘は今日も平和。
コメント (9)
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“アンドロイドマスター” 「台風一過」

2014-10-22 14:32:15 | アンドロイドマスターシリーズ
[10月14日08:00.東京都文京区本郷 ホテル・ドーミーイン水道橋 敷島孝夫&アリス・シキシマ]

「台風、無事に通過したみたいだな」
 敷島はホテルの朝食会場で、つぶやくように言った。
 まだ少し風は強いものの、あれだけ懸念されていた交通機関への影響というのも、思ったほどではなかったようだ。
「どうした、アリス?いつものように、こういったバイキングでは飯を山盛りにするくせに」
 テーブルを挟んで向かい側に座るアリスは、いつものテンションではなかった。
「温泉行きたい……」
「お前、このホテルがどういうホテルが知ってて言ってんだよな?」
 詳細はホテル公式サイトをチェックのこと。
 敷島は変な顔してアメリカ人妻を見た。
「昨夜も今朝も、大浴場行ってたじゃないか」
「だーかーらっ、尚さら本物の温泉に行きたくなったってことよ」
「そういうセリフは、仕事が一段落してから言えよ。時間もカネも余裕無いんだから」
「ボーカロイド達が稼いでるじゃない?」
「ボカロ達の維持費とお前の研究費用で、プラマイ・ゼロだっつの!」
 いかにボカロなどのアンドロイド達の維持費が抑えられるのかも、研究対象なのである。
 七海は軽量化並びに維持費の抑制に今のところ成功しているということで、少なくともメイドロボットが真っ先に実用化されるのではないかと目されている。
「ぶーっ……」
 頬を膨らませるアリスだった。
「交通費だってお前とマルチタイプの分は財団から出たようなものの、俺やボカロ達はライブの売り上げの中から出さないと行けないんだからな」
「ライブは大成功だったんでしょう?」
「おかげで帰りは新幹線に乗れそうだが、そうでなかったら車道をひたすら行くことになる」
「財団からも助成されてるはずだけど?」
「お前がそれを上回る研究費用をバカスカ使ってるからだろうが!」
「イザとなったら、じー様の遺産使うわよ」
「売れるわけねーだろ!全部テロ用だし!テロ組織に売る気か!

[同日08:50.JR水道橋駅 敷島、アリス、鋼鉄姉妹、ボカロ・オールスターズ]

〔まもなく2番線に、各駅停車、津田沼行きが参ります。危ないですから、黄色い線までお下がりください〕

 平日の朝ラッシュで賑わう水道橋駅。
「次の御茶ノ水で乗り換えるからな」
「タクシーに分乗して東京駅に迎えなかったの?」
 と、MEIKO。
「すまん。予算が……」
「しょうがないわね」
 黄色い帯を巻いた電車が入線してくる。

〔すいどうばし〜、水道橋〜。ご乗車、ありがとうございます〕

「どーれ、乗るか」
 敷島達はメチャ混みの電車に乗り込んだ。

 ♪♪(発車メロディ)♪♪

「闘魂込ぉめて〜♪」
「リン、発メロ歌うな。ジャスラックがうるさい」
「そっちかよ」
 ミクに突っ込む敷島に突っ込むアリス。
 因みに作者の友人はアンチ巨人であり、
『商魂込めて♪強行開幕♪電気飛ぶ飛ぶ♪4万キロワット♪』
 と、水道橋駅2番線の発車メロディを歌っていた。
 まだ、東日本大震災による電力不足が取り沙汰されていた頃である。

〔2番線、ドアが閉まります。ご注意ください。次の電車をご利用ください〕

 電車は台風通過中とは打って変わって、雲間から朝日が時折差す中、水道橋駅を発車した。

〔次は御茶ノ水、御茶ノ水。お出口は、右側です〕

 どういうわけだか朝ラッシュ時は乗り換え案内をしないので、初心者は要注意。

[同日09:00.JR東京駅中央線ホーム→東北新幹線ホーム 上記メンバー]

「ふう……。凄い混み具合だった」
「タカオ、あんたあれで毎日通勤してたんでしょ?」
「まあ、そうなんだけど、俺は大宮から毎日ケト線で座って通勤してたからさぁ……。まあ、今回はたったの10分くらいだ。中電で1時間以上もあの状態のまま通勤させられる人達のことを思えば、文句は言えんさ」
 敷島は肩を竦めた。
 コンコースに下りてから、発車票を眺める。
「うーん……。ちょこちょこ遅れてる路線はあるみたいだな……。特に、風の強い地域を走る路線はダメージを受けるようだ。まだ俺達が乗って来た中央線は内陸を走るから助かった」
「で、東北新幹線は?」
 シンディが聞く。
「だいたい時刻表通り。予想通りの展開だ」
「車中でテロリストが暴れたりしてね」
「その時はお前達の出番だ。鎮圧してもらうぞ。もちろん、乗員・乗客の安全最優先でな」
「OK.テロリストのことはテロリストに任せておけってね」
(血で血を洗う自体と紙一重かもな……)
 敷島は今そう思った。

 とにかく、JR東日本新幹線ホームに上がる。

〔23番線に到着の電車は、9時24分発、“やまびこ”131号、仙台行きと“つばさ”131号、山形・新庄行きです。……〕

 エスカレーターで上がっていると、ちょうど上り列車が到着する頃だった。

〔「……23番線の電車は折り返し車内清掃のため、一旦ドアが閉まります。車内清掃、整備が終わるまで、しばらくお待ちください」〕

「兄ちゃん、次のみくみくが速いよ?」
 リンは敷島達の乗る列車の一本後に発車する“はつね”“はやぶさ”号のことを言った。
 カラーリングが初音ミクの髪の色(というかシンボルカラー)にそっくりなので、他のボカロ達からもネタにされている。
「予算が……。すまん」
 “はやぶさ”の特急料金は、それ以外の列車の特急料金より数百円高い。
 これはかつて、東海道・山陽新幹線の“のぞみ”の特急料金が“こだま”“ひかり”より高かったのと同じことだ。
「その割には指定席なのね」
 MEIKOは10号車に並ぶ敷島達を見て言った。
「自由席だと、こいつらが遠慮して立つからな」
 敷島がエミリーやシンディを指さした。
「だって私達は別に、立っても座っても電力消費量が変わらないから」
 と、シンディが答えた。
 彼女らが座るのは着席義務がある航空機、高速バス、それと構造上立ち席のできない乗用車内のみである。

[同日09:24.JR東北新幹線“やまびこ”131号10号車内 上記メンバー]

 ホームに発車ベルが鳴り響く。
 東海道新幹線ホームと違い、発車メロディではない。

〔23番線から、“やまびこ”131号、仙台行きと“つばさ”131号、山形・新庄行きが発車致します。次は、大宮に止まります。黄色い線まで、お下がりください〕

 台風一過でまだ若干強い風が吹く中、列車は東京駅を発車した。
 神田まで先ほど敷島達が通って来たルートを辿ることになる。
 幸いなのは運用に当たっているこの車両が後期タイプのため、窓側に充電コンセントが付いていることだ。
「充電は仲良く回せよ」
「はーい」
 アリスは座席の網ポケットに入っている冊子“トランベール”を開いていた。
「湯守のいる宿……草津温泉か……」
 10月号では、草津温泉の特集でもやってるようだ。
「お前なぁ……」
 敷島は呆れた。
「タカオ、どこか温泉街から仕事取ってこれない?」
「アホか!」
「MEIKO辺り、旅番組に出せない?」
「MEIKOが旅してどうするんだよ?お前が行きたいんだろ?」
「うん。プロダクションの人間として一緒に」
「俺の仕事取る気か!」

 取り急ぎ、まずは研究所に帰る必要があった。
 台風19号は東北地方も通過したはずなので、被害が出ていないかどうかだ。
 新幹線がほぼ定時に動いており、留守番のマリアやルイージからも何の報告も無いので、楽観的ではあったが……。

「プロデューサー、意外と秋の温泉は料金安いようですよ。前に、旅番組に出た時に入った情報ですが……」
 KAITOがそっと敷島に耳打ちした。
「いくら料金が安いったって、アリスのことだから結局予算オーバーになるんだって。結婚相手は、ちゃんと金遣いが堅実なのを選べよ、作者ぁ?」

 は、はい。分かりました。
 えー、列車は台風一過の東京都内を駆け抜け、まずは埼玉に向かって行った。
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“ユタと愉快な仲間たち” 「束の間ホリデー」

2014-10-22 10:11:51 | ユタと愉快な仲間たちシリーズ
[10月18日19:40.東名高速下り線・足柄サービスエリア 稲生ユウタ、威吹邪甲、イリーナ・レヴィア・ブリジッド、マリアンナ・スカーレット]

 ユタ達を乗せた高速バスが東名高速屈指の大規模なサービスエリアに入る。

〔「足柄サービスエリアです。こちらで10分の休憩を取らせて頂きます。発車時刻は19時50分です。お時間までにバスに戻るよう、お願い致します」〕

「降りてみましょうか」
「ええ」
 マリアはこくんと頷いた。
「“銀河鉄道999”みたいに、何かあったりしてね」
 イリーナはクスッと笑った。
「イリーナさんが言うと、冗談じゃなくなるんで!」
 ユタは慌てて抗議した。
「“銀河鉄道999”は10分停車とか、そんなチャチな停車時間じゃないから大丈夫よ」
「まあねぇ……」
 この前、威吹と乗った時は雨が降っていたが、今日はそうでもない。
 しかし曇っているせいか、月は見えなかった。
「明日はどこに行きましょうか?」
「あー、えーと……」
 ユタの質問にイリーナの顔を見るマリア。
「いいよ。マリアの好きな所にしな」
「それじゃあ……」

[同日19:50.JRバス関東“やきそばエクスプレス”18号車内 ユタ、威吹、イリーナ、マリア]

〔発車致します。バスが動きますので、ご注意ください。再び高速道路を走行致しますので、お座席のシートベルトは必ずお締めください。足柄サービスエリアの次は東名江田、江田です〕

 バスが再び走り出す。
「何も無かったわね」
「当たり前だろうが」
 微笑を浮かべるイリーナに変な顔をする威吹だった。
「しかしお前の弟子というのは、アレだな。変わった趣味をしているものだな」
「まあ、そこは魔道師やってるくらいだからねぇ……。逆にステレオタイプの一般人では、魔道師になれないのよ」
「普通は買い物……まあ、それも含まれてはいるが、映画観に行ったり、遊興施設に行ったりするものではないか?」
 威吹がこっそり後ろで聞き耳立てていたのだが、マリアが希望した行き先とは……。
「イオンモールと日帰り温泉とは……。まるで、いつぞやの奥州行と大して変わらんな」
「そう言いつつ、威吹君も一緒に行くんでしょう?」
「オレはユタの護衛としてだな……。まだ、不届き者の妖(あやかし)もいるみたいだしな」
「魔界から人間界に流入しないよう、色々と防衛策はしているみたいだけど、弱い妖力の妖怪までは防ぎ切れないみたい。威吹君が魔界に行くのだって、裏技使ったくらいだもんね」
「まさか、冥界鉄道公社に乗り入れて来た魔界高速電鉄の電車に乗れとはな……」
「私が頼めば、チャーター便を出してもらえるわよ」
「お前、どんだけ権限があるんだ?」
「そこは元・宮廷魔導師ですから〜、エッヘン」
「あの鉄道会社は、国家権力を諸共とせずが訓示だったと思うが……」
 威吹は首を傾げた。
「……本当はあれなんだろ?お前、今後は……」
「マリア、ポッキー食べる?」
 イリーナは威吹の言葉を遮るように、前の席に座る弟子にポッキーの箱を出した。
「あっ、師匠、いただきます」
「ユウタ君も」
「ありがとうございます」
 マリアの代わりに受け取るミク人形。
 マリアが与える魔力に応じて、等身大の人間並みの容姿になったり、デフォルメされたコミカルな人形になったりする。
 今は後者。
 しかし、どちらの姿になっていようと、いざ戦いの時には高い戦闘力を発揮する。
 出掛ける際には、代表でミク人形とクラリスという名のフランス人形がマリアについてくる。
 スピアとサーベルを駆使して、敵を追い詰める。
「……まあ、私も今後のなりふりは決めなきゃいけないわけよ。威吹君もそうだということよ」
「オレは……」

[同日22:30.埼玉県さいたま市中央区 ユタの家 上記メンバーにプラス威波莞爾]

「ただいまぁ」
「お帰りなさい」
 莞爾が出迎える。
「明日まで魔道師が2人滞在だ」
「ははっ」
 威吹の言葉に、弟子の莞爾が頷いた。
「どうぞ、寛いでください。いつもの奥の部屋、使ってくださいよ」
「ありがとう」
 ユタが案内している間、莞爾は茶の用意をしていたが、
「ここ最近、魔道師の来訪頻度が多くなりましたね」
 と、威吹に振った。
「うむ。魔界の情勢があまり良くないみたいだ」
「先生がお留守の間、オレの所にも正規軍入隊の勧誘が来ましたよ」
「なにっ?」
 莞爾は封筒を渡した。
「大帝の治世なら、勧誘ではなく、もはや召集令状です」
「オレは事実上の徴兵逃れになるな」
「先生の場合は仕方が無いです」
 莞爾はポーカーフェイスを崩さずに言った。

[10月19日09:00.同場所 ユタ、威吹、イリーナ、マリア、カンジ]

「皆、朝早くからマジメだねぇ……」
 1番遅く起きてきたイリーナ。
 威吹とカンジは庭で剣の稽古をしていたし、ユタは朝の勤行、マリアは持参した魔道書を読みふけっていた。
「南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経……」
「パペ、サタン、パペ、サタン、アレッペ。我が門に入らんとする汝、一切の望みを捨てよ。わが師により使役されし、レヴィアサタンよ。……」
 魔道師が詠唱する文言も、どこか宗教じみているのは気のせいではないと思う。
 で、今は朝食。
「お前が不真面目なだけだろうが」
 威吹がそう突っ込んだ。
「宮廷魔導師になったら、もうこんなヒマな時間は無いぞ」
「そうなんだよねぇ……」
「宮廷魔導師?」
 ユタはトーストにかぶり付いて首を傾げた。
「ユウタ君もアルカディア王国には行ったことにあるでしょう?要はそこの内閣官房長官とか、宮内庁長官みたいな仕事……って言えばいいのかなぁ……?」
「官房長官と宮内庁長官は、全然業務内容が違うような気がしますが……」
「王様……まあ、アルカディアは女王様だけど、そっちのご機嫌も取らなきゃいけないから大変なのよ」
「そのようで……」
 カンジが同調した。
 カンジは自前で魔界の機関紙を定期購読しているのだが、その1つの新聞、『アルカディア・タイムス』に、その日1日の王室の様子が掲載されている。
 昨日は魔界共和党の横田理事がルーシー女王にセクハラまがいのことをして、投獄されたという。
「『魔王にセクハラすんなって何万回言わせんの!!』と、お怒りの御様子です」
「人間界にも定期的に出入りする珍しい人間の党員ね。確か人間界では、とある宗教団体の幹部をやってるみたいよ」
「そうなんですか。しかし、普通は斬首にされそうなものですが……」
「死刑制度を廃止にしようっていう動きがあるから、そうおいそれと死刑にできないのかもね」
「へえ……。しかし、やっぱり魔界の王様……魔王ってのは、どうしても男っていうイメージがあるんですが、女性の魔王様も珍しいですね」
「期間限定だという話だけどね。数百年」
「人間界では大きな歴史の区切りですよ、それ」
 要は、(魔族から見れば)たったの数百年しか任期の無い代行魔王様が、何勝手に王国を作り変えてんだという反発が古参魔族から大きく噴出しているということだ。

[同日11:00.イオンモール与野 上記メンバー]

「いつぞやの事態はカンベンだぞ。ユタに迷惑掛けるなよ」
 ユタと2人で行動したがるマリアに、威吹はそう言った。
 今年のゴールデンウィークにおける、別のイオンモールでの出来事を言っているのだ。
「分かってる!」
 マリアはキッと威吹を見据えた。
「じゃあ、行ってきます」
「お昼ご飯までには、買い物終わらせるんだよ」
「分かってます」
 2人は連れ添って行ってしまった。
「さーて、アタシは別行動するかねぇ……」
「お前はお前で何か目的があるのか?」
「魔道師にも色々やることがあってねぇ……」
 水晶玉を手に歩くイリーナ。
「じゃ、呼び込みよろしくー」
 水晶玉を机の上に置いた。
「商売かよ!」
(この人がやれば100パー当たるな)
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