報恩坊の怪しい偽作家!

 自作の小説がメインのブログです。
 尚、ブログ内全ての作品がフィクションです。
 実際のものとは異なります。

“アンドロイドマスター” 「財団再始動」

2014-10-01 19:40:58 | アンドロイドマスターシリーズ
[10月1日10:00.宮城県仙台市泉区 アリスの研究所 エミリー、シンディ、七海]

「うーん……。姉さん、おはよう」
 シンディが奥の居住区からやってきた。
「遅いぞ。今、何時だと・思っている?」
「えっ、今日休みじゃないの?」
「違う。今日は・何の日だ?」
「体育の日じゃなかったっけ?」
「後で・ドクター・アリスに・カウンターを・直して頂け」
「冗談だって。ホント、姉さんは昔から固いわねぇ……。財団で大規模な人事異動があって、今日はその初日でしょう?前の支部長が逮捕されたもんで、だいぶゴタついたわね。で、やっと人事が固まったと」
「そういうこと・だ」
「人間は色々考えて大変ね。確かに命令だけ聞いてりゃいいロボットの方が楽だわ」
「お前……」
 エミリーは呆れた目をした。
「でもさ、アタシ達、ここにいていいわけ?」
「何が・だ?」
「テロ対策の警備に、ドクター達についてなくて大丈夫?」
「そういう・命令なのだ・から・しょうがない」
「何だか心配ねぇ……」
 と、そこへ、
「失礼シマス。ヤット茸ガ収穫デキマシタノデ、コレカラ町内会ノ集会場ニオ裾分ケニ行ッテ参リマス」
 バージョン5.0兄弟のマリオとルイージがやってきた。
「ご苦労様。あら、美味しそうなキノコね!」
 事務室にいた七海がそう言った。
 ルイージが照れた様子で、
「ナ……七海チャン……良カッタラ、一口ドウゾ❤❤
「いただきます」
「壊す気か」
「壊れる気かい!」
 七海はメイドロボットである。
 2人の行動に突っ込むマルチタイプ姉妹だった。

[同日11:00.仙台市中心部 財団仙台支部・大会議室 敷島孝夫、アリス・シキシマ、平賀太一、巡音ルカ]

 仙台支部で行われた支部長や担当役員理事の就任式が終わった。
 今度の人事に、平賀太一は複雑な顔だ。
 何故なら今度の役員達はシンディの再稼働賛成派であり、防衛省寄りだからである。
 つまり、マルチタイプを兵器として見るタイプの役員達である。
 ロボットの平和利用を強く願い、その為にもテロリズムに使用されてしまったシンディの信用回復は不可能と考える平賀太一は、シンディの再稼働に強く反対している研究者の1人である。
 そのシンディが拠点としている為か、敷島を再び財団参事に戻す為に説得に来た以外、アリスの研究所には1回も訪れていない。
 南里研究所時代は、毎日のように訪れていたのにだ。
「とにかく、敷島さんが戻って来てくれて助かりますよ。ありがとうございます」
 大会議室を出て、平賀太一は改めて敷島に礼を言った。
 最初、敷島は財団参事すら辞めるつもりでいた。
 売れ出しているボーカロイド達を更に売り込む為、ボカロ・プロデューサーに専念したいというのが理由だった。
 それを激しく慰留したのが平賀。
「失業して途方にくれかかった所を助けて下さったのですから、嫌とは言えませんね」
 大日本電機が突然のM&Aで消滅してしまい、突然の解雇となった敷島に対し、財団事務職の仕事を紹介したのが平賀である。
 それまでは財団のことは、その存在しか知らなかったくらいである。
 それが今や、参事という一般企業で言う課長みたいな職階を当てられた。
 かつては総務関係の部署で長を張っていた時もあったが、アリス研究所始動に伴い、マリオとルイージによって拉致され、テロ組織並みの拷問でアリスに強く勧誘され、そこを手伝って今に至る。
 南里研究所消滅に伴い、散り散りになったボーカロイド達を再び集め、彼女らの芸能活動で得られる収入を資金源としている。
「自分が口添えして、敷島さんを大参事とか特務参事に格上げすることも可能でしたのに……」
「特務参事なんて、そんなスパイみたいな職階やめてください。大参事どころか、また大惨事を引き起こしますよ」
「タカオ、そのジョーク、全然面白くないから!」
 アリスが冷たく言い放った。
 が、
「ぷっ!くくくく……ひはははははは……!」
 ルカの笑いのツボにはまったらしく、慌てて笑いを堪えようとするが……。
「ルカには受けました」
「ミズ・アリス、ルカの笑いの沸点、設定間違えたんじゃないか?」
 平賀はジト目でアリスを見た。
「冗談!私はボーカロイドの設定は一切いじってないわ!」
「まあ、確かに……。アリスには、ボカロには整備や修理以外、手をつけないように言ってあります。その代わり、私もマルチタイプ達には口を出さないようにしているんですが」
「その修理の時に、何かしたか?」
「何もしてないよ!」
「まあ、平賀先生。お疑いでしたら、整備記録を調査すればいいだけのことです」
「アタシは逃げも隠れもしないわよ」
「分かった。分かりました」
 夫婦の反論に、平賀は手を挙げた。

[10月1日同時刻 アリスの研究所 エミリー、シンディ、マリオ、ルイージ、初音ミク]

「アアッ!ソンナ御無体ナ!」
 orzの態勢になるマリオとルイージ。
 何故なら精魂込めて栽培したキノコを全て焼却されてしまったからだ。
 むむっ、シンディ。早くも配下イジメか。
「七海のスキャンは正常よ!全部毒キノコじゃない!」
 七海が口に入れる前にスキャンしたそのキノコは、ベニテングタケだった。
「アリス研究所名物トシテ売リ出スツモリダッタノニィ~ッ!」
「アニキ~ッ!」
「『不思議の国のアリス』か……。本当に最近のバージョン・シリーズは、テロリズムに銃や爆弾を使うとは限らなくなったのね」
 シンディは呆れた。
「この白いキノコはドクツルタケで、それがシロタマゴテングタケ、こっちの黄色っぽいのがタマゴテングタケか……。よくもまあ、これだけの毒キノコを栽培したもんだ」
「味ハトテモ素晴ラシイトのデータがアリマス!シンディ閣下!」
「だーかーらぁ!その旨味成分がイコール毒成分なのよ!ほんっとバカね!」

 少し離れたエントランス・ロビー。
 元々この研究所は最初、診療所だったらしく、それを南里が払い下げで引き取り、改築したものらしい。
 なのでエントランス部分は、まるで診療所の待合室のような感じだ。
 そこに壁に向かってアップライト・ピアノが置いてあり、よくエミリーがそこでピアノを弾いている。
 手の空いている初音ミクが、今は歌っていた。
「……いつか帰るー♪ふるさと♪」
 エミリーは主に鍵盤楽器が弾けるので、何もピアノに限らない。
 オルガンでもチェンバロでもOKである。(※“ボーカロイドマスター”オリジナル版では、トランペットを吹いているシーンがある)
「お、楽曲の調整?精が出るね」
「シンディさん。明日、ソロでミニライブがあるんです」
「シンディでいいよ。あんた達も私達と同じ、特別な部類なんだから」
「あ、はい。シンディ……は、何か楽器ができるんですか?」
「設定では木管楽器の演奏が可能ってことになってるけど、やったことないねぇ……」
 シンディは肩を竦めた。
「木琴とかですか?」
「あ、いや、それは打楽器ね。フルートとかオーボエとか、要は笛だよ」
「キールは・金管楽器だ・そうだ」
「トランペットか。……てか、それ、私達の(5号機)の方だよね?もう破壊処分されたけど。今稼働してる派生機の方じゃないでしょう?」
「ノー。今の・派生機の・キールだ」
「へえ……。ドクター十条、派生機にそこまで再現したんだ」
 そこでシンディ、あることを思いつく。
「ね?今度その派生機も入れて、ジョイントしてみない?」
「面白そうですね!」
 と、ミクはパッと顔を明るくした。
「アタシ達が演奏するから、ミクはそれで何か歌うといい」
「はい!」
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“ユタと愉快な仲間たち” 「登山前の別れ」

2014-10-01 15:29:34 | ユタと愉快な仲間たちシリーズ
[8月29日20:00.“富嶽温泉 花の湯” 稲生ユウタ、威吹邪甲、イリーナ・レヴィア・ブリジッド、マリアンナ・スカーレット]

「じゃあ温泉も入ったし、飲み食いしたし、そろそろ帰ろうか」
「はい」
 ユタは電話でタクシーを呼んだ。
「確かに贅沢に温泉入れたのはいいし、それなりの夕餉にも預かれたが……」
 威吹は着物の両の袂に両手を入れながら呟くように言った。
「お前の弟子が半ば酔い潰れてるのは、どういうことだ?」
「マリアさん、大丈夫ですか?10分くらいでタクシー来ますんで……」
 バッグのストラップに化けているミク人形やフランス人形が見かねて現れ、主人の前に付き添っているくらいだ。
「ああ……」
「外に出て夜風にでも当たってな」
 イリーナが促すと、
「手を貸しますよ」
 ユタが手を差し出した。
「……!」
 マリアはゆっくり立ち上がると、
「おっと!」
 ユタの差し出した手に絡みつくように掴まった。
「外に連れてって」
「は、はい!」
 ユタの手を組んで、外に出るマリアだった。
「あいつ、今のが目的ではないのか?」
 威吹は銀色の眉を寄せて言った。
「……かもね」
 イリーナはニッコリ笑った。
 何故か人形2体が、
「私達のご主人様に馴れ馴れしくすんな!」
 とばかりに、ユタの足を蹴っていたのが気になるが。
 もっとも、そこは人形。ユタはそれにすら気づいていない。
 せいぜい、一緒についてきてるマリアの人形が足に何か当たってるくらいの認識だ。

「大丈夫ですか?もし何だったら、途中で二日酔いの薬でも……」
「いい。魔道師には魔道師の薬がある。いざとなったら、それを……」
 外に出た時、まだ呼んだタクシーはいなかった。
「珍しいですね。マリアさんがあんなに飲むなんて……」
「こうしでもしないと、なかなか踏ん切りが付かないから……」
「どういうことですか?」
 するとマリアはユタの方を向くと、少し背伸びをし、
「!!!」
 ユタの唇に自分の唇を重ねた。
(あ……)
 ユタは一瞬、何が起こったか分からなかった。
 人形達も似たようなものだったらしく、女主人と間男(人形達の認識)を茫然と見ていた。
「……こういうこと、だ」
 マリアがさっきより顔が赤いのは、酔いのせいではなかっただろう。

[同日同時刻 東京都江東区森下 ワン・スター・ホテル ポーリン・ルシフェ・エルミラ&エレーナ・マーロン]

「騒ぐな!落ち着きなさい」
 ロビーでキャーキャー騒ぐエレーナ。
 その弟子を叱り付ける師匠ポーリン。
 たまたま水晶玉でライバルの動向を見ていたのだが、ちょうどマリアがユタとキスしたところだった。
「このままイっちゃえ!」
「イリーナのヤツ、本当にだらしがないわね。ほんと、あの師匠にしてこの弟子ありだわ」
「先生、きっとこの後マリアンナはホテルに行って、ついに処女を……!」
 エレーナは興奮気味でポーリンの方に乗り出した。
「あのコ、人間時代に何回かレイプされてるから、もう処女ではないと思うけど……。とにかく趣味悪いから、これ以上の追跡は今日のところはやめなさい」
「えーっ!」
 師匠の非情な命令に、エレーナは心底残念な顔をした。
 が、師匠の命令は絶対である。
 エレーナは言われた通り、水晶玉の画像を消した。
「せっかくだから、予備用にあなたの杖も新調する?」
「えっ、いいんですか?」
「あっちが富士山の麓なら、こっちは本場イングランドね」
「おーっ!“ハリー・ポッター”みたい!」
「エレーナ、それ違うから」
 実はあまり西欧には行っていない東欧系魔女の2人だった。

[同日21:00.富士急富士宮ホテル ユタ、威吹、イリーナ、マリア]

「じゃあ、また明日ね。明日、駅まで送って行くわ」
「ありがとうございます」
 富士宮駅からも、大石寺直通バスが1往復運転されている。
 無論、大石寺行きは午前中の(ダイヤ通りに走れれば)布教講演に間に合うダイヤになっている。
 その後、イリーナはユタにそっと耳打ちする。
「私に遠慮することはないし、人形達にはマリアと私から言っておくから」
「は、はい!」
 マリアとキスした後、我に返った人形達に、
「うちのご主人様に何さらすんじゃい!」
 とばかりに襲われそうになったユタだった。
 今でもバッグのストラップに化けた人形達が、ユタに目を光らせている。
「躾がなっておらんな、お前の人形は……」
 威吹は眉を潜めてマリアに言った。
「ひっ……ヒック……!……ひゃっ……くり……!しゃっくり……止まんない……!もうダメ……!」
「あー、ハイハイ。早く部屋に戻って休もうね」
「お前の人形、引き取れ!」
 何故か威吹の左肩に乗っかって降りようとしないフランス人形軍団の1体、レイチェル。
 メイド服のような衣装を着ている。
「あらまぁ。威吹君、気に入っちゃったのね。しょうがないから、今夜は一緒にいてあげて」
「とか何とか言って、オレ達に対する草(スパイ)じゃないだろうな!?」
「じゃあ、おやすみ」
「おやすみなさー!」
 ユタもまた我に返った後は終始、鼻の下が伸びっ放しだったという。
「どうするんだよ、この人形……。人形に言い寄られても、嬉しくないのだが……」
 威吹は迷惑そうにマリア達の隣の部屋に入った。
「言われた通り、預かってたら?」
 と、ユタ。
「いい加減、オレの肩から降りろ!」
 威吹はフランス人形レイチェルを肩から引き離し、ベッドに放り投げた。
 自我や意識はあるのか、表情を変える。
「絶対、オレ達の動向を探る為の間者だよ」
「そうかもね」
 2人の会話に対し、レイチェルは無言でフルフルと首を横に振った。
 ユタはレイチェルをライティングデスクの椅子に座らせた。
「とにかく、明日は予定通り、支部登山だ。多分、御山の近くに陣取ってる藤谷班長達が先に宿坊に行ってて、僕達が後から合流する形になるだろうね」
「キノのヤツ、よく寺のすぐ隣に泊まれるもんだ」
「それだけ栗原さんのことが好きなんだよ」
「キノ本人はともかく、陽気な妹が巻き込まれて哀れだな」
「『人間界の社会勉強の為だ』だってさ」
 ユタはスマホを片手に言った。
 どうやら、藤谷や江蓮とメールのやり取りはしていたらしい。
「なるほど」
 威吹は頷いた。
「若いうちから別世界の空気に触れさせること自体は、悪いことではないがな……」
 多分、自身の体験も入っているだろう。

[8月30日08:00.富士急富士宮ホテル ユタ、威吹、イリーナ、マリア]

「おはようございます」
「あー、おはよー」
 朝食会場であるレストランに行くと、既に魔道師2人が待っていた。
「ほら、お前の人形返すぞ」
 威吹はばつが悪そうに目をそらしているマリアに、レイチェルを返した。
「あらあら。そのまま持ってても良かったのに」
 イリーナは残念そうな顔をした。
「あいにくと、その人形はオレの趣味ではない。ユタにあげたらどうだ?」
「ユウタ君には後で、別のものをあげるつもりだから」
「はあ?何だそれは?」
「大丈夫ですか、マリアさん?二日酔いとかは……」
 ユタがマリアの顔を覗き込むと、マリアは俯いて、
「昨夜はあんな失態を……」
「いやいや、いいんですよ!僕は嬉しかったですよ!」
 ユタは両手を振って、慌てて取り繕うように言った。

 朝食会場ではパンやコーヒーなどが食べ放題だったが、朝カレーもある。
 むしろ威吹は、そっちを食べていた。

[同日10:30.JR富士宮駅北口バスプール ユタ、威吹、イリーナ、マリア]

「あいにくと私達、これから行く所があるからさ、あいにくとお寺までは一緒に行けないの」
「いえ、いいんです。本当に、ありがとうございました」
 バス停の前にバスが1台やってくる。
 普通のワンステップバスだった。
 フロント上の大きな行き先表示板にはオレンジ色のLEDで、『特急 大石寺』と書かれていた。
 新富士駅からのバスもそうだが、何故か普段は出口用の前扉から乗るという不思議なシステムである。
「9月に杖を取りに行くんですね?」
「まあね。でもその時はさくっと取りに行っちゃうから、新しい杖は後で見せてあげるわ」
「そうですか」
「ほら、マリア。少しの間、会えなくなるから、ちゃんと握手して」
 ユタはマリアの小さな手を握った。
「じゃあ、また……」
「うん……」

〔「10時30分発、大石寺行き、まもなく発車致します」〕

「それじゃ」
「気をつけてね」
 ユタと威吹はバスに乗り込んだ。
 この2人が最後の乗客であり、2人が乗り込むと、すぐに前扉が閉まった。

〔「発車します。ご注意ください」〕

 ユタ達は2人席に座った。
 いわゆるワンロマというヤツで、2人席が多く、網棚も付いているタイプである。
 バスがバスプールを出るまで、魔道師2人は車中の人達を見送った。
「そういえば威吹、イリーナさんと何か2人で話をしてなかった?」
 ユタが聞くと威吹は、
「ああ。だが、変な話ではないよ。まあ、適当な世間話でもなかったがな」
「え?」
「ま、気にせずユタは参拝を楽しめばいい。ボク達は御多聞に漏れず、寺の外で待たせてもらうよ」
「そ、そう?」
 バスは昨日の朝と違い、穏やかな青空の下、今日ははっきり見える富士山に向かって駒を進めて行った。

                                                 夏編その2 終
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“ユタと愉快な仲間たち” 「富士宮での一夜」

2014-10-01 02:16:15 | ユタと愉快な仲間たちシリーズ
[8月29日15:00.静岡県富士宮市 富士急富士宮ホテル 稲生ユウタ、威吹邪甲、イリーナ・レヴィア・ブリジッド、マリアンナ・スカーレット]

「はい。じゃあ、ユウタ君、マリアと2人ね」
「ええっ!?」
「冗談よ」
「ユタをいちいちからかうなっ!」
 というわけで、ツインが2部屋確保されていた。
「あの、本当に宿泊代はいいんですか?交通費も……」
 ルームキー片手にエレベーターに乗り込んだ4人。
 その時、ユタが口を開いた。
「ユウタ君の家に泊めてもらったからね。本当はまだ足りないんだけど……」
「いえ、そんな!十分ですよ」
「本当は、もっと請求した方がいいくらいだがな」
 と、威吹。
 ユタにとっては、マリアと1つ屋根の下で過ごせたことが何よりの……だったようで。

[同日16:00.同市上条 日ノ出山荘 藤谷春人、栗原江蓮、蓬莱山鬼之助、蓬莱山魔鬼]

「大石寺裏門の……新町駐車場のすぐ目の前ですか」
「そうだよ。さあ、降りた降りた」
 埼玉からここまでこんなに掛かったわけではない。
 確かに渋滞などもあったが、観光しながら来ただけのことだ。
「これなら丑寅勤行出れそうだな」
 藤谷は最後に車のドアをロックした。
「藤谷さん、今から行けば六壺の勤行出れそうだよ?」
 江蓮が自分の荷物を肩に掛けながら言った。
「おー、そうだなー。部屋入ったら、行ってみるかー」

 で……。
「オレ、江蓮と同じ部屋な!」
「ざっけんなっ!」
 部屋は和室2部屋確保だが、そこへ鼻息荒くしてキノが乗り出した。
 当然、江蓮本人と藤谷は猛反対。
「2人部屋だぞ?キミが栗原さんと入ったら、オレが妹さんと同室になっちゃうぞ?」
 するとキノはポンと手を叩き、妹である魔鬼の肩に手を置いた。
「魔鬼。ヘタすりゃ今夜、お前は処女膜を失うことになるかもしれねぇ。ケツの穴の処女も無くなるかもしれねぇ。だが、これは鬼族としての修行だ」
「うん。ウチ、頑張るのん!」
「妹を売る気か!てか、オレを何だと思ってるんだ!?」
「変態」
「ヘンタイ野郎」
「ヘンタイさん」
「ぐぐぐ……!」

 で、キノを宥めすかし、藤谷とキノ、江蓮と魔鬼の部屋割に落ち着いた頃には、六壷の勤行は終わっていたという。

[同日16:30.同市内ひばりヶ丘“富嶽温泉 花の湯” ユタ、威吹、イリーナ、マリア]

 ホテルにチェック・インした後、少し休んでから4人は温泉施設に向かった。
 富士宮駅から発着している“宮バス”に乗れば楽に行ける。
「こうしてみると、仙台に行った時を思い出すね」
 建物の中に入って、イリーナが言った。
「あー、そうですね」
 しかしその会話にマリアが参加することは無く、俯いただけだった。
「まあ、ここは仙台のそこと違って、トラブることは無さそうですよ」
 ユタは取り繕うに言った。
「……ありがとう」
「じゃあ、夕食もここで取るからゆっくりしよう」
「はーい」

「キノ達は既に着いてるのかい?」
 湯船に浸かりながら威吹が聞いてきた。
「班長達は大石寺近くの民宿だよ。客殿で丑寅勤行出るとか言ってたな」
「丑の刻に勤行やられたんじゃ、周辺の魍魎達も形無しか……」
 威吹は肩を竦めた。
「あいつのことだから、栗原さんと同じ部屋に泊まるとかで騒いでるんじゃないか?」
「想像つくな」
 この時、キノは3回ほどくしゃみをしたという。
「キノの妹さんも一緒だって言ってた」
「蓬莱山魔鬼か。小娘だからと言って油断すると痛い目に遭う年齢だな」
「確か、もう中3だよ」
「食われる人間がいないか心配だ。……おっと。ユタは心配しなくていいよ」
「分かってる」
 ユタは大きく頷いた。
 妖狐&魔道師の護衛付きなんぞ、そうあることではない。

[同日18:00.同施設内レストラン ユタ、威吹、イリーナ、マリア]

「カンパーイ!」
 4人全員、20歳以上なので飲酒OKである。
 但し、マリアにあっては(ユタより年上であるにも関わらず)見た目が小柄で童顔ということもあってか、一瞬店員に怪しまれたが……。
「マリアの杖もできるし、あとはもうしばらく問題は無いね。さあさあ、食べて飲んで!」
「ありがとうございます」
 ユタはビール片手に、夕食の刺身に手をつけた。
「これもお前持ちか。ならば、頂くとしよう」
 威吹はお猪口を片手に箸を持った。
「マリアもガンガン食べて、ガンガン飲みなさい!」
「はあ……」
「顕正会員が見たら、『御遺命違背の堕落した法華講が』って言われそうですね」
 既にハイテンションなイリーナに、ユタは苦笑いした。
 もっとも、ここで信仰者はユタだけであるが。
(あれ?そういえばマリアさんて、あんまり酒飲まなかったような……?)
 ユタがテーブル挟んで向かい側に座るマリアに目をやると、グラスに入ったワインを口にしていた。
(そうでもないか)
「威吹君、はい。魔道師に酌してもらうんだから、貴重な体験よ?」
「へいへい。おありがとう。(頼んで無いけどな)」
「結構、イリーナさんて幹事向きですね?」
「そう?まあ、私はこうして皆でわいわい宴会するのが好きだからね」
「ポーリン師はウザいらしいけどな」
 マリアがニヤッと笑った。
「静かな所で飲み食いする方がいいらしい」
「なるほど……」
 ユタは頷いたが、少し違和感を覚えた。
 結構、マリアが痛飲している。
 イリーナが勧めるというのもあるのだろうか。
 フランス人形を駆使する魔法使いが、自身もフランス人形みたいな肌色をしているが、それが顔だけでなく肌全体が赤く染まっているように見えた。

[同日同時刻 同市内上条 日ノ出山荘・食堂 藤谷、江蓮、キノ、魔鬼]

「藤谷さん、私もビール一口」
「あと3年待ちなさい」
 藤谷は江蓮の希望をかわしながら自分で瓶ビールを注いだ。
「キノ兄ィ、ウチもビールぅ~♪」
「お前はあと5~6年待て」
「えー?ウチ、鬼族だよ?15歳で元服……」
「人間界の高校に通いてェとか言ってるヤツが何言ってんだ。ほら、江蓮」
「あいよ」
「ガンガン飲めよ」
「さりげなくビール勧めんな!栗原さんも飲んじゃダメ!」
 ここで飲める資格があるのは30代の藤谷、人間換算年齢25歳のキノだけである。
「キノ兄ィ、酔い潰してヤっちゃう作戦だったんだね♪」
「中学生がそんなこと言っちゃダメ!」
(本当に最近の中学生は【お察しください】。中等部、高等部登山の任務回って来なくて良かったぜ)
 そう思いながら、グラスを口に運ぶ藤谷だった。

 それぞれの1日は、こうして更けて行くようであった。
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