※よくよく考えたら、タイトルと作中の視点がマッチしていない。本来ならアリス視点で書く必要があるのに、敷島視点になってる。
[11月1日16:00.福島県福島市飯坂町 飯坂温泉のとあるホテル 敷島孝夫]
(まあ、アリスじゃないけど、たまにはこういうのもいいか)
敷島は大浴場の露天風呂に浸かりながら、まったりとしていた。
今頃女湯では、アリスがまったりしていることだろう。
飯坂温泉は宮城県の鳴子温泉、秋保温泉と共に奥州三大名湯にカウントされている温泉である。
その泉質は主に単純温泉ということもあってか、硫黄泉が特徴の鳴子温泉と違って硫黄の匂いはしないし、湯も濁っておらず、とてもよく澄んでいる。
浴槽からは摺上川の流れがよく見える。
川の上流にはダムがあり、福島市民の水がめの他、東北電力の水力発電所がある。
(それにしても平賀先生、エミリーをどうするつもりなんだろう?)
大浴場から出ると、まだアリスは出ていないようだ。
しょうがないので、暇つぶしに飯坂温泉について説明するディスプレイがあったので、それを見ることにした。
この温泉の日本史初出は日本武尊の時代から。日本武尊の東征に遡ると言われ、ここの温泉で湯治したのが始まりとのこと。
江戸時代には江戸からやってきた松尾芭蕉と弟子の河合曾良が宿泊したが、宿泊先が木賃宿だったこともあってか、あまり快適に過ごせなかったようである。
“奥の細道”には、「山中温泉よりひでェぜ!ああっ!?」と、書かれていたそうだ。(←ていうか、山中は飯坂の後だろうが)
松尾芭蕉達には悪印象だったが、後世の著名人には好印象だったようで、正岡子規や与謝野晶子は記念に得意の俳句を残している。
近現代に入ると歓楽街として発展し、花柳界も存在した。
バブルに入るとネオン街などが形成され、正に『大人の遊園地』と化していたらしい。
昔ながらの木造旅館は取り壊され、鉄筋コンクリートの無機質なホテルや、片やバブリーな個性あふれるデザインのホテルが……。
「ああっ!?」
その時、敷島は思わず声を上げてしまった。
バブル時代に建てられ、今はすっかり廃業してしまったホテルの写真が展示してあったのだが、その中に豪華客船を模した派手なホテルがあった。
『㈱シークルーズ 穴原温泉ホテル“クイーン・エミリア”』
と、書かれていた。
穴原温泉とは飯坂温泉より上流にある温泉街で、奥飯坂とも呼ばれる。
飯坂温泉と同一視されることもある。
実際、飯坂温泉にあるこのホテルで紹介されているくらいだ。
(シンディを発見した秋田・青森県境のホテルも“シークルーズ”だったが、あれは経営母体の名前で、ホテルの名前ではなかったのか……)
この“クイーン・エミリア”も廃ホテルになっているということは、そもそも経営母体自体が消滅している可能性はある。
[同日18:00.同場所・バイキングレストラン 敷島&アリス]
「畳の上で食べる食事も楽しみだったのに、バイキングなんてねぇ……」
「そうだったのか。悪い悪い。だけどまあ、料理は客の前で作る実演方式で、もちろん食い放題だってよ。お前向きだと思ったんだが……」
「まあ、それはありがたいね」
御多聞に漏れず、テーブル一杯に持って来るアリス。
「Men-yoなシステムね」
「メンヨー?ああ、面妖か。難しい日本語知ってるな」
敷島は苦笑して、自分は寿司バイキングから持ってきた寿司を口に運ぶ。
「ところでアリス、女湯の湯上り部分にもあったか?」
「何が?」
「この温泉全体を紹介するディスプレイ」
「うーん……。何かそんなのがあったような気がするけど、覚えてないね」
「そうか」
「それがどうしたの?」
「いや、20年くらい前に廃業になったホテルの写真とかあったんだが、その中にシークルーズがあった」
「ここにもホテル“シークルーズ”が?」
「ああ。シークルーズというのはホテルを経営していた会社の名前で、本当はいくつか経営しているホテルごとに名前があったらしい。飯坂温泉のもう少し上流に向かった先にあったらしくて、そのホテルの名前は“クイーン・エミリア”」
「聞いたことの無い女王様ね。でも、エミリアってエミリーのことよ」
「え?」
敷島は目を丸くした。
「確か、スパニッシュ(スペイン語)だったと思う。アメリカでは多くの学校で、外国語としてスペイン語を習うのよ。多分、南部からのヒスパニックの為だと思うけどね。で、アタシも5年くらい習ったけど、スパニッシュは全然分かんないわ」
「それがどうして、エミリーはスペイン語でエミリアだって分かるんだ?」
「ハイスクールにスペインからの移民がいて、そのコの名前がエミリアだったのよ。それで、知ってるの」
「なるほどねぇ……。じゃあ、やっぱりうちのエミリーは、アメリカにスパイとして潜入工作させる目的もあったのか」
旧ソ連で作られたにも関わらず、名前がロシア系ではなく英語圏の女性のものだから。
「エミリーは実際にアメリカに渡ることは無かったけどね」
「そのようだな」
旧ソ連崩壊のドサクサに紛れ、そこから脱出した南里と十条により、日本に向かっている。
その頃、シンディは既にアメリカ国内で破壊工作を続けていた。
[同日20:00.同場所・ゲームコーナー 敷島、アリス、シンディ]
夕食後に平賀がエミリーを取りに来た。
結局、エミリーをどこに連れて行くのかは教えてくれなかった。
明日の朝、遅くとも敷島達がホテルをチェック・アウトする頃には返すからと。
返すも何も、オーナーは平賀なのだが……。
もう1度温泉に入った後、敷島達はゲームコーナー内にあるエアホッケーに興じていた。
「エミリーと2人で対戦したら、どっちが勝つ?」
「筐体が消し炭と化して、痛み分けになるかもね」
シンディは片目を瞑って、敷島の質問に答えた。
「はは、そうか」
「どうする?部屋に戻ったら、お楽しみなんでしょう?アタシは電源落としてようか?」
「え?」
「電源は落とさなくていいから、“スリープ”でいなさい」
アリスが言うと、
「了解しました」
シンディは大きく頷いた。
部屋に戻るまでの間、腕を組んで歩く2人。
部屋に戻ると、既に布団が敷かれていた。
シンディは自分の充電コードを引っ張って来ると、窓際の椅子に座って、そこでコードを繋いだ。
そして、布団が敷かれてる部屋との間の障子を閉めた。
「じゃ、私は明日7時まで“スリープ”に入りますので、その前に緊急事態があれば“起こして”ください」
「分かったわ」
「何も無ければいいけど……」
折しも、明日は天気が下り坂とのことである。
[11月1日16:00.福島県福島市飯坂町 飯坂温泉のとあるホテル 敷島孝夫]
(まあ、アリスじゃないけど、たまにはこういうのもいいか)
敷島は大浴場の露天風呂に浸かりながら、まったりとしていた。
今頃女湯では、アリスがまったりしていることだろう。
飯坂温泉は宮城県の鳴子温泉、秋保温泉と共に奥州三大名湯にカウントされている温泉である。
その泉質は主に単純温泉ということもあってか、硫黄泉が特徴の鳴子温泉と違って硫黄の匂いはしないし、湯も濁っておらず、とてもよく澄んでいる。
浴槽からは摺上川の流れがよく見える。
川の上流にはダムがあり、福島市民の水がめの他、東北電力の水力発電所がある。
(それにしても平賀先生、エミリーをどうするつもりなんだろう?)
大浴場から出ると、まだアリスは出ていないようだ。
しょうがないので、暇つぶしに飯坂温泉について説明するディスプレイがあったので、それを見ることにした。
この温泉の日本史初出は日本武尊の時代から。日本武尊の東征に遡ると言われ、ここの温泉で湯治したのが始まりとのこと。
江戸時代には江戸からやってきた松尾芭蕉と弟子の河合曾良が宿泊したが、宿泊先が木賃宿だったこともあってか、あまり快適に過ごせなかったようである。
松尾芭蕉達には悪印象だったが、後世の著名人には好印象だったようで、正岡子規や与謝野晶子は記念に得意の俳句を残している。
近現代に入ると歓楽街として発展し、花柳界も存在した。
バブルに入るとネオン街などが形成され、正に『大人の遊園地』と化していたらしい。
昔ながらの木造旅館は取り壊され、鉄筋コンクリートの無機質なホテルや、片やバブリーな個性あふれるデザインのホテルが……。
「ああっ!?」
その時、敷島は思わず声を上げてしまった。
バブル時代に建てられ、今はすっかり廃業してしまったホテルの写真が展示してあったのだが、その中に豪華客船を模した派手なホテルがあった。
『㈱シークルーズ 穴原温泉ホテル“クイーン・エミリア”』
と、書かれていた。
穴原温泉とは飯坂温泉より上流にある温泉街で、奥飯坂とも呼ばれる。
飯坂温泉と同一視されることもある。
実際、飯坂温泉にあるこのホテルで紹介されているくらいだ。
(シンディを発見した秋田・青森県境のホテルも“シークルーズ”だったが、あれは経営母体の名前で、ホテルの名前ではなかったのか……)
この“クイーン・エミリア”も廃ホテルになっているということは、そもそも経営母体自体が消滅している可能性はある。
[同日18:00.同場所・バイキングレストラン 敷島&アリス]
「畳の上で食べる食事も楽しみだったのに、バイキングなんてねぇ……」
「そうだったのか。悪い悪い。だけどまあ、料理は客の前で作る実演方式で、もちろん食い放題だってよ。お前向きだと思ったんだが……」
「まあ、それはありがたいね」
御多聞に漏れず、テーブル一杯に持って来るアリス。
「Men-yoなシステムね」
「メンヨー?ああ、面妖か。難しい日本語知ってるな」
敷島は苦笑して、自分は寿司バイキングから持ってきた寿司を口に運ぶ。
「ところでアリス、女湯の湯上り部分にもあったか?」
「何が?」
「この温泉全体を紹介するディスプレイ」
「うーん……。何かそんなのがあったような気がするけど、覚えてないね」
「そうか」
「それがどうしたの?」
「いや、20年くらい前に廃業になったホテルの写真とかあったんだが、その中にシークルーズがあった」
「ここにもホテル“シークルーズ”が?」
「ああ。シークルーズというのはホテルを経営していた会社の名前で、本当はいくつか経営しているホテルごとに名前があったらしい。飯坂温泉のもう少し上流に向かった先にあったらしくて、そのホテルの名前は“クイーン・エミリア”」
「聞いたことの無い女王様ね。でも、エミリアってエミリーのことよ」
「え?」
敷島は目を丸くした。
「確か、スパニッシュ(スペイン語)だったと思う。アメリカでは多くの学校で、外国語としてスペイン語を習うのよ。多分、南部からのヒスパニックの為だと思うけどね。で、アタシも5年くらい習ったけど、スパニッシュは全然分かんないわ」
「それがどうして、エミリーはスペイン語でエミリアだって分かるんだ?」
「ハイスクールにスペインからの移民がいて、そのコの名前がエミリアだったのよ。それで、知ってるの」
「なるほどねぇ……。じゃあ、やっぱりうちのエミリーは、アメリカにスパイとして潜入工作させる目的もあったのか」
旧ソ連で作られたにも関わらず、名前がロシア系ではなく英語圏の女性のものだから。
「エミリーは実際にアメリカに渡ることは無かったけどね」
「そのようだな」
旧ソ連崩壊のドサクサに紛れ、そこから脱出した南里と十条により、日本に向かっている。
その頃、シンディは既にアメリカ国内で破壊工作を続けていた。
[同日20:00.同場所・ゲームコーナー 敷島、アリス、シンディ]
夕食後に平賀がエミリーを取りに来た。
結局、エミリーをどこに連れて行くのかは教えてくれなかった。
明日の朝、遅くとも敷島達がホテルをチェック・アウトする頃には返すからと。
返すも何も、オーナーは平賀なのだが……。
もう1度温泉に入った後、敷島達はゲームコーナー内にあるエアホッケーに興じていた。
「エミリーと2人で対戦したら、どっちが勝つ?」
「筐体が消し炭と化して、痛み分けになるかもね」
シンディは片目を瞑って、敷島の質問に答えた。
「はは、そうか」
「どうする?部屋に戻ったら、お楽しみなんでしょう?アタシは電源落としてようか?」
「え?」
「電源は落とさなくていいから、“スリープ”でいなさい」
アリスが言うと、
「了解しました」
シンディは大きく頷いた。
部屋に戻るまでの間、腕を組んで歩く2人。
部屋に戻ると、既に布団が敷かれていた。
シンディは自分の充電コードを引っ張って来ると、窓際の椅子に座って、そこでコードを繋いだ。
そして、布団が敷かれてる部屋との間の障子を閉めた。
「じゃ、私は明日7時まで“スリープ”に入りますので、その前に緊急事態があれば“起こして”ください」
「分かったわ」
「何も無ければいいけど……」
折しも、明日は天気が下り坂とのことである。