[10月10日12:00.東京都新宿区西新宿 財団本部 初音ミク、平賀太一、十条伝助]
研究者達は会議室で仕出し弁当を食べていた。
仕事から戻って来たミクが研究者達に歌を披露する。
実験で危険ではないと判断された曲に限り、エミリーとシンディがピアノとフルートを使って演奏し、ミクが歌う。
因みに敷島は鏡音リンとレンを連れて、別の現場に行ってしまった。
「それにしても、ボーカロイドの開発を打ち出したのも南里先生と十条先生でしたね?」
「うむ。マルチタイプが喋り、楽器を演奏するのを見て、歌でも歌えないかと思ってな。わしが冗談で言ったことを南里が本気にしおって、開発してしまった」
「それを横取りしたのがウィリーですか。全く。とんでもない話ですなぁ……」
「どこまで行けるか分からんが、敷島君がプロデューサーとして貴奴らの売り込みに辣腕を振るっているようじゃな。頼もしい限りじゃ」
「ええ。最初はナツがやっていましたが、あいつも研究者ですから、どうしてもその観点からの売り込みになってしまうんですよ。しかし、敷島さんは違いました。それが功を奏しているようです」
「うむ。やはり売り込みは企業に任せた方が良さそうじゃ……」
「まあ、敷島さんはもう企業側の人ではありませんが」
「分かっておる」
歌い終わると、あとはしばらくエミリーがピアノの独奏を続けた。
シンディが、歌い終わって体温の上昇したミクを部屋の外に連れ出している。
「ボーカロイドに対する面倒見の良さは、エミリー以上らしいの、平賀君?」
「壊したりしないか心配です」
老博士の質問に、アラフォーの平賀が眉を潜めて答えた。
「ははははっ!今さら、それは無い」
「そう言いきれますか?」
「ならば、エミリーに対しても同じことが言えると思うが、どうかね?」
「エミリーは南里先生の所有でしたから」
「しかしシンディを所有していたウィリーはもうこの世にはおらんし、彼女に命令する人間もアリス君のみ。アリス君がボーカロイドの処分をシンディに命令すると思うかね?」
「あのウィリーの孫娘ですからね、計り知れませんよ?」
平賀はスマホで電話しているアリスを見た。
「……何よ、そのクソ安いギャランティー!?初音ミクはボーカロイドの代表格よ!もっと高く請求しなさい!」
{「このやろ!プロデューサーは俺だぞ!」}
どうやら、旦那と電話しているようだ。
「……少なくとも、初音ミクが稼いでいる間は、間違っても破壊命令は出さんと思うが、どうかね?」
「は、はあ……」
[同日同時刻 東京都区内とあるラジオ局 敷島孝夫&鏡音リン・レン]
「このやろ!プロデューサーは俺だぞ!」
アリスの無理難題に憤慨して言い返す敷島。
固定電話だったらガチャンと受話器を叩きつけるくらいだっただろうが、スマホではそうも行かない。
「あの、プロダクションの方、収録中なんでお静かに」
「あっ、すいません!」
で、スタッフに注意されるのだった。
〔「……そういうわけで~、リンとレンの新曲、どうぞお楽しみに!」「よろしくお願いします!」「はい、ありがとうございます。では早速リスナーの皆様には、一足お先にお聴きして頂こうと思います。……」〕
収録自体は順調だったが。
[同日同時刻 財団本部の小会議室 初音ミク&シンディ]
「素晴らしい歌だったね。さすがドクター南里や十条は凄いと思うわ」
「ありがとうございます」
シンディはミクのツインテールを解くと、ブラシを取ってヘアメイクを手伝っていた。
ミクはミクで、午後も都内で仕事がある。
現場でもメイクはあるのだが、ここで先に軽くしておこうということになった。
「でも驚きました。ルカの歌まで危険だって判断されるなんて……。私達の歌は安全だって聞いたのに……」
「たまたまよ。作曲家がどんどんあなた達の新曲を作っているでしょう?中には、危険信号に触れるコードもあるということよ。それに……私達が演奏して危険なだけで、あなた達が歌う分には問題無いのよ」
「ええ……」
(多分、危険な理由は……いや、やめておこう。この予想解析度は54.25パーセント。この数字では断定とは言えない)
[同日15:00.財団本部・リフレッシュコーナー 敷島孝夫&アリス・シキシマ]
「明日と明後日は屋外イベントが開催できそうだけど、13日は台風の接近もあるから、中止の恐れもある」
「そう。せっかくのギャランティが損だわ」
「ああ……。まあ、そうなんだけど、お前が言うと何かな……」
「何よ?」
「いや、別に……。で、実験はどうだ?」
「まあ、だいたいこんなもんじゃない?あとは危険と判断された曲について、どのような信号というか波長が出ているのかを調査して……」
「今日中に終わるのかい、それ?平日の今日までしか来れない理事もいるんだろう?」
「それはそれ、これはこれ。十条先生がリーダーでやってるんだから、きっと大丈夫よ」
「時々ぶっ飛ぶ博士だからなぁ……」
「あいにくと、空は飛べんよ」
「おわっ!十条理事!」
「今日で実験は終了する。引き続き、わしらに任せてくれたまえ」
「任せるも何も、元々事務職の領域じゃないですから」
「それもそうじゃの。ところで敷島君、キミはマルチタイプが7機あったことは知っておるな?」
「はい」
「何故、7機なのか知っておるかね?」
「さあ……?予算の都合とかじゃないですか?」
「まあ、それもあろうが、本当の理由は“7つの大罪”に掛けたのじゃよ」
「キリスト教の7つの大罪ですか。確か、『憤怒』『嫉妬』『傲慢』『色欲』『悪食』『強欲』『怠惰』でしたね」
「『悪食』ではなく、『暴食』な」
「ああっ!リン・レンが主役と準主役のミュージカルがあったもんで……」
「良い良い。そのうち、エミリーは『色欲』で、シンディは『傲慢』じゃ」
「時々エミリーが色気を出すのは、そのせいですか」
「てか、ロボットが『怠惰』って、そんな役立たず要らないじゃない」
「フフフ。あくまでもモチーフであって、その通りにしているわけではないぞ。どちらかというと、それに即する悪魔がモチーフじゃの」
「確かにまあ、シンディは小悪魔なところがありますが……。それが、どうかなさったんですか?」
「悪魔は……1柱でも十分なのじゃが、マックスで2柱といったところかな」
「キールだって、マルチタイプがモチーフじゃない?」
「あくまでも、5号機のキールをモチーフにしただけのこと。種類はあくまで、執事ロボットじゃよ」
[同日18:00.東京・秋葉原 ホテル・ドーミーイン秋葉原の客室 シンディ&エミリー]
「姉さん、ちょっと話があるんだけど、いい?」
「なに?」
「今回の実験で気になったこと、無い?」
「気になったこと?……特に・無い」
「ボーカロイドの曲を演奏した時、“混線”しなかった?」
「混線……」
「ボーカロイドの曲は安全だと、研究者達は断言したはず。だけど、巡音ルカのあの曲だけ危険信号が出た」
「偶然だろう?」
「多分、巡音ルカのあの歌が危険なんじゃなく、たまたまどこからか信号が飛んできて、たまたま混線してそうなったんだと思う」
「場所柄、多くの・電波が・飛び交っている。そういう・偶然も・あるだろう」
「姉さんはお気楽ね。防音室に入ってまで実験をしたのに、そうそう混線が偶然起きるわけないでしょう」
「しかし……」
「平賀の坊ちゃんにすら知らされていない何かがありそうよ」
「それは・それで・いいだろう」
「え?」
「私達が・詮索すること・ではない」
「あのね……」
「私達は・ただ・黙って・ドクター達の・指示に・従っていれば・いい」
「それじゃバージョン達と同じじゃないの。まあ、マリオとルイージはまた違うけど。とにかく、私達は自分で考えて行動できる人工知能が搭載されてるんだから、もっと危機意識を持つべきよ」
「何を・恐れている?」
「何も恐れてはいないわ。ただ、もう2度と後悔したくないだけ。せっかく後期型として復活したんですもの。前期型と同じ轍は歩みたくないだけよ。幸い、財団もそれを望んでる。だけど、同じ財団内で違う動きがあるような気がしてしょうがないの」
「考え過ぎ・だ。この・実験だって、お前の言う・後悔を・招かない為の・ものだ」
「どうだかね……。解析率がおよそ54パーセントじゃ、何とも言えないか」
台風は何も、南方から迫って来るものだけではないようだ。
研究者達は会議室で仕出し弁当を食べていた。
仕事から戻って来たミクが研究者達に歌を披露する。
実験で危険ではないと判断された曲に限り、エミリーとシンディがピアノとフルートを使って演奏し、ミクが歌う。
因みに敷島は鏡音リンとレンを連れて、別の現場に行ってしまった。
「それにしても、ボーカロイドの開発を打ち出したのも南里先生と十条先生でしたね?」
「うむ。マルチタイプが喋り、楽器を演奏するのを見て、歌でも歌えないかと思ってな。わしが冗談で言ったことを南里が本気にしおって、開発してしまった」
「それを横取りしたのがウィリーですか。全く。とんでもない話ですなぁ……」
「どこまで行けるか分からんが、敷島君がプロデューサーとして貴奴らの売り込みに辣腕を振るっているようじゃな。頼もしい限りじゃ」
「ええ。最初はナツがやっていましたが、あいつも研究者ですから、どうしてもその観点からの売り込みになってしまうんですよ。しかし、敷島さんは違いました。それが功を奏しているようです」
「うむ。やはり売り込みは企業に任せた方が良さそうじゃ……」
「まあ、敷島さんはもう企業側の人ではありませんが」
「分かっておる」
歌い終わると、あとはしばらくエミリーがピアノの独奏を続けた。
シンディが、歌い終わって体温の上昇したミクを部屋の外に連れ出している。
「ボーカロイドに対する面倒見の良さは、エミリー以上らしいの、平賀君?」
「壊したりしないか心配です」
老博士の質問に、アラフォーの平賀が眉を潜めて答えた。
「ははははっ!今さら、それは無い」
「そう言いきれますか?」
「ならば、エミリーに対しても同じことが言えると思うが、どうかね?」
「エミリーは南里先生の所有でしたから」
「しかしシンディを所有していたウィリーはもうこの世にはおらんし、彼女に命令する人間もアリス君のみ。アリス君がボーカロイドの処分をシンディに命令すると思うかね?」
「あのウィリーの孫娘ですからね、計り知れませんよ?」
平賀はスマホで電話しているアリスを見た。
「……何よ、そのクソ安いギャランティー!?初音ミクはボーカロイドの代表格よ!もっと高く請求しなさい!」
{「このやろ!プロデューサーは俺だぞ!」}
どうやら、旦那と電話しているようだ。
「……少なくとも、初音ミクが稼いでいる間は、間違っても破壊命令は出さんと思うが、どうかね?」
「は、はあ……」
[同日同時刻 東京都区内とあるラジオ局 敷島孝夫&鏡音リン・レン]
「このやろ!プロデューサーは俺だぞ!」
アリスの無理難題に憤慨して言い返す敷島。
固定電話だったらガチャンと受話器を叩きつけるくらいだっただろうが、スマホではそうも行かない。
「あの、プロダクションの方、収録中なんでお静かに」
「あっ、すいません!」
で、スタッフに注意されるのだった。
〔「……そういうわけで~、リンとレンの新曲、どうぞお楽しみに!」「よろしくお願いします!」「はい、ありがとうございます。では早速リスナーの皆様には、一足お先にお聴きして頂こうと思います。……」〕
収録自体は順調だったが。
[同日同時刻 財団本部の小会議室 初音ミク&シンディ]
「素晴らしい歌だったね。さすがドクター南里や十条は凄いと思うわ」
「ありがとうございます」
シンディはミクのツインテールを解くと、ブラシを取ってヘアメイクを手伝っていた。
ミクはミクで、午後も都内で仕事がある。
現場でもメイクはあるのだが、ここで先に軽くしておこうということになった。
「でも驚きました。ルカの歌まで危険だって判断されるなんて……。私達の歌は安全だって聞いたのに……」
「たまたまよ。作曲家がどんどんあなた達の新曲を作っているでしょう?中には、危険信号に触れるコードもあるということよ。それに……私達が演奏して危険なだけで、あなた達が歌う分には問題無いのよ」
「ええ……」
(多分、危険な理由は……いや、やめておこう。この予想解析度は54.25パーセント。この数字では断定とは言えない)
[同日15:00.財団本部・リフレッシュコーナー 敷島孝夫&アリス・シキシマ]
「明日と明後日は屋外イベントが開催できそうだけど、13日は台風の接近もあるから、中止の恐れもある」
「そう。せっかくのギャランティが損だわ」
「ああ……。まあ、そうなんだけど、お前が言うと何かな……」
「何よ?」
「いや、別に……。で、実験はどうだ?」
「まあ、だいたいこんなもんじゃない?あとは危険と判断された曲について、どのような信号というか波長が出ているのかを調査して……」
「今日中に終わるのかい、それ?平日の今日までしか来れない理事もいるんだろう?」
「それはそれ、これはこれ。十条先生がリーダーでやってるんだから、きっと大丈夫よ」
「時々ぶっ飛ぶ博士だからなぁ……」
「あいにくと、空は飛べんよ」
「おわっ!十条理事!」
「今日で実験は終了する。引き続き、わしらに任せてくれたまえ」
「任せるも何も、元々事務職の領域じゃないですから」
「それもそうじゃの。ところで敷島君、キミはマルチタイプが7機あったことは知っておるな?」
「はい」
「何故、7機なのか知っておるかね?」
「さあ……?予算の都合とかじゃないですか?」
「まあ、それもあろうが、本当の理由は“7つの大罪”に掛けたのじゃよ」
「キリスト教の7つの大罪ですか。確か、『憤怒』『嫉妬』『傲慢』『色欲』『悪食』『強欲』『怠惰』でしたね」
「『悪食』ではなく、『暴食』な」
「ああっ!リン・レンが主役と準主役のミュージカルがあったもんで……」
「良い良い。そのうち、エミリーは『色欲』で、シンディは『傲慢』じゃ」
「時々エミリーが色気を出すのは、そのせいですか」
「てか、ロボットが『怠惰』って、そんな役立たず要らないじゃない」
「フフフ。あくまでもモチーフであって、その通りにしているわけではないぞ。どちらかというと、それに即する悪魔がモチーフじゃの」
「確かにまあ、シンディは小悪魔なところがありますが……。それが、どうかなさったんですか?」
「悪魔は……1柱でも十分なのじゃが、マックスで2柱といったところかな」
「キールだって、マルチタイプがモチーフじゃない?」
「あくまでも、5号機のキールをモチーフにしただけのこと。種類はあくまで、執事ロボットじゃよ」
[同日18:00.東京・秋葉原 ホテル・ドーミーイン秋葉原の客室 シンディ&エミリー]
「姉さん、ちょっと話があるんだけど、いい?」
「なに?」
「今回の実験で気になったこと、無い?」
「気になったこと?……特に・無い」
「ボーカロイドの曲を演奏した時、“混線”しなかった?」
「混線……」
「ボーカロイドの曲は安全だと、研究者達は断言したはず。だけど、巡音ルカのあの曲だけ危険信号が出た」
「偶然だろう?」
「多分、巡音ルカのあの歌が危険なんじゃなく、たまたまどこからか信号が飛んできて、たまたま混線してそうなったんだと思う」
「場所柄、多くの・電波が・飛び交っている。そういう・偶然も・あるだろう」
「姉さんはお気楽ね。防音室に入ってまで実験をしたのに、そうそう混線が偶然起きるわけないでしょう」
「しかし……」
「平賀の坊ちゃんにすら知らされていない何かがありそうよ」
「それは・それで・いいだろう」
「え?」
「私達が・詮索すること・ではない」
「あのね……」
「私達は・ただ・黙って・ドクター達の・指示に・従っていれば・いい」
「それじゃバージョン達と同じじゃないの。まあ、マリオとルイージはまた違うけど。とにかく、私達は自分で考えて行動できる人工知能が搭載されてるんだから、もっと危機意識を持つべきよ」
「何を・恐れている?」
「何も恐れてはいないわ。ただ、もう2度と後悔したくないだけ。せっかく後期型として復活したんですもの。前期型と同じ轍は歩みたくないだけよ。幸い、財団もそれを望んでる。だけど、同じ財団内で違う動きがあるような気がしてしょうがないの」
「考え過ぎ・だ。この・実験だって、お前の言う・後悔を・招かない為の・ものだ」
「どうだかね……。解析率がおよそ54パーセントじゃ、何とも言えないか」
台風は何も、南方から迫って来るものだけではないようだ。