まず、私は童貞である。
なので性感染症への感染は心配無い。
その代表的なものにエイズがあるが、その感染確率は低いものの、これにあっては必ずしも性交渉が原因とは限らないので、これについては何とも言えない。
まあ、今まで私の血を抜いて来たり、インフルエンザの予防接種をした注射器の針が何でも無ければ大丈夫だと思うが。
何度、腕に針を刺したか覚えてないよ。
要は、それ以外の性感染症への感染は無いってこと。
振り返ってみると、下品な言い方をすれば、“ヤりたい女”とそもそも出会えなかったってことかな。
いや、モテるモテない以前の問題でね。モテなくても、普通は好きなコができたりするものだ。
結果的にフラれた、相手にされなかったというのがベタな法則だろう。
ポテンヒットさんは知ってるけど、昨年の12月、同じ都内の別の支部の婦人部員さんから女子部員さんを紹介されたことがある。
こう見えても婦人部員のお母さん達からは気に入られたけど、当の女子部員からは気に入ってもらえなかったようだ。
まあ、それは良しとする。
そもそも、何で私の方から是非!と言える機会に恵まれなかったのか、自分なりに振り返ってみた。
高校までは共学だったが、そもそも印象に残っている同級生女子が1人もいない。
これにも1つ理由があって、鉄ヲタ化が早かったからだろう。
今では到底できない“青春18きっぷ”を1人でフルに使って、全て車中泊の鉄道旅を既に高校生の時からやってたからね。
中学生の時点で、休みの日には“大回りの旅”なんかもやっていた。
373系時代の“ムーンライトながら”、165系ボックスシートの臨時大垣夜行、同じ形式でリクライニングシートの“ムーンライトえちご”、形式は忘れたが“ミッドナイト”も乗った。
そもそもその頃から、女に興味が無かったと言える。
では、そういう旅で出会いは無かったのかというと、同志的な意味で同性と意気投合して、途中まで同行するということはあったな。
何と言うか、同世代の10代女子はいなかったような気がする。
当時まだ1人女子旅が流行っていなかったからなのか、それとも夜行バスにレディース号が運行されていたことから、夜行バスに集中していたのかは定かではない。
当時の私は鉄道一辺倒だった。
今ではむしろバス移動に重点を置くが……。
というわけで、イケメン同級生達が同級生女子を貪っている間、私はせっせと趣味活動をしてどこ吹く風だったというわけ。
でも、友達はちゃんといたので念の為。
その証拠に高校の卒業旅行は私の1人旅の軌跡を辿るということで、当時仲の良かった男友達と青春18きっぷで関西に向かったくらいだ。
もっとも、私の顕正会活動と東日本大震災の犠牲になって、全員断絶しちゃってるけどね。
せめて顕正会が出会いの場にでもなってくれれば良かったんだけど、そういう所じゃないからね。
何しろ、法統相続なんて言葉も無い所だから。
だから、元学会員が登壇で、
「学会ではお見合いパーティーやってる」
なんて話を聞いた時、
「学会SUGEEE!」
と思ったものだ。ぶっちゃけその時、学会行ってりゃ良かったのか?
で、女子部員と接する機会も無いまま、私は法華講に移ることになる、と……。
え?会社で出会い?いやー、警備業界もまだまだ男の世界でしてねー。
ましてや前職が中距離トラック運転手なら尚更でね。
ただまあ、法華講に来てから思ったのは、ケンショー女子と出会わなくて良かったということだ。
これも一応功徳なのだろうか。
罪障の強い女を掴まされずに済んでいるという意味で。
で、たまに法華講で罪障爆発させてる女がいたりすると、大抵元顕だったりする。
それは元顕男子も似たようなもので、その代表格が【とある場所から無言の圧力により削除】。
どうやら私は法統相続をする必要は無いらしい。
取りあえず自分の罪障消滅のことだけ考えていなさいと、こういうことなんだろうと解釈している。
ならば、その御仏智に従おうではないか。
法華講が、もう少しセーフティーネットの役割を果たす組織であれば、もっと安心なんだが……。
もう少し歳を取ったら、有志でそれをやってみようかな。
ちょっと探せば、法統相続の義務を放棄している信徒なんて結構いそうだし。
法華講信徒の孤独死・孤立死防止の為にやってみるか。
なので性感染症への感染は心配無い。
その代表的なものにエイズがあるが、その感染確率は低いものの、これにあっては必ずしも性交渉が原因とは限らないので、これについては何とも言えない。
まあ、今まで私の血を抜いて来たり、インフルエンザの予防接種をした注射器の針が何でも無ければ大丈夫だと思うが。
何度、腕に針を刺したか覚えてないよ。
要は、それ以外の性感染症への感染は無いってこと。
振り返ってみると、下品な言い方をすれば、“ヤりたい女”とそもそも出会えなかったってことかな。
いや、モテるモテない以前の問題でね。モテなくても、普通は好きなコができたりするものだ。
結果的にフラれた、相手にされなかったというのがベタな法則だろう。
ポテンヒットさんは知ってるけど、昨年の12月、同じ都内の別の支部の婦人部員さんから女子部員さんを紹介されたことがある。
こう見えても婦人部員のお母さん達からは気に入られたけど、当の女子部員からは気に入ってもらえなかったようだ。
まあ、それは良しとする。
そもそも、何で私の方から是非!と言える機会に恵まれなかったのか、自分なりに振り返ってみた。
高校までは共学だったが、そもそも印象に残っている同級生女子が1人もいない。
これにも1つ理由があって、鉄ヲタ化が早かったからだろう。
今では到底できない“青春18きっぷ”を1人でフルに使って、全て車中泊の鉄道旅を既に高校生の時からやってたからね。
中学生の時点で、休みの日には“大回りの旅”なんかもやっていた。
373系時代の“ムーンライトながら”、165系ボックスシートの臨時大垣夜行、同じ形式でリクライニングシートの“ムーンライトえちご”、形式は忘れたが“ミッドナイト”も乗った。
そもそもその頃から、女に興味が無かったと言える。
では、そういう旅で出会いは無かったのかというと、同志的な意味で同性と意気投合して、途中まで同行するということはあったな。
何と言うか、同世代の10代女子はいなかったような気がする。
当時まだ1人女子旅が流行っていなかったからなのか、それとも夜行バスにレディース号が運行されていたことから、夜行バスに集中していたのかは定かではない。
当時の私は鉄道一辺倒だった。
今ではむしろバス移動に重点を置くが……。
というわけで、イケメン同級生達が同級生女子を貪っている間、私はせっせと趣味活動をしてどこ吹く風だったというわけ。
でも、友達はちゃんといたので念の為。
その証拠に高校の卒業旅行は私の1人旅の軌跡を辿るということで、当時仲の良かった男友達と青春18きっぷで関西に向かったくらいだ。
もっとも、私の顕正会活動と東日本大震災の犠牲になって、全員断絶しちゃってるけどね。
せめて顕正会が出会いの場にでもなってくれれば良かったんだけど、そういう所じゃないからね。
何しろ、法統相続なんて言葉も無い所だから。
だから、元学会員が登壇で、
「学会ではお見合いパーティーやってる」
なんて話を聞いた時、
「学会SUGEEE!」
と思ったものだ。
で、女子部員と接する機会も無いまま、私は法華講に移ることになる、と……。
え?会社で出会い?いやー、警備業界もまだまだ男の世界でしてねー。
ましてや前職が中距離トラック運転手なら尚更でね。
ただまあ、法華講に来てから思ったのは、ケンショー女子と出会わなくて良かったということだ。
これも一応功徳なのだろうか。
罪障の強い女を掴まされずに済んでいるという意味で。
で、たまに法華講で罪障爆発させてる女がいたりすると、大抵元顕だったりする。
それは元顕男子も似たようなもので、その代表格が【とある場所から無言の圧力により削除】。
どうやら私は法統相続をする必要は無いらしい。
取りあえず自分の罪障消滅のことだけ考えていなさいと、こういうことなんだろうと解釈している。
ならば、その御仏智に従おうではないか。
法華講が、もう少しセーフティーネットの役割を果たす組織であれば、もっと安心なんだが……。
もう少し歳を取ったら、有志でそれをやってみようかな。
ちょっと探せば、法統相続の義務を放棄している信徒なんて結構いそうだし。
法華講信徒の孤独死・孤立死防止の為にやってみるか。